遭遇と接近10
作:MUTUMI DATA:2007.10.24


 そんなこんなで、二日目の夜も明けた。長かったような短かったようなエネ星滞在も、終わりを迎えようとしていた。


 ガヤガヤと五月蝿い程の喧噪と共に、一矢のクラスの男子達は、大きなテーブルの一角を占拠し朝食をとっていた。周囲には他のクラスも各々纏まって朝食をとっている。どうやらクラス単位で食べるのがルールのようだ。
 生憎と、一矢のクラスの女子達はまだ姿を見せていない。朝の身だしなみの準備に、余念がないのであろう。その為、一矢達のいる大きなテーブルは半分が空席のままだ。
 朝食はバイキング方式なので、各自が好きなだけ好きな物を食べている。ちなみに一矢は、クロワッサンとサラダ、デザートにヨーグルトという奇のてらいもない普通の朝食だ。まあその量は、成人男性にしては少な目ではあったが……。
 雑多な喧噪が響く中、黙々とソーセージを切り分けていたイオが、じいっと一矢を、少な目の食事がのったプレートを見つめた。
「なあ若林。お前がひょろい理由って、絶対それだよな」
 ひょろいの台詞を聞き咎めて、胡瓜(きゅうり)にフォークを突き立てていた一矢が顔を上げる。
「……何だって?」
 今さり気なく何か失礼な言葉を言わなかったかと、口角を持ち上げながら聞き返すと、イオは若干引き攣った顔をしながらも、一矢のプレートを指差した。
「それ」
「は? 朝ご飯?」
 じっと一矢は自分の朝食に視線を落とす。
「そう、その量」
「量?」
 呟き、一矢は周囲のクラスメイト達のプレートを順番に見る。どれもこれも一矢の二倍三倍の量の食事がのっていた。
「……あれ、僕だけ少ない?」
「ああ。絶対少ない。雀の涙程しかないって」
 イオは断言し、切り分けていたソーセージを口に持ってゆく。
「だから栄養が肉にまわらないんだよ」
「……筋肉はちゃんとついてるぞ」
 己の名誉の為に、そう言ってみる。
「ふーん」
「本当だって」
 懐疑的なイオに一矢は抗議をする。その間にも食欲魔神なクラスメイト達は、せっせと朝ご飯を平らげてゆくのであった。
 物凄いスピードで、朝食は胃袋の中に消えて行く。見ている方が食欲をなくしそうだ。
「……僕としては、皆の方が食べ過ぎだと思う」
 ぼやきつつ、カリッと胡瓜を齧ると味がしなかった。
「……あ」
「どうした?」
「ドレッシングをかけ忘れた」
 しゅんとした一矢の声を聞き、シグマがマヨネーズのパックを出して来る。
「使う?」
「ありがとう」
 遠慮なくそれを受け取りビニールを破る。と、ガツガツ食べていたケンが、ふと思い出した様に顔を上げた。
「そういえばさ一矢」
「何?」
 ニュルニュルとマヨネーズを絞りながら一矢が問う。
「昨日変な寝言を言ってたぞ」
「若林の寝言?」
「おお!?」
「どんな?」
 何故かクラスメイト達の方が気になるようだ。
「えっと確か、タイハクがどうとか、シラネがヒトキュウで、ソウダイがフカフカ、とか。何の夢見てたんだ?」
「ぶはっ!! げほっ」
 ケンの発言と同時に一矢が吹き出す。何故か異様に焦っているようだ。
(何だその寝言は!? そんな事を言っていたのか!?)
 何気に重要な単語まで混じってしまっている。
(しらねに、19番艦隊の太白に、総代。……フカフカって何? 何をフカフカと思ったんだ、僕は!?)
 あうあうと焦りながら、一矢はケンの口を止めた。
「ストーップ。恥ずかしいから止めろ」
「そか?」
「そうだよ。寝言に意味なんてないんだから、さっさと忘れろよ」
 焦りつつも、そう丸め込む。
「ふおい」
 パンを頬張りながらケンがニヤニヤして頷いた。らしくない一矢の慌てぶりと、寝言と言う可愛らしい失態が面白いようだ。
(うう。恥ずかしいな)
 一矢の頬がピンク色に染まる。自分のした事を恥ずかしがって俯く様は、普段以上に一矢の実態を錯覚させた。周囲のテーブルからほわわんとした囁きが漏れ始める。
「可愛い」
「朝一の眼福ねえ」
「ありがとう神様。同じ学年にしてくれて」
「来て良かった」
「うんうん」
 それは女の子達からのラブコール、学校では主に登下校と昼食時に囁かれているが、『アイドル顔負けの一矢と同じ時間を共有出来て幸せなの』という、微笑ましくも可愛い集団アピールだ。
 そんなきゃわきゃわという囁き声を聞きつけて、一矢と同じテーブルの男共は一気に項垂れた。
「……あれだな」
「おう、あれだ」
 意味深な言葉を交えつつ、深く吐息をつく。皆の思いを代表し、エランがボソリと零した。
「若林、お前またファンを増やしたようだぞ。……学内ハーレム作るのか?」
 一矢は唖然としてエランを見る。
「作るか、そんなもの」
「でもなあ。確実に毎月ファンが増えているような……」
「同意」
「俺もー」
「同じくそう思う」
 周囲から同意の声があがった。一矢のサラダを突つく手が止まる。
「……それはなんというか、微妙に困る話だな」
「ええ? 困るの?」
 自分が一矢の立場なら天狗になるのにと思いつつ、びっくりしてシグマが聞き返す。
「困るよ。今でさえわずらわしいのに、これ以上増えて堪るか」
「モテモテでいいじゃん」
 羨ましそうな声をあげるのはイオだ。一矢はわかってないな君達と、皆を見つめる。
「プライベートがない程の視線の嵐を、皆も一回浴びて来いよ。どれ程苦痛か理解出来るようになるから。ある意味視姦だぞ」
 ただでさえ一矢は色々な気配や視線に聡い。そんな一矢がこんな衆人監視のような環境にいたら、ギブアップもしたくなるというものだ。
 面と向かって女の子達に文句を言うことはないが、もうそろそろこちらの迷惑に気付いて欲しいと思っていたりもする。
 学校では普通の子供、それもどちらかといえば可愛い優等生を演じていたりするので、それから外れた行動はあまり出来ないし見せれない。その為、一矢に対する誤解は月日を追う毎に大きくなっていた。最近ではよく休むので、それに病弱という項目も追加されている。
 実態と懸け離れた噂は、一矢の預かり知らぬ所で増殖を続けていた。
「みんな僕に対して、夢を見過ぎなんだよ」
 言い切ると、一矢はザクッとプチトマトをフォークで突き刺す。
(何をとち狂っているんだか。僕が可愛いなんて柄かよ。真逆の人間だぞ。っと、……本性を出したら少しは静かになるのか?)
 ふと思い立ち、背中に飼っていた学校向けの『優等生モード』という大きな猫を、コロコロと何匹か転がり落とす。一矢の素の気配が不穏にも流れ出した。
 垂れ流しのその気配、強烈で鮮明な覇気というものに触れ、周囲に居たクラスメイト達の背中にヒヤリと悪寒がはしる。なぜか一矢の周りだけが、氷点下の世界のようだ。
(あれ? 何だ?)
(……何か、変だ)
(何だか知らないが……恐い?)
(え?)
(あわわ。どうした若林?)
(おっかねえ?)
(南無名無……)
 思う所は各々違うが、皆が皆ドキドキと心臓をはねさせる。一矢の本性を薄々察知しているシドニーは、戦々兢々とそれを見つめた。
 ヒヤリとした気配が広がりそうになったその時、明るく可愛らしい声が響いた。
「おはよう」
 パイがスカートを翻しながら登場したのだ。その後ろにはメイやアイリーン達もいる。ようやく朝の準備が終わり、女子一同が朝食をとりに降りて来たようだ。
「どうしたのみんな? 体が固まってるけど?」
「え、いや別に」
「何でもない……のか?」
「ええっと……」
 口籠りつつも、ソロソロと全員が一矢を見る。一矢は素早く己の気配を断った。転がり落ちていた猫を拾い上げ、背中に飼い直す。そこには、先程迄の獰猛な気配はもうなかった。
(女の子を脅す趣味はないし、ここまでにしておくか)
 肩を竦めて、一矢はトマトを口に運んだ。甘酸っぱい味が口の中に広がる。
「? 一矢君がどうかしたの?」
 全員の視線の先を追って、パイが不思議そうな顔で聞く。男子一同は慌てて頭(かぶり)を振った。
「いやいやいや、気のせいです」
「そうそう。気のせい」
「うん」
「気のせいだから」
 見事に告げる言葉が一致していた。シドニーが苦笑いを浮かべる。
「ふうん。まあ、いいけど」
 腑に落ちないながらも、パイは空いている席、丁度一矢の目の前だった、に座る。他の女の子達も各々席に着いた。一矢達のテーブルが一気に華やぐ。
「頂きます」
「まーす」
 小声で女の子達は唱和し、フォークを取った。彼女達のプレートは男子組とは違い、たっぷりと果物やデザートがのっている。
「……甘そうだね」
 パイのプレートを見て一矢が呟く。何故かパイのプレートには、苺のショートケーキが二つでんと鎮座していた。
「朝から凄いなあ」
「そう? こんなものじゃない?」
 トーストにバターを塗りながら言い返す。
「いや、朝から苺のショートケーキはないって」
 一矢にすれば、それはちょっと勘弁してくれよなメニューだったりする。
「いいの。女の子だもん。デザートは別腹なの」
 パイは口を尖らせた。
「甘い物本当に好きなんだ」
「うん。大好き」
 ケーキ万歳と付け加える。
(うわ、なんて言うか素直な子だな。……あ、そういえばマイも、デザートは別腹だって言ってたっけ)
 遥か昔の食事風景を思い出しながら、一矢はレタスを咀嚼する。胸に何か甘酸っぱい物が広がったような気がした。
(……何だろうな、この感情は? 昔の事を今更思い出してさ。……年か?)
 ズルズルと変な方向に思考が流れそうになり、一矢は己に苦笑する。
(年だな、これは)
 勝手に結論をつけ、それに納得した。 
(30才に近くなると昔が懐かしくなるって言ってたけど、これか)
 妙に感慨深かった。
 そんな風に、一矢が己の思考に没頭していた間も食事は続いていて、周囲はザワザワと盛り上がっていた。喧噪はとどまる所を知らない。
 そんな中、
”ピピ”
 短い二回の着信音が響いた。クロワッサンを千切っていた一矢の手が止まる。
 一矢はポケットに片手を突っ込むと携帯端末を取り出した。表面に流れている文字を目で追い、黙って立ち上がる。
「ん? 一矢?」
「どうした?」
「……ちょっと」
 呟き、まだ食べかけのプレートを持つ。
「ごめん、急用が出来た。ミリー先生にも言っておくけど、……うん、多分無理」
「え?」
「何だって?」
「や、パパからなんだけど。ちょっと行かなきゃならない所が出来て……。このまま早退しそう」
「へ?」
「誰が?」
「僕が」
 一矢は言い、皆を見た。
「ごめん」
 出来ればディアーナまで一緒に戻りたかったけれどと囁き、肩を竦める。
「仕方ないんだ。本当に御免。……じゃあまた学校で」
 言い置いて踵を返す。
「え?」
「おおい」
「若林?」
「……何?」
「さあ?」
 クラスメイト達は、ポカンとしたまま一斉に首を傾げた。何が何やらさっぱりな状況だ。
「急にどうしたんだろう?」
「わからんが……」
「早退って……」
「……旅行中に?」
「ここはエネ星だぞ」
 あり得ない!と、全員の意見が一致する。彼らの感覚では他星で一人別行動を取るなど、正気の沙汰とは思えないのだ。幾ら宇宙に慣れ親しんでいる世代とはいえ、他星は別世界で別社会だ。ディアーナ星の常識は通用しないし、法律も違う。
 治安の良いエネ星とはいえこんな所に一人でなんて、迷子は必至だし、下手をするとディアーナ星に帰れない可能性もある。気分的には、砂漠の中に置き去りにされるようなものだ。
「うわ……マジかよ」
「はは。流石(さすが)若林」
「信じられない」
「頭が痛いわ」
 皆して唖然と、一矢の立ち去った方角を見つめるのだった。


 一矢の持つ携帯端末には、ボブからの短い文章が残されていた。
 総代官邸占拠、その六文字のみが。



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