ディアーナの罠19
作:MUTUMI DATA:2007.8.6


 惑星ディアーナ、星間連合総合庁舎。

 バタバタと総合庁舎内のロビーを、職員達が忙しそうに早足で駆けて行った。急ぎの案件でも発生したのか、その動きはせわしない。
 休憩コーナーでコーヒーを買っていたボブは、訝しそうにその動きを見つめた。
「どうかしたんでしょうか?」
「生誕祭の準備で、忙しいんじゃないの?」
 紙コップに入ったコーヒーをちびちびと啜りながら、一矢がそう評する。
「ならば良いのですが」
 販売機から自分の分を取り出し、ボブは一矢の側に戻った。二人並んで、機構職員がバタバタしている様子を見るともなしに眺める。
 知っている顔でもいれば、事情を問い質す事も出来るのだが、生憎と誰とも面識はない。だから二人はそれを些細な事として、思考から躊躇いもなく流した。
「一息入れると、ほっとするな」
 紙コップを傾け、中に入っているコーヒーを眺めながら一矢が呟く。
 実は密かに、星間中央警察との会談に疲れていたらしい。プレッシャーごときに動じる一矢ではないが、それなりに居心地が悪かったようだ。
「しかしさー。有益な情報って少ないよね」
 ハア、と大きく溜め息をつき、どうしたものかと虚空を睨む。
「これから先、どうします?」
「取り敢えず、ヒュードラに居るあいつを訪ねてみるよ。何か掴んでいるかも知れないし」
「細い糸ですな」
「まあね。でも時々、こっちが吃驚するような情報を仕入れて来るから、案外馬鹿に出来ないんだぞ」
 そんな風に庇う発言をしつつ、一矢は何かを思い出したのか、クスクスと笑い出した。
「どうかしましたか?」
「いや前にさ、「今度来る時は手土産ぐらい持って来い!」とか言ってたからさ。何がいいかなと思って。カメ屋のお煎餅なんてどうだろう?」
「……お好きにどうぞ。というか、どこまで買いに行くつもりですか?」
 一矢指定のカメ屋のお煎餅は、ディアーナ星系には売っていない。買うつもりならば、銀河団を越えなければならない。たかが手土産でそれはないだろうと、ボブは少々頭を抱えた。
「戯言(たわごと)はさておき。我々は地道に星間中央警察と協力して、タレ込み先や心当たりを潰して回ります。途中で何か引っかかるかも知れませんし」
「ますます人海戦の様相を呈して来たな……」
 肩を落とし、憂鬱そうに一矢はぼやく。
「ギルガッソーが敵では仕方がありませんよ。奴等は神出鬼没で、定形を持たない。手札が読めない以上、こちらは基本に忠実にいくしかない」
「そうだな。でも、そうそう時間はかけられないぞ。タイムリミットは直ぐそこだ」
「わかっています」
 ボブは重々しく頷く。
「平行して陸軍の方も調べますが、時間がかかるかも知れません」
「わかった。余り当てにしないでおくよ」
 苦笑と共にそう零し、一矢は残っていたコーヒーを一気に煽った。
「さて、コーヒーも飲んだし、行ってくるよ」
 近くにあったダストボックスに紙コップを投げ入れ、一矢はボブに背を向けた。
「お気をつけて」
「うん」
 ヒラヒラと背を向けたまま片手を振って、一矢は離れて行く。小さくなるその背を見送り、ボブはおもむろに携帯端末を取り出した。通信モードに設定し、エネ星にある本部を呼び出す。
「【03】を」
 短く告げれば、直ぐに目的の人物に回線が回された。
”何か用ですか?”
「今暇か?」
”まあ、そこそこ。何です?”
 携帯端末の小さな映像のリックが、訝し気にボブを見つめる。
「調べて欲しい事がある。残念ながら、俺はこの場を動けないのでな」
”構いませんが、何を?”
「俗に言う陸軍の醜聞の一つだ」
”……どうしてまたそんな物を”
「捜査線上に浮かんで来た。どうも関係があるようでな」
”へえ”
「ひょっとすると途中で邪魔が入るかも知れんが……」
”それは反撃可ですか?”
「無論」
 ニヤリと笑ってボブはリックを見つめる。
「それにするなと言っても、どうせお前は反撃をするだろう?」
”ええ”
 しれっとした顔で、リックは頷く。
”陸軍に遠慮する必要もないですし”
「程々にしておけよ」
”心得てます”
 砕けた口調で応じつつ、リックは腹黒い笑みを唇にのせた。
”それで【02】、調べる醜聞っていうのは、どれの事ですか? 少なくとも俺、両手両足の数ぐらいは聞き及んでるんですけど”
 案外そういうことに詳しかったようだ。
「意外だな」
”何がです?”
「地獄耳なのか?」
”いえ、全然”
「どうだか。まあいい。調べて欲しいのは、陸軍のストーク連隊が起こした虐殺事件だ。こう言っては何だが、かなりきな臭いぞ」
”へえ、そうなんですか”
 何気なく相槌を打ち、そういえばボブが陸軍出身だった事を思い出す。
”【02】元陸軍のよしみで、伝手ないですか?”
「ん?」
”裏情報に通じてそうな人、ですよ”
「そうだな。陸軍本部にアスコット・ルクゼという男が居る。確か今は大佐だったか。彼に会って見ろ」
”ルクゼ大佐ですか。部署は?”
「資料室だ」
”了解”
 リックは端的に頷く。
”そういえば桜花の姿が見えませんが……”
 きょろきょろと、映像のリックが辺りを見回す。常ならば、一矢の声が聞こえて来たり、後ろ姿がチラチラと見えたりするものだが、今回はそんな素振りもない。
「桜花ならば、先程ヒュードラに発った」
”ヒュードラ? ああ、子飼いの情報屋ですか?”
 リックの疑問に、ボブは軽く首を縦に振る。
「彼なら何か知っているかも、と言ってな」
”裏人脈フル活用ですな”
「そうだな」
 苦笑と共にボブは肩を竦める。
「あまり誉められたものではないが」
”……そ、ですね”
 リックも微妙な顔をして相槌を打った。
 二人とも一矢にそういった人脈、裏世界に通じる、或いは裏世界そのものに携わる人脈がある事を、知っている。
 一矢の友人の一部が、何故か何時の間にかそういう位置に納まってしまっていたのだ。彼らは大概身を持ち崩してそこ迄落ちた。戦後の混乱期を、真っ当な生き方でくぐり抜ける事が出来なかったのだ。
 だからといって一矢との交友関係が壊れた訳ではなく、一矢が無役だった時代も、今の様に取り締まる側になった時代も、そこに友情は成立している。ボブやリックからすれば、摩訶不思議な状態としか言い様がない。
 一矢と彼らとの間には、一種独特な線引きがあり、善悪では判断しきれないシンパシーがあるのだろう。その辺りについては、ボブもリックも関与出来ないし、一矢自身踏み込ませない。だから二人はその黒い繋がりを知ってはいても、黙って傍観するほかなかった。
「まあ情報屋の彼は、人脈の中でも比較的まともな部類に入るし、実際役に立っているし、そう目くじらをたてる事もないだろう」
”……彼は、ね”
 リックは呟き、どっぷりと重い溜め息を吐き出した。
”他のは碌なものじゃありませんよ”
「まあな」
 その他の面々が、それこそ暗黒街の顔役だとか、ギャングの親玉だとか、有名海賊の妾だとか、どうなんだそれは?というような輩ばかりなのだ。よくもまあ付き合っていられると、常々ボブは思っている。一矢が大物なのか、友人達が大物なのか、判断に迷う所だ。
 そんなどうでもいい事をつらつらと考えていたボブは、そういえばと思い出す。
「【04】の調査はどうなっている?」
”進展なしです。強いてあったといえば、辺境惑星の独立型のデータベースにも何も残っていない、という事が判ったというぐらいで……”
「未だネロ・ストークと名乗っている男の正体は不明か」
 ギルガッソーに属し、その名で活動している男の顔写真を思い出し、ボブは唸る。
(何も出ないか。こうなると、調べる方向性が間違っているとしか思えん。生活情報からは諦めるべきか)
「【03】」
”はい?”
「ストーク連隊に、その男が関わっている可能性がある。いや、今となってはその可能性の方が高い。何にしろ関連事項が多過ぎる」
”確かに”
 名前に物証、アジトに残されていた本物の勲章ときては、関連付けるなという方が無理だ。 「【04】達も、ストーク連隊の調査に回せ。連隊長の周辺を徹底的に洗ってみてくれ」
”了解”
「逐次報告を頼む。どうも今回は、時間との勝負のような気がする」
”時間ですか?”
「ああ。星間中央警察も頼りにならないし、……嫌な感じだ」
”警察の内通者は絞り込めたんですか?”
「生憎まだだ。報告は来ていない」
”そうですか”
 難しい顔をしてリックは考え込む。
”【02】……杞憂だといいんですが”
「どうした?」
”どことなく誰かに、いえ、何らかの意図に誘導されているような気がしませんか?”
「……」
”どうも空気がいつもと違うんですよ”
「勘か?」
”んー、そうとも言えるし、言えないような”
 リックは曖昧な表情を浮かべる。
「はっきりしないな」
”仕方ないですよ。自信のある話じゃないんですから”
「そうか」
”ええ、でも……本当に何か、どこか引っかかる”
「お前の杞憂は覚えておこう。桜花も釈然としていなかったしな」
”へえ、隊長も?”
「ああ。俺も似たような印象は持っている。恐らくこちらが、引き摺られる様に動いているからなのだろうが……」
”後手後手ですからねー”
 リックは軽く肩を竦める。
”先手にまわれる様に、ちょっと本腰を入れて頑張ってみます”
「頼む」
 ボブのどこか切実な響きのこもった言葉に、軽く敬礼が返され、通信はリックの側から切られた。暗くなった通信画面を見つめ、ボブが囁く。
「期待しているぞ、【03】」



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