ディアーナ星系からルジナ星系に向けての旅は快適なものだった。大型の高速客船は300人弱の生徒の他に、大勢のサラリーマンや団体旅行客を乗せている。生徒達は一般客の邪魔にならない様に、各々思い思いに宇宙旅行を楽しんでいた。どの顔もみんなワクワクとした期待感に溢れている。 宇宙旅行が珍しくない時代とはいえ、仲の良い友達と泊りで過ごす時間というのは、古今東西どこでも貴重な思い出となる。一生に一回の体験と記憶なのだ。そしてそれは、一矢すら例外ではなかった。 (宇宙旅行って、基本的に嫌な記憶しかないよなぁ。……最初の旅行で遭難、そのまま星間戦争に巻き込まれて、母星には帰れなくなるし。大事な人と引き離されて、二度と会えなかったし。……碌な事がない) パイ達が楽しそうに喋るのを聞きながら、一矢は微かに眉を寄せた。自分自身の過去を振り返ると、トラブル体質なのか、はたまた運命なのか、必ずと言って良い程何かが起こっていた。 (今度こそ……平穏な旅でありますように) 何故か切実に一矢はそう思った。 「それでなぁ、必殺技が……。こら一矢、ちゃんと聞いてるか?」 「ん? 聞いてるよ。ネットワークゲームの必殺技だろ? 15連撃で切り刻むんだろう?」 「ちが〜う。16連撃」 指を振りつつ、ケンが訂正を入れる。何故かネットワークゲームの話で盛り上がっていた。 「無敵の強さなんだぜ」 心血注いだキャラメイキングに、ケンは陶酔しているらしい。 「……はいはい」 忙し過ぎる日常の為か、ゲームなんてここ数年した事のない一矢は適当に相槌を打つ。取り敢えず頷いておけばケンは満足するようだ。パイやアイリーンはちょっと呆れてケンを見ている。 「ケン君、その情熱を勉強に注げばいいのに……」 「うん、本当に」 地を這う成績を知る二人は、ヤレヤレと首を振る。二人の意見に、一矢も密かに同感だった。そろそろ赤点の補習も飽きる頃合いだろう。 「そんなに面白いんだ、そのゲーム」 ケンの話に引き込まれ、シドニーがやってみたそうに呟く。 「おう、めちゃいいぜ。俺のお勧め!」 「僕も面白いと思うよ。何しろ隠れキャラがいいんだ」 テーブルの上に広げたポテチを摘んで、シグマが応じる。 「隠れキャラ?」 「うん、フォースマスター」 ゴン。 シグマの回答と同時に、一矢がひっくり返った。 「……大丈夫か一矢?」 「何してるんだ、お前?」 シグマとケンからほぼ同時に突っ込みが入る。椅子からズリ落ちた一矢は、引き攣った表情をしながらも立ち上がった。 (な、何で僕が隠れキャラ!? というか、何だそれーーーーっ!?) 「その情報……」 「あ。知らなかったのか? 某筋では有名なんだけどさ、制作サイドが面白がって最強キャラメイキングで追加したらしいぞ。俺も三回遭遇したけど、もう無茶苦茶強いのなんの。自立型の思考ルーチンのキャラなんだけどさ、シナリオ次第で敵にも味方にもなるし。絡んで来たら最高に面白かったぜ」 いとも呑気にケンが解答する。 「自立型……思考ルーチン……」 なんだか聞き覚えのある言葉だった。 「僕も一度だけ遭遇したよ。全身黒尽くめの大男でさ。涼やかな美貌って感じだった。物凄く女性受けしそうだったね」 「女性受け……」 それも何故か聞いた事があった。 「……ねえ、そのゲームの開発会社ってどこ?」 「大手だぞ。ソードアート」 「……なる程」 (犯人はあいつか! タスク〜!!) 一矢の脳裏にかつての部下の顔が過る。戦後夢を創るとか言って、民間に天下った天才プログラマーの姿が。オーディーンの制御プログラムの制作から一転、ゲームの開発を始めたらしい。 (だからこの前の通信で、やたら「ごめんな」を連発していたのか) 「……あんにゃろ」 (今度会ったら一発叩く!) 密かに握り拳を固めた一矢を前に、ふとシグマが呟く。 「そういえばフォースマスターの思考パターン、一矢に似ていたかも。ゲームをしてても一矢を思い出して困ったよ」 「え?」 「あ、俺も。姿は全然違うのに、一矢って呼びそうになっちまったぜ」 アハハと楽しそうに笑うシグマとケン。一矢一人が打ちのめされていた。新たな情報を聞いて、パイやアイリーン迄もが興味を持ち始める。 「面白そうね」 「今度キャラ貸すからやってみる?」 「うん」 「一矢君そっくりだなんて、楽しみよね」 呑気な女性陣の会話に、一矢が乾いた笑みを返す。 (一発じゃなくて、百叩き決定) 軍事機密の漏洩は、案外身近な所からなのかも知れない。
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