彼は何を選ぶ?
作:MUTUMI 写真素材: n.sense
DATA:2003.2.5(2005.1.30改定)


『喜べボブ! 戦争が終わった。終わったぞ!!』
 荒れ果てた地上。瓦礫が山となり散乱したまま残る中、その知らせは俺達の耳に飛び込んできた。
 『終わった? 勝ったのか?』
『ああ勝ったとも。俺達の勝利だ! 神と呼ばれた男は死んだ! 俺達は勝った!』
 興奮した友人の叫びに、呼応するかのように歓声がうねりとなって辺りに響き渡る。
『勝った? 本当に?』
『疑り深い奴だな。本当さ! 宇宙で神は殺された!』
 友人は呆然と立ち尽くす俺の肩を掴み、ユラユラと揺する。
『神が死んだ? あの化け物が? ……誰が、いや……どうやって殺したんだ!?』
(あんな化け物を殺す手段があったのか!? それに宇宙でだって……? まさか艦隊戦でなのか!?)
 俺の思いを知ってか知らずか、埃にまみれた友人は興奮した口調でなおも矢継ぎ早にまくしたてる。
『宇宙でメビウス艦隊と神の軍団との最終決戦があったんだ。この決戦でメビウス艦隊はほぼ壊滅した。フォーチュンも半壊したそうだ』
『おい。それでどうして勝てたんだ!?』
 主力艦隊と、頼みの綱ともいうべき宇宙船の惨状に青くなり、俺は問い詰める。
『俺に聞くな。神に匹敵する力を持った奴がフォーチュンにいて、そいつが神を殺したと聞いたが……』
『神に匹敵する力を持った奴? 誰だ? そんな奴がいたのか!?』
 そんな話は聞いた事がない。
『それがいたんだよ。そいつはフォースマスター、または神殺しと呼ばれている』
『フォースマスター?』
 俺はしゃくり上げるように呟き、雲一つない晴れ渡った空を見上げた。今はまだ太陽が出ているので、星々を見る事は出来ない。周囲の馬鹿騒ぎ、勝利という名の美酒に酔いしれた喧噪を無視し、俺は一人深淵の宇宙に思いを馳せた。
(フォーチュンの神殺し……)
 どこの誰かは知らない。だが俺はそいつに感謝したかった。そいつが誰であれどんな奴であれ、神が死んだ事によりこの戦争は終わりを迎えるのだ。そいつが神と呼ばれた男を殺した事によって、俺は、いいや。俺達は生き残れた。この事実は永遠に消える事がないだろう。
『終わったのか。この戦争が……』
 ようやく徐々にではあるが、俺の中にも喜びの感情が沸き起こってくる。自分が生きてここに、この大地の上にいる事が奇跡なのではないかと思えてくる。
 俺は涙でくしゃくしゃになってしまった友人と、肩を組み笑いあった。この日の事はきっと一生忘れないだろう。何故なら、俺達の新しい人生が始まった瞬間なのだから。




【3:それは誰がした?】


(……これは、真剣に転職するべきなのか?)
 そいつを見た瞬間、俺は思わずそう考えた。いやつい、回れ右をして古巣に帰ろうかとまで思ったぐらいだ。現実に意識は向こうの世界にぶち飛んでいたと思う。
「こんにちは。ボブ・スカイルズ大佐」
 にっこりと華麗に大輪の花のような微笑みを浮かべて、その子供は俺に片手を差し出してきた。どちらかというと色白の肌をした小柄で華奢な子供だった。どう見たって、どう好意的に受け止めても、恐らくまだ高校生。いや、下手をすると中学生ぐらいかも知れない。薔薇色に上気した頬が嫌がうえにも幼さを自覚させてくれる。
「…………」
 俺は呆気にとられ、差し出されたままの小さな手を眺める。手の主はそんな俺の態度を全然気にもとめず、ニコニコと笑って俺を見上げていた。その目にはどこか嬉しそうな反応があり、俺は些か当惑してしまう。
 その子供が着ている随分小さなサイズの、黒の軍服の袖の部分には、珍しい事に腕章があった。ピンクの桜と【01】という数字が刺繍で縫い取られている。
(桜と01。……おいおい。まじなのか!? 本当にこいつが若林一矢で、フォースマスターで、今日から俺の上司なのかーーーーーっ!? 誰か夢だと言ってくれ)
 俺の中には失望と苦笑しか残らない。失望はこの子供が俺の上司だという事。苦笑はこの子供が戦争を終わらせた要因、つまり神を殺したと信じていた事に対して沸き起こったものだ。
 抵抗勢力の虚言に踊らされ今の今迄、俺はフォースマスターが神を殺したと信じていた。その噂、星間連合が発足した時の公式発表でも明記されたその事実に、俺は今迄何の疑いも抱かなかった。そう思い込むに足る材料が色々あったからだ。
 曰く、『神が執拗な迄に殺そうとしていた』、『ラクシェザリア宙域で神の放った力を跳ね返した』、『神の軍団の一つ、カルニアン艦隊をたった一人で撃破した』などなど。いずれも戦後俺が耳に挟んだ話だ。
 だがどうやらそれらの噂話は、ほとんど全部戦後に星間連合が作り上げた物のようだ。治安と人心把握の為に操作された情報なのだろう。……現実を見る限りそうとしか思えない。俺の目の前に立ち、ニコニコ笑っているこの子供にそんな事が可能だとは到底思えないのだ。
「あ、っとその。……ボブ・スカイルズ、ただいま着任しました」
 慌てて俺はそう言い、敬礼を返す。
「あ、はい。よろしく」
 俺に向かって差し出した片手をどうしようと考え込んでいたらしい子供は、小首を傾げつつも俺と同じように、どこかぎこちない態度ではあるが敬礼をしてみせた。
「あのね、スカイルズ大佐。そんなに形式ばらなくてもいいよ。どうせ僕はそういうの苦手だし。ここは陸軍じゃないから」
 子供はそう言ってくすっと笑う。どうやらここ宇宙軍内においては、陸軍とは違いあまりそういった形式にこだわる事がないようだ。最もそれはこの子供だけなのかも知れないが。
「僕は若林一矢。多分ここに来る前に委員会で、まあその色々聞いてきたとは思うけど。えっとその、あんまり言われた事を本気にしないでね。委員会はほんっと〜に大袈裟なんだよ。君は僕の盾になるためにここに呼ばれた訳じゃないからね。そんな事をする義務はないから」
「は、あ」
 俺は何とも間抜けな返事を返す。
(すっかり見抜かれてるぞ。委員会の方々)
 どこで誰の思惑が漏れていようと、わかっていようと知った事ではないが、意外にこの子供は鋭そうだ。どうも委員会の思惑を完全に把握しているらしい。
「スカイルズ大佐って呼び難いから、ボブって呼んでもいい?」
「……お好きになさって構いませんが」
 わざわざ呼び方を面と向かって聞かれたのは、星間軍(SCA)に入って初めてかも知れない。
「じゃあボブこっちへ。他のメンバーを紹介するね」
 おいでおいでと手招きされ、俺は半ば以上呆気にとられつつ子供の後に付いて行く。なんというか、物凄くこの子供は、俺の知る子供の範疇からズレている気がして仕方がない。俺の中の第六感がこいつは見た目とは全く違うと訴えていた。……どうも見た目ほど子供ではなさそうだ。


 桜花部隊、正式名称【特殊戦略諜報部隊】は星間軍のすべてを統括する【統合本部】と同じビル内に指令所が置かれていた。通常はこんな事はありえない。俺が元々所属していた陸軍の本部ですら、【統合本部】近辺には無く別星系にあった。
 それなのに桜花部隊は統合本部の本棟をほぼ独占、占拠するような形でここに指令所を持っている。どうやら桜花部隊の目と鼻の先、扉一枚隔てた先が星間軍の最上位機関、【統合本部】になっているようだ。この近さは一種異常で、かなり問題があるのではないだろうか?
 じっと統合本部へと通じる扉を見ていた俺の袖を引き、案内役の子供、俺の上官は注意を促す。
「あ……?」
「気になるのはわかるけど、あっちには行っちゃ駄目だよ。向こうは完全に軍というより政治の世界だから、関わると碌(ろく)な事ないよ。骨の髄までしゃぶられたい?」
 俺を見上げてそんな恐ろし気な事を聞く。
「ボブも慣れてくるとわかると思うけど。あっちはね、物凄い政治力学が働く世界なんだ。まあ、星間軍がシビリアンコントロールを受けている以上は仕方ないんだけど、目を付けられると後々やっいな事になるよ。僕だって苦労しているんだから」
 そう言って無機質な色の滲む廊下を進み、俺の上官はどんどん先へ行く。
(そういえば俺はまだこの上官の階級を聞いてないな。委員会でも誰も口にしなかったし。まあ、俺よりは上なんだろうけど)
 今頃その事実に気付き、俺は軍服に普通はあるはずのもの、要するに階級章を気付かれないようにそっと捜した。だが何故か上官の服には、それらしい物が一切付いていなかった。今上官が着ている黒の軍服にしても、桜花部隊では誰もが一般的に着れる物だ。これといって奇妙な特徴や階級を示す差異はない。
(というか、階級章付けなくていいのか!? 普通は義務付けられてるはずだが、……宇宙軍ではそうじゃないのか?)
 俺が一人悶々としていると、前を歩いていた上官がくるりと振り向きざま告げた。
「僕の階級は一応提督らしいよ。最もあんまり意味ないけどね」
「っ!?」
 目を剥く俺に向かい、笑って付け加える。
「実際の話、僕はあっちの担当もしてるから。色々ボブには負担をかけると思うけど、ごめんね」
 そう言って指差したのは、統合本部。それはつまり?
(どういう意味だ?)
「意味? そのまんまなんだけど。えっとほら、統合本部の長官が交代制なのは知ってる? 僕はそのメンバーに入ってるんだよ。だから時々桜花部隊の方は、ボブに任せっきりになっちゃう事もあると思う。そんな時はボブの好きにしていいからね」
 ニコッといかにも呑気にそう言い残し、上官は再び歩き出す。ひとり取り残された俺はクラクラと混乱する頭で、ようやく事態を悟った。
(……つまりこの子供は……。星間軍を束ねる統合本部の長官の一人って事なのか!?)
「嘘だろ〜」
 俺は初めて聞くこの内情に、かなりの衝撃を受け立ち尽くす。
(……なんてこった。俺は夢を見てるんじゃないか? これは現実か?)
 確認するように、そっと手の甲を抓る。妙に痛くて涙が出そうだった。
「いてっ」
(現実だな)
 俺は前を行く上官の小さな背を目で追う。なんとも言えない奇妙な感覚に俺は包まれていた。興奮? 自嘲? いやどちらかといえば、これは漠然とした不安感だ。どうやら俺は単なる星間軍の仕官から、政治力学の働く何やら複雑な状況に巻き込まれてしまったようだ。それも恐らく、俺の目の前を歩くこの上官のせいで。
「……フォースマスター、本当に神を殺した……のか?」
 囁くようにそう呟く。すると再びこの幼い上官は振り返り、俺に向かって笑みを向けた。
(げっ。聞こえていたのか?)
 俺としては聞かせるつもりのなかった言葉だ。いくら何でも面と向かってそれを聞くのは失礼だろう。
 だがどうやら聞こえてしまったらしく、俺の上官は背筋が凍るような眼光を俺に向けた。視線だけで人を射殺せそうな気迫だった。口元は優雅な笑みを浮かべてはいるが、目の光は冷たい冷酷な意志を放っている。この目には覚えがある。戦場で俺が常に目にしていた光だ。
「そうだよ、ボブ。僕が殺した」
 俺の上官は笑いながらそう告げる。その瞬間俺は真の恐怖を理解した。神と言う名の化け物を殺した人間と、俺は初めてまともに向き合った。絡み合う視線は、神殺しもまた生身の人間なのだと俺に伝えていた。



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