ディアーナの罠17
作:MUTUMI DATA:2007.8.4


 エリクソンが感じる電子の空間は、少々変わった物だった。
 データベースが円柱として立ち並び、プログラムを含むシステムが、それを囲む様に円状に配置されている。円は幾重にも重なり、複数の光の輪となって広がっていた。時々円柱が光り、光の輪が大きく、或いは小さく動く。動くのは、それが稼動している証しだ。
 果て迄広がる円柱群が明滅を繰り返す様は、どこか幻想的で幽玄だった。情緒を解しないエリクソンにも、何かしら心を打つものがある。
(何度見ても不思議な光景だ)
 エリクソンは感慨深気に見つめる。
 リンケイジャーは、データや数値を一定のイメージとして捉えることが多い。そのイメージは人によって千差万別で、夢物語のような世界を構築する者もいれば、論理的な味気ない世界を構築する者もいる。エリクソンはどうやら後者に近いようだ。
(さて、始めるか)
 ひとりごち、円柱のひしめく空間を歩き出す。歩くとは言っても、実際に動いているわけではない。そんな風にイメージをし、システム間を移動しているのだ。エリクソンの周囲の円柱が、残像を残し高速で背後に流れてゆく。
 ややして、エリクソンの前に、行く手を遮る様に透明な壁が現れた。ぐるりと壁はその中の円柱を囲んでいる。円柱群は一際大きく一際目立っていた。まるで各々(それぞれ)が尖塔のようだ。
(見つけた)
 ニヤリと、エリクソンはほくそ笑む。エリクソンが発見したもの、それはDネットと呼ばれるものだ。
 Dネットには、惑星ディアーナのすべての政府系システムが納まっている。司法・行政・軍。本来個別で管理されるはずのシステムが、一ケ所に集まっていた。全く同じ規格で、三者は運用されている。
 ディアーナ星以外の多くの惑星では、司法・行政・軍は各々(おのおの)独自の規格、ネットワークを持つ。そこに互換性はない。ハッカー及びクラッカー対策の意味あいもあり、わざと規格をばらしてあるのだ。
 Dネットのような管理方式を一元型と呼び、他の惑星のような管理方式を独立型と一般的には呼んだ。一元型は独立型に比べて管理費用が安く済み、人件費やその他の諸経費も抑えることが出来るので、財政難に苦しむ惑星にとっては素晴らしい方式として映る。しかしその反面、致命的な弱点も合わせ持っていた。
 一元型はセキュリティが弱過ぎるのだ。司法・行政・軍の各々に防壁が組み込まれているが、とりあえず関係者以外から見え難くした、その程度の物でしかない。一度入り込んでしまえば、幾らでもバックドアが構築出来るのだ。横に開かれているが故に脆い、それが一元型だった。
 そんな一元型のシステム、Dネットの前に立ち、エリクソンはイメージ上で腕を捲り上げる。
(さあ行くぞ)
 気合いを入れ、指先を円柱群を取り囲む壁に伸ばした。
 ゆらりと壁がゼリーの様にたわわむ。異物であるエリクソンを拒むかの様に、透明な壁が硬質化し、触れた先から乳白色に変わり、カチコチに凍っていった。イメージ上の壁でしかないものが、煙りのような冷気を放ち始める。不正な侵入者に対し、ガードプログラムが発動したようだ。
(ちっ。……やはり抵抗するか)
 指先だけを壁にめり込ませたまま、エリクソンは脳内に刷り込まれていたアタックプログラムを呼び出し、その場で展開した。エリクソンの身体を包む様に、0と1の数字が蠢き出す。セキュリティに対抗するため、それは蛇の様に先端から壁の中へと潜り込んで行った。
(ガードをぶち壊せば警報が奔る。ならば、騙すまで)
 鎖の様に細く長く、それは壁を伝う。音もなく気配もなく、それは壁を埋め尽くして行った。凍っていたはずの壁が0と1の鎖の這った部分から、透明な柔らかな物へと変化してゆく。
(……そうだ、騙されろ)
 息を殺してエリクソンはこの光景を見守った。
 エリクソンの展開したアタックツールは、かなり優れた物だったようだ。Dネットのガードプログラムは暫くは抵抗していたものの、ややしてゆるやかに終息していった。カチコチに凍っていた壁が、再び透明なゼリーのような質感に戻り始める。
(よし! 騙せた)
 思わず壁に埋めていたのとは逆の手で、握り拳をつくる。ここが電子の空間でなければ、ガッツポーズの一つもしていそうだ。
 胸中に喜びを滲ませ、エリクソンは更に手を壁へとめり込ませた。透明な壁は、ゆっくりゆっくりとエリクソンを飲み込んでゆく。最初に腕が、そして胸板が、足が壁を突き破る。……エリクソンの意識は、防壁の中へと進んで行った。
 時折警戒したかの様に、恐らく別種のガードプログラムであろう物が、透明な壁に赤黒い斜線を走らせるが、それがエリクソンを捕らえる事はなかった。絡み合う蜘蛛の巣をくぐり抜ける様に、エリクソンは進む。
 そして…………、フォオオンと透明な壁を潜り抜けた。
(やった!)
 晴れてDネットの中に侵入したエリクソは、歓喜の声を上げる。作戦の第一段階がひとまず成功したのだ。ほっと安堵の息もつこうというものだ。
(良い感じだ)
 出だしの順調さに頬が緩む。
 エリクソンのリンケイジャーとしての評価はまだまだ低い。幾つかの作戦をこなしただけの新米、いわばペーペーだ。リンケイジャーとしての完成度は高いのだが、如何せん経験不足は否めない。
 電子の空間では、スピードとアレンジ力がすべてを決する。上位クラスのリンケイジャーは、『妖精』と呼ばれることもあるが、エリクソンにはそこ迄の力はない。能力的には申し分ないが、彼はプログラムのアレンジが出来ないのだ。いや正確には、そういう事が出来るということを知らない。
 何しろエリクソンの周囲には、リタイア組みか廃人のリンケイジャーしかいない。アレンジのことなど誰も教えてはくれないのだ。故にエリクソンの能力の使い方は、性格と反比例するかのようにどこまでも真直ぐだった。反則技が得意なキッズ・パーキンスや、若林・一矢とは大違いだ。
(さてと、目的の物はどれだ?)
 Dネットの中で、エリクソンは周辺を精査した。幾つものデータベースやシステムを覗き込んでは、「これも違う。あれも違う」とブツブツと独り言を言いながら捜し歩く。
 エリクソンが捜している物はたった一つだ。その名称を『ディアーナ星防空制御システム』といった。
(どこだ? どこにある?)
 無数にあるシステムを覗き込み、エリクソンはようやくそれらしい物を発見する。
(これか!)
 それはDネットの中でも、もっとも厳重に管理されている区間にあった。エリクソンの脳内では黒く知覚される円柱を取り囲み、無数の円状の光が乱舞している。光は木に群がる螢のようだ。
(うは……、これはまた凄い。何だこの量は!)
 『ディアーナ星防空制御システム』は、半端ではないデータ密度を誇っていた。一目見てそのシステムが巨大だとわかる。乱舞する光の輪は踊る様に軽やかに動き続け、止まることがなかった。
 エリクソンは暫しその光景に見入っていたが、やがてハッとして顔を上げると、胸に片手を当てた。
(見入っている場合ではないな。あれを忍ばせて、次の段階にうつらねば)
 そっと胸に当てていた手を離す。何時の間にかその手には、小さな種のような物が握られていた。躊躇いもなく、エリクソンは握っていた物を黒い円柱へと忍ばせる。エリクソンの指先から離れ、それはシステムの中へと落ちて行った。ゆっくりゆっくりと、だが確実に。
(これが発動する時、すべてが変わる)
 種が完全に視界から消えると、エリクソンは満足気に頷いた。これで良いと、何度も何度も確認するかの様に。そして……。
(次にいくか)
 『ディアーナ星防空制御システム』に背を向けると、次の作業に取りかかった。自分の脳内からあるプログラムを呼び出す。それは空間に飛び出し、四角いドアを形造った。御丁寧なことに、それには何故かドアノブまである。そのドアノブを引っ掴み、
(情報収集と洒落込むか!)
 ニタリと唇を歪めたまま、エリクソンはドアを開けた。その瞬間、エリクソンの意識がDネットから消え去る。別な電子の空間に移動したのだ。エリクソンの意識は、ネットワークの海を自在に泳ぎ出した。
 やがて彼はそこに辿り着く。ディアーナ星に存在する、星間連合のセクト端末に……。


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