学校へ行こう
1ファーストコンタクト
作:MUTUMI

元々は1300キリのT・Aさんさんからのリクエストでした。
キリリク題材は『明るい怪談もの』です。


グオオオン、グオオオオン。

かん高いエンジンの音が響いていた。
数十隻の航空母艦がその星の空を飛行していた。それは惑星の空、大気の中だけでなく、真空の宇宙をも飛べる戦術級クラスの船達だった。
そんな船の中で最も異彩を放つ、他の船よりは一回りも大きい航空母艦があった。
その船、この部隊の旗艦でもあるのだが、のキャビンには、堅いシートの上に座る少年の姿があった。
漆黒の服に身を包み、年若い少年は頬杖をして窓の外の景色を見ている。
少年の眼下を幾つもの複座式戦闘機と、それらを搭載する母艦が飛行していた。
うっすらと明ける夜が、視界をオレンジに染めていく。
ぼんやりと少年はその光景を見つめ続けた。
眼下に広がる部隊は、少年の指揮下にあった。よくよく見ると少年の乗る航空母艦にはピンクの桜のマークが入っている。
星間連合所属『特殊戦略諜報部隊』、通称桜花部隊のマークだった。
それは星間の闇と影にある、通常のSCA(星間軍)の組織外にある部隊の印だった。


「一矢。どうかしましたか?」
コーラを片手に男性が少年に声をかける。少年は背後を振り返り、微かに笑った。
「何でもないよ。ボブ」
男性、ボブはコーラを一矢に差し出し、自分も一矢と同じように窓の外を覗いた。
そこには光と闇があった。
「夜が明けますね」
「うん。今回のミッションはかなりきつかったね。本部に帰投したら、皆にたっぷり休暇をあげないと駄目だね」
「・・・おや、珍しく愁傷ですね?」
「そりゃあね。・・・御免ね。皆に無理をさせた」
コーラのプルトップを開け、一矢は昇る三つの太陽を見つめる。眩しくて涙が出そうだった。
「一矢・・・。気にする事はありませんよ。我々も、敵も最小の犠牲で終わったんですから」
ボブはそう言い、じっと一矢を見つめる。
「副官として忠告します。今一番疲れているのはあなただ。桜花、少し休んで下さい」
珍しくも一矢を名前ではなくコードネームで呼び、ボブは休息をとる様に促す。
「・・・そうだね、後を任せていいかな?」
「はい」
苦笑しながら頷くボブを後に残すと、一矢はコーラを片手にキャビンを立ち去った。
「お休みなさい。隊長」
ボブは呟き、自身もキャビンを後にする。
窓の外の三つの太陽は徐々に海面から姿を現し、空に昇ろうとしていた。
また新たな一日が始まる。




惑星ディアーナ。
それは豊かな生態系を持つ、星間有数の星だった。
取り立てて紛争もなく、一つの惑星に一つの政府であるため革命の気配もない、何とものんびりした星だ。
交通も発達しており、星間に広がる無数のゲートの入り口にも程近い、物流にも便利な星だった。
過去ほとんど紛争がなかったため、住人の気質は至って穏やか。警戒心も少なく、治安もしっかりした、優良な惑星だった。
惑星標準気候の春。一部地域を除き、花々が開花する時期。
そこにはガヤガヤと喧噪が満ちていた。
サンリーグ地区、ミドルスクール。この日は丁度卒業式だった。
別れを惜しむもの、友人と話し込むもの、好きだった彼、或いは彼女に告白するもの。
卒業式終了後の喧噪は止まる気配がない。


「シ〜グマ! これからどこかに寄ってくか?」
卒業証書を片手に、同級生の友人ケンが走りよってくる。
「あれ? ケンは誰かに告白しに行かないのか?」
「あのな。・・・皆が皆そっちに走る訳ないだろうが」
ケンは唇を尖らせシグマに反論する。
「あはは。そうだね〜」
「そこで明るく同意されても、何か腹がたつな〜」
とりたてて恋をしている訳じゃないケンは、むーっとシグマを睨んだ。
「気のせい気のせい。で、どこに寄って行くの?」
シグマは卒業証書をマイクのように突き出し、ケンにインタビューする。
「そうですな。さしずめ・・・」
腰に手を当て、胸を張りケンは告げようとする。が、それはあっさりと遮られた。
「どこに寄るんですって〜〜」
「うわっ。姐さん!!」
ケンがそう口走ったとたんに、スパコンと丸められた卒業証書が飛んでくる。
「ちがーう!! 元委員長! 誰が姐さんなのよ!」
ボブカットの少女は眉を釣り上げ、ケンに抗議する。

「ここんところが姐さんじゃないか」

ボソリ、そう呟くと再びギッとした視線とかち合った。とたんにケンは首を竦める。
それを取りなしたのはシグマだった。
のんびりした口調で二人を宥める。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。せっかくの卒業式なんだし」
「そうそう。落ち着かなきゃ駄目よ、パイ」
パイの投げた卒業証書を拾いながら、長い髪の少女が三人に近寄ってくる。
「アイリーン。だって又姐さんって言うんだもの。私がそのあだ名を嫌がっているのを知っている癖に」
「う、御免、パイ! 次からは気をつけるから!」
ケンは慌ててそう付け足し、パイを宥めた。
「そのあだ名のおかげで私がどれだけ迷惑したか・・・」
「へー。そんなに迷惑してたの?」
呑気な口調でシグマはパイに尋ねる。
「してたわよ。今だって・・・、ユウキ君に告白したとたんに、姐さんは恐いからなんて言われて・・・」
「「え」」
男二人、シグマとケンの声が見事に重なる。
アイリーンはそっと吐息をついた。
「パイって優しい子なのに。誤解されちゃうのよね」
「私のどこが恐いのかな〜。あーあ。見事に失恋しちゃったよな〜」
ほとんど独り言のような感じでパイは呟き、浮かんできた涙を拭った。
シグマとケンは慌てて、パイを宥める。その素早さは先程の比ではない。
「だ、大丈夫! ハイスクールに行ったら、きっと彼氏も出来るよ!」
「そうそう。絶対もてるって!! パイって美人系だから、大丈夫!!」
「でも、姐さんだし」
「そんな事気にするなよ! 皆パイの威勢の良い所が好きでそう呼んでたんだから!」
シグマはあたふたと手を振りながら、力説する。
「そうだよ。きっと親分って呼ばれる、パイに合う男もいるって!!」
ケンはそう力説し、どことなくおかしな事を口走った自分に気付く。
「あ、あれ?」
「あれじゃないって・・・。ケン〜〜」
不味いよその台詞は!!
目でシグマに訴えられ、ケンは慌てて口を押さえる。
「え〜っと。パイ・・・」
「・・・・・・・・・。ふう、もういいわよ。気にしてないから」
アイリーンから卒業証書を受け取り、パイは二人の横を通り過ぎて行く。
「パイ」
その背にシグマはそっと呼び掛ける。
「平気よ。そのうちユウキ君より素敵な人に出会えるもん」
そっと呟き、パイは歩き出す。どことなく寂しそうな歩き方だった。
それを見てシグマは慌ててケンやアイリーンの手を引くと、後を追った。
「わっ。シグマ??」
「シグマ君?」
ケンとアイリーンはシグマに手を引かれながら、落ち込み度100%のパイにようやく追いつく。
「待てよパイ! 今から俺達卒業記念の打ち上げに、埠頭のセンタービルに行くんだ! 買い物に付き合わないか? 遊びに行こう! 四人でさ」
そう言い、な。とケンやアイリーンを見る。二人はとたんに、はっとして各々頷いた。
「行きましょうよ。パイ」
「そ、そ。遊ぼうぜ〜」
パイはちょっとびっくりして三人を見ていたが、微かに笑うと嬉し気に同意する。
「そうだね、気分転換しようかな」
そんなパイの返事にシグマ達三人は、ほっと安堵の息を吐く。
何時も元気なパイが落ち込んでいるのを見るのは、何だか落ち着かなくて気になってしまうのだ。
これで元気になるといいな。
シグマは四人で並んで歩きながら、そんな事を思った。




埠頭、センタービルはこの辺りのショッピングスポットだ。
若者系のショップが軒を列ね、何時も活気に溢れている。
四人は各々の好みの店を順番に回り、ソフトクリームを食べ、ストリートの歌や踊りを楽しんだ。
時間はあっという間に過ぎて行き、今は岬の公園でベンチに座って夕陽を見ている。
四人と同じようにくつろぐ人々の姿が、あちこちのベンチや芝生の上にあった。
「うふふ。凄く沢山買っちゃったわ。楽しかった!」
パイはう〜んと、体を伸ばし改めて三人を見る。
「ありがとう!! 楽しかったわ」
「俺等も楽しかったよ」
ケンはそう言い、大きな紙袋を持ち立ち上がる。
「さてと、そろそろ帰るか?」
「そうね。もう夕方だものね」
パイは頷き、ケンと同じように、いささかケンよりは大きい紙袋を抱え立ち上がった。その大きな荷物の正体は、途中で衝動買いしてしまったヌイグルミだった。
くりくりした目が可愛くて、買って? と訴えていたのだ、とは本人の弁だ。
とにもかくにも、四人は家路につくべく公園を抜けて行く。
「あっ。そう言えば最近この辺りって、夜は危ないらしいよ〜」
「えっ、何かあるの?」
シグマのどこか楽しんでいる口調に、パイはびくんと反応する。
「お化けが出るらしいよ〜」
どろんどろんと擬態音付きでシグマはパイをからかう。姐さん肌のパイの意外な弱点はお化けだったりする。その手の話を聞くのも、恐いのだ。
長い付き合い上それを知っているシグマは、時々こうやってパイをからかう。
「もーーっ。その手の話は止めてよね!」
パイはシグマを叩く振りをし、脅して話を止めさせる。
「ぷっ。く、く、く。はーい、はい」
半ば吹き出しかけながら、シグマはパイに笑いかけた。
「お化けは嘘だけど、変な奴が出るんだってさ。夜は近寄らない方がいいよ」
「そうなの? うん、気をつけるわね」
半分は真実だったのかと、妙に感心しながらパイは先刻からやけに大人しい二人に声をかけた。
「二人ともどうしたの? やけに大人しいわね」
そう言い、何故か立ち止まっている二人の肩を叩く。二人は公園の奥、薄暗い茂みの方を凝視したまま、惚けていた。
どうしたんだろうといぶかしり、パイは二人の視線の先を追う。
そこに二人が惚けている理由があった。
「・・・アレって・・・」
「だ、よな」
ケンは震える手でそれを指差す。茂みの中から流れてくる白の光の帯びを。
「や、だな〜。こんな茂みの中に街灯なんか建てちゃってさ」
「そ、そうよね〜」
震える声で、パイもケンの常識ある答えに返事を返す。
「でも、あんな所に街灯なんてあったかしら?」
記憶にはないんだけど〜、とか細い声でアイリーンは呟く。
「やーね。アイリーンたら。きっとあるのよ! ええ、そうなのよ!!」
「そうそう。きっとそう!!」
無理矢理納得しようとパイとケンは交互にそう言いあう。けれど・・・。
「なかったよ。街灯」
あっさり、きっぱりシグマは二人の言葉を否定する。
「嘘」
「またまたからかってるだろう!?」
ちょっとお茶目な所のあるシグマに、ケンは泣きそうな顔で迫る。どうやらケンもその方面は凄く苦手なようだ。
「だって先週、あそこを通過したもん。全然一本も街灯なんてなかった!」
シグマがそう断言する間にも夕闇は濃くなり、白の光もそれに比例して強くなっていく。街灯どころの光り方ではなかった。
「凄く光ってるよ〜。完全にお化けじゃんかよ〜!!」
ぞっと身を震わせるケンに、シグマは冷静な突っ込みを入れる。
「お化けって光が苦手じゃなかった?? それに自分から光ったっけ?」
「うぎゃーっ。知るかよ〜。早く逃げようぜ!!」
うんうんと頷くパイとアイリーンをしり目に、シグマは光に向かって歩き出す。
「あーっ、シグマ! 危ないって!」
「でも、気になるし・・・」
呑気に答えつつ、シグマは光に向かって歩いて行く。
「こらーっ。好奇心は猫をも殺すって知ってるかーーっ」
「百聞は一見にしかず」
「だーーっ。こんな時に好奇心を発揮するな!」
心配症な友人に苦笑を送り、シグマは薄暗い茂みを掻き分けた。
そこにはお化けなんていなかった。
淡く白く発光するライトが転がっていただけだった。ただし、その側にはおまけがあったが・・・。
光と闇に照らされて、一人の少年が倒れていた。
ぼろぼろの状態で。


「シグマ君〜」
自分を呼ぶパイの声にシグマははっとして、三人を振り返る。
「手を貸して! 人が倒れてる!」
「え!?」
「お化けじゃなっかたのか!」
妙に安堵した口調のケンに、シグマは少々目眩がした。
そんなに恐かったのかケン〜〜。パイより恐がりじゃないか〜〜!!
シグマの心の叫びを知らず、人間だとわかったとたんにケンは俄然元気になり、シグマに駆け寄って来た。
「わっ。本当だ! 俺等とまだ変わらない年じゃないか!? 大丈夫か!」
しっかりしろー、と独り叫びゆさゆさと少年を揺らす。
「ああ、そんなに揺らすと駄目だって。頭の怪我だったら、致命傷になっちゃうよ」
慌ててシグマはケンを止め、改めて少年を観察した。
ケンの言う通り少年の年齢は、自分達とそう大差がないように思えた。
目立った外傷はなく、血も少ししか流れていない。かすり傷ぐらいのものだ。
けれど着ている服は何故かぼろぼろだった。この春の陽気な気候だというのに、真っ黒のコートを着ている。腕の袖の部分にはピンクの桜の紋様があった。よくよく見ると小さく01と数字が入っている。
ロゴマークかな? 変わったメーカーだよな。
そんな感想を抱きつつ、周囲に他に何かが落ちていないかと見渡す。けれど、他には何もなかった。
「どこの子だろう? こんな制服あったかな?」
「シグマ君・・・」
心配気なパイにシグマは救急車をと言いかけ、気付いた。倒れていた少年が、ぼんやりと薄目を開いていた事に。
「君、大丈夫?」
あまり大きな声では頭に響くかもと思い、シグマはやや控えめに聞いてみる。
少年は視点を動かし、四人を見た。
引き込まれそうな瞳の色と、少年の整った顔立ちに四人は声を失う。稀に見る美貌の少年だった。
うわあ、す、凄い綺麗だな。 男だよな?
シグマはあっけにとられ少年を見つめる。
「び、美人だわ」
パイはそんな感想を抱き、もしかして、男の子の格好をした女の子なのかもと密かに思う。
けれど。
「ここは・・・? どこ?」
自分達より幾分か低いその声音に、これは間違いなく男だと確信する。
「いるんだな、世の中に美少年って・・・」
ホログラフに出ているアイドル達より、綺麗かも・・・。
四人が似たり寄ったりの感想を抱いているうちに、少年はゆっくりと身を起こした。
「痛っ」
どこかを打っているのか、微かに眉を寄せ息を吐き出す。
「大丈夫か?」
「ん。何とか。えっと、それでここってどこかな?」
かなり妙な質問をする少年に、パイは優しく答える。
「サンリーグ地区の岬の公園よ」
「サンリーグ地区? えっと、惑星名は?」
四人は言わずもがなの事を聞かれ、目を合わせた。もしかするとどこか頭を打ったのかもと、思って。
「あの・・・」
少年から催促され、慌ててシグマは告げる。自分達の住む惑星名を。
「ディアーナだよ」
「え!? ディアーナ!? 嘘だろ。そんなに飛ばされたのか〜!」
素っ頓狂な声をあげ、少年は慌てて立ち上がる。
「やばいよー。絶対皆心配してる〜。うわっ、ボブの奴今頃青くなって一帯に捜索隊をだしてるかも」
あちゃーっと、頭を抱え、少年はしばらく蹲る。
「あの〜、大丈夫? 近くの病院に行く?」
そっとそう申し出るパイに、少年は苦笑を浮かべ首を振った。
「たいした怪我じゃないから。ありがとう、君達が介抱してくれたんだね?」
「あ、違うの。介抱しようとしたら、あなたの目が覚めたのよ」
パイはだから何もしてないんだと呟くと、ここに来てようやく思い出したのか、鞄の中から絆創膏を取り出した。
「ほっぺ、擦り切れてるよ」
「え? あ、本当だ」
手で触り赤い血が付いたのを確認し、少年は苦笑する。
「とっさだったから受け身がとれなかったみたいだ」
そんな風に笑って言い、平気だよと続ける。どうやらこの少年は怪我には慣れているらしい。
「ここの血はまだ止まってないわよ。これを貼っておけばいいわ」
ピリピリとセロファンを破り、絆創膏を取り出すと少年の頬に張り付ける。
可愛らしい顔には些か不釣り合いだが、血が止まるまではしかたない。少年はちょっと驚いた顔をしていたが、照れくさそうにありがとうと呟いた。
「君はどうしてこんな所に倒れていたの? 君の服ぼろぼろだよ」
シグマは不思議そうに、少年に尋ねる。少年は曖昧な顔をすると、苦笑を浮かべた。
「ちょっと・・・ね」
そう呟き、側に落ちたままだったライトを拾う。


ちょっとばかりしくじったか・・・。
まさかあそこで爆発するとは思わなかったからな。爆発に巻き込まれて、コートはずたずただし、とっさに転移をしたから、まだ生きてるんだろうなー。
でもディアーナか。本隊からかなり外れたな。ボブ達心配してるよな。
さっさと帰るか。
少年、星間連合所属『特殊戦略諜報部隊』、通称桜花部隊の指揮官である一矢はそう思い、自らのミスを嘆いた。
あそこで爆発はやめろよな。全く、ミスったよなーっ。
ちょっとばかり仕事に自信を失い、一矢は一つ大きな溜め息をつくのだった。


これが、四人と一矢の最初の出合いだった。



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**キリリク小説おまけ(未完成)**