ユーリア天の扉の防人
1序章
作:MUTUMI イラスト:Snow worldより

セスラという世界がある。
この世界には巨大な三つの大陸があった。一の大陸をゼノン、二の大陸をイサーク、三の大陸をウェゼールという。
この三大陸は惑星セスラにあってそれぞれ独自の文明を築き上げていた。



物語はイサーク北東より始まる


イサークは六の国家と一の自治区から成り立つ。
六の国とはロード共和国、ナルン連邦、ルンフィア王国、シクホース公国、商業都市連盟、グランミア帝国である。 そして唯一にしてただ一つの自治区をユーリアといった。

自治区は独自の政治と経済体系を持ち、完全なる自給自足を行っていた。そこは遥か太古より禁断の地であった。 ユーリアは神の足下の地、天の扉の防人の地なのだ。

天の扉とは伝説によれば天空のいずこかにある神の園へと通じる通路であるという。それは各大陸に一ケ所ずつ設けられ、太古の昔には神々との交流に用いられたという。それが真実なのかどうか、もはや誰にもわからない。

けれど、その伝説故ユーリアは禁断の地となった。各国に支配されない、侵略をうけたことのない地域となったのだ。各国家は神々への信仰心ゆえに、ユーリアへの侵略を不文律として申し合わせていた。

だが、イサーク暦570年ユーリアに唯一隣接しているグランミア帝国は武力でもって、ユーリアに侵攻した。ユーリアは激戦となり二ヶ月後完全に帝国に征服された。ユーリアの執務館は帝国に接収され、人々の魂のよりどころであり、象徴でもあった執務長官は帝国に捕らえられた。ユーリアは行政権を完全に剥奪されたのだ。


  □□□□


「ゼガード将軍閣下!」

年若い将兵に呼ばれゼガードは顔をあげる。鷲鼻のきつい眼差しをした壮年の男だった。
「どうであった?」
低いテノールが思わし気に聞く。将兵は残念そうな面持ちで報告した。

「は、申し訳ありません。ユーリア騎士団の生き残りは取り逃がしてしまいました。奴らは思ったより手強く我々は振り切られてしまい、追跡を諦めるしかありませんでした」
「そうか。捕らえられなかったか。やっかいなものを野に放った…」
ゼガードは苦々しく唇を噛む。

ゼガードの脳裏に浮かぶのはユーリア攻防の時の騎士団の鬼神のごとき奮闘であった。ユーリア騎士団は5倍の兵力で侵略したグランミア帝国と二ヶ月もの間互角に戦いぬいたのだ。もしもこれ程の兵力差がなければユーリアはグランミア帝国を軽々と退けられていたであろう。
ユーリア侵略の責任者であるゼガードにとって騎士団は最も手を焼いた存在だったのだ。

「それで何人が生き残ったのだ?」
将兵は答える。
「はい、およそ百名余りかと」
「それほどか!全ユーリア騎士団の八分の一も生きているのか?」

追跡せねばなるまい。騎士団を放置すれば我々の方が不利になる!

ゼガードは即座に判断を下し側に控えていた副官に命令を出す。
「ダレス、一隊を率い騎士団を追い、殺せ。可能なれば生け捕りに、不可能なれば例えユーリアの人民を巻き込もうとも、一人も逃がさず処刑しろ!」
ゼガートは冷酷な命令を副官に下した。
そのとたん息を飲む気配が一つする。そして、悲鳴にも似た声があがった。

「そんな…止めて下さい!」

声の主は十三才程の少年だった。少年の髪は若草色、瞳は夜空のように澄んだ漆黒で、真っ白の肌に柔らかい素材のブラウスとズボンを着用していた。 少年は傍目にも真っ青とわかる程の顔色をして訴える。

「ユーリアは多くの血を流しました。これ以上この地を汚さないで下さい!」
ゼガードはちらりと見やっただけで、ダレスに退出を促す。ダレスは黙したまま退出した。
「待って!」
少年はなおも声をあげたが、それは無視される。

「く…」
少年は唇を噛み締め、小さく震える。ゼガードはそんな少年の様子を暫く見つめ続けた。ゼガードの目から見れば、少年はまだ子供といえた。自分の息子よりも年下であろう。だが、この少年はユーリアの執務長官なのだ。ユーリアの自治権総てを握っていた権力者なのだ。

ゼガードは執務館攻略の時、警備の者や執務官達にいざわなれ脱出しようとしていた少年を発見し捕らえた。以来少年は自分が執務を行っていた館に軟禁されている。

それにしてもと、ゼガードは思う。
若いな。ユーリアの執務長官が代替わりしたことは聞き及んでいたが、まさかこれ程若いとは。この少年は対外向けの飾りではないのか?実務は他の者が取り仕切っていたのではないのか?だが…

「それ程騎士達が心配か?」
「!」
少年はゼガードを睨み付ける。けれどその目には憎しみも嫌悪もなかった。そこのあったのは底知れぬ悲しみだけだった。
「なぜ…、帝国はこのような愚行を犯すのです?なぜ永年の不文律を破ったのですか?ここはユーリア、神の足下の地。血で汚すことはまかりならない処であるというのに!」
少年は叫ぶように言う。
「何人ものユーリアの人民が死にました。もうこれ以上誰も殺さないで!」

ゼガードはそれを聞き、内心でもっともの事だと思う。できうるならば叶えてやりたいと思う。しかし、ユーリア侵略の責任を帝王より与えられた自分にとっては、そのような事は気にしている時ではないのだ。自分の任務に帝国の存亡がかかっているのだから。

「どうかもう!」
言いつのる少年に対しゼガードは口元に冷たい笑みを浮かべる。

やはり飾りではないと見るべきだろうな。実質上の執務長官だと考えるべきか?…ならばこそ、この少年は知っているはず。我が帝王が最も欲しているものを。

「取り引きはいかがか?」
「え?」
思いがけない言葉に少年は一瞬虚をつかれる。ゼガードは少年の耳元に唇を寄せ囁いた。
「天の扉」
「!」
たった一言に少年の目は見開かれる。ごくりと息を飲む音までが聞こえた。少年はかすかに震えながらゼガードに問いかける。

「まさか、それを求めて?天の扉が欲しいためにこのような事をしたとそう、おっしゃるのか?」
「さよう。我が帝王は天の扉を求めておられる。」
「そんな…」
「知っておられるはずだ。天の扉はいずこです?答えて頂けるならばユーリアの人民への手出しを一切禁止することを誓いましょう」
ゼガートは少年を見据え、最大にして恐らく最後の譲歩を持ちかける。ゼガートはこれが決裂すれば最後の手段をとることにしていた。もはやそれしか自分達には残されていないのだ。余りにも時間は少なすぎた。

手段は選ばない。我が帝王のために天の扉は必ず持ち帰る!

ゼガードは幼い少年の返答をじっと待つ。暫く考え込んでいた少年は、決意を新たに蒼白な顔をして首を振った。

「できません。天の扉はどこの国のどのような人物であれ触れてはならないものです」
「その事は我々も承知している」
「…では、なぜ!」
少年は叫びゼガードを凝視する。
「それでも、必要だからだ。我々は神を手に入れる」

「え?」
少年は一瞬この目の前の人物が何を言ったのか理解できず惚けてしまった。
「神を捕らえる」
ゼガードは少年が理解するまで待ち、再び告げる。

「神が必要なのだ。故に我らが神を捕らえる」
それは少年にとっては理解の範疇ではなかった。とてもではないが信じられる言葉ではなかった。


この人は何を言っているのだろう?


「そのためには天の扉が必要なのだ」


テンノトビラガヒツヨウナノダ


その一言は少年の感情をえぐり抜く。
「そのためにユーリアは攻められた?神を捕らえるために?」
呆然として少年はくり返す。

そんな様の少年を前に、淡々とした口調で帝国の侵略者は続ける。そこには一切の感情が消えていた。
「教えていただこうか。いずこにある?」
丁寧な言葉とは裏腹にゼガートからはすさまじい覇気が溢れ出す。少年はとたんに小栗鼠のようにおびえた。

「僕には、言えません。…言えない」
両手を強く握りしめ少年は誠意一杯の声で言い返す。

帝国に告げてはならない。帝国人を神の園へ行かせてはならない!

それは少年の側の正論だった。天の扉を守るために、ユーリアは遥か太古からここにあるのだから。
「では、取り引きは消滅しましたな」
「あ…」
ゼガードにそう告げられ少年ははっとして彼を見遣る。彼等帝国に仕える兵士達を。

駄目だ!ユーリアの人たちも守らなくては!この人たちは何をするかわからない!でも、でも…。僕には…。

「神を裏切ることはできない」
神々を裏切るなんて、神の園にみすみす帝国人を通すなんてできるわけがない!ユーリアは天の扉の番人なんだから。
僕は天の扉の防人、それを放棄する事なんてできないよ。

「そうか。ならば、こちらで探し出すまで」
始めから予想していたのかゼガードはあっさりとそう告げた。
「?」
「ユーリアをくまなく調べ、ユーリア人民の口を一人ずつ割らせる」
それは暗にユーリアの人々を拷問にかけると言っているのに等しかった。少年は必死の面持ちでゼガードに縋り付く。
「な?何を!…止めて下さい!天の扉のある場所は、代々執務長官しか知りません!」
「…ふむ」
ゼガードはそう呟き少年の必死な目を覗き込む。

先の執務長官が老衰で亡くなっている今、もはやありかを知っているのはこの少年のみか。だがこの様子では、そうやすやすとは話してくれそうにないな。…さて、どうやってこの口を割らせるか。
どうやら先は長くなりそうだ。

ゼガードはこれから先の難航を思い一人密かに嘆息するのであった。


  □□□□


その頃、逃亡を続けていた騎士団は執務館の裏に広がる密林の中に潜んでいた。眼下には執務館が広がっている。

「うわ、やっぱり警備兵多いな。執務館は完全に占拠されてるな。あーあ、まいった」
ぐしゃぐしゃと灰色の髪をかき混ぜ、20才前半の青年は叫ぶ。
「うるさいぞハリー」
とたんに、傍らにいた青年が睨む。静かにしろと言いたいらしい。
「う、だってさファーン…」

反論しようとしていたハリーは、ハッとして口を閉じる。彼等の眼下で執務館の正面扉が開かれたからだ。重武装の兵士達が馬群となり出ていく。馬のひずめの音が彼等の耳にもはっきりと聞こえてきていた。

「騎兵か」
「だな。俺達を追っているのか?逃走経路につかったガナル山脈に向かう街道を曝走していやがる」
ハリーは言い、うまくいったんじゃないか?とファーンを見やる。
「こちらの策略にかかってくれたか?」
ファーンは眉間にしわを寄せ呟き、その馬群を見送った。

ファーンの頭の中では、様々な帝国騎士団のとるであろう行動がパターンとして浮かんでくる。その中には引っ掛かったふりをして、ユーリア騎士団をおびき寄せるというものもあった。

だが、そんな心配をしているファーンの隣では、ひたすらあっけらかんとした、…別の言い方をすれば何も考えていないハリーが脳天気な感想を漏らしていた。
「うまいこと奴らを間違った方向に誘導できたみたいだな。かなりの数が今出ていったから、これで俺らも動きやすくなるぞ」
ファーンはがっくりと肩を落とす。

「…」
少しは物事の裏を考えろよ、ハリー。

ファーンは心の中でため息を一つつく。そんなファーンの思いなど露知らずハリーはなおも力説していた。
「帝国にユーリアを占拠されたあげく執務長官まで人質とは…騎士団の沽券にかかわる!何が何でも執務長官は取り戻すぞ!」
鼻息荒いハリーをしり目に、ようやく金髪の青年ファーンは口を挟む。

「兵力差をどうするんだ?」
「…今動けるのはどのぐらいだ?」
「約百。けれどまともに動けるのは五十かそこらだ。隠れ家の守備にも幾らかは必要だしな。お前ここからどうひっくり返す気だ?」
もの問いたげな目でファーンはハリーを見た。

「あん?何を言ってるんだ。それを考えるのがお前じゃんか」
ハリーはファーンの背中をバンバンと叩く。
「あのなー、ハリー。少しは頭を使え!いつもいつも作戦をたてるのは俺かよ」
「ははは、だって俺の作戦なんて誰もやりたがらないって。そうだろみんな?」

ハリーは自分の背後に控えていた騎士達に向かって聞く。騎士達はクスクスと笑っていた。誰もが灰色の髪の青年ハリーのたてる作戦が、直情型のどうにもこうにも作戦などと呼べないものばかりだと知っていたからだ。

「ハリーの作戦なんてごめんこうむるね。俺はまだ死にたくない」
こげ茶の髪の青年アベルがとんでもないとばかりに首を振る。
「うんうん。私も嫌ね」
妙齢の女性剣士リーネはすぐさまあいずちをうった。それを見てファーンは軽く吐息をつき、呆れたように言った。
「…わかった。何か考える。早急に作戦を立案し、執務長官を救出する!皆心構えだけはしておいてくれ、いいな?」

「了解!」

騎士達は威勢よく応える。騎士団の面目をかけた戦いが始まろうとしていた。



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