遭遇と接近2
作:MUTUMI DATA:2005.7.17


 ディアーナ星系からルジナ星系に向けての旅は快適なものだった。大型の高速客船は300人弱の生徒の他に、大勢のサラリーマンや団体旅行客を乗せている。生徒達は一般客の邪魔にならない様に、各々思い思いに宇宙旅行を楽しんでいた。どの顔もみんなワクワクとした期待感に溢れている。
 宇宙旅行が珍しくない時代とはいえ、仲の良い友達と泊りで過ごす時間というのは、古今東西どこでも貴重な思い出となる。一生に一回の体験と記憶なのだ。そしてそれは、一矢すら例外ではなかった。
(宇宙旅行って、基本的に嫌な記憶しかないよなぁ。……最初の旅行で遭難、そのまま星間戦争に巻き込まれて、母星には帰れなくなるし。大事な人と引き離されて、二度と会えなかったし。……碌な事がない)
 パイ達が楽しそうに喋るのを聞きながら、一矢は微かに眉を寄せた。自分自身の過去を振り返ると、トラブル体質なのか、はたまた運命なのか、必ずと言って良い程何かが起こっていた。
(今度こそ……平穏な旅でありますように)
 何故か切実に一矢はそう思った。
「それでなぁ、必殺技が……。こら一矢、ちゃんと聞いてるか?」
「ん? 聞いてるよ。ネットワークゲームの必殺技だろ? 15連撃で切り刻むんだろう?」
「ちが〜う。16連撃」
 指を振りつつ、ケンが訂正を入れる。何故かネットワークゲームの話で盛り上がっていた。
「無敵の強さなんだぜ」
 心血注いだキャラメイキングに、ケンは陶酔しているらしい。
「……はいはい」
 忙し過ぎる日常の為か、ゲームなんてここ数年した事のない一矢は適当に相槌を打つ。取り敢えず頷いておけばケンは満足するようだ。パイやアイリーンはちょっと呆れてケンを見ている。
「ケン君、その情熱を勉強に注げばいいのに……」
「うん、本当に」
 地を這う成績を知る二人は、ヤレヤレと首を振る。二人の意見に、一矢も密かに同感だった。そろそろ赤点の補習も飽きる頃合いだろう。
「そんなに面白いんだ、そのゲーム」
 ケンの話に引き込まれ、シドニーがやってみたそうに呟く。
「おう、めちゃいいぜ。俺のお勧め!」
「僕も面白いと思うよ。何しろ隠れキャラがいいんだ」
 テーブルの上に広げたポテチを摘んで、シグマが応じる。
「隠れキャラ?」
「うん、フォースマスター」
 ゴン。
 シグマの回答と同時に、一矢がひっくり返った。
「……大丈夫か一矢?」
「何してるんだ、お前?」
 シグマとケンからほぼ同時に突っ込みが入る。椅子からズリ落ちた一矢は、引き攣った表情をしながらも立ち上がった。
(な、何で僕が隠れキャラ!? というか、何だそれーーーーっ!?)
「その情報……」
「あ。知らなかったのか? 某筋では有名なんだけどさ、制作サイドが面白がって最強キャラメイキングで追加したらしいぞ。俺も三回遭遇したけど、もう無茶苦茶強いのなんの。自立型の思考ルーチンのキャラなんだけどさ、シナリオ次第で敵にも味方にもなるし。絡んで来たら最高に面白かったぜ」
 いとも呑気にケンが解答する。
「自立型……思考ルーチン……」
 なんだか聞き覚えのある言葉だった。
「僕も一度だけ遭遇したよ。全身黒尽くめの大男でさ。涼やかな美貌って感じだった。物凄く女性受けしそうだったね」
「女性受け……」
 それも何故か聞いた事があった。
「……ねえ、そのゲームの開発会社ってどこ?」
「大手だぞ。ソードアート」
「……なる程」
(犯人はあいつか! タスク〜!!)
 一矢の脳裏にかつての部下の顔が過る。戦後夢を創るとか言って、民間に天下った天才プログラマーの姿が。オーディーンの制御プログラムの制作から一転、ゲームの開発を始めたらしい。
(だからこの前の通信で、やたら「ごめんな」を連発していたのか)
「……あんにゃろ」
(今度会ったら一発叩く!)
 密かに握り拳を固めた一矢を前に、ふとシグマが呟く。
「そういえばフォースマスターの思考パターン、一矢に似ていたかも。ゲームをしてても一矢を思い出して困ったよ」
「え?」
「あ、俺も。姿は全然違うのに、一矢って呼びそうになっちまったぜ」
 アハハと楽しそうに笑うシグマとケン。一矢一人が打ちのめされていた。新たな情報を聞いて、パイやアイリーン迄もが興味を持ち始める。
「面白そうね」
「今度キャラ貸すからやってみる?」
「うん」
「一矢君そっくりだなんて、楽しみよね」
 呑気な女性陣の会話に、一矢が乾いた笑みを返す。
(一発じゃなくて、百叩き決定)
 軍事機密の漏洩は、案外身近な所からなのかも知れない。



 さてキャビンで一見和やかな会話がなされている頃、一矢達の乗る船ホワイトローズの船首では、些か困った事態に動揺が走っていた。船長以下乗り組み員全員が真っ青になっている。
「なぜこんな星域に!?」
 船長の震える声に応じる者は居ない。皆ただ呆然とその船団を見ていた。ホワイトローズの眼前、行く手を阻む様に、あってはならない者達がいた。中央銀河に居るはずのないアウトローの集団。宇宙海賊という名の犯罪者達が。
 海賊達は徒党を組んで展開していた。ホワイトローズを捕まえる為に、ジリジリと迫って来る。
「悪夢だ。危険宙域でもないのに……!」
 震える船員の声に、船長が我に返った。
「急いで反転しろ! 逃げるぞ!」
 乗客、しかも高校生を多数乗せている事を思い出し、船長が急いで命令を発する。ホワイトローズはエンジンの出力が大きい。上手く逃げれば海賊をまける可能性もあった。怯えていた船員達も我に返って、各々の席に着く。
 乗客と自分達の命を守る為に、急いで逃走しようとしたその時、一人の船員が気付いた。ホワイトローズを囲む幾つもの揺らめきがある事に。船外探知担当のクルーが驚いた声を発する。
「船長、本船を囲む様に巨大質量探知!」
「何だと!?」
「宇宙船が……。ああっ!!」
 船員の声を遮る様に、ズズンと船団が姿を現した。ホワイトローズを四方から囲み、闇の中から船が現れる。全てホワイトローズを凌ぐ巨大な宇宙船だった。一拍後、ホワイトローズの艦船識別システムが情報を発する。端末に星間連合を示す緑色の文字が踊った。
「星間軍だ!」
 情報を読み取った船員が驚きと、嬉しさの混じった悲鳴をあげる。船首は途端に華やいだ声に包まれた。
「やった!」
「助かった!」
 歓声の中には船長の声も混じっていた。船員達は自分達が助かった事をはっきりと悟っていた。



「全艦、光学迷彩解除完了」
 ヒュレイカの冷静な声が、情報部第19番艦隊、旗艦太白(たいはく)の艦橋に響く。それを受けて艦長席からしらねの短い命令が飛んだ。
「各艦、通常展開」
「了解。各艦通常展開、開始」
 操舵担当のカノンの復唱が響く。ゆっくりとホワイトローズを囲んでいた艦隊が左右に散って行った。太白だけは、ホワイトローズの脇にそのまま控えている。
「【08】、とりあえず航行不能にするだけでいい。沈めるとかえって面倒だ」
 肩を竦めながら、ボブがしらねの横に立ったまま告げる。
「よろしいんで?」
「ああ。地域分隊にでも通報するさ。拿捕はうちの仕事じゃない」
 あっさりとした口調で命じ、その口元に歪んだ笑みを張り付ける。
「奴等も運が良いんだか、悪いんだか……」
 宇宙海賊の映像を見つめるボブの表情には、呆れた風情が混じっていた。しらねも遠い視線を向け、応じる。
「到底運が良いとは言えないでしょうが……」
「そうだな。よりにもよって、フォースマスターの乗った船を引き当てるんだからな……」
「最悪のカードを引く、最悪の運勢ですか」
 疲れた声でしらねは呟き、
「見事な引きっぷりですよ」
 ボブの更なる苦笑をよんだ。クスクスと笑い続けるボブの傍らで、馬鹿馬鹿し過ぎて、あまりやる気の出ないしらねの指示が続く。
 中央銀河に現れた運のない宇宙海賊と、ホワイトローズを警護していた情報部所属の第19番艦隊は、こうして静かなる戦闘に突入したのであった。



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