遭遇と接近7
作:MUTUMI DATA:2006.1.22


 二日目の夜。
 宿舎となったホテルの男子部屋では、ケンが得意気に、本日の獲得品を自慢していた。手の平に乗る小さな、それこそ賽子(サイコロ)サイズのクマなのだが、金は金だ。価値のある物を手に入れて有頂天だった。
「えへへ。いいだろ? 金だぞ。金!」
「おお」
「ゴールドォオ」
 クマの乗ったケンの手を、皆が覗き込む。
「いいなぁ」
「価値はあるのか?」
「24金だってさ。後で換金に行って来るぜ」
 ケンはヘラヘラと答える。
「いや待て待て。換金するより、レアな景品なんだからネットフリマで売った方がいいんじゃないか?」
「そうか?」
「絶対その方がいいって」
 一人が力説し、周囲のクラスメイト達が一斉に頷く。
「そうしろ、そうしろ」
「そか。じゃあそうするよ」
 何とも薄情なケンの言葉に、シグマとシドニーが何となく寂しそうな表情をする。二人としては、記念に取っておいて欲しかったのだろう。折角一矢が獲得してくれたのに、それはないだろうという心境なのだ。一方、一矢の方はというと、別に気にするでもなく笑っている。
 そんな風に盛り上がっている最中、
「お〜い、若林」
 入り口のドアから頭だけを突き出し、イオが一矢を呼んだ。
「何?」
「ちょっとな。こっちこっち」
 手招きついでに腕を掴まれ、背中を廊下に押し出される。
「何だよ?」
「いいから」
 音も無くドアが閉まり、イオはそのまま一矢を廊下の端へと移動させた。丁度窪みの様になっていて、人目につき難い場所だった。
「イオ?」
 訝しがる一矢を無視し、イオは窪みの奥へと声をかける。
「おおい、連れて来たぞ」
「本当? ありがとうイオ君」
 ひょこんと小さな影が飛び出て来る。B組のエイミ・ユズリハだった。くりっとした榛色の目が印象的な、艶やかな印象を与える少女だ。実は密かに、学校一美人なのではないかと、言われていたりもする。
 顔立ちは勿論文句なく綺麗系だし、華奢なくせに制服の上からでもはっきりとわかる豊満な胸とか、この年頃の少女にしては自棄に大人びていた。ある意味、少年達にとっては刺激が強過ぎる存在だ。付き合ってみたい女の子ナンバーワン、憧れの彼女と言い切る者すらいる。とにもかくにも、あらゆる意味で彼女は有名だった。
「ユズリハさん?」
 あまり親しくはないが全く知らない人という訳でもなく、きょとんと一矢は呟く。何が始まるのかと首を傾げると、
「ま、上手くやれよ」
 ヒラヒラと右手を振って、イオが離れて行った。
「え? おい」
 慌てて呼び止めるがしっかりと無視されて、一矢はユズリハと二人っきりにされる。不思議そうな顔をする一矢に、ユズリハは黙ってメモを差し出した。
「あの……これ」
「?」
 疑問一杯になりながらも受け取って、二つに折られたメモを開き、一矢はその場で固まった。
(……ジョークか?)
 冗談の余地なんか一切なかったが、それでも一応自分で突っ込みを入れてみる。一矢が渡されたメモには短く、『好きです』とあったのだ。読み間違う余地すら一切無い。どこをどうとっても告白文だ。
(マジ……?)
 イタズラの可能性も、文章の短さからして、かなり低い。数少ない言葉故に、書いた人間の本気度がわかった。何度も何度も考えて、漸くこれだけを書いたのだろう。
 よくよく見れば、メモを渡したユズリハの顔は真っ赤だ。モジモジして一矢の方をチラチラと見ている。期待と不安にハラハラしているのだろう。ユズリハの心臓がバクバクと音を発てているのが、一矢にもわかった。
(うわ、本気だ)
 一瞬呆然としてしまう。こういう事態は流石の一矢も予測外だ。誰かに告白されるなんて、考えた事もなかった。
「あ、あの……私」
 そろそろと上目使いにユズリハが一矢を見る。魅惑的な瞳に見つめられ、一矢の思考は更に停止してしまう。慣れていないといえば慣れていない状況に、心臓が一つドキンと跳ねた。
「私、若林君のこと……」
 熱を持った眼差しが、一矢を見上げる。何故かその輝きに見入られた。情熱的なそして真摯な瞳。
「ずっと前から……スキで……」
 ごにょごにょとユズリハの語尾かかすれる。その顔は熟れたトマトの様に真っ赤だ。
「冗談じゃなくて、本気だし。えと、その……」
 見かけによらず純情なところのあるユズリハは、そう言って俯いてしまう。ユズリハの旋毛を呆然と眺めていた一矢は、ここに至ってようやく何時もの思考を取り戻した。
「僕は」
 呟いて軽く息を吐き出し、メモをユズリハへと返す。どう言ったらいいのか逡巡し、けれど言葉も見つからず、結局、
「……ごめん」
 短く返した。
「……っ」
 ユズリハが潤んだ目を一矢に向ける。
「ごめん。ユズリハさんの気持ちには応えられないよ」
 傷つけると判っていても、言葉は口をついて出る。困った顔で、生真面目に理由すらつけて。
「ユズリハさんのことを僕はそんなに知らないし。……それに」
 言葉を濁して、一矢は緩く首を振った。
「僕なんかより、もっとユズリハさんには相応しい人がいるよ」
「!」
 優しい、けれど考え様によってはかなり残酷な言葉を返されて、ユズリハは思わず涙ぐむ。
「……私じゃ駄目なんですか?」
 精一杯の勇気を出して、それでもユズリハは震える声で聞き返した。
「私……。私、本当に若林君の事が好きで……」
「僕のどこが?」
「どこって、全部です。優しい性格も、生真面目な所も、意外に男っぽい所とか……とにかく全部、全部大好きです」
「それは……」
 口籠り、一矢は瞳を伏せて髪を掻き揚げる。青黒色の髪がハラハラと額に落ちる。
「僕は、ユズリハさんが思っているような人間じゃないよ。そんなに誉められた人間じゃない。君が好きなのは……」
(僕であって、僕じゃない。僕が学校で演じている幻の人格だ)
 後半は心の内だけで呟かれる。背中に飼っている猫がだいぶ剥がれ落ちてきたが、それでも学校で見せる人格と情報部で見せる人格にはかなりの違いがある。学校では本当に無害な子供を装っているのだから。
「僕は優しくないよ」
「え? えと、そんなことないわ。だって体育教師のセクハラ事件の時だって、絡まれていた先輩を庇ったって聞いたし……」
(パイに頼まれた件か? でもあれは庇ったっていうより、被害者を囮にして現場を押さえたっていう方が正しいんだけどな)
 正確な情報はどうやら流れていないらしい。決して正義感から起こした行動ではなかったのだが、どうも一矢に都合の良い噂が流れているようだ。一矢自身は、あまり誉められたやり方ではなかったと思っている。
(優しい人間は、女の子を囮になんか使わないよ)
 一矢の目に一瞬だけ暗い炎が宿る。
(こんな僕のどこが優しいんだか……)
 自嘲を浮かべ、やんわりとした拒絶の意思を発し、一矢は再度ユズリハに伝えた。
「ごめん、やっぱり駄目だ。ユズリハさんの気持ちは嬉しいけど……、そんな気にはならないよ」
「……っ」
 ユズリハの目が涙で潤み出す。上目使いで見つめる眼差しは、潤んでいる為か一層魅惑的だった。小悪魔系の縋るような表情は、脳天を直撃する程甘い。
 普通の男なら、その気はなくともこの辺りでノックアウトを喰らうのだろうが、やっぱり一矢は筋金入りにずれていた。どうやら何も感じないらしく、困った顔でユズリハを見ている。
「私、若林君をからかうつもりなんてないし、……あのね。あの……」
 言葉を捜してユズリハは視線を彷徨わせる。
「友達から始めてもいいし。お試し期間でもいいし……」
 ユズリハは、必死に言い募った。
(お試し期間って……何の?)
 聞く迄もないことだが、思わず突っ込んでしまう。
「あ、あの。どうかな?」
(どうって言われても……な)
 一矢は深く吐息をつく。
「悪いけど……」
 再度拒絶しようとして、泣き出しそうなユズリハに気付いた。お試し期間なんて口では言っているが、どうやら相当、心は傷付いているようだ。あの言葉は、最後の最後の譲歩なのだろう。必死な様子が一矢の胸に迫って来る。
(……うわ。どうする?)
 昔から女性に泣かれるのは、どうも苦手だ。再び一矢の頭が空転した。普段は明晰な頭脳も、この時に限っていえばおんぼろコンピューター同然だった。まともな思考力が働かなくなる。
(誰か、……ヘルプ!)
 思わず助けを求めるぐらいには、壊れていた。涙目で一矢を縋る様に見つめ、ユズリハが迫る。
「どうしても駄目ですか? どうして? 理由でもあるの?」
(理由? 付き合えない理由なんてそれこそ山の様に……)
 軍人でフォースマスターで身分を偽っていてと、指折り数えて反論をあげていた一矢は、ふと気付いた。そんな物が物凄く小さな事だと感じる理由がある事に。
(……違う。そんなのは理由にならない。僕はまだ忘れてないんだ。マイを……)
 胸の痛みに、感覚が一瞬だけ凍る。他者から押し付けられた生と死の離別は、いつまでたっても納得出来ないし乗り越えられない。どうしようもない程それに囚われている事を、再び一矢は自覚する。
(何時まで経っても……僕って、馬鹿だなぁ)
 忘れてしまえば楽になれるのに、それすらも出来ない。亡くした恋人を愚かにも求めてしまう。いもしない、面影を。
 一矢の僅かな感情の変化に気付いたのだろうか、
「もしかして……好きな人がいるんですか?」
 ユズリハが脅えた様に言葉を紡ぎ出した。過去を思い出していた一矢が、思わずピクリと反応する。ユズリハは敏感にそれを感じ取った。
「……いるんだ。……まさかエルモアさん?」
 何故かそこで出て来るパイの名に、一矢は苦笑を浮かべる。そんなに仲良くしているつもりはないが、そういう風に見えているのかも知れない。パイの為にもきちんと糺しておくべきだろうと考えて、一矢は自嘲気味に心情を露呈した。
「いや、違うよ。……僕が好きなのは、ここにはいない人だ」
(この世のどこにもいない。マイはもう死んでしまったから……)
 目を閉じると、まだ脳裏に面影が浮かんで来る。忘れられない記憶は、いつまで経っても鮮明で蜜の様に甘く鮮やかだ。
(認めるよ。僕はまだマイを好きだ。だからこそ……誰とも付き合えない)
 死者に恋情を抱き続ける不毛さを自覚してはいたが、心を偽る事は出来ない。一矢はユズリハへと真直ぐに視線を向けた。
(……心は誤魔化せない)
「君が僕を好きな様に、僕にも好きな人がいる」
(ずっと昔に囚われて、亡くしてもまだそこから出て来れない。愚かだけど……)
「僕は彼女が好きだ。だから……」
(それでもいい……)
「ごめんな」
 再度謝って、一矢はユズリハに背を向ける。返事は敢えて聞かなかった。ユズリハも何も言わずに一矢を見送る。
「……っ」
 背中越しに、ユズリハの泣き出す気配を感じ取った。声も上げず、ユズリハが歯を喰いしばる。それでもなお振り返らず、一矢は前に向かって歩いた。薄明かりの廊下を無言で直進する。
 傷つけた事を感じていても、優しい言葉をかけるわけにはいかない。ユズリハの気持ちが真剣だとわかるだけに、そんな事は出来ない。変な同情は傷を広げるだけだ。
「……っく。……ふぇ……」
 押し殺した泣き声が、とうとう背中越しに聞こえ出した。苦い表情を浮かべて、一矢は一瞬だけ瞼を閉じる。再び瞼が開いた時、そこには光の紋様があった。焦げ茶の虹彩に不可思議な文字が踊る。
 ユズリハの視界から見えない所まで歩くと、同級生が廊下に誰もいない事を確認し、一矢は力を練った。一矢に同化していたサフィンが力場を発生させ、空間を歪ませる。
「ひっ……く」
 しゃくりあげるユズリハの声を聞きながら、一矢は空間をその手に握る。意識下に置き、目的の場所と繋げ、……跳んだ。一瞬にしてその姿はかき消える。光の粒子の残像を残し、一矢はどこかへと逃げ出した。シグマ達が待つ部屋にも戻らず、その姿を消したのだった。


 そして……。

 草案を睨んでいたイクサー・ランダムは、ふと電子書類に影が射した事に気付き顔をあげた。目と鼻の先に、良く知っている顔があった。
「あら、一矢。珍しいわね、官邸に押し掛けて来るなんて。それもこんな夜分に」
 星間連合総代官邸に現れた一矢は、項垂れたままイクサーに手を伸ばす。執務室の椅子が微かに軋んだ。
「……夜這い?」
 笑うイクサーの首元に、一矢の細い手が巻き付く。続いてぎゅうっと抱き締められ、首元に顔が伏せられた。
「一矢?」
 何時にない反応に、赤くなるでもなくイクサーが不思議がる。一矢はイクサーの存在を確かめる様にかき抱いて、ボソリと零した。吐息がイクサーの首筋を翳める。
「……泣きてえ」
「?」
 さっぱり意味がわからず、イクサーが首を傾げる。
「どうかしたの?」
「ちょっとね。傷つけたから……」
「は?」
 ベリッと首から一矢の手を引き剥がし、イクサーが呆れた声を出す。
「何を訳のわからない事を言ってるのかしら、この子は」
 睨むと、力無い顔が返って来る。
「……本当にどうしたの?」
「いや、たいしたことじゃないんだけど」
「けど?」
 先を促すと、どこか泣き笑いの顔で、
「人の心って難しいね」
 と小さな声で囁かれる。
「何があったの?」
「内緒。……たださ、傷つけた事を自覚しているから、自分で自分が嫌になるんだよ」
「あら、もしかして落ち込んでいるの?」
「一応それなりに」
 軽口の様に返しつつ、一矢はイクサーの首元に再び顔を埋めた。
「……なんで幻想の僕なんかを、好きになるんだろう」
「さあ」
 脈絡の無さに、この子は本当にどうしてこうなのかしらと思いつつ、そっと背中に手を伸ばした。よしよしと宥める様に撫でると、首元から嫌がる声が返って来る。
「止せよ、くすぐったい」
「人の首元に顔を埋めて何を言ってるんだか。この甘ったれた体勢を止めたら、撫でるのを止めてあげるわ」
 暫し逡巡した後、
「……ヤダ」
 小さな反論が返る。
「じゃあこのままね。……ねえ、少し痩せた?」
 一矢に抱きつかれたまま、イクサーはその背に尋ねる。
「別にいつも通りだよ」
「無理はしてないでしょうね?」
「してないよ」
 打てば響く様に答えが返って来る。けれどそれでも、一矢が精彩さを欠いている事にイクサーは気付いていた。どんな理由があるのかは知らないが、人知れず深く落ち込んでいるようだ。
 だからこそ、癒したいが為にイクサーにじゃれつく。少なくとも人肌を感じたい程には、まいっているようだ。
 それを知っていて、わざとイクサーは会話の内容を外した。イクサーが問い詰めずとも、一矢が話し出せる様に。
「学校は楽しい?」
「うん」
「昼間はありがとう。助かったわ」
「……身辺には気をつけなよ」
「わかってるわ。ねえ。それはそうと、友達は出来た?」
「少しは」
「どんな子達?」
「……温かい。気持の良い子らだよ」
「そう。良かったわね」
「うん」
 互いに短い言葉のやり取りが続く。ややして、ボソリと一矢が核心に迫る言葉を零した。
「……時々さ」
「?」
「騙している事が辛くなる。学校の皆が知っている僕は、僕じゃない僕だから」
「……」
「本当の僕を……誰も知らないのに……」
 吐息には、やるせなさが宿っていた。
「絶対に見せれない部分があるのに、僕の事を”優しい”なんて……可笑しいよな。僕は優しい人間なんかじゃない。優しい人間が、何億もの人間を殺せるはずないじゃないか」
「一矢」
 宥めようと耳元で名を呼ぶと、自嘲めいた声が返って来る。
「……人殺しの僕が、優しい訳ない」
 イクサーはその言葉に何も言い返せなかった。下手に慰めようものなら、勝手に一人でどんどん落ち込んで行くのが、手に取る様にわかったからだ。お互いに長い付き合いだ。一矢の性格も思考パターンも、イクサーは熟知している。
「本当に損な性分ねぇ……」
 ただそれだけを呟いて、イクサーは短く溜め息を零す。そのまま互いに何も言わず、一矢はイクサーに引っ付いたまま、イクサーは一矢の背中を撫でたまま数分が過ぎた。執務室に静かな時間が流れる。
 そして更に数分。やがて、執務室に軽くノックの音が響き渡る。
「失礼します、総代。こちらの書類にサインを……」
 入り口のドアが開き、補佐官の一人が入って来た。手に持っていた書類から顔を上げ、イクサーを確認すると、補佐官はぎくしゃくとした動きで行動を止めた。
「え? あ、提督!? す、すみません。お邪魔でしたか!?」
 何時の間にか来ていた一矢が、イクサーにべったりと引っ付いているのを見て、変な勘繰りをしたらしい。狼狽して出て行こうとするのを見て、慌てて一矢が引き止める。
「別に邪魔じゃないよ」
「はあ、しかし……」
 なおもオロオロする補佐官に向かって、互いに普通の顔色で、一矢とイクサーは簡潔に説明を加える。
「禁断の愛とかには、程遠いから」
「年だってねえ、こんなに離れているし」
 少なくともひと回りは違う、イクサーにしても一矢にしても、補佐官が誤解したような甘い関係にはなりようがない。せいぜいよくて擬似的な親子関係だろう。
「遠慮しなくて良いわ。この子は単に人肌が恋しい時期なだけよ」
「……その言い方、なんか凄くやだなぁ」
 ぼやきつつも一矢はイクサーから漸く離れる。補佐官はこれ幸いと、書類を急いで手渡した。
 それに目を通しながら、イクサーは一矢の様子を伺う。どうやら複雑な心情に、そこそこの整理もついたらしい。幾分かましな顔色になっていた。
「……ねえ一矢。まだいる気なら、コーヒーぐらい入れてくれない?」
「豆から?」
「そう。その辺にあるから」
 インスタントはお気に召さないらしく、イクサーは執務室の隅に置かれた器具を指差す。一矢は軽く肩を竦めると、「豆。豆」と呟きながら戸棚の物色に走った。
 そんな二人のどこからどうみても親密な行動に、どう考えてもやっぱりお邪魔虫なのではないだろうかと悩みつつ、補佐官はサインを貰う為に、その場に暫し佇み続けた。

 後に語ったところによると、やっぱりどうにもこうにも、居心地が悪く苦痛だったらしい。甘い空気こそなかったものの、二人の親密で明け透けな会話に、心臓がズクズクし冷や汗をかいたと言っている。
「提督に入れて頂いたコーヒーは、大変美味しかったと思うのだが、……さっぱり味がしなかった」
 補佐官の心情は察してあまりあるだろう。



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