「失敗したそうだな?」 「うぇ……。あ。えと」 空軍元帥バッハトルテを前に、ムーサは曖昧な笑みを浮かべた。 「当日にかちあった、だと?」 「……ハイ」 ポツポツと脇の下に冷や汗が浮かんで来る。ムーサは、今直ぐこの場から逃げ出したい衝動を、必死に押さえ込んだ。曖昧だった笑みも、徐々に引き攣ったものへと変わって来る。 (こえええ。マジこえええええ!) 「よりにもよって、現場で一矢と?」 「……っ、ハイ」 「無能め!」 バッハトルテの一喝が部屋中に響いた。 (うぎゃああああ! 来た、来たよ! 恐怖の一喝!!) ムーサはブルリと大きな体を竦めた。 「大体お前は、有能な癖に何故いつもいつも最後で失敗をする! 詰めが甘いと言っておろうが! 少しは考えて動け!!」 (考えてますよ〜、元帥!) 反論は、ムーサの口にはのぼってこない。長い経験上ムーサは知っている。途中で言葉を挟まれるのを、バッハトルテが嫌っている事を。反論などしようものなら、罵声は二倍になってエコーを伴い部屋中に吹き荒れるであろうことを。だからひたすら耐え忍んだ。 「手柄は向こうに(一矢に)持っていかれるわ、空軍の出しゃばりに気付かれるわ、新システムの宇宙船の設計図は存在しないわ、ギルガッソーの影に気付かれるわ……。お前、何をしに行った?」 「……」 床を見つめてムーサは硬直する。こうやって事細かに並べられると、あまりの出来の悪さに目眩がしてくる。 よくよく考えれば、あれだけの設備と人員と武器を投入したのに、それも決して仲良しこよしではない緋色の共和国軍と共同作戦までとったというのに、まともな成果は組織を潰し、捕らえられていた子供達を救出したという、この二点だけだ。それも情報部と共同でという但し書きがつく。 (……無い。良いとこが全く無いぃ! あうあう……) ガーンと今更ながらに落ち込むムーサに一瞥をくれ、バッハトルテは深い溜め息をついた。 「まあいい。どうであれ、ブラックマーケットが一つ消滅したことにかわりは無い。この調子で潰して行け」 (え?) 「あの、元帥? まだ何か作戦が?」 引き続き何か案件があるのかと伺うと、バッハトルテは真顔で告げた。 「山の様にあるぞ」 「へ?」 思わずムーサは間抜けな顔をする。 「嬉しいか? 手柄の立て放題だぞ」 「や、あの! ど、どうかしたのですか!?」 本来空軍に大した仕事は無い。星間軍四軍の中で一番暇だと言われる程、何もない。だいたい宇宙軍とかぶる部分も多いのだ。業務テリトリーを侵されているため、将来は宇宙軍に併合か?という噂もあるぐらいだ。 「どうもしないが」 「……そうですか?」 ムーサは不審な表情を浮かべた。 (嘘だ。絶対何かある!) 「まあ単に、有志連合の暇つぶしの思いつきの……」 「はひ?」 (今何か、聞いてはいけない台詞を聞いたような……) バッハトルテは鬚をひと撫でし、明後日の方を向いた。 「元帥」 「いやいや、有志連合で出た結論でだな。決して勢いで、ではなく……」 「有志連合?」 (ひょっとしてあれですか? 例のアレ? 元帥を含め傾倒しちゃってる軍上層部のお方々の、例のあの集まりですか? 別名フォースマスターお守り隊、若林一矢の下僕候補一覧と言われる、アレですか……) ムーサはクラクラしながら、話を戻した。 「それで、結論と言われると?」 「うむ。ギルガッソーをどうにかせねばなるまい、という事になってな。ブラックマーケットから、T4の影響を受けた兵士を買っているふしがあったので、順次潰していくか、と」 「はあ!?」 「まあ数は多いが、分担すればなんとかなるだろうという事でな」 (何とかなるものなのか? いや、ならん……) 大胆と言えば大胆な方針に、ムーサは目眩を起こす。 (これはあれか、あれなのか!? ブラックマーケット撲滅一掃作戦なのか!? しかも……お守り隊って四軍の将軍クラスがかなり入っていたよな? ということはひょっとして、これは星間規模の全軍行動になっているのか!? ……マジか?) 「元帥、あのですね」 「詳しい資料は後で転送しよう」 (資料あるんですか……) 誰がひいたか知らないが、きっちり作戦のレールまで敷き終わっているらしい。 (だ、駄目だ。逃げれん) ムーサはガクリと肩を落とした。そんなムーサに向かってバッハトルテは苦笑しながら漏らす。 「貧乏くじを引かせてすまんな。だが、我々は見たくなかったのだ。一矢とルアの殺しあいなんて」 「……っ」 「我々は知っている。あの二人が、どれ程仲が良かったのか。だからな、やりきれん」 バッハトルテは吐息と共に吐き出す、その思いを。 「ルアがギルガッソー首魁のルキアノだと判明しても、一矢は直ぐに動こうとはしなかった。動けなかったのだろうな。わかっていてもそれでも……、討つ事が出来なかった」 「元帥……」 「流石に一矢も躊躇ったと見える。だが……」 バッハトルテは目を閉じ、鬚を撫で、辛そうに囁く。 「ためらいの時は終わった。一矢が今回の事件で何を考えたのか、手に取る様にわかる。我々は間に合わなかった。最早遅い。今更ブラックマーケットを潰して回ったところで、一矢の決断は覆らない。一矢はルアを殺す」 「……」 「それしか禍根の芽を断つ方法がないからな」 「元帥」 「……最早どうしようもない。ああ、どうしようもな」 ムーサはその言葉を聞きながら、足の先から冷たくなるのを自覚していた。一矢が知ってしまった事によって、決断してしまった事によって、事態は動き出す。望む、望まぬに関わらず。 (本当に俺って、無能だ……) ムーサは苦い経験を、その身に味わった。 |