遭遇と接近9
作:MUTUMI DATA:2006.10.1


「お待たせ。一矢を捜して来たよ!」
「食いもんも買って来たぞ」
 シグマとケンが一矢を引き摺って、割り当てられた部屋へと入る。
「遅いよ!」
「もうすぐ点呼だぞ」
 直ぐにそんな複数の声が返って来た。
「これでも急いだんだよ。でもさ、どこを捜しても一矢が見つからなくてさ」
 シグマはそんな風に弁解しつつ、いまだにケンにヘッドロックをされたままの一矢に、一瞥を流した。
「ほんと、どこに居たんだか……」
 シグマが溜め息混じりに呟く。それを聞いて、イオがなんとも言えない微妙な顔をした。ユズリハとの橋渡しをしたのだから、それも無理はない。一矢の居たであろう場所を知ってはいたが、それを漏らす程野暮ではなかったのだ。
「ええっと、ちょっと用事で……」
 斜め上に視線を走らせ、一矢はそう誤魔化す。
「まあ、間に合ったからいいけどさ」
 エランは苦笑しながら、ケンに向かって両手を広げた。
「買い出し御苦労さん。んで、成果は?」
「ほれ」
 一矢の首から手を抜いて、ひょいとケンがお菓子の入った袋をエランへと放り投げる。ヘッドロックを解除された一矢は、ようやく安堵の息をついた。どうやら相当に首が苦しかったらしい。
「サンキュ」
 ビニール袋を受け取って、エランがそれを覗き込む。
「なんだか、初めてみるパッケージばかりだな」
「珍しいもんの方がいいかなと思ってさ。知らないのばっかり買って来た」
「闇鍋状態かよ」
 エランが苦笑を浮かべる。
「面白そうだろ」
 ニカッとケンが楽しそうに笑った。
「ケンに行かせたのが、そもそもの間違いか?」
「だろうな〜。うわっ、何だこれ」
「?」
 エランが取り出した物を見て、数人が頬を引き憑らせる。
「超絶に旨い激辛チョコ……。これって矛盾してないか?」
「してる」
「というか、食えるのかそれ……」
 むうと、うなる音が部屋に満ちる。
「ケンよ。お前、味覚が壊れてるだろ?」
 エランのかなり失礼な発言に、クラスメイト達は誰一人反意を唱えなかった。



 20分後点呼が終了し、何事もなく先生は部屋を出て行った。ほっと安堵の息をつき、全員のなけなしの緊張が崩れる。
 エランとケンはさっそくお菓子の闇鍋パーティーを始めた。袋をあける度に、「うぎゃ」とか「何だこれ?」とか楽しそうな声が響く。他のクラスメイト達も、その声に誘われる様に近付いて行った。
 一矢も近寄って行こうとして、自分を注視する視線に気付いた。誰だろうと思って首を巡らすと、イオだった。何かもの問いた気な顔をしている。
 一矢は軽く溜め息をつくと、イオの側へと歩み寄った。皆から少し離れた場所で、二人は横に並ぶ。
「……あのさ。断ったよ」
 主語も何もあったものではない。それでもイオには、きちんと意味は伝わっていた。意外だったのか、イオはかなり吃驚した顔をする。
「へえ、勿体無い事をするなあ。あんなに美人なのに」
「……かもね。だけどさイオ、僕は遊びで誰かと付き合えるような、そんなお気楽な立場じゃないんだよ」
「? 親がそういうことに対して、厳しいのか?」
「いや、そうじゃなくて」
 一矢は視線を床に伏せる。
「親は厳しくないけど、駄目なんだ」
「どうして? 付きあってみなければ、相手の良さはわからないぞ」
「……」
 イオの言っていることもわからないではない。けれどそれは、どうあがいても一矢の選択肢にはあがって来ない物だ。
「だから駄目なんだって。良さも何も、例えお互いに遊びだと割り切っていたとしても、一度でも恋愛関係になったら、……そんな事になったら、相手も僕も……傷付く」
「はぁ?」
 イオは不思議そうな顔をして、一矢を見下ろす。
「えらい深刻な言い様だけど……そこまで真剣な話か、これ?」
 好きだ、一緒に居たい、デートがしたいと、そんなレベルの話ではないのか?と、イオの目が一矢に問う。一矢は目を合わそうともせず、緩く首を左右に振った。
「言っただろう。お気楽な立場じゃないって」
「立場って……お前?」
 どういう事だと、その目が問う。
「詳しくは言えない。聞くなよ」
 曖昧に一矢は誤魔化す。不躾にそんな様を眺め、イオは何故か軽く溜め息をついた。
「お前って……本当に謎だらけだな」
「えっ!?」
「何、無自覚?」
 からかう様に告げられて、若干一矢がふて腐る。
「僕は極ふつーーーの学生だよ」
 普通の部分を強調して言い募ると、
「ふうん」
 という、限りなく嘘臭い返事が返って来た。
(うわ、なんだかちょっと薮蛇! 恋愛話がどうしてそっちの話題になるんだ! って、何か感ずいているのか!?)
 内心で恐々としながらも、
「とにかく、そういう訳で駄目」
 断固とした口調で、それだけを告げる。
「あー? あのな若林、何がとにかくなのかはわからんけど……。いや、お前がユズリハさんは駄目っていうのはわかった。わかったというか……結局、恋愛感情は持てないってことなんだろう?」
「そうともいう。……僕は多分、これからも恋愛なんてしないし、そんな感情を誰かに持つつもりもない」
「そうなのか?」
「うん」
 頷き、なんだか少しばかり気の毒そうな顔をしているイオを軽く睨む。
「イオ。よからぬ想像をしてないか?」
「え!?」
 ドキリと心臓を押さえ、イオは明後日の方を向いた。
「……あはは。いや別に」
 じいーっと一矢が睨むと、わたわたと慌ててイオが手を左右に振った。
「大した事は考えてないって!」
「……嘘つけ」
「本当だ」
 慌ててイオは答える。と、
「それだけ女にもてる癖に、恋愛不感症なのか」
 ボソリと一矢が呟いた。
「げ」
 イオはパッと口元を押さえる。
「と、顔に書いてあるぞ」
 不機嫌丸出しの声で、一矢がイオを恫喝する。
「そういうことを考えてると、メイに告げ口しちゃうよ。先々週ナンパした女の子をお持ち帰り……」
「うぎゃ。何を言うんだ! あれはあの後きっちり振られてます! って、何を言わせる! その上、何でメイの名前が出て来るんだ」
 一矢はにっこり笑ってイオを見た。それはもう獰猛な笑みを向けて。
「だってメイを好きだろう?」
「ぐっ!?」
 物凄くストレートな一矢の指摘に、イオは言葉に詰まる。それからじわりと赤くなった。
「ナンパ師なのに、本命にはからっきしなのな」
「……うぐぐ」
 イオは一矢にバレバレだったのが、恥ずかしくて情けなくて唸る。イオにしてみれば、少なくとも恋愛に疎そうな一矢には、絶対にばれていないと思っていたのだ。なのに、きっちりかっきりばれている。油断も隙もあったものではない。
「……何時、どこでばれた?」
 睨むのに飽きたイオが、額を押さえながら一矢に視線を落とす。すると一矢はにっこり笑って、
「内緒。教えなーい!」
 と宣い、ケン達の方へ足を向けた。
「あ、おいこら!」
「心配しなくても誰にも話さないよ。この話はこれで終わり! ほら、イオも行こう」
 指差すのは絶叫が響く闇鍋お菓子パーティー。悲喜こもごもな悲鳴が交錯している。何やら盛大に楽しそうだ。釣られる様にイオも視線をそちらへと向けた。すると……。
「水くれーーーー!」
 ドタドタドタと、二人の側をエランが叫びながら洗面台へと向かった。
「俺もーーーーーーっ!!」
 その後をケンが追う。よくよく見ると、お菓子の闇鍋の輪には鼻を摘み天井を涙目で見上げるものが数名。どうやら話し込んでいる間に、事態は阿鼻叫喚へと移行したようだ。
 何を食べたのか知らないが、全員がヒイヒイ言っている。顔が真っ赤だった。世程辛い物を食べたのだろう。
 呆然としていると、一矢とイオの目の前で、クラスメイト達は一斉に水の取り合いを始めた。互いにペットボトルを奪い合う。
「水よこせ〜!」
「次は俺だ!」
「いんや、俺!」
「辛いよう」
「舌が、舌が!」
「うがぁあ。喉が!」
 なんだか物凄く浅ましい。そんな様を一瞥し、
「……地獄絵巻き」
 ボソリと一矢が呟く。それはそれは、物凄く呆れた声をしていた。内心で同感だと思いつつ、イオがやれやれと顔を左右に振る。そしてどちらからともなく、深く溜め息をつきあった。



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