セラス変異抄
 2接触
作:MUTUMI イラスト:SMACより


「んー、いい天気。絶好の行楽日和だな!」
こげ茶の髪の、どこか野性味を帯びた精悍な青年ダークは、そう言い深呼吸をする。爽やかな空気が肺の中に入ってきて、ダークはほんのり幸福感に包まれる。
「草の香りがする。いい匂いだな」
”なんとも、はや、極上の機嫌だな?こんな時に何をやっているのだか…”
呆れた声音で体内に宿る聖獣ムクロに突っ込まれ、ダークは緑の瞳を細める。
「ほっといてくれ、ムクロ。久しぶりに田舎を満喫してるんだからさ」
そう言いおくとダークは、草地に囲まれた鋪装のされていない、土のままの細い道を歩き出す。
ダークの今いる所は、町からほんの少し離れた、見渡す限りの草地となだらかな山々ばかりある台地だった。どこからともなく心地よい風が、そよそよと吹き流れてくる。春の日射しが優しくダークに降り注いでいた。

「やっぱり、いいな。こんな感じ。大自然に囲まれて気持ちいいよ。あ、そうだ。思いきってここに住もうか?」
何を思ったのか、ポンと手を打つとダークはムクロにそう提案する。それに対してムクロの応えは実にあっさりしたものだった。
”…ダーク。止めとけ”
「なんでさ」
”お前には無理だ!お前は根っからの都会人!!三日もいたら暇すぎて気が狂う”
「ムクロ、お前それは言い過ぎ」
ダークはがっくりと肩を落とすが、自分でもあり得るかもと考えてしまう。
「でもさ、ちょっとぐらいは…」
ダークはなおも諦めきれないのか独りぶつぶつ言いながら、考え込んでしまった。ムクロは自分の知った事ではないとばかり無視している。
そんな漫才みたいな会話をしながら二人は、当初の目的地を目差して歩いて行った。

そんな時だった。唐突にムクロが愉快そうな声をあげる。
”おや。何か面白そうなものが向こうから来るぞ”
「は?」
”おお、走ってる。走ってる”
「何が?」
自分の見えていないものを見ているムクロに、ダークは苛立たし気に聞き返す。
”小さな子供らしい。小さいとはいっても14か15才ぐらいかな?男達に追われているようだぞ。その上追っている者達に、全く意識が感じられない。暗示か意識コントロールか、ともかくただ事ではないな”
「はい?」
そう呟き返し、ダークは目に見えてわかる程、がくっと肩を落とした。
「…まーた、トラブルだ」
何だって俺ばかりこんな目にあうんだ。まともにいったためしが無いじゃないか!俺は平穏無事に仕事がしたいだけなのに!
そうダークは心の中で盛大に文句を言い、ひたすら自分の運の悪さを嘆いた。
何でなんだ?なんでこう、いつもいつも何かが起るんだ??

”ダーク”
「へいへい。助けますって」
ムクロにせかされダークは前方を見る。ようやくダークにも見える距離になってきた。
ムクロの言う通り14か15才ぐらいの少年が必死に走っている。今にも足がもつれて倒れそうだ。そんな少年の背後には大人の男達が、少年を捕まえようと追いかけてきていた。男達にはどうみてもただならぬ雰囲気がある。
「…何かむかつくな。いい大人が子供相手にさ。…何をしてるんだか!」
むすっとしてダークはそう呟く。
そんなダークの呟きなんて聞こえているはずもないのだが、逃げていた少年がダークを見つけ声をあげた。
「助けて!」
切羽詰まった声だった。ダークは持っていたボストンバックを、その場にすとんと落とすと、少年のいる方に向かって走り出した。


□□□□


助けてくれるなら実際誰でもよかった。目の前にいたから助けを求めた。助けてくれるとは思ってもいなかった。
走って走って息がきれて、倒れそうになった私を、向こうから走ってきてくれた青年が受け止めてくれる。
「はあ、はっ。はっ」
「大丈夫か?息しろよちゃんと」
深い優しい声が頭上から降ってくる。思わず何だかほっとして体の力が抜け、地面に私はへたり込んでしまった。そんな私に青年は待ってろ、と告げるとすっと離れていく。私が、はっとして青年を見上げた時には、もう青年はいなかった。
「!?」
どこに?
そう思った時、私を追っていた村人達が悲鳴をあげた。
「うわっ!」
「ぐっ」
くぐもった声が聞こえる。青年が自分を追ってきた村人達を気絶させていたのだ。
その動作は滑らかで、ためらいや迷いは無い。あっという間に、本当にわずか数十秒だったと思う、の間に青年は追っ手を全て気絶させていた。

すごい。
思わず思ってしまう。
暫く自分が気絶させた村人を、小首を傾げて見ていた青年は、私の方へやって来るとひょこっと身をかがめた。
呆然と座り込んでいた私の、目と鼻の先に青年の顔がある。
「大丈夫か?」
青年にそう聞かれ私は、こくこくと頷く。
何だか、本当にこれが現実なのかどうか信じられない気持ちで、いっぱいだった。
私は逃げ切れたのだろうか?

そんな私の思いを知ってか知らずか、青年は興味深そうに尋ねる。
「お前何で追われてるの?」と。
その時になってようやく私は、青年をきちんと見た。
青年と言っていいのかな?…いいんだろうと思う、その人の年の頃は22、3でこげ茶の髪に緑の瞳をしていた。瞳は悪戯っぽく私を見ている。
背は高い方だろう180cm以上はあるかと思う。決して細くは無く、かといって太っているわけでもない、程よい体格をしていた。
顔立ちはどちらかといえばすっきりと整っていて、精悍でシャープな感じがただよっている。これはさぞかしもてるだろうと伺える。

「おい、聞いてるか?」
ぼーっと青年の顔を眺めていた私はそう声をかけられ、はっとして口を開く。
「あ、ありがとう」
「いいって。気にするな。それよりお前、何か凄い格好してるな。…その腕切ったのか?」
そう言い、青年は心配そうに私を見る。
え?と思って改めて自分の着ているものを見てみると、あちこち引き裂けていて、ところどころから血が出ていた。
うわ。そういえば何度かこけたっけ。擦りむいたのかな。夢中で走ってたから気付かなかった。でも、どれも大した傷じゃない。

「大丈夫。たいした事無いよ。そんなことより、私は一刻も早く町に行かないと…」
「町?」
いぶかし気に青年は聞いてくる。
「大事な用があるから…」
私は曖昧に言葉を濁した。いくら何でも初対面の人に言えるわけないじゃないか。
青年は腕を組み、じっと私を見つめる。何と言うか、全てを見すかされているような、そんな感じがする。
「ふうん。よかったら理由を言えよ。送っていってやるからさ」
「え?」
「あの人達どこかの村の人間かな?どうも意識が無いように思ったけど。…何かちょっとおかしくないか?」
ドキリとするような事を言われ、私は青年を見る。
こう言っては何だけど、そんな事に気付く人なんているとは思わなかった。村人達が誰かに操られているなんてこと、一体誰が想像するだろう。もしかしなくても、この人って凄い?
この人だったら私を、いや私達を救ってくれるのだろうか?
暫く黙考していた私は、助けを求める事を決意すると口を開いた。見ず知らずの人に救いを求めたのはこれがはじめてだった。

「あの…」
私は意を決して話しかける。
「ん?」
青年は優しい瞳をして私を見た。なんだかほっとするような笑みだった。それに勇気付けられ、私は青年に頼み込む。
「町の役所か、星間連合の大使館に行きたいんだけど…」
「へ?」
「できたらその…、理由はその時に話しますから、連れて行ってくれると嬉しいんですが」
理由も言わずいきなり連れて行って欲しいなんて、とてもむしのいい話だってわかっている。でも、この人だったら大丈夫、なぜか信用できるような気がして、私はそう言った。
すると青年は、あいまいな困ったような顔をして私を見る。
うわ。やっぱりむしが良すぎるよね…。そんなに上手くいくわけ無いのに!
「…すみません!今のは忘れて下さい」
私は慌ててそう言い、さっきの言葉を取り消す。
「ああ、違う。そうじゃなくて…」
連れて行くのが嫌なんじゃないよと呟くと、慌てて青年は胸の内ポケットから一枚のカードを取り出し、私に見せた。
「俺、一応星間連合関係者なんだ」
「え?」
私は驚いて青年の出した物を見る。
それは星間連合発行の身分証明書だった。身分証明書(IDカード)の顔写真は、目の前の青年のものである。
このIDカードは本物だ!この人星間連合の人だったの!?

青年の持つIDカードには様々な免許情報や、許認可の有無、名前と所属が記載されていた。
私はそっと声にだし呟く。
「ダーク・ピットさん?」
「そ。俺は星間連合所属の星間特使なんだよ」
青年は優しく教えてくれる。
「せいかん…とくし?」
何だろう、聞いた事がないな。
不思議そうな顔をしていたのだろう、青年、えっとダークさんだっけ、は付け加える。
「最近新設された所でね。星間連合の外交を担当している『星間連合大使』に連なるポストなんだ。『SCA(星間軍)』と『星間連合上・下院(議会)』出身のメンバーで構成されているんだよ」
そう聞きふと納得してしまった。だって、私を助けるために村人全員を気絶させるなんて、絶対軍人だから出来た事に違いない!
「もしかして、軍人さんですか?」
「あー、俺?う〜ん、元はな。あ、いや軍人って言うよりは、う〜ん。…まあ、軍人みたいなものかな」
ダークさんは困ったように、あいまいにそう答える。結局どっちなのかは、ハッキリとはわからなかった。
でも私は、そんなことはもうどうでもよくて、全然聞いてもいなかった。

「あの、お願いがあります。村を、村を助けて下さい!」
私は必死の思いでダークさんに告げる。こんなチャンスを逃がしてなるものかという、気迫が私を包んでいた。
「は?え?」
ダークさんはいきなりで面喰らったのか、きょとんとした顔をしている。私は急いで事情を説明した。
「私の村におかしな男が来て、大人の人達を操っているんです。私は事態を知らせるために逃げ出したんですが…。でも、すぐに村の人達に見つかってしまって…」
そう言って長々と話そうとした私を、慌ててダークさんは制する。
「ちょ、ちょっと待て。お前ってどこの村の人なわけ?」
ダークさんにそう言われ、私は黙って後方の、山の向こうを指差す。
「あっちにあります。村の名前はリスムです」
「あの山の向こうの、リスム村?」
「はい」
頷いた私の前で、ダークさんはびっくりしたような表情をし、やがて難しい顔をして言った。

「『翠月(すいげつ)』のある所じゃないか。確かリスム村近郊に埋めたって、報告だったよな」
それは独り言だったのだろう。でも私にとってはとても重要な言葉だった。
「埋めた?『翠月』?…あの、まさかとは思いますが、『翠月』の出すEMPの件で来たのですか?」
ぎょっとした表情を浮かべ、ダークさんはポリポリと頬をかく。
「まいったな。お前その件を知っているのか?」
「はい。私達のおばばさまが、地中に埋められた『翠月』を監視していましたから」
ダークさんは本当かよ!なんて叫んでいる。
「お前…」
「臣です。おばばさまの代わりに、村を出て来たんです」
そう言い、私は期待を込めた目でじっとダークさんを見た。
ダークさんは何気ない風に、ふと付け加える。

「俺さ、リスム村で情報収集しようと思ってたんだけどな…」
「え…」
ダークさんは私の頭の髪を、くしゃっと両手でかき回し言った。
「無理みたいだな。仕方ない。何があったのか言いな。先に村を助けてやる」
「!」
私は驚いてダークさんを見た。
「お前の村がおかしいのも、『翠月』に関係してのことだろう?」
「はい!」
私は慌てて頷く。
この人なら…、この人なら私達の村を助けてくれる!ダークさんがいたら、何もかも上手くいく!
そんな気が私にはした。

臣はダークに引き合わせてくれた神に、感謝の念を捧げたのだった。



臣との出会い編です。ありきたりなパターンを踏んでしまいました。うわ〜何か単純だ。やばいっす。臣は元々MIHOのキャラクターです。ずっと昔にMUTUMIが貰ってしまいました。