その惑星は赤茶けた星だった。 ひゅるり、ひゅるりと風が大地の上を暴れまわる。バタバタとはためくコートの裾を押さえ、真っ直ぐに地平線を見つめる女性がいた。目を細め、何かを確認するかのように両の耳を研ぎ澄ましている。 漆黒のコートが埃に汚れるのも構わずに、女性は静かだが凛とした雰囲気で荒野に佇み続けた。女性の背後には大型のトレーラーが何台もある。それはどこか物々しい気配を放つ存在だった。 黒一色のトレーラーの側面には、小さくピンク色の桜の印が入っている。各々にシリアルナンバーを刻んだトレーラーは、不気味な振動をさせながらも待機していた。 「【06】」 近寄ってきた男に呼ばれた女性が振り返る。 「何? 【46−99】?」 線の細いひょろりとした体躯の銀目の男にそう返し、【06】と呼ばれた女性、シズカは真摯な眼差しを返す。男は女性と並んで地平を眺めた。 「来ます。近い」 短いその言葉に重々しく頷き、シズカはコートの襟に仕込まれている通信装置に向かって告げる。 「スタンバイ! 各機起動!」 シズカの裂帛(れっぱく)の声を合図に、彼女の背後のトレーラーが激しい機械音をあげて動いた。トレーラーのカバーが持ち上がり、左右に開いていく。大型の汎用トレーラーの中から、銀色の巨大な指が見えた。ハッチの端をつかむ様に、それは身を起こす。 それは、どこか女性的な優美な顔立ちのマシンだった。無機質的物体であるにも関わらず、それには表情がある様に見えた。ゆっくりと半身を起こし、それは立ち上がる。 群青の、抜けるような青さのボディーを曝し、それは毅然とした雰囲気を纏い、狭いトレーラーの台上でバランスを保つ。ゴゴゴゴと短く繰り返す作動音が、微かに漏れるその音が、それの心音であるかの様に荒野に響いた。曲線的で硬質的な全身のフレームが、ゆっくりと動き出す。 「各機展開! 空にて迎え撃て!」 トレーラーの中の全機が起動体制を終えたのを確認したシズカは、再び命令を下す。それを待っていたかの様に、背に畳まれていた純白の翼が開いた。 複雑に綾織りの様に折りたたまれていた推進装置が、大気を求めて一気に広がる。傘が開く様に、翼が天へ向かって伸びた。 「オーディーン、敵を殲滅せよ!」 とどめとばかりに、シズカが叫ぶ。その声を背に、翼を広げたマシン達は一斉に飛び立った。ゴオオゥと、激しい音と爆風が地上を覆いつくす。シズカの結い上げた髪がはらはらと揺れた。巻き上げられた砂粒が、砂嵐のように拡散する。 赤茶けた地平線へと飛び去るオーディーンを見送り、シズカは険しい表情のまま銀目の男を振り返る。 「【46−99】、勝率は?」 「凡そ70%」 「残りの30%は敗北か……。では、次の一手を打ちましょう。我々は敗れるわけにはいかないのだから、ね」 そう言ってシズカは後方の荒野を眺めた。平坦な地上に見えるその下に、古都と呼ばれる都市があった。惑星の過酷な環境に適応するため、人類は地下に巨大な都市を造ったのだ。 「たかが羽虫(はむし)に、好き勝手はさせないわ」 目を細め、シズカは言い切る。 古都が羽虫、異常増殖した巨大なトンボ型の甲殻虫に襲われたのは、1週間前の事だった。天敵などいない人類だが、大自然の反乱にはなすすべもなかった。たった数時間で古都は壊滅。巨大甲殻虫はそのまま帯状に惑星を一周した。進路上にあるもの全てを平らげながら。 気付いた時には、惑星はりんごの皮が剥かれるように、帯状に破壊の爪痕を残されていた。巨大甲殻虫はそれでも勢いを失わず、惑星の空を再び巡ろうとしていた。 「2巡はさせない。ここで潰してあげる」 壊滅した古都を背に、シズカは呟く。くるりと地平線に背を向けると、シズカは歩きながら再び命令を発した。 「フレア弾を用意。第二防衛線を構築」 ふと空を見上げる。照りつける太陽の酷暑が、惑星の猛烈な大気風に相殺されていた。 「……風で炎が拡散される恐れもあるわね」 呟き、暫く考え込んだ後、 「それに、フレア弾でも死なないかも知れない」 躊躇いがちにシズカは囁く。 甲殻虫というだけあって、その装甲は硬そうだ。そしてこんな猛暑の惑星で生息している生物だ、熱にも強いかも知れない。一瞬迷いのような感情がシズカの中に沸き起こる。 「【06】」 「……大気を動かす方が早そうだわ」 【46−99】の呼びかけに、何を思ってかシズカはそう答えていた。不思議そうな顔をする男を尻目に、シズカは短い通信を入れる。この惑星の成層圏に待機する母艦に向かって。 「【桜花】、少し手伝って下さい」 躊躇いがちなシズカの声が荒野に響いた。
ザワザワと風が荒野を撫でる。前方の空を覆う黒い影が、ブンブンと煩いほどに羽音を発てていた。
地上の様子を映した外部カメラから、送られてきた数キロに渡る虫達の巨大な屍の映像を前に、成層圏の母艦に留まっていた一矢は、止めていた息を一気に吐き出した。 |