遭遇と接近4
作:MUTUMI DATA:2005.10.4


 その夜、ホテルの一室では一矢を中心に何故か車座が出来上がっていた。クラスメイト達、但し男子限定(女子は別部屋の為いない)が一矢をグルリと取り囲んでいる。
 物凄く気まずい思いで、一矢は引き攣った笑顔を浮かべていた。
「かーずーやー。僕は本当に、本当に心配したんだからね! なんでそう無茶ばかりするの!?」
 一矢の正面にいるのはシグマだ。隣のケンと並んで険しい表情をしている。周囲の他のクラスメイト達も、シドニーを除いて、皆が同じような表情をしていた。
「えっと、その」
 別に一矢からすれば無茶でも何でもないのだが、さりとて弁解して許されるとも思えない。
「銃だぞ、銃! ここを撃たれたら死ぬんだぞ」
 ケンが一矢の胸ぐらの心臓部分に、指を突き付ける。
(知っているというか、そのちょっと下に剣がめり込んだよ。あれは死にかけたな……。うん、物凄く痛かった)
 笑えない感想を抱きつつ、少し神妙な表情を浮かべる。
「心配かけてごめん。でもあの時は仕方なかったし」
 一矢以外に、誰もあの凶行を気付けなかったとのだいう事を、軽く皆に知らしめる。
「総代をみすみす見殺しには出来ないよ」
「う。それは……」
 怒っていたシグマのトーンが少し緩くなった。
「僕は出来ると思ったからやった。大丈夫だと思ったから飛びかかった」
(あの程度でどうこうなるなら、とっくの昔に僕は死んでる)
 妙に白けた感情を抱きつつ、ふっと視線を伏せた。
「僕にとっては、あれは危険の内に入らないよ」
「なっ!?」
「若林〜!?」
「一矢!」
 各自それぞれ呼び慣れた名称で呼びつつ、皆が一斉に一矢にきつい眼差しを向ける。それをさらりと受け止めて、一矢は淡々と続けた。
「僕はディアーナの産まれじゃない。僕が産まれた星はもっと辺境で……もっと危険な場所だった」
「?」
 全員の頭に疑問符が浮かぶ。
「それこそ銃口を向けられるのが日常茶飯事な所でさ」
「げっ」
「マジ?」
「うひゃ〜」
 小声でとんでもないとばかりに、各自が否定的な感想を漏らす。
「だからね、割と平気っていうか別に怖いとも思わないし、対処方法も熟知しているし……」
 産まれた星も平和な惑星だったが、とりあえずそういう話を創っておいて、一矢は呑気に微笑む。
「本気でヤバイ時は僕だってちゃんと逃げるよ。自分の力量はわかってるから」
(まあそういう事態の時は、この宇宙が消えてなくなる時だろうけど……)
 星系が破壊されるぐらいの被害でない限り、一矢が後ろに引く事はない。
「……でも!」
「だけどな、一矢!」
 それでもシグマやケンは不服そうに、口を尖らせた。一矢は二人や周りのクラスメイト達を順に見渡し、
「あのね、僕はこれでも結構強いんだよ。パパ仕込みだし」
 と呟く。それに素早く反応したのはケンだった。
「え、あの親父さんの仕込み?」
「うん」
(あー、実際はボブじゃないけどね)
 とは心の中だけの反論だ。
「一矢の親父さんって、あの見るからに容赦なさそうな、物凄く怖い人だよな?」
 こそっとシグマの耳に口を寄せ、イオが尋ねる。しっかり聞こえていた一矢は、シグマの代わりに答えた。
「そう、あの一見滅茶苦茶怖そうな人」
 ボブを知らないクラスメイトは首を傾げ、一度でも会った事のあるクラスメイトは「ああ」と納得している。ぱっと見ただけなら、ボブは体格も良いし目付きも鋭いので、かなり怖い人に見えるのだ。その上どこからどう見ても堅気ではなく、喧嘩も強そうだ。
「僕は一応、パパと互角に戦えるよ」
 胸を張りつつ、エヘンと咳払いをする。
「今の所五分だから」
(肉弾戦オンリーならボブの勝ち。特殊能力込みなら僕の勝ち……ってね)
 イーブンというよりは、比較の対象が若干ずるいような気もするが、一矢は特に気にしない。
「……うっそ」
「あの親父と互角……」
「冗談……?」
 一矢と父親の体格差に気付き、誰もが呆気に囚われた。
「マジか?」
「え? だって大人と子供程体格が違うだろ?」
 エランの失礼な台詞に頬を膨らまし、一矢は口をつく。
「酷いな。僕に対するその評価ってどうよ?」
「どうよってな、一矢。お前のその可愛い顔で『僕、実は強いんです』とか言われても、信憑性ないだろ?」
 目をパチクリしながらエランが反撃する。思わずそれに全員が頷いた。これには若干の事情を知っているシドニーまでもが含まれている。
「…………顔か。顔が悪いのか」
(ついでに体格も問題なのか? ……知ってたけどな。この体格にこの顔だと、物凄く弱く見えるって事はさ……)
 自分の理想と程遠い顔と体格なのは、重々承知している。だからこそ、
「腕力はともかく、スピードと技のキレは自負してるんだぞ」
 ちょっとだけ主張してみた。全員がジーッと一矢を見て、へらんと笑う。
「やー、そうなの?」
「全然信じられないけど」
「まあ、そういう事にしておこうな」
 ついでの様に、イオから悪ふざけで、よしよしと頭を撫でられる。
「……」
 大人しく撫でられながら、一矢は思いっきりふて腐れた。
(うわーーーーーっ。ムカツクーーーーーー!)
 一人憤慨する一矢であった。無論その心境に気付いた者は誰もいない。もしここに情報部の部員がいたなら、速攻で宇宙の彼方に退避していただろう。20を半ば過ぎた星間軍の提督に、しかも神殺しのフォースマスターにする行為ではないからだ。部員なら、視覚の暴力だと思うだろう。
「とにかーく! 今後一切危ない事は禁止だからね、一矢!」
 ピシリと指を突き付け、シグマが強制的に場を纏める。
「……わかった」
(次からは、もっと上手く隠れてやろう)
 素直に頷きつつ、全然素直じゃない事を考える一矢だった。そんなこんなでクラスメイト、男子限定に責められつつ夜の帳は落ちて行った。



 一方その頃女子部屋では……。
「やっぱり一矢君って凄いよね」
 パイが床の上に広げられたお菓子を摘みながら呟く。女子各自は各々適当に座りながら、同じ様にお菓子をつまんでいた。気分はほとんどパジャマパーティーのノリだ。
「前からパイが『凄い、凄い』って言っていたけど、今日改めて実感したわ」
 アイリーンが昼間の事件を思い出して、しみじみとした声音で応じる。
「確かに。あの状況で動けるって凄くない?」
「言えてるよ。若林以外、誰も何も出来なかったし」
「先生達もショックで木偶の坊だったよね」
 わらわらと意見や感想が寄せられる。そのほとんどが一矢礼讃だった。パイが自分のことの様に、嬉しそうに誇る。
「でしょう? 一矢君って気弱そうに見えるけど、実は滅茶苦茶気が強いし、病気がちだけど喧嘩だって強いんだよ」
「むむ。つくづく外見に合わない奴よね」
 メイが呆れた様に零す。
「?」
「だってさ、あんなに可愛い顔しといて、下手したらうちらより可愛い顔の癖に、性格はとことん男っぽいじゃない」
 言動はともかく、やっている事は確かに男っぽかった。上級生から売られた喧嘩を平気で買うわ、ついでの様に倍返しで叩きのめすわ、体育教師に叩かれたら速攻で叩き返すわ。とにかくやられたらやり返すがポリシーのようだ。
「やってる事だけを見ると乱暴者って感じだけど……」
 メイが小さく肩を竦める。
「あれ全部、若林の言い分の方が正しかったよね」
「そうね」
 色々あった事を思い出し、特に体育教師に関しては一矢の反応に驚いたものだったが、その教師が特定の女子生徒に対してセクハラ紛いの事をしていたのが発覚してからは、一矢の行動で溜飲が下がったような気さえしたものだ。
「そういえば、セクハラ事件で退職した教師が、若林を恨んでいるっていう噂を聞いた事ない?」
「え? そんな噂があるの?」
 アイリーンがきょとんとした顔をする。パイはその横で曖昧な表情を浮かべていた。他のクラスメイト達は口々にメイに申告する。
「それ聞いた事があるよ」
「私も!」
「例の逆恨みの話でしょ?」
「ああ、あれね」
 ほとんど全員が噂の由来を知っていた。全く知らないアイリーンがメイの肩を揺する。
「メイ〜、何の話?」
「セクハラが発覚する羽目になった現場に、若林が居合わせたって話よ」
「ええっ!?」
 驚きながらもアイリーンは困惑した瞳を向けた。
「一体どうして?」
「謎よ。セクハラされた先輩と若林の接点なんてないし……って、あれ? もしかしてあったのかな? パイ、何か聞いてない?」
 女子の中で一番一矢と仲が良いのはパイだ。その辺りから何か出るかもと思ったメイが、話を振る。パイは何とも言えない表情をしていた。
「その顔は何か知ってるでしょ?」
「うん、ちょっとだけ。実はその被害者の先輩から相談を受けていたの。中学の時に仲の良かった先輩なのよ。それで話を聞いてみると、物凄く嫌な感じがしたから一矢君に相談したら、気をつけてみるって言ってくれて。……で、多分先輩がセクハラされて嫌がっているのを見て、助けてくれたんだと思う」
 その言葉に全員が唖然となった。
「偶然?」
「どうかな、それは私にもわからないよ。たまたまなのかも知れないし、一矢君が先輩をガードしていてくれたのかも知れないし。でもとにかく、一矢君が目撃者になったおかげであの教師は辞表を提出したみたい」
 パイは一気にそう言った。
「そうだったんだ」
「びっくりだね」
 目を丸くしたまま皆が呟く。
「セクハラを相談した時は、私も先輩も本当に泣きそうだったんだけど、一矢君が『大丈夫だよ』って言ってくれたから、胸のつかえが取れたの」
「へ〜」
「優しいんだ」
 皆はなんだか感心してしまった。普通そういう話を聞いたら、相手が教師なだけに嫌な顔をするか、面白可笑しく吹聴すると思ったからだ。
「一矢君は暴力とか理不尽な強制には物凄く反発するけど、本当は凄く優しい人だよ」
「ああ、それはわかるわ。ね?」
「うん」
「勿論」
 キャラキャラと笑いながら全員が同意を返す。
「多分うちのクラスで一番優しいよね?」
「さり気なく紳士的だし」
 何人かがその言葉に静かに同調した。
「イオみたいに、変に良い格好をしようとか思わないし」
「あはは! イオのは、彼女欲しい病のパフォーマンスだよ」
「クス」
 小さな笑いが起こった。悪いと思いつつパイも笑ってしまう。
「そういえば若林って、入学当初から先輩達に目をつけられていたらしいね」
「お姉様方の一目惚れって奴?」
「そうそれ」
 サミーが面白そうに言葉を返す。他人の噂は蜜の味。あくまで他人事で面白可笑しく過ごすが、サミーのポリシーだ。
「うちの部活の先輩も、可愛いって連呼してたわ」
「あ、うちの先輩も」
「右に同じ。先輩曰く『あの顔を毎日拝めること程幸せはない』だって」
「眼福って連呼してたっけ」
 物凄くしみじみと各自が呟く。
「若林ってさ、先輩達に大人気だよね」
「年上キラーってこと?」
「え〜。タメにもファンは多いわよ」
「そうなの?」
 きょとんとした顔でパイが呟く。
「そうなのよ! もうパイって鈍いんだから!」
 何故かそこでメイに叱られてしまう。
「流石にファンクラブはないけど、うちの学年じゃあ断トツで一番人気だし。アイドル並の容姿に明晰な頭脳とくればねえ」
「流石にみんな黙ってないって」
「ふうん」
 一矢君って人気者なんだと、パイは呑気な感想を抱く。何やらメイが言いたそうな顔をしていたが、黙ってスルーした。代わりにサミーが口を開く。
「だから、パイって結構やっかみを買っているわよ」
「え?」
 思ってもいなかった言葉に、パイが動きを止める。
「私? ええっ!?」
「若林と仲がいいでしょ?」
 悪いとは思わないが、特別良いともパイは思わなかった。
「そんな事ないよ、普通だよ」
「いや、あんた達見てると、時々出来てるのかと思うけど」
「ほえ?」
 パイは吃驚して口を開く。とても間抜けな表情だった。
「やっぱり無自覚か」
 メイが疲れた様に呟く。サミーを含め全員が苦笑いを浮かべた。
「端から見てれば、ねえ……」
「思えるような行動をしてるし」
「ええっ!? どこが、何が?」
 物凄い誤解にパイが狼狽える。メイが指折り数えて指摘する。
「シグマ達がいなければ、二人っきりで帰る事が多いし」
「帰る方向が同じなんだもの」
「お昼を一緒に食べてるし」
「え〜? アイリーンと食べてるよ。たまたま一矢君達がいるだけだよ」
「若林が病欠したらお見舞いに行くし」
「行こうって誘ったのシグマ君だよ〜」
「若林の親を知ってて公認の付き合いらしいし」
「確かにお父さんは知ってるけど、全然意味が違うーーっ!」
 段々グルグルと目が回って来るパイだった。誤解の積み重ねが恐ろしい。
「真実が一つもないじゃない……」
 脱力して呟くと、サミーがとっておきのを披露する。
「じゃあこれは? バスの中で若林がパイの髪にキスしてた」
「………………」
 パイは無言のまま、隣に座るアイリーンの肩に突っ伏した。
「目撃証言多数ありだよー?」
「うっそーっ!?」
「そんな事が!?」
 初耳のクラスメイト達が、耳をダンボにして身を乗り出す。
「詳しく聞きたい!」
「はい、私も」
 ワイワイと話は盛り上がり止まる事がない。パイは恨めしそうな目で、サミーを上目使いに睨んだ。サミーはどこ吹く風と笑っている。
「朝からかましてたらしいけど。これは事実?」
 そう追求され、渋々パイは答える。
「………………事実」
 だが声は、物凄く小さかった。
「ほら! やっぱり出来てるじゃない!」
「違うよ。出来てな〜い!」
 すかさず叫び、思いっきり否定する。
「あれは何か違うの。あの日は一矢君がちょっと可笑しかったの」
「あれれ、言い訳?」
 楽しそうにメイが聞き返す。
「本当に可笑しかったんだってば。蛍光ピンクでフェミニストオーラ垂れ流し状態で、問答無用で優しいモードっていうか……お父さんモードっていうか……」
 自分で言っていて、何を言っているのか段々わからなくなった。
「とにかく、あれは例外! 除外なの!」
 言い切って、パイはゼイゼイと息をつく。
「ねえ、アイリーンも何か言ってやってよ」
「そう言われても……」
 困った様にアイリーンはパイを見た。
「私は見てないし」
「あうう……」
 無情な台詞にパイは再び突っ伏す。追い打ちをかける様に、サミーがパイに言葉をぶつけた。
「で、キスぐらいしてるんでしょうね、あんた達? それとも経験済?」
「…………もうやだこんな話」
 何を言っても面白可笑しく脚色されてしまいそうな上、事実無根を無限大に拡張され、パイはアイリーンの胸で泣いた。
「みんなの意地悪ーーーーっ!」
 アイリーンの胸にしがみつき叫ぶパイに向かって、女子全員の生暖かい視線が注がれる。
「…………なるほど。この反応はまだ健全なお友達、と」
「…………健全過ぎるよ」
 メイが遠くを見つめたまま呟く。何故かそれに同調するもの数名、彼女達は一斉に溜め息をついた。
「男女の友情にはボーダーラインがあるって言うけど、パイの場合ループになっていそうよね」
「グルグル回ってエンドレスに終わりがないってこと?」
「そう、それ!」
「追加すれば、若林の側もループになっていそうな気がするなあ」
 進展する可能性が、限りなくゼロに近い組み合わせと言える。
「……むう、進展してくれなきゃ面白くないじゃない」
 サミーがボソリと漏らす。パイは顔を上げてキッと睨んだ。
「サミー!」
 だが怒鳴った途端に、さらりと躱される。
「だって恋愛の生ライブは見ていて面白いから……」
「だからって私で遊ばないでよ」
 本来なら怒って怒鳴り散らすところなのだが、妙に疲れて平坦な声になってしまう。クラスメイト達はそんなパイを見て、少しからかい過ぎたかと、反省するのであった。
 そんなこんなで彼女達の夜もふけていった。



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