学校へ行こう
7神殺しの力
作:MUTUMI DATA:2003.8.18

たまにはこういうシーンだって書きたいんだぁ。


 久しぶりに学校に行くと、パイに凄く喜ばれた。どうやら僕がいない間、掃除を手伝ってくれる奴がいなかったらしく、一人で大変だったようだ。
 ……まあ、進んで手伝う奴は少ないだろうけど、ちょっとぐらい手伝ってやれよと、僕は心の中でクラスメイトに突っ込んだ。
「でも今日からは大丈夫だと思うの。一矢君に良い所を見せようってみんな張り切るから」
 にこやかにパイにそう断言され、僕は些か居心地悪く身じろいだ。
 いやだって、何だか責められているような気がしたんだよ。別に僕が何かした訳じゃないけどさ。
「あ、そうそう一矢君、これ休んでいた時のノート。良かったら使って」
 パイは自分の鞄の中から数冊のノートを取り出す。僕は驚いてパイを見た。
「いいの?」
「うん。随分勉強も遅れたでしょう? 一応ポイントはマーカーしておいたから」
 あっさりそう言って、パイは僕にノートを手渡す。こういうさり気ない思いやりがくすぐったくて、僕はもぞもぞと身体を動かした。
「ありがとう、パイ」
 ノートを受け取り鞄に仕舞うと、パイはにこっと笑った。自分の行為が、人の役に立ったことが嬉しいようだ。パイから伝わって来る感情の波動は、小さな喜びのさざ波に震えている。
 良い子だなぁ。
 僕は改めてそう思った。自分の正体が露見する恐れはあるけれど、この子達と離れられないのは、過分にその辺りが原因なのだろうと思う。温かな感情が心地よくて、僕はとても癒されるのだ。
「一矢君が休んでいる間に、随分色々な科目の授業が進んだけど、大丈夫?」
「え。そうなの?」
 僕はややげんなりしながら聞き返す。遅れを取り戻すのは、大変そうだ。
「近代史の授業なんて大変だよ。あっという間に星間戦争の部分が終わちゃったんだから」
「ほえ。ああ、まあ、その辺は色々知ってるから、大丈夫かな」
 僕は曖昧に答えつつ、内心考える。かえってその部分の勉強をしなかったのは、幸いだったんじゃないかと。
 何も知らない、あの戦争を見ていないパイ達なら、冷静に授業を受けれたと思うけど、僕は……。僕には多分無理だっただろう。
 色々思い出す事が多くて、色々考える事が多くて、きっと冷静にはなれなかった。僕にとって星間戦争は生々しい記憶だから。まだ風化していない、僕の、僕自身の過去だから。
 きっと教科書には、イクサーやファレルの名前が英雄として載っているのだろう。恐らく神殺しのフォースマスターという名称も。
 冷静になんてなれるはずがない。自分が英雄として祭り上げられているのを見るなんて、虫酸がはしる。冗談じゃないよ。
 僕は単なる人殺しに過ぎないんだ。それは僕自身が一番良くわかっているってのに。
「一矢君、あのね。フォースマスターって知っている?」
「え!?」
 突然パイにそう尋ねられ、僕はびくっと肩を揺らした。知っているも何も。
 それ、僕です。
「う、うん、聞いた事はあるけど」
 それがどうかしたのかとパイを促すと、パイは両手を組んでうっとりと空中を眺めた。
「格好良いよね。英雄なんて凄いわ」
「う」
 僕は眉間に皺を寄せる。
「パ、パイ?」
「だって星間最強の高位能力者なのよ。恒星間転移を行える程って、凄くない? 超人だよね! 格好良いよ。戦争中は彼がいたから、救われた星も多いっていうし」
 逆だ、パイ。僕が居た為に、神の軍勢に殲滅された星の方が遥かに多い!
そう叫びたかったけど、僕は黙って口を噤んだ。
「今の平和があるのは、彼のおかげなんでしょ?」
「!?」
 僕は目を白黒させる。
 ちょ、ちょっと待てぇ。何で僕がいたから今の平和があるってなるんだ〜!?
「パ、パイ。あの?」
「教科書にそう書いてあったよ。彼が神を殺したから、戦争は終わったって」
「うぐ……」
 きょ、教科書ですか〜!?
「先生もそう言ってたよ。彼がいなかったら、今のこの時代はなかっただろうって」
 せ、先生ぃ〜。幼気(いたいけ)な子供に何を教えているんですか!?
 僕は心の中で、近代史の教師を罵り、今だうっとりと妄想状態のパイの肩を揺すった。
「うわ〜っ。パイ、騙されてる。騙されているよ」
「一矢君?」
 不思議そうに僕を見るパイに、僕は全身全霊必死の思いで伝えた。
「前に僕がいた星でも、フォースマスターは確かに英雄扱いされていたけど。でもね、僕が思うに、彼もまたただの人間なんだよ。格好良くなんてないんだよ」
 僕は大勢の死者を踏みつけて生きてきた。一体どれほどの人間が僕の為に殺されたことか!
「一矢君」
「英雄なんて、この世にいない。いるのはただの人殺しだよ!」
 血で血を洗う真似しか出来ない、愚かで馬鹿な……、子供だ。
 僕はぐっと唇を噛む。
「ど、どうしたの一矢君? 急に大きな声を出して」
 パイは少し吃驚したのか、僕を見て目を丸くしている。
「パイ、あのさ」
「何?」
「今の平和な時代があるのは、皆が努力したからだよ。良い世界を創ろうって皆が頑張ったからだ。フォースマスターがどうこうした訳じゃないよ」
 僕は何もしていないし、何も出来やしない。そんな力は僕にはない。
 確かに僕は、この星間の政治システムに関与した。神を殺し、星間連合の創設に立ち会い、今も関わっている。でも、僕一人で出来た事じゃない。
「ディアーナ星が平和なのは、この星に住む人々の努力の賜物だよ。フォースマスターなんか関係ないよ」
 僕は必死にパイに訴えた。僕なんかが英雄だと思われるのは、酷く辛い。僕は英雄なんかじゃない。全然違う。弱音だって平気で吐くし、ボブに直ぐ甘えるし、ファレル達にだって簡単に泣きつくんだ。
 僕は……ただの人間だ。
「パイ。フォースマスターだって人間だよ。いくら高位の能力者でも、人間なんだよ」
 それを忘れないで欲しい。フォースマスターは神じゃない。特別な生き物じゃないんだ。
「やあね。知っているわよ、そんな事ぐらい」
 パイはくすっと笑って、僕が肩に置いたままだった手を解きほぐす。
「だから凄いなって言ってるのよ。だってもし私がフォースマスターなら、きっととっくに生きる事を諦めているわ。幾ら自分の住む星が、神の軍勢に占拠されたからといって、神に抵抗しようとは思わないもの。きっと私は諦めて、呆然と眺めているだけだよ」
「パイ」
「神に追われても、追われても、その手をすり抜けて生きた。神に抵抗し、戦いの先頭にたってきた。生き続けて、抵抗して、……世界を救った。十分凄いと私は思うよ」
 だがそれは、数万という名もない人々の犠牲の上に成り立ったことだ!
 僕はそう叫びたかった。
「一矢君はフォースマスターを嫌っているの?」
「僕が……?」
 フォースマスター嫌っている? 僕が、僕を嫌っている?
 僕は唖然としてパイを見つめる。
「なんだかそんな気がするよ」
「……パイ」
 僕はパイの質問に答えられなかった。僕の心の中の答えは、決して口に出して言えるものじゃなかったから。
 僕は、僕とあの男を憎んでいる。僕達は鏡の表と裏。あの男、神と呼ばれたライルは、僕だったかも知れないのだ。一歩道が違えば、僕があの男になっていた。
 表と裏。
 ほんの少しの時間の違いが、明暗をわけた。ほんの少しの選択の違いが、何かを変えた。
「そうかもね。きっと僕は高位能力者が嫌いなんだ」
 僕がそう言うと、パイはちょっと悲しそうな顔になった。
「一矢君」
 僕はそっと瞳を閉じ、一瞬だけあの時の事を思い出す。神と呼ばれた男を道連れに死ぬつもりだった、最終決戦のことを。
「僕はたぶん怖いんだ。その力が」
 ライルを殺した程の、巨大な力が恐ろしい。自分がしたことで、自分の中にある力なのに、僕は恐れている。この力の殺傷力を。
 だからあれ以降、本気で力を使ったためしがない。使う必要がなかったからなんだけど、それでも封印してきた事にかわりはない。これは星間を破壊する力だ。この力は、人の手にあるべきではない力だ。
 僕はじっと自分の両手を広げ、見つめる。沢山の血で汚れた手を、悲しい思いで見つめた。
「一矢君、どうしたの?」
 微動だにせず、両手を見る僕を不信に思ったのか、パイが心配気に聞いてくる。真直ぐな素直で優しい瞳が、僕を映していた。
「ねえ、パイ。パイは僕が、君の知っている僕でなくても側にいてくれる?」
 僕がただの学生じゃなくて、星間軍の仕官で、その上フォースマスターと呼ばれる高位能力者でも、僕の側にいてくれる? 僕を見ても脅えない?
 パイはきょとんとした顔で、僕の不安を笑い飛ばす。
「一矢君変だよ〜。何を心配しているの? 大丈夫だよ、高位能力者なんて星間に数百人しかいないんだから! 私達が出会う可能性はまずないわよ。フォースマスターなんて、この広い宇宙にたった1人だけだよ。出会う可能性なんて、宝くじが当たるのより低いよ」
 僕を見ながら、にっこり微笑んでパイは続ける。
「それに一矢君とは高校からの友達だけど、一矢君がどんな人かは私にもだいたいわかるよ。一矢君はさり気ない思いやりがあって、色々な事を沢山知っている物知りさんで、凄く喧嘩慣れしているけど、人を傷つけるのが嫌な優しい人だよ」
「パイ」
「それでいいじゃない」
 くすっと笑ってパイは僕から遠ざかる。その背を見送り、僕は微かに笑った。胸が温かくて、何だか泣きたい気分だった。



 夕刻、学校が終わってSCA(星間軍)に戻ると、いきなり切迫した空気とぶつかった。
 司令所ではボブが矢継ぎ早に指示をだし、オペレーター達が緊迫した様子で、ボブの指令を展開している部隊に告げている。どうやら相手は【06】シズカの部隊のようだ。
「Doll型!? 何番だ?」
「ナインです!」
 中継するオペレーターの声に、緊張した空気が一気に司令所に満ちる。ボブは小さく舌打ちし、唸った。
「【06】部隊を後退させろ。Dollナインが相手では全滅してしまう」
「了解」
 オペレーターは端的に頷き、指示を伝える。
「ボブ?」
 頃合いを見計らって僕はボブに声をかけた。ボブは、はっとして僕を見る。鞄を近くの椅子に引っ掛け、上着を脱ぐと僕はボブの傍らに立った。
「お帰りなさい。早かったですね」
 ボブは自分が座っていた席を譲りながら、インカムを手渡す。
「うん。嫌な予感がしたから、ダッシュしてきたんだけど。……何があったの?」
 耳にインカムを引っ掛け、通信回線を開きながら、僕はボブに問う。ボブは両手を天に向け、肩を竦めてみせた。
「兵器の暴走です。しかもSCAの第87分隊で」
 僕は唖然としてボブを見る。
「内部か?」
「ええ。内部なんですよ」
 内部、つまり星間に数多展開する地域分隊で起こったことらしい。
「Dollナインが暴走しているのか? 何体?」
「実戦配備していた5体です」
 その言葉に僕は思わず苦言を漏らす。
「実戦配備? 何でDollナインなんかが……」
 しかも5体も。第87分隊は何を考えていたんだ? あんな戦闘兵器を配備してどうするっていうんだ? それ以前にあんなもの使うなよ。
 僕は深々と吐息を尽き、ボブを見やる。
「第87分隊って、どこにあったっけ?」
「第3セクト、エル星域第16惑星です」
 ボブからそう聞いて、僕はげんなりしてしまう。
「遠いなぁ。シズカ達そこにいるの?」
「ええ。近くにいたもので、急行させましたが……」
「Dollナインが相手じゃ、戦うなんて無理だよなぁ」
 シズカ達の装備では、まず勝てない。Dollナインを破壊することは不可能だろう。無理にやろうとすれば、シズカ達に被害が出る。
「今から急いで対応兵器を運ばせます。急げば数時間で何とか……」
「ボブ、その間に被害は拡大すると思うんだけど」
 僕がそう突っ込むと、ボブは詰まってしまった。
「一矢」
 ボブの言いたい事を察して、僕はボブを制する。
「ちょっとお出かけしてくるよ。ええ〜っと、オーディーン(人型の攻撃兵器)は……、いいや、持って行くの重いから止めとく」
 そう言って、僕は席を立った。学生服のままだったので、いつもの桜花部隊の黒一色の制服に着替えようかとも思ったけど、一刻を争う時だったので、このまま行くことにした。
「じゃあ、あとよろしく。皆を退避させておいてね」
「了解」
 僕はボブの返答を聞きながら、転移する。僕にとっては、第3セクト、エル星域第16惑星まで跳ぶ事は差程難しいことじゃない。まあいつもあちこち跳びまくってるしね。
 一瞬で僕は第16惑星に移動した。灼熱の大地と、砂が目に飛び込んで来る。



 シズカ達の気配を辿り、僕はそこに出た。眼前には灼熱の、熱砂の荒野が広がっている。
「隊長!」
 僕を認め、シズカが声をあげる。シズカ達は、ボブの命令で退避しようとしている最中だった。シズカが僕に走り寄って来る。
「シズカ、Dollナインは?」
「あちらに」
 シズカは彼方を指差す。薄らと無気味に蠢く影が見えた。もぞもぞと足を動かし、這いずっている。
「うわ〜、何度見ても気持悪ぅ」
 昆虫型の兵器は生理的嫌悪感が強い。ましてや、Dollナインは蜘蛛型だ。あんなものさっさと破壊してしまうに限る!
「隊長、ここはSCA(星間軍)の演習場ですから、派手にやっちゃってもいいですよ」
 シズカはこそっと僕に囁いた。
「え!? そうなの?」
 どうりで周辺に何もないと思ったよ。僕はこの瞬間、Dollナインを秒殺する事に決めた。
「シズカ、安全な所に逃げていてね」
「了解しました」
 笑って僕の指示に頷くと、シズカは部下達の元に戻って行く。僕は遠くのDollナインを見、薄く笑った。
 邪魔なものがないってのは、やり易いよなぁ。
 そう考えて、僕はDollナインの方へゆっくりと歩いて行った。



 カシャカシャと生き物の様に動く8本の足を複雑な思いで見、僕は瞳を細める。5体のDollナインは僕を認識して攻撃を加えて来た。
 大地を割る様に、何本ものレーザー線が縦横無人に走る。耳元を、足下を掠めていくレーザーを、僕は睥気した。
「やっぱり、生身の人間がかなう相手じゃないよな」
 そう呟き、僕は片手をDollナインへと向ける。
 ジュオン。ジュ。
 大気を震わせ、レーザーが僕に集中して来る。前後左右からレーザー光線は降って来た。
「ガード」
 呟き、自分の周囲にシールドを展開する。瞬間、僕の周囲で激しい爆発が起こった。僕の張ったシールドとレーザーが接触したのだ。この程度の出力のレーザーなら、僕の身体まで届く事はない。簡単に破れるシールドじゃないからな。
 自慢じゃないが、高出力の宇宙戦艦からのプラズマ砲だって、弾き飛ばせる。爆発光がおさまると、僕は反撃を開始した。
 意識を集中して、片手をさっと降り降ろす。次の瞬間僕の周りの大気が爆ぜた。Dollナインへ向かって、圧縮された空気が光速で飛んで行く。極々単純な力の使い方なんだけど、威力は意外に大きかったりする。
 僕の手から放たれた力はDollナインに当たると、その鋼鉄のボディを粉々に切り裂いた。一瞬にして、ミンチ状態へと変化する。
 ガラガラと音を立て、Dollナインはバラバラに大地に崩れ落ちた。唸っていたレーザーも沈黙し、Dollナインから放たれていた照準光も消え失せる。
 あっっという間にスクラップの出来上がりだ。何の遮蔽物もないからこそ出来る荒技だった。
 僕は満足気に呟く。
「一丁あがり」と。
 そして耳につけていたインカムに向かって報告した。このインカム、ディアーナ星の本部の外でも、実はちゃんと使える。一般の電話回線に割り込むことだって出来る。今回はここがSCAの演習場なので、SCA専用回線を使っているのだが。
「聞こえるかな、ボブ。終わったよ」
 遠くディアーナ星にいるボブの声が、僅かに遅れて聞こえて来た。
”ご苦労様です。助かりましたよ”
 かく述べるボブの声は、少しだけ興奮していた。
 いや、あの。この程度で興奮されても困るんだけど。
 僕はそう感じつつ、シズカ達が退避している方へと舞い戻って行った。



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