彼は君を選ぶ?
作:MUTUMI 写真素材:Green Paradaise
DATA:2003.2.17(2006.11.26改定)


『そう、神は滅んだ。彼と戦い破れたのだ』
                   〜ファレル・アシャー〜
『我々が勝った訳ではない。彼が生き残っただけだ』
                   〜アブラハム・リッテ〜
『この戦争に特別な勝者は存在しない。皆が敗者である』
                   〜トッティ・ハン〜

星間連合創設時のインタビュー記事に、当時の閣僚達はこうコメントを残している。



 【4:オペラは踊る?】


 誰にだって言いたくない事はある。知られたくない事の一つや二つあるもんだ。自分の心の内だけに留めておきたいこと。誰にも知られたくない、秘密。そんなものを人は皆、幾つか抱えている。
(しくじったな)
 俺はぼんやり、麻痺した頭の片隅で考える。
(聞くべきじゃなかった)
 そう後悔する。
 あの戦争の記憶はまだ生々し過ぎて、俺自身にだって思い出したくない事が色々ある。心の整理なんて、まだつかない……。それは恐らくこの上官も同じだろう。
 なのに……、俺はそれを思い出させるような事を言ってしまった。わざわざ聞く必要のない事を、面白半分に聞いてしまった。
(これじゃ単なる野次馬だ。興味本位で薮を突つく、馬鹿そのものじゃないか)
 数秒前の自分の発言を、穴の中に埋めてしまいたい。どうにもこうにも気まずく、上官の顔が見れない。そうやって視線を下げていると、
「ボブは随分優しいね」
 唐突にそんな言葉が聞こえて来た。
「僕が神殺しだと知った者は、どうやってあいつに勝ったのか、どうやってあいつを殺したのか。その方法を聞き出そうと躍起になるのに」
 呟きながら、上官は俺の目を覗き込んでくる。
「……君は違うんだ」
 そう告げる上官のこげ茶の瞳は空虚で、そこには何の感情もなくて、……まるでガラスで出来た人形の目のようだった。綺麗だけど、虚しく恐い、言い知れぬ不安感が俺を包み込む。
 目の前の上官は、間違いなく生きている生身の人間だ。けれどどこか、……存在が希薄な気がした。今にもここから消えてしまいそうな気がした。
「あの……」
 俺は声をかけ上官の腕を掴む。自分が想像していたよりも、それは遥かに細くて脆くて、少し困惑してしまう。
(この年頃の子供にしては細くないか? 戦場にいて栄養状態も酷かったんだろうけど、それにしても随分細い。もう今は戦後で、食料状況もかなりいいはずなのに。この細さだと、全然筋肉がついてないんじゃないのか?)
 微かに眉を寄せた、俺の微妙な表情の変化に気付き、上官はぼっと赤くなる。
「どうせちびでがりがりだよ。いいんだよ、これから大きくなるんだから」
 一人憤然と言い切り、俺の手を振りほどく。どうやら少しは気にしていたらしい。まあ俺みたいに、やたらとがたいのでかいのからすれば、今にも折れそうな体格というのは、かなり……その……、気になることは確かだ。
「あのね!」
 俺に向かって何か言いかけ、上官はふ〜っと息を吐き出す。
「ボブって意外におせっかいだよね」
「は?」
 面と向かってそんな事を言われたのははじめてだ。とういか、なぜそんな事を思うんだ?
「……君、自分の胸に聞けば?」
 上官はそう言い置くと、俺を残し廊下の端に消えていく。俺は置いていかれまいと、慌てて彼の後を追った。



 桜花部隊はふだん何事もなければ、ほとんどの時間を訓練に割く。陸、海、空、宇宙。SCA四軍から選出された兵士達はかなり有能で、ひと桁ナンバー、つまり連隊規模の指揮官達にもなると、そこら辺の基地司令官よりも、遥かに重い責任を持たされる。
 当然『02』なんてものを押し付けられた俺にも、様々な重圧という名の、横槍が入ってきていた。特に俺の場合、外部から引っ張ってこられた訳だから、そのぶん苦労も大きかったりする。
「ボブ、オペラと映画どっちが好き?」
 官給品の銃の調整をしていた俺に向かって、上官は聞いてくる。この人の唐突な質問にはもう慣れたが、今日のはまた一段と訳のわからない質問だ。俺は手を止め、わずかな間考え込んだ後、オペラと返しておく。
「どうして?」
「さあ、何となく。面白そうじゃないですか」
 俺の返答に上官はふうんと呟き、「じゃあ、そっちにしようか。丁度いいし」と応じてきた。
(そっちにする? 何が?)
「ボブのストレス解消先。かなり溜まってるでしょう? 一度ぱ〜っと、遊んだ方がいいんじゃない?」
 そう指摘され、かなり動揺する。このどこからどう見ても子供子供した上官に、悟られていたとはついぞ気付かなかった。てっきり俺の心情など、知らないものだと思い込んでいたのだ。
(なんていうか、……大人として言わせて貰うと、子供に心配されるのは恥ずかしいものがあるな。そんなに顔に出ていたんだろうか?)
 まじまじと上官を見ていると、目と鼻の先にオレンジ色のチケットがぶら下げられる。チケットにはしっかりと、オペラの3文字が印刷されていた。
(これは?)
「昨日貰ったんだよ。新作のこけら落としらしいけど、一緒に行く相手がいなくってさ。勿体無いから行かない?」
 そう言い、俺の上官は可愛らしく小首をかしげる。
(どうでもいいが、誘う相手を間違っていると思うのは俺だけか? 何も男の俺を誘わなくても、幾らでも相手はいるだろうに……)
「ボブ、言いたい事があるんなら、言った方がいいんじゃない?」
 些か険のある声音で上官は俺を睨む。
(おやおや、やっぱりかなり鋭いな。俺の考えなんてすべてお見通しか?)
 俺は苦笑を浮かべつつも、上官の手からチケットを一枚奪い取る。
「じゃあ、ありがたく頂いておきます。当日は劇場集合でいいですね?」
「うん。そうしよう」
 こくんと頷き、俺の上官は書類を手に立ち去っていく。
(……結局何をしに来たんだろうな?)
 まさかチケットを渡しに来ただけとは、とうてい思えず、俺は暫く首を捻る。先の読めない行動をする上官なものだから、今一つ狙いが定まらない。まあ、俺を気にはかけているようなんだが……。
(子供に気を使ってもらうようじゃ、お先真っ暗だよな……)
 俺は苦笑と共にそう考え、上官の姿が見えなくなると、再び銃の調整を再開した。
(どうもこの銃は癖があってやりずらい。……微妙に照準がずれているような気がするんだよな)



 オペラはきらびやかな世界だ。有名な歌手や演目ともなると、錚々(そうそう)たる著名人が集まることがある。この時がまさにそうだった。
 オペラホールでぼんやりと座って上官を待っていた俺は、これはどこのパーティだ?と一人唸る。どこかで見た顔、顔、顔。普段テレビや、ニュースで見る政治家や芸能人の顔がここには並んでいたのだ。
 まあこの星は統合本部もあるし、他の星間機構の施設もあるし、星間議員の私的なハウスも多いんだが……。ちょっとこの数は異常じゃないだろうか? どこから集まってきたんだ?
「うわぁ。凄いメンバーになってきたね」
 いきなりひょこりと俺の背後から顔を出し、上官はそう嘯く。
「うわっ!?」
(どこから出てくるんだ、あんた!? しかも俺の背後をあっさりととるし。……結構屈辱だ)
 ドキドキと爆発した心臓を押さえる俺を無視し、上官は隣の空いていた椅子に腰を降ろす。今日は珍しくも紫紺のスーツ姿だ。軍服以外の服を着ているのを、初めて見た気がする。
「どう? 似合う? チケットと一緒に貰ったんだけど」
「……どういう知り合いですか、それ」
 思わず突っ込み、まじまじと上官を見る。視線の先には小さな旋毛(つむじ)が見えて、俺はやけに体格差を感じた。
「どういうって、今日のオペラの出演者だよ。白銀のフィリア。知ってる?」
 その名に俺は唖然となる。知っているも何も、この星間でもっとも著名なオペラ歌手だ。そう簡単にチケットが手に入らない事でも有名だった。圧倒的な声量と、音感、表現力。彼女、フィリア・バーンの歌を非難する者はまずいないだろう。聞く者を魅了するオペラ界の実力者だ。長いプラチナブロンドがシンボルで、白銀の女帝とも言われている。
「まさか……女帝から貰ったんですか、このチケット」
 些か口元が引き攣るのは致し方ない。女帝から直々にチケットが送られてくる者が、この星間に存在するとは驚きだ。しかも服まで付いているし……。
「そうだよ。でなきゃ僕がオペラのチケットなんて、持っている訳ないじゃない」
 いともあっさり、この呑気な上官は同意し付け加える。
「実はフィリアの息子と親しいんだ。だから時々、僕にも色々とチケットを送ってくれるんだよ」
 俺は今日のこの観客の傾向と質に、ようやく納得がいった。白銀のフィリアが歌うのなら、あり得るメンバーだ。もしかしなくてもこのオレンジのチケットは、プレミア価格なのではないだろうか? 売り飛ばせばさぞかし儲かるだろうと、邪な事を考えつつ俺は立ち上がった。
「中に入りましょうか」
「うん。オペラ楽しみだね」
 どこか無邪気に笑顔を浮かべる上官に、俺は微笑みを返す。これ程質の高いオペラを堪能出来るのは、恐らくこれが最初で最後だろう。
(俺の給料じゃ到底手に入らないだろうしなぁ……)
 俺と上官は連れ立って、ホールから客席へと移動した。薄暗い証明と、赤の緞帳、劇場の壁に飾られた花々の香りがツンと鼻孔をくすぐる。フローラルな香りは、ここが現実である事を忘れさせてくれる。どこか非現実的な世界に俺は迷い込んだ。



 圧倒的な音量と質感。その美しい歌声に魅了される。まるで別世界にいるようだ。俺は確かにここにいて、ここで女帝のオペラを観ている。なのに意識がとびそうになる。周囲の状況を忘れ、聞き惚れそうになる。……常に周囲に気を配り、警戒する事を訓練されている、この俺がだ。恐ろしい程の歌の魔力だった。
(なる程、女帝と呼ばれる訳だ)
 改めてそう思う。今オペラ劇場を支配しているのは、舞台の上のプラチナブロンドの女性、フィリア・バーンだと。これ程の歌劇が存在する事を俺は初めて知った。
「ボブ……」
 俺が意識をとばしそうになっていた時、隣の席の上官がこそっと耳打ちしてくる。
(何だ?)
「何かおかしいよ。客席の周囲が騒がしい」
 そう言って、周囲を良く見てとばかりに目配せする。当然鑑賞を邪魔された俺としては面白くなかったりするんだが、言われてみれば何か違和感があった。思いっきり俺は眉を寄せる。
「ね。変でしょう? 客席の外がバタバタしている気がしない?」
 耳を立てるように手を当て、音を拾う。女帝の歌声に混じって、微かなざわめきが伝わってきた。最前列の座席に座っていたので、後ろを振り向くのはかなり失礼な事になるんだが、俺は首を巡らそうとし、はっとしたような上官の声に遮られる。
「あ。駄目!」
 何が!? そう問いかけようとして、俺はぎょっとする。ふわりとまるで雪が手の平の中で溶けるように、俺の上官は姿を消したのだ。俺が慌ててのばした手は虚空を掴む。
(消えた!?)
 暫し呆然とし、次の瞬間俺は弾かれたように座席を飛び出すと、出口へ向かって走り出した。周囲から非難の声が巻き起こるが、そんなものは一切無視して、俺は駆ける。
 今の今まであまり意識はしなかったが、俺の上官は神殺しのフォースマスターだ。星間最強の能力者なら、空間を渡って移動する事も可能だろう。彼は客席の周囲に何か異常を感じていた。だとしたら……、その異常のもとに行ったに違いない!
 俺の脳裏に委員会から言われた台詞が、泡(あぶく)のように浮かんでくる。

『例え君が死のうとも、彼を死なせてはならない』

 別に委員会に言われたから、追う訳じゃない。……そんなつもりはこれっぽちもない。ただ単に、俺は上官が感じた異常が何か知りたいだけだ。
 そう自己弁護しつつ、俺は客席を矢のように駆け抜けた。



 【5:心はうつす?】


「きゃーーーっ!」
 引き攣ったような金切り声があがっていた。
「いやーーーっ!!」
「逃げろ! 逃げろ!」
 どこからともなく悲鳴と怒声が聞こえてくる。どうやらオペラホール、玄関口付近から聞こえてくるようだ。人込みが慌てて、一目散に散っていくのがわかった。俺はそんな逃げ惑う人々を掻き分け、強引に前進する。何度もあちこちで押され、人にぶつかりながら俺は進んだ。
「すみません、ちょっと通して!」
 そんな風に声を上げながら、無理矢理前進していく。水の中を歩くように、抵抗があり思うように前へ進めない。どうやら半ばパニックになっているらしく、なかなか視界は開けてこなかった。
(くそっ。何が起こっているんだ!?)
 俺は焦燥感に包まれつつも、人々を掻き分けていく。最後の壁になっていた女性の脇をすり抜けた時、目の前に広がる光景に思わずくらくらした。
 どこかの馬鹿がレーザー銃を乱射したようで、周囲には倒れ、呻く怪我人が溢れていた。真っ赤な血が大理石の白い床を汚していく。その出血量の多さに、本能的にこれは本気でやばいと悟る。一刻も早く怪我人の手当てをしないと、彼らの命は危険にさらされる事になるだろう。
「ちっ」
 俺は舌打ちし、瞬時に周囲の状況確認を行う。男達が武器を手に持ったまま、床の上に幾人ものびていた。全員が一撃で無力化されたようだ。
(レーザー銃のロックがオフになっている。という事はこいつらが犯人か)
 そう思いつつ視線を転じれば、遥か彼方に上官の姿が見えた。背後に女性を庇い、いやどちらかというと、背後の女性にしがみ付かれ、身動きがとれなくなっている感じもするんだが……、怯えるでもなくそこにいた。
 上官の手には何の武器もなく、そういえば必要ないから普段は持ち歩かないと、この前聞いたな。そんな訳で、俺の上官は素手で犯人と向き合っていた。負けん気の強い戦う者の目をして、自分の眉間に銃口を突き付けている男と真っ向から睨み合っている。
 それを理解した瞬間、俺は脇の下のホルスターから自分の銃を抜き、ロックを解除した。
「HEY!」
 呼びかけ、犯人が僅かにこちらを向いて動いた瞬間、俺は迷わず連射する。一撃目は犯人の右肩を狙った。上官の眉間に突き付けられた銃口をそらすためだ。俺の狙いは適中し、犯人の右肩は被弾する。
 続いて二撃目。今度の狙いは手に持つレーザー銃本体だ。犯人が手にした銃を弾き飛ばすつもりだった。しかし、何ということか……。俺の放ったレーザー弾は犯人の持つ銃ではなく、手首に当たってしまった。
(しまった! やっぱりこの銃は、わずかに照準がずれてるのか!?)
 俺は半ば無意識に呪いの言葉を吐く。この前きちんと調整したつもりだったが、極々わずかにまだずれているらしく、俺はギリギリと奥歯を噛みしめる。
「うぎゃ!」
 蛙の潰れたような声を発しながら、犯人はのぞけるようにバランスを崩す。その瞬間、悪夢的な程最悪なことに、犯人は無意識かつ能動的にではあろうが、指に力を加えた。結果、犯人が持ったままだったレーザー銃のトリガーは引かれ、凶器はあっさりと牙を向く。
(な!?)
 息を呑む俺の目に、くっきりと弾痕が見えた。真近にあった上官の眉間に、あっという間に吸い込まれていく。
(逃げろ!)
 そう声を出す暇もなかった。俺の上官は吃驚した表情をしながらも、さっと左手を動かし、レーザー弾を受け止めるふりをする。そんなことで防げる訳がないのにだ。
「!!」
 俺は最悪の事態を覚悟する。心臓と頭以外を撃たれたのなら、まだ生きている望みもある。だが頭、それも脳を直撃されれば、どれ程高度な医療技術を尽くせど、再生も復活も不可能だ。今も昔もそれだけは、誰にもどうする事も出来ない。眉間にレーザー弾が当たれば、頭蓋骨の下の脳も破壊される。それは即ち、即死を意味するのだ。
 上官の手に吸い込まれていったレーザー弾は、激しいスパークを発する。俺の上官は左手をぐっと握り込んだ。白魚のような指が次々と順に閉じられていく。スパークする光は上官の手から、不意に消えた。
(な……!? 消えた!?)
 俺がそれを認識するより早く、上官は動いた。バランスを崩した犯人の足を軽く掬い、倒れる犯人の鳩尾に肘を数回叩き込む。つまり俺の上官は、床に倒れていく犯人の鳩尾を容赦なく連打し、あっさりとのしてしまったのだ。わずか数秒の早業だった。
「ヒュ〜♪」
 俺は思わず口笛を吹く。見事な、模範演技を見ているかのような、速攻技だった。一撃必殺とはよく言ったものだ。
「お見事」
 俺がそう声をかけると、上官は苦笑を浮かべつつも、パンパンと服の皺をのばす。こんな事は日常茶飯事、いつもの事さと、どこか悪戯っぽくその目は俺に告げていた。



 一通り事態が終息に向かいつつあるのを確認し、俺は上官に駆け寄る。ずっと気になって仕方がなかったのだ。今なら誰にも邪魔されずに聞きだせる。
「手……。大丈夫なんですか?」
 俺は確かに撃たれたはずだと思いつつ、上官の紅葉の様な手をとりしげしげと眺めた。まだまだ子供の小さな手は、真っ白で傷一つなかった。
「手? ああ、平気だよ。接触する前に強制分解したから」
 俺に手をとられたまま、上官はいともあっさりこんな事を言う。
(……光エネルギーを分解?)
 そんな事が現実に出来るものなのかと、俺は上官をまじまじと見つめた。
 そんな事はありえない、いや不可能なはずだ。俺の常識ではそうなっている。俺の知る能力者、まあ得てして高位能力者と呼ばれていた連中なんだが、そんな彼らから、俺はよくこう聞かされたものだ。

『エネルギーを分解する事は決して不可能とは言わないけど……。理論的には時間と方法と幸運さえあれば、……出来るかも知れないけど。ただ、それをやろうとは思わないよ。命を削るようなものだからね』
『あのね、それは不可能に近い奇跡よ。まあね、あたしにはそんな力はないけど、ほらわかるでしょう? 光エネルギーを分解するより、自分が逃げた方が早いじゃない。もしくは何らかの盾を作る方がてっとり早いわけよ』
『その通り。それは夢想と言うんだ。現実には誰も出来ないさ』

 ぐるぐると、そんな言葉が思考を埋めていく。
「あの、その……一応これでも僕はフォースマスターなんで、君の知っている高位能力者達より遥かに力は大きい訳で、その……決して出来ない事はないっていうか、僕にとっては出来る事が常識なんだけど」
 躊躇いがちに上官はそう言い、俺を覗き込む。
「僕が神殺しだって事、わかってる?」
 そう聞かれ、俺はふと我に返る。
「ああ、そうでしたね」
 ついつい幼い子供の外見に惑わされ、この上官がそう呼ばれる事を失念しそうになる。俺は自戒を込め、心に誓った。これから先何を経験しようと、それが常識になるのだと。
「これからゆっくりあなたを理解していく事にします。それで他に何が出来るんですか?」
 そう聞き返すと、上官は微かに言い難そうに、俺の常識を破る事柄を並び立てる。
「え〜っとね、銀河、調子の良い時は超銀河団を越えて転移出来るし。制約は色々あるけど物質の分解と再生とかも出来るよ。他には使った事がある物に限るけど、色々な物の遠隔操作とか、透視。他……色々」
(色々ね。何だかそれが一番曲者だと思えるのは気のせいか?)
「き、気のせいだよっ」
 上官はわたわたと慌てながら、そう答える。
(あれ……? 俺はいま疑問を言葉にしたか? ん? ……してないよな? ということは、思考を読んだのか? ……まさかテレパス能力?)
 ようやくその事実に俺は気付いた。
(なにげに洞察が鋭いと思っていたら、そういう事か)
 ギクギクっと身を竦ませ、俺の様子を上目使いに伺う上官に、にっこり笑って言っておく。
「俺の思考を読んでも、楽しくなんかないですよ。まあ普段は、仕事中ぐらいは大目に見ましょう。ただし俺の私生活でそれをやってごらんなさい。ひっぱたきますよ」
「うっ」
 言葉に詰まる上官に満足すると、俺はやれやれと吐息をついた。
 テレパス能力を持つ者は、星間でも希少だ。その存在はほとんど確認されていない。そういう能力者がいたとしても、大多数は廃人の一歩手前だろう。始終聞きたくもないのに、他人の心を聞かされていれば、おかしくもなる。人間の心というのはそれ程多面的で、複雑なのだ。
「他人の心を読んで、嫌になる事ってないんですか?」
 ふとそんな疑問が口をついてでる。素朴な俺の疑問。上官はそんな俺に苦笑を浮かべつつ答えてくれた。
「あるよ。うん、一杯」
「だったらどうして、心を読むんですか?」
「……別にわざとそうしている訳じゃないよ。自然に聞こえてくるんだ。なるべく聞かないようにはしているけど、今日みたいに意識が高揚すると、……どうしても鋭敏になっちゃって。多分無意識に本能が働いているんだと思う」
(ふ〜ん。そういうもんですか)
 こくんと頷き、上官はごめんねと返してくる。俺は苦笑でもってそれに応えた。
(まあ、仕方ないか)
 それが俺の出した結論だ。無意識の力に腹を立てても、仕方がない。人は各々色々な癖を持つものだ。癖と思えば、……かなり無理はあるが、思いこめない事もないだろう。そう思えば上手く付き合っていける様な気がした。
 何しろ俺の上官はフォースマスター、神殺しなのだ。細かい事を気にしていては、たぶんこの上官とは付き合えない。



 それからずっと長い間、俺はこの上官の元にいる。居心地は当初想像したよりも悪くない。……まあ、決してパーフェクトに良いとは言わないがな。それでも俺はこの状況を、毎日それなりに楽しんでいる。
 神殺しと過ごすのも、慣れればそれなりに悪くない……。



←戻る   ↑目次