「他には?」 「一つ重要な物証があるにはあるのだが……、我々にはそれが何を意味するのかさっぱりわからない」 「物証ですか?」 「ああ」 ロンはヒューズに視線を向ける。ヒューズは持っていた小ぶりのケースを開けると、中からビニールパックに入った何かを取り出した。 「これだ。わかるか?」 右手で掴み、それを一矢達に見える様に掲げる。ビニールパックの中には、銀色の金属のような物があった。一見した所では、金属片のように見える。 「金属の欠片か?」 ボブは呟きつつも、ヒューズに向かって片手を伸ばした。ちょっと貸せということらしい。ヒューズは黙って証拠品をボブへ放る。難無くボブはそれをキャッチし、一矢にも見える様に机の上に置いた。 金属片と見えた物は、複雑な形をしていた。加工物らしく縁部は丸みを帯びており、一部は塗料が塗られているのか、青く輝いていた。ただぞれの全体像は、はっきりとしない。どうも粉々に砕かれた物の一部のようだ。縁部以外はザラザラしており、金属独特の無惨な折れ口が見えた。 「何かの一部のようですが……。どこかで見たような……」 ボブが考え込む。その横で、一矢は呆然と目を見開いていた。 「……桜花?」 微動だにしない一矢の様子に違和感を感じて、ボブが言葉をかける。 「心当たりでも?」 「あ……いや。……もっと良く見てもいい?」 許可を求めてロンを見遣ると、ロンは静かに頷いた。一矢はビニールパックを引き寄せ、中の物を取り出す。重さを確かめる様に手の平に乗せ、後ろにひっくり返した。金属には小さな数字が幾つか刻まれていた。 「……本物だ」 呟き、再び表を向ける。確認するかの様に青い部分を指先でなぞり、 「七宝焼き」 と小声で漏らす。 「え?」 ボブはぎょっとして一矢を見た。ベースが金属で七宝焼きで、刻まれた数字と来れば、ボブには思いつく物は一つしかない。 「まさか」 「多分、そうだよ」 一矢はエアカーの中で使っていた端末を取り出すと、金属片に書かれていた数字を入力する。 「どこの物かわかるんですか?」 「……うん」 短く答え、一矢は視線を端末からボブへと向けた。 「壊れていないのを僕も持ってるよ」 「え?」 一矢は視線を端末へと落とす。端末は一矢の入力した数値を懸命に検索していた。一矢がアクセスしているのは星間連合のデータベースだ。古今東西のあらゆるデータが保存されている、誰でも使える公共の代物だ。 「あ。ヒットした」 端末に表示された情報を見つめて一矢が呟く。 「……そう繋がるのか」 「桜花?」 ボブが怪訝そうな声を出す。 一矢は黙って端末をボブの方へと向けた。ディスプレイ上には、星間連合のデータベースに入っているという目印でもある、太陽と月のマークがあり、検索項目には勲章という表示と、金属片に彫られていた5桁の数字が入力されていた。 「刻印されていた数字は5つだけしかなかったけど、その数字が並ぶ物は一つだけしかない」 ボブは表示された検索結果に目を見張る。 「これの持ち主は……ケニー・ストーク。【02】が本部で連想した、陸軍の自殺した元連隊長の物だ」 「これは一体全体、どういう事なんでしょうか?」 困惑も露に一矢を見ると、一矢も何やら不安そうな顔色だった。 「わかんないけど、少なくともネロ・ストークの偽名が、この連隊長に関連しているのは、明らかだよ」 「ストーク連隊が……」 ボブはそう呟き、押し黙る。一矢も思う所があるのか、何やら深く考え込んでいる。期せずして、二人が沈黙の回廊と思考の渦に入った事により、室内から会話らしい会話と音が消えた。 捜査官達はそんな二人を前に、困ったような表情をしている。頼むからこちらにも説明してくれと、その顔は無言で主張していた。 だが、一矢もボブもそれに一向に気付く事はなく、……結局、我慢出来なくなったヒューズが代表して声を張り上げた。 「悪いんだが、こっちにも説明してくれないか? その金属片から、何がわかったんだ?」 「あ、ごめん。ええっと、これの正体なんですけど、勲章です」 「勲章?」 「はい。星間連合の銀星十字(ぎんせいじゅうじ)勲章です」 「銀星十字勲章!?」 「確かなのか!?」 捜査官達が驚きの声をあげた。 「ええ。銀星十字勲章は基本的に僕ら軍属に贈られる物ですから、見覚えありますし……。裏側に刻印されたシリアルナンバーもちゃんとありましたし……、多分これ、割れてるけど本物ですよ」 一矢はあっさりと断言した。 「データベースの検索結果から、持ち主も判明しています」 「! それがケニー・ストークか!?」 先程からの一矢とボブの会話を振り返り、ヒューズが聞く。核心に近い情報に、捜査官達はわずかに身を乗り出した。彼らにしてみれば、驚く程の捜査の進展があったのだから、それも無理はない。 「ケニー・ストークは自殺したと、先程言っていたようだが……」 「ええ。僕も細かい事は知りません。ケニー・ストークの所属は陸軍ですし……。【02】、補足出来る?」 一矢はボブの横顔を見上げた。 「多少なら。前にも言いましたが、彼は不祥事の責任を取って自殺をした、そういうことになっています」 「なっている?」 微妙なボブの言い回しに、ロンが反応する。 「ええ、『なっている』です。本当のところはわかりません。殺されたのか、自殺だったのか、今や薮の中です。ただ、ケニー・ストークが死んでいる、この一点だけは事実です」 「不祥事と言われたが、それはどのような?」 「それは……」 裕斗の質問に、ボブは躊躇うような表情を見せた。そっと一矢を伺うと、構わない話せと命じる視線に出会う。ボブは唾をのみ込むと、意を決して話し出す。 「作戦行動中にストーク連隊の一班が、寒村を攻撃し村人全員を射殺。その後行方をくらませました。彼らは、いまもって行方不明です」 「なっ!?」 「何よ、それ!」 不祥事の規模と酷さに、捜査官達は言葉をなくした。 「事件が起きたのは、星間連合が組織された2ヶ月後です。当時はまだ星間中が混乱していた時期で、事件は表に出る事なく、陸軍内部で処理されました」 「……っ」 「密室処理か」 「そうです。査問委員会も非公開のまま、判決が出たと聞いています。内容迄は知りません。ケニー・ストークが自殺したのは、その直後です」 「……虐殺はどうしておこったんだ?」 「わかりません」 ボブは緩く首を振る。 「噂はそれに触れていませんから」 「だが……」 「ええ、推測は出来ます。一番有力なのは『嵌められた説』でしょうか」 「嵌められた?」 ロンが眉を潜める。 「先程も言いましたが、当時の情勢は混乱していました。外部からの命令が紛れ込んだ可能性も、なきにしもあらず、なのです」 「え?」 シェリーが目を見開き、そんな馬鹿なという顔をする。 「或いは、陸軍内部のケニー・ストークを邪魔だと思っている一派が、絡んだ可能性もあります」 「……っ!」 「何だよ、それは! そんな事でどうして!?」 裕斗が思わず怒鳴る。 「さあ? 自分には何とも」 ボブは軽く肩を竦めた。 「他にも『ケニー・ストークが狂った説』だとか、『陸軍上層部が秘密の実験を行った説』だとか、『寒村ではなくゲリラ施設だった説』だとか、きりがない程あります」 「どれが真実かわからない程あるのか?」 「そうです」 ボブは頷き返し、隣に座る一矢に視線を向けた。 「陸軍の暗部になりますが、探っても良いですか?」 「……」 「桜花」 許可を求めるボブに対し、一矢は渋面を向けた。くっきりと眉間に皺が寄っている。 「かなり、……やばいんじゃないのか?」 「そうかも知れません」 「薮を突いて蛇が出る可能性は?」 「あります」 あっさりと一矢の疑念を肯定し、ボブは続ける。 「けれど、ネロ・ストークを調査するのには必要な情報でしょう」 「だけど……」 それでも一矢は答えを渋る。 終わった事を蒸し返すのは、何もなければどうという事もないが、今回の様にきな臭い噂がつきまとう物に関しては別だ。下手に弄るととんでもない事になりかねない。 一番有力な『嵌められた説』が事実なら、ケニー・ストークを嵌めた人間がどこかにいるはずで、その人間は今も陸軍にいる可能性が高い。或いは政治家として、星間連合の内部に食い込んでいる可能性もある。 事件を蒸し返す者に対して、良い印象は抱かないだろうし、妨害が起こる可能性もある。或いはケニー・ストークと同じ様に、何らかの方法で嵌められてしまう可能性も……。調査をする側にとって、リスクが大き過ぎるのだ。 だから一矢は渋る。 「どうしても必要か?」 「考える迄もなく」 「……」 一矢はじっとボブを見つめた。そんな一矢を説き伏せる様にボブは続ける。 「髪の毛一本落とさない容疑者が、偶然に勲章を残すと思いますか?」 「……常に持ち歩いていて、慌てていたら……」 「本気で思っています?」 胡乱な視線に晒され、一矢はあらぬ方を向いた。自分でも非常に苦しい言い訳だと、わかっている。 「……ないよなやっぱり、そんなこと」 溜め息混じりに漏らせば、 「ないですよ」 ボブの短い返事が返って来る。 「どう考えても作為があります。それが何かは知りませんが、恐らくストーク連隊に対する何らかの意図が働いています」 「……意図か。わかった。いいよ、好きなだけ調べな」 胸の内に嫌な予感を抱きつつも、一矢はゴーサインを出した。 (どうも引っかかるんだけど……、まあいいか。桜花部隊を嵌めようとする馬鹿はいないだろうし。いたとしても返り打ちにすれば済む話か) 「最大限、周囲には注意を払うこと。何か可笑しい素振りがあったら、直ぐに報告させて」 「了解」 真面目くさった顔でボブは応じた。一矢は勲章の破片をビニールパックへ戻すと、二つ折りの端末を閉じ、視線をロン達へと向けた。 「陸軍の調査はこちらで行い、後程そちらに報告します。それでよろしいですね?」 「ああ、結構だ」 ロンが一同を代表して回答する。 「他に何か気付いた事とか、気になった事はありませんか?」 大した情報はもう出て来ないだろうと考えつつも、刑事独特の皮膚感覚に期待した一矢はそう続けた。 すると、裕斗とシェリーが何か言いたそうに見つめ合う。互いに、どう切り出せば良いか迷っているようだ。ややして、裕斗に押し切られたシェリーが口を開く。 |