セラス変異抄
 1はじまりの一日
作:MUTUMI 

『星間連合』という組織がある。宇宙の平和と安定を目的とした、星間最大の公共機関である。
何万人もの職員を有し、数万の施設を保持する星間連合は平和の礎であった。

かつて星間には、宇宙を二分化した戦争があった。神と呼ばれた男に率いられた勢力と、その神に抵抗した者たちの戦争だ。
二年という月日を星間の星々は互いに争い、殺しあった。その時の死者は数千億兆人といわれ、この戦争によって死滅した惑星は数千を下らない。まさに総力戦ともいう、消耗戦だった。
神に対する抵抗勢力は始め、微々たるものだった。だが、神と呼ばれた男の狂気に触れはじめた人々は徐々に抵抗勢力の許、結集していった。
イクサー・ランダムという女性を頂点に、抵抗勢力は常に危うい僅差で神に率いられた勢力に勝利し続けた。神すら凌ぐ戦いを繰り広げ続けたのだ。

圧倒的な力を持つ神を敵にした抵抗勢力の中心には、一隻の宇宙船があった。船名を『フォーチュン』という。その船は、まさに希望。星間の命運を決めた船だった。
当時フォーチュンに乗船していたのは15人の子供達だった。戦禍に巻き込まれ、大人達を失った船に取り残された子供達。けれど、大人達ですら舌を巻くことをやってのけた子供達。
彼等は過酷な戦争を生き、星間大戦を終結へと導く要因ともなった。
生き延びるために彼等は戦い、勝ち続けた。抵抗勢力と共同歩調をとりながらも、やがて子供達は抵抗勢力すら指揮するようになる。
抵抗勢力の本隊『メビウス』を指揮したのはキッズ・パーキンス。若干18才の青年だった。遊撃部隊『シーフェル』を指揮したのは14才の少年、若林一矢(わかばやしかずや)。
彼はまた、星間戦争最終戦において神と呼ばれた男を殺した張本人、神殺しの特殊能力者でもあった。
そんな星間最強の特殊能力(フォース)保持者である彼を、人々は恐れと憧憬を込め『フォースマスター』と呼んだ。

抵抗勢力の勝利で終結した星間大戦ではあるが、破壊された星間の爪痕は痛ましいものだった。人が居住できなくなり、破棄せざる得ない惑星は数百にも及んだ。戦争は宇宙中に悪辣な兵器や物質を拡散させてしまったのだ。
その為戦後の星間復興の願いは、まさに人々の急務であり望みだった。
そんな折、一つの提案が出された。星間中の人々のために政治、経済、宗教およびそれに類するあらゆる制約を受けない組織を作ろうというものであった。
人々はそれに賛同し、フォーチュンの子供達も否応なくその組織に組み込まれた。その組織の名を『星間連合』と言う。

星間連合の戦後処理は多忙を極めた。何しろ銃器の類いの回収だけでも5年はかかると言われていたのだ。
もっと悪質な、生物兵器、毒ガスなどについてはもう頭を抱えるしかなかった。
創設当時の星間連合にはお金も時間も無かった。だが、なんとかかろうじて戦争の残留物は処理されていった。
そうして、星間中から人々の生活を脅かす戦争の遺物は消えていった。

やがて10年が過ぎた。


□□□□


「ランスフォードでEMP(電磁パルス)が高いって、本当?」
「え?あっと、いらしてたんですか?」
驚いた表情をして、端末を操作していた職員が顔をあげ、目前に立つ年若い人物を見る。
職員は『星間連合』機構職員指定のシャツを腕まくりし、紫紺のネクタイをだらしなく緩めていた。ふとそれに気付き慌てて服装をただす。
そして周囲を見渡し、同僚が誰もいないことに気付く。
「あれ、他の奴は?」
「お茶とお菓子をとって来るって」
「…ティータイムですか?」
「さあ?」

年若い、いまだ少年と言える人物は小首をかしげる。職員とは違い彼は黒一色の軍服に身を包んでいた。その服の左肩には01と刻印があり、桜の紋様が印されていた。
どう控えめにみても、ここ『星間連合』地域情報課には相応しく無い。そもそも『機構』の一課に『軍部(SCA)』の将校がしかも、軍服のまま登場するというのは甚だ不似合いだった。その上、どうもしっくりこない。だが、そんなことはこの少年は気にしない。

「ねえ、それよりランスフォードのことなんだけど…」
「あ、はい。えー、EMPですよね。こちらでは別段情報は入ってきていませんが。誰からお聞きになったんですか?」
職員の問いに、少年は、ああと頷き告げる。
「イクサーからね」
「!!『星間連合』総代からですか?」
職員は絶句し、少年を凝視する。対して少年はちょっと嫌そうな顔をしていた。
「あの人には独自の情報網があるから。多分ランスフォードの王太子からじゃないかな」
「ランスフォード星の王太子ですね。彼が言うのなら事実かもしれません。少しお待ちください」
言い、職員は情報端末に向かった。
少年は職員の見ているディスプレイを覗き込む。データが川のように流れていった。
「ああ、ありました」
「本当?」
「ええ。ランスフォード星セラス地方で、通常の一万倍のEMPが放出されています」
そう言い、ちらりと少年を見る。
「セラス」
少年は難しい顔をして、じっと考え込んでしまった。
「若林殿」
「ああ、ごめん。何でも無い」
「あの…」
「気にしないで。こちら(SCA)の領分のことだから」
「はあ」
『機構』の職員には関係ないことだと言われ、何も言えなくなってしまう。そんな職員の傍らで少年は小さく吐息をつく。
「間違いなく出てくるな。さて、どうするか…」
そう呟く声は暗いかげりを含んでいた。


□□□□


ランスフォードは緑の惑星である。特にセラス地方は放牧の多いところとして知られている。主な家畜はヤンハと言って、羊によく似た毛の長い大人の背丈はある動物である。
このヤンハの毛は薄く透明で、まろやかな黄金の色をしていた。ヤンハの毛で織った織物はセラス地方特産としても有名だ。
もっとも、ヤンハの毛の織物はべらぼうに高い。わずか100×100の織物でも並の家なら、軽く一軒は建ってしまう。

そんなヤンハの織物を手に悩む青年が一人いた。
「どっちにするかな〜」
左右それぞれの手に握った織物の柄を比べ小首をかしげる。商店の主人がどちらになさいます?という表情で青年を見ていた。青年はそれに気付かずなおも迷う。
「うーむ。どっちもすてがたい」
右手の柄は動物を模写したもので、左手の柄は古典図絵になっている。どちらも最高級のものとわかる。
「だけど、一矢兄もよくこんな高いもの買う気になったよな」
呟き、まあ、自分がお金を出すのでないからいいかと思う。そして、青年はおもむろに左の織物を店主に示した。
「これにする。配送頼めるんだろう?」
「それは勿論!お支払いは現金で?それともカードでなさいますか?」
青年は、できればと呟き口座払い落としにしてもらう。
「口座ですか?」
「そう。悪いね、今現金そんなに持ってないし、カードもないんだ。だから、中央銀行の口座から落としといてくれる?」
「わかりました。そのように手配します」
「頼むよ」
「それで商品の方はどちらに、発送すればよろしいでしょうか?」
「ああ、それは『奥宮』に頼むよ」
青年はあっさり言い、店主はぎょっと目を開く。
「奥宮ですか?」
「ん?惑星アースリル、ラーデン行政区の奥宮でいいって言ってた」
「アースリルのラーデンというと、その、あの…フォースの居る?」
店主は恐る恐る青年に聞き返す。
「それそれ」
青年はあっさりと肯定し、店主は呆然と立ち尽くす。
アースリルのラーデンの人物と知り合いということは、この人、いやこの方もフォースだろうか?
ちらりとそんな事を考えつつ、店主は口座番号をしっかり聞いて客を送りだしたのだった。

「さーて、買い物も済んだしっと…」
青年は呟き、ナップサックから小型のナビを取り出し、付近一帯の地図を呼び出す。
「おや、これから推察するに例の物は山の中じゃないかな?」
山の中は疲れそう…
青年はそう思い、仕方ないかと諦めてくてくと歩き出す。石造りの古びた町中を青年は歩く。賑やかな町の、活きた風景に青年は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
活きている町はいいな。活気があって、なにより平和でみんな幸せそうだ。
ほのぼのとした感情が青年を包む。そしてそれは青年の体内で共生している聖獣にも伝わった。
”やけに嬉しそうだな?”
”ムクロ!”
”ニヤニヤしているぞ。ダーク”
ムクロ、青年にそう呼ばれた存在は面白そうに告げる。
”仕方ないじゃん。何かさこういうのいいよな。生きてるって感じがする”
”ふむ”
”星間戦争の時ここはひどい有り様だった。でも今は違う。十年の歳月がここを変えた!”
”そうだな”
”こういうのを幸せっていうのかな?”
”恐らくな。しかしこの先の対応を間違えば…”
”わかってる!だけどさ、何でこんなのが俺の所にまわってくるんだ?俺、今は軍人じゃないぞ!しかも、『機構』の中でも外交部門に属してるのに”
”出来たてホヤホヤの海の物とも山の物とも知れぬ部署に属しているな…”
”…新設と言ってくれよ”
”はいはい。ま、こういう話がくるということは、実力だけは認められているということだろう?”
”…そうか?…まあいいや、とりあえずやるだけはやろうぜ、相棒!”
青年、ダークはそう心の中で応え、山へ向かって歩き出した。なぜかその足取りはひどく軽かった。


□□□□


「臣(おみ)、臣」
小さな声で呼ばれ、暗い牢の中少年はふっと顔をあげる。
「清鈴(せいりん)!どうしてここに?」
小さな唇に人さし指をあて清鈴は黙るように指示する。
「今なら逃げられるわ。急いで」
清鈴は言い、カチャカチャと牢の鍵を外した。
「清鈴」
「臣、今の状況がおかしい事は理解しているわよね?絶対この村はおかしいわ。」
「それは…」
少年は呟き、じっと清鈴を見る。
「おばば様から伝言よ。EMP(電磁パルス)のことは王太子から何とか星間連合に伝えられたらしいわ。星間連合がどうでるかはわからないけど…。ともかくこちらも動く事にしたの」
清鈴は言い、藍色の瞳を優しく細めた。
「おばば様によるとあの男が、村の人達を操っているのは確実だそうよ。無事なのは私や臣みたいな子供と、おばば様みたいな老人だけ。判断力のある大人達はみな駄目だって」
「畜生!」
「とにかく臣は逃げて。私達はあの男の企みを阻止しするから」
「私も手伝う!」
臣は言ったが、清鈴にあっさり却下される。
「臣は目を付けられているから駄目。」
「でも…」
「いいから、村の事は私達に任せてよ。何とか、うん、何とかするから。それよりも臣は町に行って警察か、星間連合の職員にあの男のことを伝えて」
「!」
「村人が何をさせられているのか、あの男が何を狙っているのかを伝えないといけないわ」
少年は清鈴を前に少し迷うそぶりを見せた。
「今となっては、おばば様が町へ行くことは無理だわ。臣、行ってくれるよね」
「清鈴」
「時間がないわ。EMPはどんどん高くなっているの。あの男を止めないと」
少年はじっと清鈴を見つめていたが、小さく頷くと立ち上がった。
「すぐ戻ってくるよ」
「気をつけてね。追っ手がかからないことを祈ってる!」
「…あの男逃げた奴を許すはずないか。…でも、私だって村の人間だ。負けるもんか!」
「臣」
清鈴はそっと弟を見つめる。
「清鈴、おばば様を頼むよ」
「うん」
臣はふわりと微笑し、牢から出て暗い通路を走り出す。あっという間にその姿は清鈴の視界から消えた。
「臣…」
呟く清鈴の声は震えている。
小さな山あいの村は災いにみまわれていた。それを抜け出すべは今はない。                         



物語の始まりです。主人公はダークと彼に共生している聖獣ムクロ。でも影で暗躍しているのはちょこっと出てきた一矢にいちゃん!Milky Wayのお話上で最強の特殊能力者(フォース)です。一応SCAの特殊部隊指揮官の設定になってます。ちらっと過去の世界設定を入れてみました。なんか余計ごちゃごちゃしたかも…