遭遇と接近5
作:MUTUMI DATA:2005.10.7


 次の日、天気は朝から快晴だった。
 昨日とは違い本日は自由行動が認められている。クラスごとの各班に別れて、それぞれ好きな場所へ行けるのだ。班によって目的地は様々、娯楽系を選択する班もあれば、観光を選択する班もある。みんな自分達の興味の赴くまま、あちこちに朝から散って行った。一矢達も例外ではない。
「今日も良く晴れてるな〜」
「ちょっとあちいよな」
 シグマとケンが、Yシャツの袖を捲りながら漏らす。その隣で一矢もブレザーを脱いで、Yシャツ姿に変身していた。喉を締め付けるタイを邪魔臭そうに取って、ビラビラと振り回す。
「自由行動中ぐらい私服にして欲しいよ、全く」
 エネ星はディアーナ星と比べて平均気温が3度高い。それだけ変化すれば、例え緯度経度が同じで、似たような季節であっても、体感温度は変化するものだ。一矢達が暑がっても仕方がない。
「日影に入りたいね」
 とっくの昔に袖を捲っていたパイが、お日さまを睨んで溜め息混じりにそう漏らす。
「日影ねえ」
「……墓の影とか?」
 かなり不謹慎な事を呟き、ケンは文句を言われる前に自分から詫びた。
「ごめん、今のはなし」
 その場にいた全員が苦笑を浮かべる。気持はわからなくもないが、流石にそれはなぁと互いに目配せをする。
 一矢達の班が今いるのは、星間墓標と呼ばれる慰霊塔が立つ、星間連合専用の墓所だ。墓所は、ユベールから突き出た半島に建てられていた。遠くには栄えるユベールの町並みが、薄らと陽炎の様に見える。ここはユベールの喧噪から切り離された、とても静かな場所だった。小鳥の鳴く声まで聞こえる。
「……とても厳粛な所ね」
 周囲に立ち並ぶ墓碑を見渡して、パイがぽつりと漏らす。一矢達の歩く細い道の周囲には、ズラリと物凄い数の墓碑が立ち並んでいた。どこまでも見渡す限り、視界の全てに同じ形の墓碑が映る。そしてその全てがまだ新しかった。墓碑の一つ一つには、名前と生没年が無造作に掘られており、故人の姿が忍ばれた。
 一矢が微かに苦笑を浮かべる。
「厳粛というよりは、薄気味悪いって方が大きいんじゃない?」
(これだけ墓碑が並べば、気味が悪いだろうに……)
 大き過ぎる墓地は、例え日中でも気分が滅入るはずだ。現に一矢はかなり凹んでいる。ここに眠る友人達が多過ぎるからだ。
(……あっちにはゲイルの墓碑があるし、こっちにはレンの奴のがあるし。そっちはイシュカだし……)
 考え出すときりがない。その全員が一矢の側にいたのに、一矢を置いて逝ってしまった者達だ。
(泣きそう……)
 改めてここに来るとつい涙腺が緩くなる。
(ここはやっぱり鬼門だ)
 一矢としてはさっさと目的を済まして、出て行きたかった。いつまでも留まっていたいとは思わない。友人達の墓を見れば見る程、自己嫌悪に陥るからだ。
「あと少しで中央の星間墓碑に辿り着くよ」
 気分を取り直し、一矢が発言する。場を和ませる様に、一矢がタイを振り回しながら再び先頭に立って歩き出した。
「遠いけれど、もう少し頑張るわ」
 アイリーンも気合いを入れて歩き出す。
「ふにゅ〜」
 意味不明の言葉を吐き出しつつ、メイが後に続く。太陽の光をガンガンに浴びながら、えっちらおっちら全員が足を動かした。最後尾を行くシドニーが申し訳なさそうに呟く。
「ごめん。私が行きたいと言ったばかりに……」
 その言葉に背後を振り返ったイオが、カラカラと笑った。
「気にするなって。確かにあんまり寄りたくなるような場所じゃないけど、……シドニーは来たかったんだろう?」
「ああ」
 頷き、先頭を行く一矢の背中を見つめる。
「父上がここだけは外すなと……」
「親父さんのお勧めなのか?」
「……ここには世界を守った人達が眠っているから、見ておけと言っていた」
 行くのは生きている者の義務だと、そして一矢に対する礼儀だとも。
(どういう意味かはやっぱり私にはわからないけれど、……きっと必要な事なのだろう)
 父親の過剰な愛情に対する反発はあっても、洞察力や判断力には一目置いている。そう言うからには、確かな理由があるはずだ。
「ふうん。財界トップの親父さんが言うんだから、意味はあるんだろうけど……」
「観光向きじゃあないよ」
 イオの言葉の後を、一矢が引き取る。
「ちゃんと観光向きのスポットを今度は聞いておきなよ。……全く、ロバートは碌な事を言わないんだから」
 ぼやきにも似た呟きを漏らし、一矢が視界の先に見える目的地、星間墓碑である慰霊塔を見上げた。天高く蒼空の中に塔は立っている。
「世界を守った人達が眠るか……」
 その声はどこか優しい。
「そう思ってくれるなら、きっと満足かもな」
(なあ、みんな)
 心の中で呼びかけ、一矢は視線を墓碑に落とした。その目に、何かを懐かしむような光が宿る。だがそれも一瞬で払い落とされ、一矢は再び星間墓碑を目差して歩き出した。その後を疲れた表情を浮かべながら、班の全員も続く。日射しが暑いぐらいに降り注いでいた。



 時間は移って昼過ぎ。ファーストフードで食事を終えた一行は、ユベールの街中にいた。繁華街のど真ん中である。パイやアイリーン、メイ達が大きな紙袋を下げている。
 昼からは、女子一同の希望でショッピングタイムとなっていた。可愛い服を見つけては試着し、素敵なアクセサリーを見つけては購入し、キャイキャイとはしゃいでいる。
 ショッピング街を並んで歩く女子一同の後ろに、ゾロゾロと続きながら、男子一同は手持ち無沙汰な状況が続いていた。特に買いたい物もないのだ。ぼのぼのと歩くしかなかった。
「見たい店もあんまりないし……」
「系統が違うからなぁ」
 シグマとケンがコソコソと喋り出す。
「僕は本屋とか行きたいんだけど」
「げ、何で本屋なんだ? ユベールと言えば先端テクノロジーだ。やっぱ街頭デモでも……」
 物凄く互いに的外れな事を言い合いながら、二人はああでもないこうでもないと続ける。一矢とイオは顔を見合わせ、どちらからともなく肩を竦めた。
「荷物持ちをさせられないだけ、ましなんだろうけどさ。……もういい加減次に行こうぜ」
「そうだね……」
 思うけれど、一矢には言い出せなかった。ショッピングに燃えている時は、何を言っても無駄なことは、過去の経験からわかっている。
(マイと一緒の時は、毎日がこんな感じだったな)
 懐かしさと切なさが胸を過る。少し遅れ始めた男子一同を、先を行く女子達が振り返った。
「遅れてるよ〜」
「早く、早く! まだ次があるんだから!」
 電子地図を覗き込みながら、パイが皆を手招きする。
「げ。まだあるのかよ」
 ケンが思わず呻いた。シドニーが可笑しそうに笑う。同じく吹き出しながら、一矢も目尻を下げた。
「諦めなよ。女の子ってショッピングが好きなんだから」
「けどさー」
 まだブツブツ言いそうなケンを宥め、一矢はとっておきの言葉を口にする。
「後でこっそりジャンクパーツの店に連れて行くから」
「マジ?」
「うん。色々揃ってる店だよ」
 にっこり笑って付け加えると、途端にケンの機嫌が良くなった。「やったぜ」と呟きながら、上機嫌で歩き出す。
「現金な……」
 イオは呆れて笑っていた。
「イオは行きたい所はないの?」
「俺は別に……。ナンパスポットとか言ったら、怒るだろう?」
 チラリと流した先には女子一同の姿がある。
「確かに。メイが頭から湯気を出しそうだね」
「だからいいよ」
 どこ迄本気かわからないが、イオはそう返した。
「そういうお前はいいのか? 古巣の街なんだろう?」
「僕は別に……」
 下手に動くとどこで誰に会うかわからないから、出来たらじっとしていたいと一矢は考えていた。
(あんまり動き回ると、ボロが出そうだしな)
 苦笑いを浮かべる。そんな時、
「あれ? 一矢兄?」
 横手から聞き慣れた声がした。
「……」
 一矢は無言で声のした方に視線を向ける。きっちりと新緑の瞳と視線がかち合った。
「ああ、やっぱり。こっちに戻ってたの?」
 星間連合の制服のまま、背の高い長身の青年が声をかけて来た。焦げ茶の髪がふよふよと風に揺れる。
「……ダーク」
 今度はお前かと思いつつ、一矢は思念を飛ばした。
”元気そうだな”
”まあね、兄も元気そうで良かったよ。一体今日はどうしたんだ?”
 すかさずダークから返事が返って来る。互いに高位の能力者同士なので、思念のやり取りは簡単だ。
”高校の行事だ。……何も聞くな。ついでに話を合わせろ”
 一方的に心話を打ち切り、訝しそうな班員に向かって青年を紹介する。
「前にいた家の近所のお兄ちゃん」
 間違ってはいないが、目眩がしそうな紹介だった。確かにダークは一矢が以前いた特殊戦略諜報部隊、ひいては統合本部の近くに勤務している。近い事は確かに近かった。
「どうもー、ダーク・ピットだ。よろしく」
 訳わかんない紹介だなと思いつつ、ダークは一矢に話を合わせた。一矢以外の人間が次々に会釈する。
「こんにちは」
「ちはー」
「初めまして」
「よろしく」
 それなりに皆礼儀正しかった。
「それで結局、観光してるのか?」
 一通り挨拶が終わった後、ダークは一矢を見下ろして、そう尋ねる。
「うーん、どちらかというとショッピング。ダークは?」
 勤務中ではという疑問に、ダークは力ない笑みを返した。
「愚痴っていい?」
「愚痴による」
 牽制をかけた一矢を無視し、ダークは怒濤の様に言葉を零した。
「やってらんないつーの? 俺さ本気で今回はむかついたんだよ。アルメイニの革命評議会本気で潰そうかと思ったんだぜ。ミーヤに止められたから、思いとどまったけど。まじあれは悲惨の一言につきるよ」
「……アルメイニ」
 呟き一矢は押し黙った。
「久々に破壊衝動にかられたっていうか、うがぁ〜。今からでも潰しに行きたい。なあ、一緒に行かない?」
「ヤダ」
 ぽつりと一矢が返す。ダークは一矢の肩に両手を乗せ、ガクガクと前後に揺さぶった。
「何で! 腹が立たないのかー!?」
「……そういう訳ではないけど」
 揺すられながら、小さく溜め息を吐き出す。
”ダーク、落ち着け”
”これが落ち着いていられるか! あの馬鹿評議会、敵対勢力ってだけで女子供含めて皆殺しにしやがったんだぞ。許せるのか!?”
”……”
”俺は絶対許さない。一生忘れねえ!”
 ダークの心話は怒りの波動で溢れていた。
”それで、腹が立ったから星間特使本部を抜け出て来たのか? 他の仕事をほったらかしにして?”
”う”
 痛い所をつかれて、ダークは少し大人しくなった。
”馬鹿だな、本当に。勤務評価がまた下がるぞ”
”……別にいい。金や社会的評価が欲しくてやってる仕事じゃないし”
 その回答に、一矢が若干優しくなる。
”仕方のない奴だな。……お茶に付き合うか?”
”?”
”ちょっと休憩したいと思ってさ。ネッドの店でも行くか?”
”え? え……?”
 思いがけない名称にダークの思考が止まる。
”兄?”
”……表の報復は許されない。なら、なあ。裏はどうだ?”
 瞳に悪戯を思いついた時のような光を宿して、一矢は提案する。
”革命評議会を潰せば政治的に荒れるが、抹殺を指令したルートぐらい潰したってどうってことないだろう?”
 ぽかんとしていたダークの表情が途端に変化する。
”手配してくれるの!?”
”内緒だぞ”
”うわぁ、サンキュー!! さっすが兄!”
 手の平を返したかの様に、ダークは上機嫌になった。一矢の肩から手を離し、機嫌の悪さを吹き飛ばして提案する。
”お茶代ぐらいおごるよ”
”調子良いな、ダークは”
 一矢は唇の端に小さな笑みを落とした。
「ええっと、それでダークさんは何を怒っているの?」
 パイが紙袋を抱えたまま小首を傾げる。一矢とダークの心話は聞こえていないので、ダークが怒り出した所迄しか皆は知らなかった。
「あはは、ちょっと仕事で嫌な事があってさ。つい愚痴っただけだよ」
 ダークは慌てて誤魔化した。
「それより皆疲れてない? お茶しようよ」
 一矢が提案すると、
「ああ、そうね」
「美味しいケーキがいいわね」
「休めるならどこだって行くぞ」
「うんうん」
 各自各々、賛成した。
「じゃあこっち。良い所があるんだ。お茶も美味しいし、ケーキも美味しいよ」
”ついでに裏マニア向けで、色々美味しいお店、と”
 ダークの茶々を聞き流し、一矢は全員を先導した。当然の様に一矢の横をダークが歩く。
 外から見れば大して会話もない二人だが、互いに心話が出来るので、実は物凄く沢山の事を五月蝿いぐらいに喋っていた。互いの近況を報告しあい、情報を交換する。何のかんの言いつつ、お互い半分ぐらいは仕事モードだったかも知れない。



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