セラス変異抄
 3死の商人
作:MUTUMI

城壁に囲まれた、小さなリスム村は静寂に包まれていた。どことなく何かに怯えたような気配が辺りを漂っている。
ダークと臣(おみ)の二人は密かに村の中、おばば様と呼ばれる人物の所にやって来ていた。ダークはおばば様と会見している。臣とその姉、清鈴(せいりん)はおばば様の側に控えていた。

「ああ、ではやはり翠月(すいげつ)は目覚め始めているのですね?」
ダークは眉間に皺を寄せながら、難しい顔をしておばば様と呼ばれる老婆に聞く。
「そのようです。EMPは日増しに高くなっておりますので」
おばば様は重々しく頷いた。
「そうですか…」
ダークは呟き、小さく吐息をつく。
ちぇっ。どうあっても翠月との対決は避けられそうにないか。やだな〜。
思いっきり、不本意だとばかりにダークは舌打ちする。

「それで、話はかわりますが、村人を操っている男がいるとお聞きしてますが…」
「さよう。地中に埋められた翠月を、村人を使い掘り起こしているのです」
「掘っている?って、翠月をですか??」
ダークは意外な事を聞き、あまりの馬鹿馬鹿しさに目眩がした。
どこのどいつだよ!そんな馬鹿な真似をしているのは!頼むから、するな〜!
思いっきりそう、心の中で叫び脱力する。
「ちなみに聞きますが、その男に仲間は?また、男に見覚えはありますか?」
「どうも仲間はいないようです。恐らく一人かと。このばばには見覚えのない人間です。ですが…」
おばば様はそう言い、言葉を濁す。
「が?」
「翠月がこの地に封印された事実を知るものは、そう多くはいないはずです。たった一人で翠月の目覚めを予測し、その時に合わせるかのように村人を操るなど、そう簡単にできる事なのでしょうか?」
「…この事件には何らかの組織が絡んでいると言われるのですか?」
ダークは少し真面目な面持ちで、おばば様に聞く。おばば様は首を横に振りつつ否定する。

「わかりませぬ。ですが組織が絡んでいるにしては、実にやる事が粗末!おおざっぱすぎるとは思っていますが」
おばば様はそう言い、じっとダークを見つめる。
「あなた様はどう、思われますか?」
「俺ですか?…はあ、まあ、俺的にはどっちでもいいんですけど。組織だったら全部調べるのに時間がかかるな、とか思ってますが」
ダークは至って呑気にそう答える。
「…ええと、大した問題ではないとお考えか?」
「はい。どっちにしろ俺は、犯人を逃がしませんから」
ダークはあっさりとそう言い、にっこりと微笑みかける。

「なにしろ俺の本来の任務は翠月を破壊することで、そんなものに比べれば、怪しい男の一人や二人を捕まえるなんて楽勝です」
「!」
「大丈夫です。その男と翠月は俺が何とかしますよ。俺はそのためにここに来たのですからね」
翠月を破壊できる力を持った、『リバース(生還者)』である俺がね!
ダークは心の中でそう付け加え安心するようにと、おばば様に笑ってみせた。おばば様もほんのり微かな笑みを浮かべそれにこたえる。
「わかりました。ではこの件はすべて貴方様にお任せします。どうか、よろしくお頼み申します」
そう言いおばば様はダークに、丁寧に頭を下げるのだった。ダークは了解したとばかり頷く。


□□□□


その男は窪地を見渡せる高台にいた。窪地には数百人の村人の姿があった。
「急げ!どんどん掘り進め!」
30代前半の男は村人に指示を出している。村人達はうつろな表情で黙々と穴を掘っていた。穴はもうかなりの深さと大きさになっている。
しかし男はそれに満足することなく叫び続ける。
「早く翠月を掘りだせ!」
そう言いおき、男は作業状況を見つめながら、遅々として進まないことに苛立っていた。
ち。思ったより作業が遅れている。これでは予定の時間を過ぎてしまう。
翠月が完全に目覚める前に、なんとしても翠月を掘り起こし、その制御キーを手に入れなければならないというのに!
制御キーが手に入らなければ、翠月を従える事は不可能なのだからな!
…もしも私が翠月を手に入れ、その機能を使いこなせることが出来れば…、私の組織内での地位も確実なものになるというのに。
…そうだ。私の未来のために必ず掘り出してみせる!…待っていろ、翠月。もうすぐ、この手に入れてやる。
男はそう考え、うすら寒い笑みを浮かべる。
「さあ、急げ!翠月を掘りだせ!」
男は自分の輝かしい未来を想像しながら、村人達に作業を急ぐように命令を下す。意識をコントロールされ、男の支配下にある村人達は抵抗など勿論しない。ただ言われるままに、動いていくのだった。

そんな様子の男を静かに物影から見つめる青年がいた。
ダーク・ピットだった。
ダークは男の顔を見、自分の中の記憶をまさぐる。男の顔にどこか見覚えがあったのだ。
「あいつは、…レディフォン・カーズか?」
男の名を呟きダークはまず間違いがないだろうと確信する。
「なるほど。奴は確か死の商人(武器商)タイラス・シグスの子飼いの一人だったはず。ということは、タイラスが黒幕か?奴なら翠月がここに埋まっていることも感付いていたかもしれんな…」
ダークはそう独りごち、舌打ちする。
「全く、つまらん事をやってくれる!」
いつか、本当にいつかタイラスに一泡吹かせてやる!と、密かにダークは誓った。
「幸いにも仲間はいないようだし、さっさとあの男を捕まえて、さくっと仕事を片付けてやる!全く、やる事が多いったらありゃしない」
ダークはひとしきり文句を言うと、行動を開始した。


□□□□


「今日中にあと1メートルは掘り進め!さあ、さっさとしろ!」
カーズは村人達に相変わらず、激をとばしていた。カーズの言葉に何の迷いも抱かず、村人達はより一層力を込めて作業を行っていく。カーズはその様を満足気に見ている。
カーズが尚も激をとばそうとしたその時、カーズの背後からぬっと手が伸びた。
手はカーズの口を塞ぎ、カーズは突然の事に驚いて背後を振り返ろうとする。
「む…、むが!?」
カーズの叫び声は空しく、口を塞ぐ手の平の中に消える。
「じゃまだよ。おじさん」
何ともはや無情な言葉と共に、カーズは全身に激しい衝撃を受ける。そして、何も言わず、ずるりと地面に崩れ落ちた。完全に白目を剥いてしまっていた。
ダークはシニカルな笑みを浮かべながら、カーズを軽く蹴飛ばす。カーズはぴくりとも動かなかった。

よし、完全に気絶したな。こいつは後でCSPO(星間中央警察)に引き渡すとするか。
となると、後の問題はカーズがかけた、これだけ大量の村人の暗示を、どうやって解除するかということだが…。果たして俺にできるか?
ダークは少々不安がりながらも、自分の中にいるムクロに呼び掛けた。
「ムクロ」
”んーむ。難しいがやってみるか。ダークやり方は理解しているな?”
「ああ」
ダークは頷くと右手を前に差し出す。そして手の平を上に向けた。
「我らが世界に満ちし炎よ。暗示に染まりし村人の心を解放せん事を我ここに願う!」
ダークの声と共に、手の平から小さな炎が現われる。そしてその炎は細かな破片となり村人達に吸い込まれていった。

「上手くいったか?」
”…そのようだ”
ムクロの指摘とともに、作業をしていた村人達が次々と我に返りきょろきょろと周囲を見回している。
「なんだ、ここは?」
「今、何をしていたんだ?」
「何だ、この巨大な穴は!」
正気に返った村人達は驚いて騒ぎ出す。それを無理もないと苦笑を浮かべながら、ダークはほっと息をつく。
これでいい。村人は正気に戻った。よかったな。

呑気にもそんな感想を抱いていたダークの足下は、その時がたがたと音をたて揺れはじめる。
それは唐突に起った地震のようであった。しかしダークは、その揺れが何に起因するものであるのか瞬時に把握した。
「やばい!もう目覚めたのか!?」
ダークは舌打ちしながら、気絶させたカーズを抱えるとびっくりしている村人達に向かって叫んだ。
「逃げろ!足下が崩れるぞ!村へ逃げろ!」
村人達は慌てて走り出す。カーズを片手で抱え、村人達を誘導しながらダークも走った。
背後で地が裂け、森が山が崩れていく音がする。

”ムクロ、翠月が出る!”
"承知している。早く村人を逃がせ!このままでは大地の崩壊に巻き込まれるぞ!”
”わかってる!!”
ダークはムクロにそう叫び返す。
「急いで!みんなもう少しだ。走って!」
ダークは倒れそうな村人を支え、村へと走り込んだ。最後の村人が城壁に囲まれた村の中に入った事を確認すると、ダークは叫ぶ。
「我が身に宿りし炎よ、その力もち我らを守りたまえ!」
”護身壁!包め!”
ムクロとダークはその力を振るう。とたんに何か薄い皮膜のようなものに、村全体が包まれた。
ダークとムクロの特殊能力による一種のシールドだった。薄い皮膜に包まれた村は、瞬時に足下の揺れがなくなる。

”ムクロ、用心しろよ”
”承知!”
そう言い合うと二人は厳しい視線を背後に向けた。
そんな折り、ダークを発見した臣が駆け寄ってくる。ダークは臣を見、にやりと笑うと抱えていたカーズを放り出した。
「ピットさん!」
「おう。臣、悪いけどこいつを見張っててくれ。」
そう言われ臣は、はっとして中年の男を見た。
「!この男は!」
「犯人だ。今は完全に気絶してる」
ダークは淡々と、なんでもない事のように言う。けれど臣は、信じれれないものを見たとばかりに、ダークを尊敬の眼差しで見つめた。
「うそ。すごい、上手くいったんですね?」
何だか非常にこそばゆい感じを受けながらもダークは頷き返す。
「まあ、こっちはな。だけど…」
そう濁し、ダークは背後の山々を振り返る。地面が異常な盛り上がりかたをしていた。土が裂け、何かが地中の中から突き出てこようとしていた。
それは深緑色をした巨大な腕だった。一目でまともでないことがわかる。
「ひ!」
「うわっ!」
その腕を見、幾つもの悲鳴があがる。
「あれは、翠月!」
「どうして、あれが?」
村人達は自分達のおかれた状況を理解し悲鳴をあげた。
「なんて事だ!翠月が目覚めたのか?」
「畜生!」
村人は青ざめながらも何とかならないものかと周囲を見回す。そんな彼らは監視者であるおばば様の姿を認め、助けを求める。
「おばば様!翠月が!」
「早く何とかしなくては!」
口々に叫び、おばば様に駆け寄る。そんな村人を片手をあげ制すると、おばば様はダークを見つめた。

「ピット殿」
「…ここにいてもらえますか?護身壁を張りましたので」
「翠月が…」
さすがのおばば様も青い顔をして、掠れた声で言った。
「目覚めてしまいました!」
ダークは独り冷静に頷き、突き出てうごめき始めた腕を凝視する。
「そのようですね」
「おばば様!このような若者と話している時ではないでしょう!早く星間連合かランスフォード政府に通報しなくては!!」
村人はそう叫び、おばば様をせかせる。しかしおばば様はダークとの会話を続けた。
「何とかなりますかな?翠月は生半可な攻撃は通用しませぬ!翠月により滅ぼされた都市は数多ありますぞ。近付くことすら危険極まりない!」
「知っています」
「…ピット殿、お一人で大丈夫なのですか?応援を呼んだ方がよいのでは?」
おばば様のそんな申し出に、ダークは苦笑を浮かべる。
「冗談でしょう?そんな事をしたら俺は、笑われてしまいますよ」
「しかし…」
「平気です。何しろ俺は高位能力者と言われるリバースですから」
そう言い、ダークは翠月に向かって一歩踏み出す。とたんにダークの体を赤い炎が包んだ。
「!!」
息を飲む気配が村人から多数あがる。
「ピットさん!?」
臣はあまりのことに驚いて、驚愕の声をあげた。
「翠月を破壊します。護身壁から出れば命の保証はしませんよ」
そう言いおくとダークは空中に飛び上がる。そしてそのまま翠月の元まで飛んでいった。

「ピット殿!…まさか、リバース?炎の?」
おばば様は驚き、ああそうかと納得する。
「おばば様!どこの誰とも知れないあの者に任せるのですか?もっとちゃんとした所に知らせるべきです!」
驚愕から立ち直りそう言った村人を、おばば様は微笑すら浮かべながらなだめる。
「大丈夫だ。彼は炎のリバース。カムイ(二位)の位をもつ者だ」
「?」
村人達は不思議そうにおばば様を見る。
「彼は『フォーチュン』の子供達の一人。『フィフティーンチャイルド(15人の子供達)』と呼ばれていた者の一人だよ。星間最強の能力者、神殺しと呼ばれる『フォースマスター』程ではないにせよ、星間連合の中、いやこの星々の世界の中でもトップクラスの特殊能力者だ。」
「え?」
臣はびっくりして、おばば様を凝視した。
フィフティーンチャイルド?あの人が??英雄??うそ〜!!
臣は信じられない思いで遠くの翠月と、その近くに浮いているダークを見やる。
「彼に翠月が破壊できないのならば、後はフォースマスターに頼むしかない。そういうレベルの能力者なのだよ。彼以上の適任者はいない。それに元々彼は、星間連合の命令を受けて翠月を破壊するためにここにやって来た。彼を信じなくて一体何を信じろと言うのかね?」
おばば様はそう言い、遥か彼方のダークを目を細め見つめる。
「彼を信じよう。皆よいな?」
おばば様は村人達を見回す。村びと達はひどく不安げな面もちをしながらも、頷くのだった。

そんな村の遥か彼方ではダークと、今や半身を現した翠月との戦いが火ぶたをきろうとしていた。



ようやく話が流れたわん。次は戦闘シーンだ!といっても短いんだけどね(多分)