ディアーナの罠13
作:MUTUMI DATA:2006.10.26


 会議自体は静かに始まった。ロの字型の机上につき、互いに簡単な紹介から始める。進行は一矢もボブもやりたがらなかったので、ロンが務めることになった。
「はじめまして、桜花です」
 椅子に座ったまま自らそう名乗り、一矢は威圧するかのように捜査官達を見る。
「お気付きと思いますが、特殊戦略諜報部隊の指揮をとっています。裏方である僕らがこのような席につくことは、本来はありません。警察との連携を含めて、これは異常なことです」
 一矢の言い様に、ピクリとロンを含む全員が眉を寄せた。どうやら非難されていると思ったらしい。一聞したところでは、そうと、とれなくもない発言だ。
 一矢の横で無言を通しながら、ボブは少し心配そうに一矢を見遣った。一矢はそんな雰囲気を気にもせず、淡々と話し続ける。
「僕らとあなた方は水と油です。お互いに混じりあう事は永遠にない。けれどそれをわかっていても、協力し合わなければならない時があります。今回がまさにそれです。僕はテロを防ぎたい。そしてあたた達も同じはずだ」
 一矢は一度言葉を切る。その目には静かで厳しい理性的な光が宿っていた。
「全面的に僕らを受け入れろとは言いません。そんな事は無理でしょう。でも、僕らを信用して下さい。少なくともこの捜査に関しては」
 一矢の言葉に、捜査官達は皆押し黙った。おや?というような顔をしている。自分達を非難しているのではないと、ようやく悟ったらしい。
「僕らの敵は恐らくギルガッソーです。変幻自在にテロを起こす彼らをくい止める為には、僕らとあなた達がきちんと連携を組む必要がある。あなた達の中には、僕らを歓迎しない者も多いでしょう。僕らに関して、あまり良い噂がないことも承知しています」
 一矢の言葉に触発され、捜査官達の胸中に幾つもの単語が浮かんだ。闇の部隊、死の招き手、廃虚のハイエナ……。呼ばれ方は様々だが、どれもこれも酷い単語ばかりだ。だから全員で揃って、無意識の内に酷く顔を歪めてしまっていた。
 噂が本当かどうかはわからないが、火のない所に煙りは立たない。悪意ある噂が囁かれるはめになった素が、何かあるのだろう。
 それがどんな物かは知らないが、そこまで言われる部隊を無条件で信用する程、捜査官達は初心(うぶ)ではなかった。全員酸いも辛いも承知している。
 ……けれど、この場で真剣に言葉を選びながら話す一矢を見ていると、ほんの少しだけ疑心の目が揺らいで来るのだ。噂されている程酷い部隊ではないのかも知れないと、思ってしまう。あまりにも一矢に酷い噂がそぐわないからだ。彼はダークサイドではなく、陽の光の中に居る方がしっくりとくる。
 語る言葉もしっかりとしているし、何よりもテロを防ぎたいという明確な目的意識がはっきりと感じられる。その印象は決して悪くない。むしろ職務に忠実であろうと、健気にすら見えた。
 鈍い頭で全員がほぼ同じ思考をし、ほぼ同じ考えに辿り着き、
 (信頼はまだ出来ないが……、信用なら出来るかも知れないな)
 そう思った捜査官達が、互いに困惑した顔を見合わせる。そんな動きを知ってか知らずか、一矢は最後の言葉を放った。ある意味大型爆弾な発言を。
「そういう訳で、僕らはレミング女史との約束もあり、独断で突出して何かをするつもりはありません。僕らは、セイファード捜査官の指揮下に入ります」
「え?」
 ロンが驚いて一矢を見つめる。一矢はロンと目を合わせると、静かに一つ頷いた。
「基本的にはそうなると思って下さい。勿論、桜花部隊の指揮権は僕にあります。でも、合同捜査に関してはあなたがトップです」
「よろしいのか?」
 意外な言葉に戸惑いつつ、ロンが確認する。
「はい。軍が機構の上に立つのは、好ましくありませんから」
 過分に政治家的な判断の結果、一矢はそう告げた。ボブはそれを聞きながら、内心で苦虫を噛み潰す。
 一矢の判断が間違っているとは思わないが、実務的な角度から言わせてもらえば、愚かとしか言い様がない。経験の少ない星間中央警察に、総合的な指揮権を譲り渡したのだ。この弊害は幾らでも思いつく。
(冗談ではなく、本気でしたか……)
 事前に聞いていたとはいえ、改めてそう言われると、なんだかがっくり来てしまう。どう考えても、どう転んでも、このしわ寄せはボブに押し寄せて来るだろう。それが分かっているだけに、溜め息しか出なかった。
(リックを巻き込むべきだったか……)
 本部詰めを言い渡してきた【03】を連れて来るべきだったと、ボブは少し後悔した。連れて来てさえいれば、ボブの負担を肩代わりさせることも出来ただろう。
(はあ……)
 先を思うと、妙に頭が痛くなってくる。星間中央警察のフォローもしなければならないし、それとなくこちらの言い分も反映させなければならない。内通者の件もあるし、やり難いことこのうえもない。
(問題が山積みだ。果たして式典までにカタをつけることが出来るのか? ギルガッソーが何を仕掛けてくるのか今一つはっきりとしていない現状では、微妙なような……)
 先のことを考え塞ぎ込むボブの横で、一矢が捜査官達を前にニッコリと微笑んだ。邪気のないどこからどうみても微笑ましい、例えるならば天使の笑顔だ。
「そういう訳で、暫くよろしくお願いします。実務的なことは僕の隣にいる【02】が行います。僕よりもしっかりしているので、どんどん頼ってください」
(……一言多いぞ、一矢)
 心の中で文句を言って、ボブは口を開いた。
「【02】です。特殊戦略諜報部隊の副官をしております」
 その紹介に「ああ」と、なぜか全員が納得した。ボブはどこからどう見ても、そんな雰囲気を醸し出していたからだ。一矢の「指揮をとっています」という台詞よりは、遥かにまともだと思える。
「現在我が部隊は、星間軍第133分隊に待機させてあります。あなた方との連携がとれ次第、逐次投入予定です。ディアーナ星に振り向けた総数は1200名。多いとは言いがたいですが、これ以上は割けないと思って下さい」
 淡々としたボブの声をじっと聞いていた捜査官達は、投入された人員の総数を聞いて、ポカンと口を開けた。
「1200名?」
「……なんだよその数は」
 ひそひそと互いに言葉を交わしあう。
「連隊をまるごと連れて来たんだ。どう考えても人手は多い方がいいと思ったし。人捜しは人海戦術が基本だよ」
 フォローするように一矢が口を挟む。
「あ、あのなぁ……」
 そんな理由でその数を連れて来るのかと、ロンは頭を抱えた。
(あまりにも規模が違い過ぎる。……これだから星間軍は!)
 贅沢過ぎる人員に、ロンは再度溜め息を零す。1200人といえば、星間中央警察の職員の9分の1に相当する。警察ならば、それだけの人員が抜ければ、間違いなく機能麻痺に陥る。だが星間軍では、その数は氷山の一角に過ぎないのだ。
(応援の規模が違う……)
 それがどういう意味を持つのか、ロンは怖気と共に悟った。闇の部隊と言われている桜花部隊が、本気で動き始めたということを。
(合同捜査のトップは俺だと言う。だがそれは……)
 ロンは眼前でニコニコと微笑む少年を見つめた。
(俺達が警察だから一歩引いた、理由はそれだけなのだろうな)
 なんとなくムッときた。力量を正当に評価されていないとも感じる。
(まあ今の所、馬鹿にされても仕方ないか。悉く失敗しているしな)
 自嘲的な笑いが唇に浮かぶ。ディアーナ星に来てから、何一つ先に進んでいない現状に、ロンは深い憂慮を覚えていた。
(捜査能力を桜花部隊に見せ付けるどころか、これではまったく逆だ。……女史の期待にも応えれてない)
 出立前の上司との会話を思い出し、ロンは思わずうつむく。少しでもいい、自分達を送り出した上司の面目を保ちたいと思った。
(……このままでは終われない。いいや、終われるものか)
 ぎゅっと膝の上で握り拳をつくる。そんな風に一人深刻に思いつめるロンを目にして、一矢は少々困ったような視線をボブに投げかけた。ボブはそれを察するが、何食わぬ顔で黙殺する。
(むう)
 唇を尖らせ、他の面々には気付かれないように、一矢はボブの足を机の下で蹴った。
(っつ!)
 痛みにボブが顔を歪める。何をするんだと視線を向ければ、小声で囁かれる。
「セイファード捜査官が、なんだか思いつめてるみたいだぞ。フォローしとけよ」
「……そっちの担当です」
 応酬はごくごく短い。一矢は暫し考え込み、それもそうかと思い直すと口を開いた。
「容疑者ネロ・ストークの潜伏先の割り出しについては、あなた達から助言を受けたいと思います。僕らには、犯罪者が好む場所や行動についての専門的な知識がありません。どういった方向で探せばいいのか、何らかの指標を出してください」
 一矢はロンを静かに見つめる。
「専門家の意見は尊重しますよ」
 微笑みながら告げると、ロンは必要とされている事に少し安堵したのか、深刻そうな表情を消した。とりあえず、はじかれる事はないと理解したらしい。
「……その点も含めて、我々の現状を説明させます。ヒューズ」
 ロンは隣に座っていた男に声をかけた。長い髪を背中で束ね、ブツブツと無精髭を生やした男だった。一矢とボブが、ここで最初に出会った捜査官だ。
「さっきはどうも。現状の説明の前に、簡単にこっちの紹介をしておく。俺はヒューズ・ワルド。で、順番にハミルトン・サシュ、カイ・オーエン、裕斗・コバ、シェリー・スミスだ」
 ヒューズの言葉と同時に、右回りに何らかのリアクションを捜査官達が返してきた。どうやら呼んだ順番通りに座っているらしい。
 シェリー以外は全員男性だった。年齢もどちらかというと皆近く、同じぐらいで、30代から40代だと思われる。全員が油断ならない目つきをしていた。
(生え抜きの捜査官達か……)
 一矢は面白そうに彼らを眺める。隣に座るボブも若干表情を改めていた。
「ハミルトンとカイ、裕斗とシェリーでペアを組んでいる。うちで最も優秀なコンビどもだ」
 へえと、一矢は四人を注視した。ヒューズの紹介に、裕斗とシェリーがなぜか照れている。こういったほめ言葉に、あまり慣れていないようだ。
 それに対しハミルトンとカイは、当然だとういう表情をしていた。こちらはかなりプライドが高いらしい。
「今回の捜査の中心メンバーは、ロンや俺を含めこの6人だ」
 ヒューズはそう言うと、手元の電子書類をボブのほうへと滑らせた。A4サイズの箱状の書類が机上を滑ってくる。ボブはそれを難なく受け止め、一矢に良く見える位置で開いた。
 自動的に入ったスイッチが、電子ペーパー上に情報を表示する。それは、桜花部隊が提示した隠れ家や潜伏先と思われる一覧だった。
「見てわかるとおり、……全滅だ」
 一覧の全てに斜線が引かれている。
「ネロと思われる人物に行き着いたものもあるのだが……、まんまと逃げられた」
「……聞いています」
「メイファから聞いたか?」
「ええ」
 一矢は苦笑と共に頷き、ヒューズを見る。
「狙撃者もいたとか」
「ああ」
 ヒューズの表情が沈み込む。負傷したテリーやメイファーのことを慮(おもんばか)っているのだろう。
「狙撃者が居たという事は、罠だったと見てよいのですか?」
「……恐らくな」
 ヒューズは顎に手を当て考え込む。
「だが罠であったとしても、どうして俺達を嵌めたのかという疑問は残るが……」
 一矢とボブは視線を混じり合わせ、一矢は促すように微かに頷いた。ボブはそれに応え返し、口を開く。
「狙撃は一方向からでしたか?」
「ああ。全部西からで、狙撃時間も概(おおむ)ね連続している」
「では、単独犯ですね」
「複数犯ではないのか?」
「可能性は低いでしょう。複数居るのならば、最低でも二方向から狙いますから」
 整然と答え、
「リン捜査官が落下したビルを狙えるのは、ほんの数箇所です。それに加え、カロン捜査官をも狙撃できる場所となると、相当限られてくるはず。絞り込みましょうか?」
 最後の言葉は横に座る一矢に対してだ。一矢は静かに頷いた。
「頼む。狙撃者の技量が知りたい」
「かなり腕は良さそうに感じますが……」
 所見の印象をボブが告げると、一矢は困ったように腕を組んだ。
「僕もそう思うよ。でもさ、どのぐらいのレベルなのかをはっきりさせておけば、警備上の安全ラインを割り出すのに使えるだろう? 最悪、式典当日までそいつはフリーだぞ。総代やら議員連中を狙撃し出す可能性もあるんだし。警備ゾーンだけでもはっきりさせておきたい」
「わかりました、至急かからせます」
 ボブは頷き、ロンを見やる。
「狙撃された時の情報を頂けますか?」
「それは構わないが……」
「何か?」
 言葉を濁すロンに、一矢が小首を傾げて問う。
「いや。……違うのだなと思ってな」
「は?」
「我々は容疑者を逮捕することだけを考えている。だが、君達は違う。君達は式典を守りたいのだな」
「……あなた達も最終的にはそう思っているでしょう? 変わらないですよ」
 首を振りつつ一矢は答え、幾分か寂しそうに笑った。
「テロなんてごめんですから」
「そうだな」
 ロンも苦笑を返しながら頷く。
「テロは何も産まない。何も変えられない。そんなことわかりきっているのに、雨後のタケノコのごとく続発する。いい加減うんざりしますよね」
 一矢はぼやきに近い言葉を呟く。
「……まあ、僕の所感は置いておいて、話を戻します。逃走した犯人の遺留物から、何かわかった事はないのですか?」
「残念ながら、特にはない。指紋やDNAは検出されなかった」
「毛髪もないのですか?」
「ああ」
「珍しいですね」
 どれほど気をつけていようと、髪の毛は遺留物として残り易い。それすらないということは……。
「リン捜査官達が踏み込んだ家屋に、犯人はそれほど長くいた訳ではない、そう推論出来ますな」
 ボブは考え込みつつ呟いた。
「……わざわざあそこに居たのは、罠の為か?」
 何かが喉に引っかかった小骨の様に、気にかかる。けれどそれが何なのか、一矢にもはっきりとはわからなかった。
(まあいい。そのうちはっきりするだろう)
 とりあえずそれを棚上げし、一矢は現状の確認に勤(いそ)しんだ。


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