学校へ行こう
2春の再会
作:MUTUMI

いよいよ入学式です。


うららかに晴れたその日、私は真新しい制服に身を包んでいた。
薄い青色のブレザー。胸元には萌黄の色をした、可愛い四つ葉のエンブレム。
ほんのり甘くてキュートな意匠だった。
エンブレムを模った金糸は、キラキラと輝き嫌でも目に焼きつく。この辺りでは最も有名な学校のマークだった。
丸襟の微かに緑がかったブラウスには、紺のリボンが付いている。細い紺のリボンは所々に、真紅のビーズが縫い付けられており、可愛いものが大好きな私の心を浮き立たせていた。
この制服は、私の憧れだった。
これを着る日が来るのを、小さな頃から夢見てきたのだ。
それは惑星ディアーナ、サンリーグ地区にあるハイスクールの制服だった。

私は晴れの舞台を前に、ドキドキしながら家を出た。
何といっても、今日はハイスクール最初の日、栄光の入学式なのだ!
いくらミドルスクールの友人たちと同じ学校とはいえ、なんだか晴れやかな、清々しい気持ちになってくる。
私は今日から高校生になるんだ!
ワクワクしながら、私は家を出た。見るもの全てが新鮮に思えてくる。同じ道、知っている所なのに、ドキドキは一向に衰えない。

今日から高校生。

実感とともに、未来に対しての微かな不安が胸を過(よ)ぎる。
新しい友達、ちゃんと出来るかな? 勉強って難しくないかな?
ほんの少し不安になる。けれど、今日の晴れの舞台を前に、そんな感情はいつしか消えていた。

パイ・エルモアは友人達との待ち合わせ場所に、スキップしながら向かった。




「一矢! 遅刻します。起きてください! 今日は入学式です!!」
ゆさゆさとボブは、一向に起きて来る気配のない一矢を揺らし続けた。爆睡中の一矢には起きる素振りもない。
「一矢〜〜〜〜!!!!!」
とうとうボブは一矢の耳元で怒鳴る。起こすなんて生優しいものではなく、ほぼ命令口調に近くなっている。
「起きなさい!!!!!」
ここまでされ、ようやくボブに構われ続けていた少年の目がぼんやりと開いた。

「ん。……ボブ?」
「起きてください。入学式が始まります」
「入学式?」
はふ、と欠伸をかみ殺し眠い目を一矢はこする。
「行かないんですか?」
ぼんやりとボブを見ていた一矢の目の焦点が、ここにきてようやくあった。
「あーー、高校か! 入学式って今日だったかな?」
「今日です。今から出ないと間に合いません。それとも、転移を使って通学します?」
いざという時の奥の手、普通の人には使えないが一矢にはある、を示唆され一矢は乾いた笑みを浮かべる。
「……普通に通学する」
「だったらもう起きて下さい」
「うん。了解」
言うやいな、ぱっと跳ね起きすぐさま顔を洗い、歯を磨き、制服に着替え始める。
こういう時の一矢の行動は職業上故か、恐ろしく早い。数分後には高校の制服である、薄い青色のブレザーに着替え終わっていた。
鏡の前で可笑しいところがないか、素早くチェックする。

「その服って……」
横から一矢の着替え終わるのを見ていたボブは、くすくす笑って呟く。
「何?」
「いえ。胸の所の四つ葉のエンブレムをピンクにすると、うちのマークと似てきますね」
ボブにそう指摘され、一矢は自分の胸元を見る。言われてみれば似ていないこともない。
「組織の意味はまったく違うけどね」
言い、一矢は肩をすくめた。高校とSCA(星間軍)の特殊部隊では天と地程の差がある。
「そうですね。終わったら、早く帰ってきてください。仕事がたまってると思いますから」
「うん。わかってる」
一矢は心配性な副官に苦笑を向ける。

「くれぐれも高校で騒動は起こさないように。それから、決して桜花部隊の事は悟られないように。重々気をつけて下さい。SCA(星間軍)の事は秘密にしておいた方がいいでしょうから」
「わかってるよ、ここの機密は最優先だ」
一矢はそう言い、苦笑を漏らす。
「自分の首を自分で絞める馬鹿がいると思うか?」
「いえ」
「普通の高校生で通すよ。化けるのは得意なんだ。それより、そっちこそ学校にいる間は、変な連絡をあまり入れてくるなよ」
「はい、はい」
わかってますとボブは言い返し、一矢の鞄をとる。

真新しい『ザガウィ』ブランドのトートバックだ。
少し前のごたごたで、人によっては星間連合始まって以来の危機だというだろう事件のせいで、買いそびれていたのだが、先日とある友人が入学記念にと一矢に送ってよこしたものだ。
とある友人、星間連合上院議員ファレル・アシャーは一矢が高校に通うことを自分の子供のように喜んでいて、事あるごとにおめでとうコールをかけてくる。

「いい鞄ですね」
「そりゃあね。ファレルが僕の為に選んでくれたものだもの」
「ええ。それじゃあ気をつけて、行ってらっしゃい」
ボブは鞄を一矢に渡しながら、あくまで真面目な表情でそう告げる。
「だから、学校に行くだけでどうしてそこまでくどいんだ? 誰かが襲撃でもしてくるのか?」
ボブはちっともわかってないこの上官に、小さな溜息をつく。

いや、俺が心配してるのは、襲撃うんぬんじゃなくて……。もっと素朴な心配なんですけどね。

「まあ、行けばわかります」
「?」
最後まで不思議そうな顔をしながら、一矢は登校して行った。




花が咲き乱れていた。
情緒の育成の手助けにと造られた花壇は、花々が咲き誇るように、色とりどりの花たちが競いあって花弁を揺らしている。
爽やかな風が頬をなで、吹き流れていく。揺れる花たちは太陽の光を浴び、そよそよとなびいていた。
花壇の周囲には幾つもの靴音がする。
がやがやと人の歩く音、走る音、そして楽しそうに話す声。時には大きな叫びのように、時には密やかな秘密を告げるように。楽しそうな声が幾重にも重なり、ロンドの様に広がっていた。

「パイ! お早う!」
「アイリーン。久しぶり」
真新しい制服に身を包んだ少女二人は互いに手をとり、くるくるその場で回るようにお互いの進学を喜び合った。
「ねえねえ、シグマ君達を見た?」
「ううん。まだよ。どこにいるのかな?」
大勢の入学生、そして在校生に隠れてシグマ達のいる場所が二人にはわからなかった。たぶん向こうも同じようにパイたちを探していることだろう。
「人が多くて全然わからないの」
「この学校って意外にマンモス学校だったんだね」
余りの人の多さにアイリーンはそんな感想を抱く。
「あ、違う違う。今年から人数が増えたんだって。ほら隣に真新しい校舎があるでしょう? あれが新築されたから、通う人数も上増しされたらしいよ」
アイリーンはへーと、呟き左手の新校舎を見上げた。

地上5階建ての校舎は、落ち着いたアイボリーのレンガ調の壁に彩られている。
入ってすぐの吹き抜けのホールにはベンチもあり、早そこで話し込んでいる者達もいた。
高校というよりは、大学のような雰囲気を持つ校舎だ。
「凄く綺麗なデザインね」
「星間中からコンペを募って、決定したらしいよ」
「ほわ〜」
アイリーンは感嘆の声を漏らし、嬉しそうに含み笑いをする。
「じゃあ、こんな校舎で勉強できる私達って凄くラッキー!?」
「ラッキーよ!」
パイもそう言い、にこ〜っと笑う。二人はそのまま暫し、顔を見合わせ笑いあった。
箸が転がっても可笑しい年頃とは、よく言ったものだ。


「パイ達いたか?」
「うんにゃ。不明」
シグマとケンは人ごみの端っこの方で、人垣を眺めながら、そんな会話を続ける。この人ごみの中に割って入り、二人を探す勇気はこの二人にはない。
どちらかといえば、そのうち向こうからひょっこりと出てくるだろうと高をくくっている部類だ。
「どこにいるんだろうな〜」
「さあな。そのうち来るでしょ。………あっ」
シグマは突然そう声を上げ、ひらひらと手を振った。
「パイ達がいたのか?」
「違うよ。もっと珍しい奴がいた」
「は?」
ケンは首を傾げ、シグマの視線の先を追う。

そこにはどこかで見知った顔があった。超絶美形の少年は驚いてシグマの方を見ている。
「あいつ……。この前の、公園に倒れていた奴じゃんか」
「そう思う?」
「おお。あの美貌は忘れないわ。一瞬女かと思ったもんな」
「あはは。僕もそう思った」
二人は見つめあい、互いに苦笑を浮かべる。同じことを感じていたのかと思って。
「名前は確か……」
う〜ん、と考え込みシグマはポンと手を打つ。
「あ、そっか」
ケンもおぼろげな記憶を持ち出し、頷くと、
「「一矢!」」
二人は同時に声を上げ、少年を呼んだ。
「こっち、こっち〜!」
「君もこの学校だったのかい?」
二人は陽気に一矢に声をかけた。




その少し前。
のんびりと校門をくぐった一矢は、微妙な違和感を感じていた。

なんだか密かに注目されている気がする。
な、なんだろう? 妙に注目を浴びているような……。気のせい?
服はちゃんと制服を着てるし、おかしなところはないよな?
鞄だって、ごく普通のトートバックだし。
何が悪いんだろう? 今日は別に桜花部隊の装備は持ってないし、階級章もつけてないのに〜。
普通にしているんだけどな? なぜだ?

自分が世間からどう見えるのかを、ころっと忘れ果てている一矢は、この奇妙な視線をなかなか理解できなかった。
普段顔のつくりなんて、全然問題にしない所に勤務しているのだから、仕方ないと言えば仕方のないことなのだが。
微妙にどことなく居心地の悪い一矢に、チクチクと体験した事のない視線が突き刺さる。
そんな時だった。
手持ち無沙汰、どうしたものかと独り唸っていた一矢が、その少年と目の合ったのは。

あれ? あの子は……。
そう思った矢先、向こうも一矢に気付き、驚いた顔をすると、ぶんぶんと手を振ってきた。
「や、やっぱり、あの時の子供か」
呟き、先日の一矢からすれば、ひたすら穴があったら入りたい心境だった、任務中の爆発に巻き込まれ、ディアーナに偶然転移した事件を思い出す。
爆発の瞬間、座標も定めずとっさに転移した一矢は、何故かディアーナに出現していたのだ。
空気のある場所に出ただけでも、かなりの幸運といえた。
その時出会ったのが今まさに、にこやかにぶんぶんと手を振っている子供だった。
……まずいな。僕の職業には気付いていないよな?
「しかし、何たる偶然……。こんなことってあるのか!?」
ムンクになり、叫びたい心境の一矢だった。




「やあ、傷はもういいの? 元気そうで良かったよ」
にこにこと無意味に笑顔を浮かべて、シグマと名乗った少年は一矢に尋ねる。
「は、はは。お、お蔭様で」
一矢は微妙に引き攣った笑みを浮かべながら、自分に声をかけてきた二人の少年を観察した。真新しい制服を着て、二人はうきうきとした感情を浮かべている。
一矢に対する態度も、長年の友人に対するものと大差ない。
あけすけな感情がなんだか妙に慣れてないせいか、こそばゆく感じる。
何しろ同年代の、いや一矢の生まれからすると、年下の子供と面と向かい合って話すのは、実に久方ぶりだった。

年の割りに落ち着いた物腰の一矢は、まともじゃない世界に長くいたためか、平和な空気に、妙に違和感を感じて仕方がない。
思えば、自分の義理の弟達以外、自分と同年代の人間とコミュニケーションをとるのは、実に数年ぶりだったりする。いつもは遥か年上、爺、婆の闊歩する世界にいるので、ピュアな子供の視線が妙に痛い。
自分が規格外の、子供という概念からかなり外れた存在だと、一応は認識しているので、なおさら異質感を感じるのかも知れないが。
それが平和に慣れた者と、紛争に慣れた者の違いなのかどうかはわからない……。

これはもうこっちとしては、苦笑を浮かべるしかないよな。
しっかり、くっきり、あの時の事故は覚えられてるし。そんなに僕は印象深かったんだろうか?
ボブが聞いたら、頭を抱えて唸ること間違いなしの事を、うつらうつらと考える。
普通にしていても誰もが忘れない美貌をしているのだ。そんな少年が公園なんかに、ばたんきゅーと倒れていたとなればなおのこと、人の記憶に残らない わけがない。

「でもびっくりしたぜ。同じ学校だったなんてさ」
「そうそう。目を疑ったよ」
ケンとシグマはお互いにそう主張し、この偶然の出会いを喜んだ。多少変わった友人ができた。そんな感覚なのだろう。
対して一矢の方はというと、どっぷりとひたすら溜息しかでてこない。外見はにこやかに対応し、表情には微塵にも洩らさないが、その実、顔の筋肉はぴくぴく引き攣っていたりする。
「……そ、れは、僕も同じだよ」
かろうじて一矢はそう小声で搾り出す。多少嗄れた声だったのは、この際仕方のない事だ。
これでも一矢は動転していたのだ。

悪夢のような偶然だ。学校生活の第一歩がこれじゃあ、あんまりだ。
秘密も何も、ごめんボブ……。
もうしっかり、仕事着姿を見られてるよ〜。桜花マークも見られてるし、ど、どうしよう?
まだ感ずかれてはないみたいだけど、ひたすらピンチかも〜。
これからの対応しだいでは、学園ライフも夢と消えたりして……。うう、ありえる〜。
星間連合、いや、上・下院の委員会は秘密裏なら、僕がここに通うことは許すだろう。でも、公には絶対許さないだろうな。今回だって、何年待って許可を得たことか……。
もう一回はじめから申請して、許可を待つなんてやってられないし。
とすると、とるべき方法はたった一つ!! 何があっても、ばっくれる!!
うん。これしかない!!
心の内で一矢は独り結論を導き出す。
ひたすら後ろ向きな結論ではあったが、それが一矢の妥協範囲、ぎりぎりの選択だった。

一矢の内心の苦悩など知らず、一見長閑な会話は続いていく。
「君も一年生なんだね」
シグマはにこにこと、一矢の襟元のピンバッチを見てそう指摘する。緑のピンバッチは一年生の共通カラーだった。
「うん。……君たちも?」
目ざとく、二人にも同じ色のピンバッチがある事を知覚する。
「おう。新入生だぜ」
けろんとそう吐くケンに、一矢はどっぷりと再び吐息をつく。
ああ。終わったな。
秘密の学園生活は始まる前に終わってるよ。
同じ学校、その上同じ学年とは。

「あはは……。とにかく、よろしく。僕は若林・一矢(わかばやし・かずや)。この星のうまれではないけど、仲良くしてくれる?」
「そうなの? 方言がないからこの星うまれかと思ってたよ。とりあえず、こっちこそよろしく」
「俺も、よろしくな〜」
シグマ、ケンは互いにそう言い、にへらと笑った。
内心で涙の洪水状態の一矢は、乾いた笑みを漏らす。
……本当にここで学生を演じれるんだろうか?
演技、擬態には相当自信のある一矢だったが、何となくそれも長くはないのではないかと思う。
……人生の落とし穴って、こういうものなんだろうか?
短い人生の中で、数多の不幸に出会ってきた一矢だったが、これはこれである意味不幸といえなくもない。

楽しい学生生活、普通の学生をやるはずだったのに〜。
微妙に波乱万丈の予感が……、ひしひしと……するな。

予感にも似たその感情に、一矢は当惑の表情を浮かべるしかなかった。
その予感はパイとアイリーンが三人の前に現れたことで、確信にかわる。
こうして一矢の一見平和な(?)学校生活は始まったのだった。



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