遭遇と接近1
作:MUTUMI DATA:2005.7.17

人気投票企画小説。一番人気が一矢だったので、一矢メインで制作。
甲斐さんの『修学旅行誤魔化しつつ事件案』を採用しました。


「社会見学ですか?」
 電子書類から顔を上げ、ボブが隊長室の入り口に立つ一矢を見つめた。【17】のコードネームを持つリィンに入れて貰ったコーヒーを片手に、一矢はコクリと頷く。
「2週間後に出発だってさ」
 泊りの準備もしなくちゃいけないと、かなり邪魔臭そうに一矢がぼやく。
「どこに行くんですか?」
 興味半分にボブが尋ねると、珍しく一矢が顔を歪めた。歯切れの悪い一矢の態度に、おやとボブは目を見張る。
「そんな顔をするところを見ると、嫌な場所ですか?」
「ああ、ルジナ星系第8惑星エネだ」
 ポツリと一矢は答え、深く深く溜め息を吐き出す。ヒクリとボブの頬も引き攣った。
「まさか……」
「エネで社会見学に高校生が行く場所っていったら、もうあそこしかないだろう?」
「議事堂と総代官邸」
「当たり」
 木っ端微塵に撃沈された気分で、一矢が副隊長室のソファーに座り込む。
「どう思う? 発見される可能性は高いかな?」
「……限りなく濃厚ですね」
 慰めにもならない言葉をボブが漏らし、聞き咎めた一矢が更に項垂れる。
「やっぱり」
 そのまま床にのめり込みそうな程、一矢は落ち込んだ。どよんとした空気が漂っている。
「議事堂も総代官邸も古巣みたいなものでしょう? 知り合いが山程いるじゃないですか」
「……」
 グビグビと自棄を起こした風にコーヒーをがぶ飲みし、ゴンとカップをテーブルに置くと、一矢はふて腐れてそっぽを向いた。
「どうするんです?」
「……どうもしない」
 既に一矢は対策を放棄していた。やっても無駄なものは、どうしようもないと思ったからだ。
 友人知人が山程いるよりによって一番行きたくない場所、それも一矢がフォースマスターと呼ばれる軍人である事を知っている人間が数多いる場所に近付くなど、その事実を秘密にしたがっている一矢からすれば立派な自殺行為でしかない。好んで足を踏み入れるべきではないし、近寄る事すら秘密の露呈を意味しかねない。
 それがわかっていても、学校行事である以上行かねばならなかった。ただでさえ一矢は欠席が多いのだ。これ以上休めば出席日数が危ない。留年なんてした日には、委員会が笑いながら問答無用で一矢の学籍を抜きにかかるだろう。行きたくないのに、行かねばならない。そんな絶望的な状況にあった。
「わかっていると思いますが、行くのは自殺行為ですよ」
「……」
「議事堂であれ総代官邸であれ、入った瞬間にばれます」
「……」
 一矢の返事はない。顔はそっぽを向いたまま動かなかった。その頑な態度にボブが軽く溜め息を吐き出す。
「一矢、拗ねていないでこっちを向きなさい」
「……っ、拗ねてないよ!」
 微妙に子供扱いされた事を感じ取り、一矢が言い返す。
「なにげに子供扱いするよな、お前」
「子供じみた事をする一矢が悪いんでしょうが」
 睨まれてもボブは全然堪えなかった。肩を竦めただけで流してしまう。
「そんな事より対策です。影から護衛をつけましょうか?」
「……」
 むうと一矢の眉間に皺が寄る。
「真正面から遭遇しなければ、何とか誤魔化せるでしょう?」
 むむうと更に皺が寄った。見ていた電子書類に決済印をつけ襟元のホックを外すと、団扇の様にそれで扇ぎながら、ボブがヤレヤレといった風情で止めを刺す。
「わかりましたよ。俺が行きますから日程表を下さい。先回りして彼等の目をひきつけておきますから」
 情報部の副官が顔を見せれば、当然の様に議事堂でも官邸でも一矢の友人知人が大量に釣れる。一矢の近況を知る濃厚な話題を、ボブが持っているからだ。一矢本人がそこにいなくても、ウンカの様に寄って来る。今回はそれを利用して、逆に引き付けようというボブの作戦であった。
「そんな方法で上手くいくのか?」
「やらないよりはましです」
 案外適当なボブの言葉に一矢が吹き出す。
「そうだな、確かにましかも。……じゃあ頼むよ」
「了解」
 短く応じ、ボブは囮を引き受けた。上手くいくかどうかは、神のみぞ知るである。



 そして二週間後。

 学年全体で軌道エレベーターに乗り、軌道上の第三宇宙港に一矢達は降り立った。軌道エレベーターの定員は500名なので、300名弱の生徒が一度に乗っても全く差しつかえはなかった。寧ろ座席に余裕があり過ぎたともいえる。子供達は荷物を手に、楽しそうに語らっていた。
 ディアーナ星には複数の宇宙港が存在する。一から三までの民間用宇宙港と一の星間軍専用宇宙港だ。物流の拠点としても有名なディアーナには、四つの軌道エレベーターと宇宙港があった。これ程の規模を誇る惑星は数少ない。
 引率の先生達の後を歩きながら、各クラスが固まってぶらぶらと続く。その中に一矢の姿もあった。先行きの不透明さに、行きたくないなと真剣に思いながらも、用意された宇宙船の乗船ゲートまでシグマ達とふざけ合いながら歩く。
 透明な強化ガラスの向こうに、様々な形の宇宙船が翼を休めていた。どれに乗るのだろうと、皆でワイワイ言いながらも、ようやく生徒達はチェックゲートに辿り着く。
「はい皆さ〜ん、一列に並んで下さい!」
 引率の担任達が各クラスを団体用チェックゲートに並ばせた。ザワザワと私語を漏らしながらも、生徒達は各クラスに割り当てられたチェックゲートに並ぶ。一矢達も自分のクラスの最後尾に並んだ。
 宇宙旅行に慣れた者はさっそく鞄から自分のパスポート、戸籍のある星系政府発行の生体識別用カードを取り出していた。
「ねえ。このカードの私、変な顔をしてない?」
 パイは自分のカード、ディアーナ星系政府発行のオレンジ色のカードを見つめ、思わず漏らす。
「どれ?」
 シグマがパイの手元を覗き込む。立体印刷されたパイの陰影は確かに少し顔が歪んでいた。
「撮影する時、緊張してたの?」
「うん、そうみたい。撮り直そうかな」
 顔写真に納得がいかず、パイが呟く。
「エネから帰ったら申請しなよ。そういえば僕の写真もちょっと間抜けかな……」
 シグマの手元を覗き込むと、いつもより目付きが悪い。
「フラッシュが眩しかったのね?」
「そうみたい」
 パイとシグマは互いにガシッと堅い握手を交わす。
「「エネから帰ったら、絶対申請しよう!」」
 声は見事に二重にはもっていた。それを見てケンがやれやれと首を振る。
「どうでもいいじゃん」
 ピラピラとオレンジのカードを振って二人の行動を笑い、一矢を見た。
「そういえば一矢のカードって何色? カードって出身セクト(各星系を行政区分わけした物)によって色が違うんだろう?」
 意外な博識ぶりを発揮し、ケンが一矢に聞く。一矢は手にカードを持っていなかった。そっと制服の胸ポケットを押さえ、曖昧に微笑む。
「僕はホワイトだよ」
「ホワイトっていうと、第三セクト? 一矢ってルジナ星系出身だったのか?」
 ホワイトを冠するセクトは狭い。星間連合の各行政機関が集中するルジナ星系しかなかった。一矢はケンの思い違いを丁寧に訂正する。
「出身はもっと辺境だけど、今の僕の戸籍がエネにあるんだ」
 若林一矢という、ディアーナの高校に通う少年の為に用意された戸籍がエネにはあった。もっとも期間限定の偽造戸籍に過ぎないのだが。一矢の本来の戸籍は凍結されている。他ならぬ星間連合の手によって厳重に隠されていた。一矢と一矢の家族を守る為に……。
「そういえばシドニー君は何色なの?」
 パイが、シドニーもディアーナ星系の出身でない事を思い出し、手元を覗いた。シドニーの長い指に隠れ、スカイブルーのカードが見える。
「スカイブルー?」
「うん。空の色」
 シドニーが少し照れた様に笑う。何に照れているのか他の三人は知らなかったが、一矢だけは理由を知っていた。
 その昔、各セクトの生体識別用カードが色分けされた時、小さかったシドニーが一番気に入った色のセクトに、ロバートがわざわざ戸籍を移した事を。スカイブルーのカードをシドニーに与える為だけに戸籍を動かす、シドニーの父親は子煩悩で剛毅な性格だった。
 自慢気にそのカードを提示された一矢が、頭痛をもよおした事は言う迄もない。
「愛だな、愛」
 しみじみと一矢は呟く。その呟きを聞き咎め、シドニーがボンと真っ赤になった。
「わ、若林君……」
 震える声で一矢を睨むが、
「うん。全部知ってる」
 その言葉で撃退される。余りにも恥ずかしい、父親からの一方的な親子愛を知られている事に気付き、シドニーは更に狼狽した。既に茹で蛸だ。
 クスクスと笑いながら、一矢はチェックゲートを指差す。
「審査が始まったよ」
 見ると、列の先頭に並んでいた生徒が端末にカードを挿入し、荷物を持ちスキャンラインを通過していた。足下から立ち昇った光が、生徒の体を通り抜ける。
 その一瞬で個体情報を取り込み、カードに記憶されている情報と比べる。異常がなければ返却口からカードは返され、堅く閉ざされていた扉が開くのだ。その扉の奥は宇宙船の搭乗口となっていた。
 一人また一人と、生徒達が扉の奥へと進む。一矢は自分のクラスの列の最後尾で、胸ポケットを軽く押さえた。
 一矢のポケットに入っているカードは無色透明。立体印刷以外の全てが透明な物だった。カードの裏側には星間連合の意匠が薄いホワイトで刷り込まれている。無色透明のカードは星間連合の高官に与えられる物。通常、シークレットカードと呼ばれる物であった。
 偽造戸籍のカードと本来のカードのどちらを持っていこうかと悩んだ末、一矢は本来の物を選んだ。一矢の目的地がエネである以上、その必要があると思ったのだ。
 エネの入国チェックはとても厳しい。精巧な偽造とはいえ、見破られる可能性もあった。その点シークレットカードなら偽造ではないから、見破られる心配もないし、星間連合高官の職権的利点も附随する。同級生の目さえ気をつけていれば、これ程便利な物もなかった。
 パイ、シグマ、ケン、シドニーが順にチェックゲートを通り、一矢の番が来る。一矢は誰にも見られない様に手で隠しながら、端末にカードを挿入した。一矢の足下から光が伸び、全身をスキャンして行く。その瞬間、一矢のデータをオペレートしていた管理官が息を飲んだ。呆然とした顔で一矢を見つめる。管理官の前に現われたデータはたった二文字。
 《機密》
 名前はおろか住所も年齢も、顔写真までもが開示を拒否されていた。その上、カードの発行者はイクサー・ランダム。通常は各星系政府の代表者となるべき名前が、星間連合総代表の名前だったのだ。
 その時、管理官の脳裏に一つの可能性が浮かんだ。最強プロテクトのシークレットカード、星間連合を動かすほんの数人だけに与えられる、絶対的な身分保証制度が。
 異常もなく返却されたシークレットカードを胸ポケットにしまうと、一矢はチラリと管理官に視線を走らせた。互いの視線が交わり、管理官がゴクリと唾を飲み込む。
 自分が目にした光景がいまだ信じられず、狼狽しかけた管理官に小さな笑みを漏らすと、一矢は開いていた扉を潜った。管理官は黙ってその背中を見送る。
 搭乗口では先に入ったシグマ達が一矢を待っていた。
「遅いぞ、一矢」
「ごめん、ごめん」
 愛想笑いを浮かべつつ、停泊している宇宙船を見上げる。船は翼を広げた鳥のような形をした高速客船だった。団体の旅行客が良く使う、広々とした内装で有名な型式である。
(快適な客船か)
 普段親しんでいる軍船とは違い、貧弱な武装になんとなく落ち着かなかったが、文句を言うでもなく、一矢はシグマ達と連れ立って宇宙船に乗り込んだ。銀色の円形のチューブの中を漂い数秒の無重力を楽しんだ後、ハッチの中へと入る。
 宇宙船の中は人工的な重力がかけられていた。地上と変わらない足取りで歩き、各々指定された座席へと座る。ガヤガヤとした声と共に宇宙旅行は始まった。



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