学校へ行こう
6鬼の霍乱
作:MUTUMI DATA:2003.8.8

微妙に過去。


 闇。
 深淵の果て。
 男は笑って僕を見る。
「何を守る? 誰の為に何を守るつもりだ?」
 じりっと僕は一歩後ろへ下がる。じわじわと恐怖が背筋を這い上がって来た。
 それは異質、異端なものへの恐怖。生物としての本能的な恐怖だ。
「お前は、我が影。我が人形」
 手が僕に向かって伸びて来る。
「我が同胞(はらから)よ。お前はなぜ、我に逆らう? なぜ堕ちぬ?」
 じっとりと僕は肌を粟立てる。ひたひたと何かが僕を包む。僕を飲み込み始める。
 悪意。殺意。……むき出しの憎悪。
 男が僕の腕を掴んだ。
「お前ごとき」
 男の目が殺気を帯びてくる。酷く残酷に笑って、僕を見る。
 くるくると何かが僕の前を転がって行く。くるくると何かが回っている。
 赤い、赤い線を引き何かが横切る。幾つも幾つも僕の足下を横切る。
「我の敵ではない!」
 くるくると男にもがれた首が地面を転げ回り、僕の足下から闇に落ちて行く。
 見知った幾つもの顔、顔、顔。恨みがまし気に僕を見て、落ちて行く。奈落の底に落ちて行く。
 男の手が僕を引き寄せた。凍り付いた体はなすがまま、逆らう術すら知らず、ズルズルと引きずられる。
「あ。ああっ」
 始めて声が出た。擦れた細い僕の声。
 それをきっかけに僕は悲鳴を上げた。長く尾を引き僕の声は闇に吸い込まれて行く。
 泡立つ恐怖。震え、怯える心。男に殺される恐怖に、僕は一瞬で飲み込まれた。心臓が震え、ツキンと頭の芯が白く麻痺してくる。
 何も考えられない。逃げるということも、思いつかない。
 怖い。こわい。コワイ!!
 僕は身を竦ませる。逃げようにも足が動かなかった。身を捻ろうにも、首が動かなかった。殴り掛かろうにも、指が動かなかった。
「逃がすつもりはない」
 そう笑って告げられ、この状況が異常なのだと知った。何かの力で体を押さえ付けられているのだ。
 筋肉一つ動かさない様に、この男が僕を縛っている。目には見えない力、圧倒的な力で僕は押さえ付けられていた。
「あ、あ」
「我とお前は合わせ鏡。表と裏だ」
 男は僕の耳元でそう告げ、残酷な眼差しで僕を見る。
「共に堕ちろ。でなくば、死ね」
 瞬間、頭の中を掻き回される。表層から深淵へ。深淵から、最奥へ。
「うわああああぁぁぁぁ」
 僕はたまらず悲鳴を上げた。僕の口からは意味不明の叫び声が漏れ続けた。



「一矢!」
 耳元で怒鳴られ、僕は一瞬で正気に返る。
 はっとして目を開けると、青ざめたボブの顔がすぐ近くにあった。
「ボブ? 何? どうかしたのか?」
 何だか喉が痛いと思いつつ僕がそう聞くと、副官はがくっと手を床に尽き脱力した。パンパンにふくらんだ風船が、一気に萎んでしまったようだ。
「一矢……。自分がついさっき迄、物凄い声で悲鳴を上げていたのを覚えていますか?」
 ボブにそう問われ、僕はベットから半身を起こして、ボブと向き合う。慌てて走って来たのか、ボブはラフな服装のままだった。多分眠りかけていたところを、飛び起きたのだろう。
「僕が悲鳴を上げていた? さっき迄?」
「ええ。おかげで叩き起こされましたよ」
 肩を竦めながら、様子を伺うようにボブは僕を覗き込んでくる。
「正気に返りましたか?」
「……僕は」
 呟きうつらうつら考える。酷く嫌な夢を見た記憶がある。随分昔のことを思い出した気がする。それだろうか?
 靄がかかったように、何だか酷く曖昧だ。
「昔の夢を見たような気がするよ」
「夢ですか?」
「うん。凄く嫌な夢」
 はっきりとは思い出せないけど、あの男がいた気がする。僕が殺した【神(ライル)】が。
「ライルに何かをされたような……されないような……」
 あんまり思い出したくもないけれど、そういえば頭の中をいじられた事もあったっけ。ああ。四肢を切り落とされそうになった事もあったなぁ。
 ぼんやりそんな事を考えていると、ボブが引き攣った表情をして僕をベットの中に押し込んだ。
「そんな夢は見なくていいんです! さっさと安眠しなさい」
 そう言って、僕の額にペシッとジェルのついた保冷シートを貼る。シートは冷たくて気持ちが良かった。
「痛いよ」
 僕は文句を言うが、ボブは相手にもしない。素知らぬ顔で僕の腕を持ち上げ、手首に貼られたシール状の体温計の表示を見て、深々と溜め息をつく。
「全然熱が下がってませんよ。薬、効いてるんですか?」
「そりゃあ、少しは効いてると思うけど。体質的に効き難いから……ね」
 ボブは僕の言葉に肩を竦める。
「このままだと明日も学校は休みですね」
「そうだね。早く良くならないと……」
 僕は主席日数を気にしながら呟く。そうしている間にもトロトロと瞼が落ちて来た。
 ああ、なんだか眠いなぁ。
「お休みなさい、一矢」
 ボブは酷く優しい口調でそう囁く。随分昔の僕がまだ小さかった頃を、何故か思い出した。
 あれはママだったのだろうか? 良くベットの傍らで僕にそう言ってくれた。
 ああ、遠いなぁ。
 僕の産まれた星は……今はどうなっているんだろう? ママ達は元気だろうか?
 ごめんね。会えなくて。ごめんね。帰れなくて。
 ごめんね。消息すら断っていて。でも、ママ達を危険にさらす訳にはいかないから……。
 僕はそんな事を考えながら目を閉じる。ゆるゆると宵闇が僕を覆ってきた。うっすらと遠くなる意識に、僕はあっさり体を受け渡す。
 夢が僕を包み込んでいった。



「一矢君、大丈夫かな」
 授業が終わった放課後、箒を片手にパイ・エルモアは宙を見つめる。
「今日で何日目だっけ?」
「五日目だよ。熱が下がらないんだって、ミリー先生がさっきそう言ってた」
 聴いたシグマ・ドラフスキーは痛そうな顔をして聞き返す。
「きついなー。病院にはちゃんと行ってるのか?」
 パイは「さぁ?」と応え、肩を竦める。
「一矢君のお父さんの話だと、薬が効き難い体質なんで、病院に行ってもあまり効果はないって言ってたよ」
「一矢の親父? あれ? 電話(TV電話)したの?」
 シグマに問われパイはペロッと舌を出す。
「うん。昨日先生と一緒にね。一矢君は眠っていたから、電話には出てくれなかったけど。一矢君のお父さんが出てくれてね、電話越しだったけど何だか凄く慌ててたよ。きっと一矢君が心配なんだね」
 そう言って、パイは物憂気に瞳を伏せる。
「テストも近いのに、一矢君大丈夫かな? ずっと寝ていたら、きっと体力だって落ちるだろうに……。心配だなぁ」
 ほうっと溜め息をつくと、すかさずシグマが身を乗り出して来た。
「一層のこと、一矢の様子を見に行ってみる?」
「え。お見舞いに行くの?」
 とまどいつつ、パイはシグマに聞き返す。
「うん。だってさ、これだけ長く学校を休むって事は、かなり悪いってことだろう? 友達としては気になるじゃないか」
「そう……ね」
「一矢の家の住所は、ミリー先生に聞けばわかると思うし。行ってみようよ」
 シグマはパイにそう持ちかける。一人で行くにはちょっと気恥ずかしいが、パイが一緒ならまあいいか、と考えたからだ。
「そうだね」
 パイは箒をいじりながら答える。
「今からでも行ってみようかな」
「じゃあ決定! 僕は、ミリー先生から住所を聞いてくるね」
 シグマは雑巾を放り出すと、脱兎のごとく駆けて行く。その背を見送り、ふとパイは気付いた。
「あ〜。シグマ君、掃除をさぼったわね〜」
 独り箒を手にパイは肩を落とす。他の当番の生徒は、とっくにさぼってもういない。何時もなら一矢が苦笑しつつ手伝ってくれるのだが、あいにくここ数日発熱の為欠席している。おかげで生真面目なパイはさぼるにさぼれず、一人放課後の掃除をするはめになっていた。
「もう〜。あ〜あ。一矢君早く治らないかなぁ」
 色々な意味で一矢が居ると居ないでは大違いなのだ。一矢がいれば、一矢目当ての女子達が率先して、良い所を見せようと真面目に掃除にすら取り組む。男子に至っては何故か一矢が怖いらしく、妙に大人しく真面目だったりする。
「思えば一矢君って……うちのクラスの元締めだったんだなぁ」
 あまりといえばあまりな発言なのだが、かつてミドルスクール時代に姐さんと呼ばれていたパイは、自分の発言が的を得た物だと思えて仕方がない。
「一矢君って見た目は可愛いけど、思ったより強いみたいだし」
 かつて一矢が一撃で乱闘騒ぎを起こした上級生達を沈めた事を思い出し、しみじみと述懐する。
「あれを見たら普通はちょっかいかけるの止めるよね〜」
 事実あれ以前は、一矢の整った顔立ちにやっかみや難癖をつけていた上級生達も、沈黙を強いられている。とてもじゃないが、洒落で済む相手ではないと悟ったのだろう。
 何しろ一矢が一撃で床に沈めてしまった相手の一人は、徒手のディアーナ星域ハイスクールチャンピオンだ。幾ら意表を衝いたものだったとはいえ、普通はそんな事はできない。一矢が見た目より喧嘩慣れしている事は明白だった。
「そういえば小さい頃から護身術を習っているって言ってたっけ。あれって冗談じゃなかったんだ」
 あんまり本気にはしていなかったが、こうなると信じざるおえない。となると不思議なのは……。
「一矢君をストーカーしている人って……、一体?」
 滅茶苦茶喧嘩慣れしている一矢が、思わず逃げ出す程の人物という怖い結論になる。
「う。気付かなければ良かった……」
 要らぬ事に気付いてしまったパイは引き攣った笑みを浮かべ、ぎくしゃくと箒を動かしはじめる。
「と、ともかく。掃除を終わらせないと」
 お見舞いに行くにもいけないし。と、建設的な事を考えると、パイは再び掃除の続きを始めたのだった。



 じっと携帯端末に表示させた地図を見、シグマの手の中の一矢の住所メモを見、パイはあっさり結論付ける。
「駄目。完全に迷ったみたい」
「うぞ」
 シグマは炎天下、あまりのショックによろよろと座り込んだ。このクソ暑い最中目的地を見失い、いや、自分達の現在地すら怪しい状況の二人は共に溜め息をつく。
「信じられないわ。なんでこんな所で迷うんだろう」
「僕も同じ気分だよ」
 ででんと聳え立つシルバーハウスを前に、とぼとぼと肩を落とす。
 ここはディアーナの中心、立法府の目の前だった。怪訝そうに警備員達がチラチラと二人を見ている。
 本来こんな所でこんな怪し気な態度をとっていたら、質問責めに合うのが確実なのだが、二人がハイスクールの制服を着ているため、一応大目に見てくれているようだった。
「ねえ、シグマ君。あれがシルバーハウスでしょ? それでこっちにあるのがサニー★ランドでしょ?」
 パイは周囲のの建物を示しながら、電子地図と見比べる。シグマもふらふらと立ち上がるとその手元を覗き込んだ。
「うん。間違いないよ」
「そうすると、一矢君の家の住所は……」
 パイは指先で道を辿り、番地を追って行く。じっとシグマもそれを見守った。
「中央通り1番地」
 ついっとパイの指先は1ケ所で止まる。
「ここよね?」
「うん。1番地はその辺りだ」
 シグマも同意し、二人はまたも考え込んでしまう。なぜならそこには個人の住宅らしきものはなく、一般の賃貸住宅すらもなく、SCA特殊戦略諜報部と印されていたからだ。
「どう考えても星間軍の施設よね?」
「うん」
「……一矢君の家ってないよ」
 どういうこと?と、二人は見つめあう。
 原因としては二つしか考えられない。シグマの聞き間違いか、パイの持つ電子地図が古いかだ。しかし、シグマは絶対に間違っていないという自信があるし、パイに至ってはダウンロードした電子地図は最新版だ。
「ねえ、どうしよう」
 一体何が悪いのか、全然一矢の家には着けそうもない。二人は困り果てて沈み込んだ。
 と、そんな時、どこかで聞いた声が二人の耳に飛び込んで来る。
「あれ? パイとシグマ? こんな所で何をしているの?」
 振り向くと、エアカーの窓から不思議そうに二人を見ている一矢と目が合った。
「一矢君!」
「一矢!」
 二人は急いで駆け寄る。エアカーはホバリング状態で待機し、ドアを開ける。
「暑いから中に入って」
 そう言われるままに、二人はエアカーに乗り込んだ。室内には一矢の他に男性が一人、エアカーの運転席に女性が一人いた。サングラスをかけた女性は唇に軽く笑みを浮かべて、二人に会釈する。二人も慌ててそれに倣った。
「こ、こんにちは」
「お邪魔します」
 二人が乗り込むとエアカーはドアを閉め、スーッと浮上すると通常の飛行ルートに乗る。
「びっくりした。一矢君にこんな所で会うなんて思わなかった」
「僕もだよ」
 パイとシグマは口々に言い、どことなく気だるげな一矢に気付くと、はっとして顔を見合わせる。
「一矢君」
「まだ悪いのか?」
 心配げな二人の表情に、一矢は苦笑を浮かべる。
「ちょっとだけ。病院に行った帰りなんだけど、まだ本調子じゃなくて……」
 一矢は上気した頬のまま、そう呟く。どうやらまだ熱が残っているらしく、顔全体も腫れぼったいようだ。
「だ、大丈夫!?」
「うん。もうだいぶいいんだ」
 一矢がそう言った途端、ふらっと体が傾く。
「あ、れ?」
 不思議そうな一矢の声は、一矢の隣に座った人の声に掻き消された。
「じっとしていなさい。また倒れますから」
 困った奴だという、舌打ちが聞こえそうな口調で男は告げると、一矢に肩を貸す。体重を男の肩に預けたまま、ちらりと一矢は男の横顔を見上げ苦笑した。
「了解、パパ」
 そう告げると、パイはやっと思い出したのか、ポンと手を一つ打つ。
「あっ、そっか。どこかで見たことがあると思っていたけど、一矢君のお父さんですね?」
 男、ボブ・スカイルズはふっと優しい表情をし、パイに笑いかけた。
「昨日は電話をありがとう。今日はどうしたんだい?」
 逆にそう尋ねられ、パイは些か気まずい思いをしながら答える。
「シグマ君と一矢君のお見舞いに行こうと思って。でも……ちょっと迷ちゃったみたい」
 はにかんで笑うと、ボブも釣られて笑った。
「だって地図には載っていないし。それらしい建物はなかったし……」
「そうだよ。凄く困ったんだぞ〜」
 シグマも恨めし気に一矢とボブを見、どういう事なんだと詰め寄る。
「ディアーナの中心部で迷うなんて、恥ずかしくって誰にも言えないよ」
 地元っ子シグマの赤裸々な告白を聞くや否、一矢はぷっと吹き出した。
「え〜、本当に迷ったのか?」
 馬鹿じゃないのか?とのニュアンスに、シグマは一瞬で赤面する。
「だってお前、1番地って、星間軍の施設しか地図にはないんだぞ。どうやって一矢の家に行けってんだよ」
 む〜っと膨れるシグマに、一矢とボブは視線を合わせると、そこで合ってたんだと告げた。
「え?」
「合ってるよ。そこでいいんだよ。だってパパSCAの軍人だもん」
 さらりと一矢は白状し、ね?と、ボブを見上げる。
「ええ〜〜っ!?」
 驚いてボブを見る二人に、ボブは肩を竦め告げた。
「官舎に住んでるんですよ。そういえば学校側には伝えてませんでしたか」
 呑気にそう言われ、パイとシグマはふ〜っとエアカーのリアシートにもたれ掛かった。パフンと二人の体は座席に沈み込む。
「悩んで損した」
「私も」
 深々と溜め息を吐き出し、撃沈している。
「ごめん、ごめん。お詫びに家迄送って行くよ。外はまだ暑いから」
 一矢はくすくす笑いつつ、二人に微笑みかける。
「お見舞いありがとう。凄く嬉しいよ」
 ほわんと幸せそうな表情で一矢は言い切る。それを傍らで見ながら、ボブはやれやれと小さく首を振ると、運転席の女性に指示を出した。
「この子達の家迄頼めるか?」
「ええ」
 涼やかな声で女性は答えると、進路を少しずらす。五人の乗ったエアカーは一路西へ向かった。



「悪化しますよ」
 吐息を尽きつつ、最後の乗客パイの背中をミラー越しに見送っていたボブが、僕に向かってそう言った。
「いいよ別に」
 答えつつ、もたれ掛かっていたボブの肩から体を無理矢理離す。正面を向き直すと、そこで気力が萎えた。とてもじゃないが起きていられない。頭がクラクラするよ。
 おかげで僕は再び、シートにだらんと体重を預けるはめになった。
 元々はVIP用のエアカーなので、シートはふかふかだったりする。だから他の、まあ、うちの部隊にある軍用よりはだいぶ乗り心地が良い。とはいえ今日みたいに最悪の体調だと、どっちもどっちに思えるけど。
「余計酷くなってませんか?」
 言いつつ熱を測ろうと額にかかるボブの手を、僕は鬱陶し気に弾いた。
「子供じゃないんだから、平気だって」
 ボブはじ〜っと僕を睨んでいたが、いきなり腕を掴むと袖をまくって、シール状の体温計の数値を読み取った。ここ数日高熱が続くものだから、腕に貼りっぱなしなんだよな。
 貼ってないとドクターが五月蝿いし。そういう訳で僕の体温、体調状態はバレバレだったりする。
「うわっ。お前ね〜」
 文句を吐き出す僕をあっさりいなし、ボブはやや怒った目をして、僕の方に顔を向けた。
「何で熱が上がってるんですか? きっちり解熱剤を投与したのに。さっきまで37度で少しましになってきてたのに、また39度になってるんですけど?」
 じと〜っと睨む目は妙に怖かったりする。
「……そう、なのか?」
「ええ」
 ボブはさくっと頷き僕の手を離すと、きっぱりと宣言した。
「治る迄は外出禁止です。一矢の友人がこの辺をうろうろしていようと、迷子になりかけていようと。金輪際救出は不可です! 放置しておけばそのうち諦めます」
 あっさり切り捨てるボブに、僕はやや意外な感情を抱く。基本的に子供には甘い、この男らしくない台詞に思えたからだ。
「どうしたんだ? 珍しく冷たいな」
「すみませんね。俺も人間ですから、ぶっ倒れても全然療養してくれないどこかの誰かさんを見てると、段々腹が立ってきまして」
 そう言って、怖い気配を纏ったまま窓の外に視線を向けた。
「できるものなら、ぶん殴りたいぐらいです」
 きっぱりそう言われ、僕は身を縮こませる。立つ瀬がないとはこの事だろう。パイ達を上手く情報部の近くから追い返せたのはいいけれど、どうやらボブを怒らせてしまったようだ。まあ、毎晩うなされる僕に付き合わされるのは、たまったものじゃないんだろうが……。
「隊長。こればっかりは副官の方が正しいですよ」
 エアカーの運転席から涼やかな声が告げて来る。
「シズカ」
 僕は【06】を流し見た。
「副官の制止を押し切って、ここに来たのは隊長な訳だし。そのせいで熱がぶり返したのも隊長の自業自得ですけど。でも、やっぱり私達だって心配しているんですから、ちゃんと療養して欲しいです」
 真面目にそう言われ、僕は小声で言い返す。
「悪かった。ちゃんと治る迄、寝てる」
 そう口に出してみると、なんだかまたふらふらして来た。
 これは本格的にやばいかも。そんな事を考えつつ僕はゆっくり目を閉じた。



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