「……っ」
眩しい光に目が醒めた。開け放ってあったウインドウから光が溢れている。心なしか目に眩い。
朝か。
ぼんやりと目を開けたまま、俺は今日のシフトを思い出す。
確か今日は午後からだったな……。
それほど急ぐ事もないかと、もう一度目を閉じようとして俺はそれに気付いた。
……自棄に胸が重い。何か乗ってるのか?
片手でその辺りを探ってみると、妙に変な感触があった。細い繊維のような物の塊。何だか形は丸い。
……?
ぽんぽんと叩くともぞもぞと嫌がる様に動いた。
…………い、生き物? 丸くて細い糸のような……って髪か!?
「うわっ!」
人間!
ほとんど反射的に飛び起き、枕の下の銃を引抜こうと手を差し入れ……、スカッと虚空をきった。
「あ? ……ない」
というか……銃どころか枕もシーツもなかった。手に当たる感触は毛先の長い柔らかな繊維。淡い色の絨毯が目に飛び込んでくる。ここでようやく自分の部屋でない事に気付いた。
「……隊長室か?」
見なれた机が背中側にでんと鎮座している。首を巡らし部屋の様子を伺うと、そこかしこに空の瓶が転がっていた。一昨日ダース単位でファレル・アシャーから貰ったワイン瓶だ。
「……ということは」
そっと胸から落ち、今は半身を起こした俺の膝の上に移動した物、もとい人間を見ると、案の定予測通りの顔があった。柔らかな青黒色の髪が額の上を流れ、閉じられた瞼の先を翳めている。スヨスヨと規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……やっぱり」
呟き、俺は額を押さえる。ようやく朧げながら昨日の出来事を思い出した。
「一杯やってて……」
1本だけのつもりがどんどん進み、お互い意地を張って飲み比べに突入し。
「同時に潰れたか」
恐らくそういう事なのだろう。気がつけばすっかり朝だ。
「……はぁ」
あまりの馬鹿馬鹿しさに溜め息を吐き出す。お互いがうわばみだと知っていたのに、飲み比べとは……。何を考えていたのだか。普段なら絶対しない行動だが、恐らく酔っていたのだろう。俺も一矢も。
「……さて、どうするかな」
この部屋中に転がった空き瓶をまず始末せねばなるまい。それから部屋の空気を入れ替えて酒の臭いを消して……。
指折り数えて算段していた俺はふと膝の上に視線を落とす。人の胸を枕代わりに使用していた一矢は、全く起きる気配がなかった。規則正しい寝息は熟睡中の証拠だ。良い夢でもみているのだろう、穏やかな顔をしている。
起こすか。
頬をはたこうとして、ふと思い止まる。一矢も同じシフトなのを思い出したのだ。
「……たまにはいいか。時間はあるし」
日は昇りきっていない。昼迄あと二時間といったところだろう。暫くは平気だ。
そう思いつつ手を伸ばして短い髪を弄ると、嫌なのかごろんと向こうを向いてしまった。苦笑を浮かべ、俺は髪から手を離す。そして膝の上から一矢の頭を降ろすと、なるべく音を発てない様に後片付けを開始した。宴の後はゴミの山だ。何時もは綺麗な隊長室も今日ばかりはその限りではない。
両手に余る空き瓶を回収し自動選別のダストボックスへ投げ込む。後は機械が分別し、再利用工場へ自動的に運んでくれる。このシステムのお陰で、ここに来てからゴミ捨てで困ったためしがない。ゴミの日なんてものもないし、便利なものだと何時も感心している。
「よし、ゴミ捨ては完了。次は……」
臭いか。
山程飲んだ俺にはわからないが、……とっくの昔に鼻は麻痺しいるからだ、他の隊員がこの部屋に入ったら恐らく皆鼻をつまむだろう。下手をしたら酔うかも知れない。さっさと空気を入れ替えるに限る。
それにしても……。
「これは本当に……つくづく飲み過ぎたな」
俺は深く反省した。一矢と俺が揃ってこれでは余りにも情けない。酔いつぶれた状態で緊急の事案なんてものがあった日には……。対応出来ないではないか。いや滅多に酔いつぶれたりはしないんだが、まあ、一応心構え的にまずいだろう。
「ふむ。暫く控えるか」
少なくとも一矢との飲み比べは二度としないぞ。
俺はそう心に堅く誓った。
「フフ、フフフ〜ン♪ フ〜フ♪」
鼻歌が聞こえ、いきなり書類を抱えた女性が扉を開け入って来た。
「ふっくか〜ん。お早うございま〜す。あ、お昼過ぎてましたね〜。でも、お早うございま〜す」
入って来るなり、いきなりドサドサと書類を机の上に積み上げられる。【17】のコードを持つ内務担当官、つまり俺の秘書のような存在で名前をリィン・ハスという。
「……多いな」
視線を書類に落とすと、
「え〜。そうですか〜? あと二山ありますよ〜」
そうあっさり返された。
「……そうか」
他に言うべき言葉が思い浮かばない。
げんなりして溜め息を漏らすと、リィンは苦笑を浮かべ、続き間の隊長室へと体を向けた。それを見て慌てて俺は呼び止める。
「【17】」
「は〜い?」
にこやかな笑みを浮かべリィンが振り返る。
「……あー、その。そこは今立ち入り禁止だ」
「え〜? でもふっくか〜ん、私隊長に用があるんですけど〜」
「なら、……」
スイと視線を俺は机の影に向けた。その辺りを指差し短く告げる。
「ここ」
「え〜?」
リィンがきょとんとした顔をしながらも、俺専用の机の影を覗く。途端、
「あ〜っ」
大きな声があがった。
「……はよ。ってリィン五月蝿いよ。頭が割れる」
床に座り込んでいた一矢がしかめっ面をする。
「どうしたんですか〜?」
「二日酔いだ」
一矢にかわって俺は告げ、からかい混じりの視線を一矢に向けた。
「修行が足りませんね」
「なっ。飲ませて潰したお前が言うな! お前が!」
自分の叫び声が頭に響いたのか、両手で頭を抱えると一矢は蹲った。
これぞ正しく自業自得。
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。俺だって同じぐらいは飲んでます」
「だったらなんで二日酔いにならないんだよ?」
「強いんです」
きっぱりはっきり胸を張って俺が告げると、一矢が小声で呟いた。
「うわばみキングめ〜」と。
……これが非常に情けない名称だと思うのは、俺の気のせいだろうか?
文句を言おうとした俺の台詞は、リィンの自棄に明るい声に打ち消された。
「すっご〜いです! ふっくかん、隊長よりお酒が強いんですか〜」
リィンが両手を合わせて、斜45度の角度から俺を見つめる。
「【17】?」
微妙に態度が変わった気がするのだが、気のせいか? 何だか自棄に何時もより女らしい態度のような……。
「素敵です、格好良いです〜!」
キラキラした瞳に見つめられ、思わず俺は後ずさった。その距離をすかさずリィンが詰め寄る。
な、なんだ? 何だが妙な悪寒が……。
「リィ……」
コードではなく名前の方で呼びかけようとして、一矢の声が割り込む。
「あ、ボブ。言うの忘れてたけどリィンの好みの男性って、条件がたった一つなんだよね」
「は?」
意味が汲み取れず困惑の声を俺はあげた。そんな中でもリィンの突進は止まらない。しっかりきっちり俺のテリトリーエリアに入って来る。人が無意識に保とうとする距離をあっさり突破し、リィンは何故か俺に抱きついた。
「ちょっ、リ、リィン・ハス!」
勤務中だ、離れろ。というか俺に抱きつくな!
目を白黒させたまま、俺は蹲ったままの一矢を見る。
「あのね、リィンが好きなのはお酒に強いお・と・こ!」
二日酔いの癖に自棄にニヤニヤと笑って一矢は俺に告げた。
俺は真剣に一矢の頭を一発叩(はた)きたくなった。この状況を見たいが為に、一矢は今迄俺にリィンの正確な情報を伝えなかったのだ。
だって俺は今迄知らなかった!! リィン・ハスの好みの条件を! 知っていたらこんな不用心な会話を彼女の前でするか〜!!
「一矢」
リィンに抱きつかれたまま俺は一矢を見下ろす。額に青筋が浮かんでいたのはいうまでもないだろう。
「何だってあなたは、こういうイタズラをしたがるんですか!!」
そう、イタズラ以外の何物でもないだろう。それ以外に何があると〜!? わざわざ黙ってリィンの好みを隠していたのは何の為だ!?
「心外な。誰も企んでないよ」
言いつつも微妙に視線が泳いでいる。
……やっぱり企んだな。
リィンを胸に張り付かせたまま、俺は短く溜め息を吐き出した。
碌な事考えねぇなぁ。この人は、ほんっとに!
二日酔いになっていないはずだが、頭がズキズキ痛んで来る。誰のせいとは言わないが、いや、一矢のせいに決まっているが……。
頼むこの状況なんとかしてくれ!
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