ディアーナの罠12
作:MUTUMI DATA:2006.5.7


 総合庁舎の会議室は、さながら戦場の様だった。大勢の男達が会議室に集まっており、中央の立体ディスプレイに投影された物を見ながら、ケンケンガクガクと言い合っている。
 立体ディスプレイに投影されているのは、どうやらディアーナ星の地図らしく、あちこちに×印が付いていた。扉を開けて三人が室内に入っても、誰も振り向きもしなかった。モワモワとした熱気と汗臭さが伝わって来る。
「……うわぁ。なんだか久しぶりに、男臭い職場を見たかも」
 鼻をヒクヒクさせつつ、一矢がひとりごちる。
「演習中のうちよりましだと思いますけど」
 メイファーを近くにあった椅子に座らせながら、ボブが苦笑混じりに告げる。
「そうか?」
「ええ」
 汗臭さと潤いの無さでは、どちらも同等だと言いたいらしい。
「僕はうちの方がましだと思うけど。だって【04】(ミン)や【05】(アン)や【06】(シズカ)もいるし……」
 指折り数えて、女性兵士の名前を挙げようとした一矢の声は、突然上がった叫び声に掻き消された。
「ああああああああっ! メイファ!!」
 地図を覗き込んでいた捜査官の一人が一矢達の方を振り向き、椅子に座ったメイファーに気付いたようだ。メイファーがその叫びに応える様に、右手をヒラヒラと振る。
「はあい」
 何気ない感じで応えたが、相手の捜査官は目を剥かんばかりの対応だった。
「はあい、じゃねえ! お前生きてたのか!?」
 びっくり眼のまま、捜査官は暴言を吐いた。途端にメイファーの眦があがる。
「ちょっと、人を勝手に殺さないでよ」
「勝手にって……。おい、そんな事言うけどな! あの状況なら、そう思われても仕方がないんだぞ!」
 捜査官は大声で叫ぶと、ズンズンと近寄って来た。かなり大柄な男だった。体格的にはボブと同じぐらいだろう。規定の制服を着用しているにも関わらず、どこか着崩れている風に感じた。長い髪を背中で束ね、プツプツと顎に無精髭を生やしたまま、男はメイファーの真正面に立つ。
「無事なら、ちゃんと連絡を入れろ!」
「や、だって……」
 昨日のあの状況では無理だったと、弁解めいた言葉を口にしようとして、周囲の注目を浴びている事に気付いた。失敗するのも怪我をするのも、何時もの事なのに、何故か今回は皆が呆然とメイファーを見ている。
(あれ? 私って、そんなに皆を心配させてたの?)
「てっきり俺達は、もう駄目だとばかり……」
 膨らんでいた風船が萎む様に、男は体躯を縮こませる。
「どこを捜しても見つからないし。連絡は、何時まで待っても一向にないし」
 大きな両手をメイファーの肩に置き、男は悪態をつく。
「子供じゃないんだ。少しは気をまわせ」
「え、えと」
「チームで捜査をしている自覚はあるのか?」
(う……)
 言葉に詰まり、男の真摯な姿勢にも戸惑う。
(なんだからしくないんだけど……。何時ものふざけた態度は一体どこへ?)
 眼前の男に戸惑いつつ、メイファーは反省の言葉を口にする。
「ごめんなさい。……次は気をつけるから」
 その途端に、ムニッと頬を抓られた。
「ほ〜。『次は』ってか? 次もあるのか? ああん? あるのか」
 男の片頬が邪悪に歪む。
「メイファ。失敗ばかりしていると、デスクワーク専門になるぞ?」
(ひいいいっ。やっぱり何時もの性格の悪いヒューズだぁぁぁ!)
 ムニムニと頬を抓られつつ、メイファーが硬直する。あうあうと情けない表情になって、助けてくれそうな人を求めて、メイファーの視線が彷徨った。
 いつもなら、メイファーが弄られていれば、相方のテリーが割って入ってくれるのだが、今ここにはいない。そんな訳で、ムニムニと彼女はやられっぱなしだった。
(うううっ。どうして私がこんな目に?)
「ほれほれ、反省しろ。馬鹿女」
 漏れ出る言葉は汚いが、どこか口調は優しい。
「ロンなんてなぁ。心配し過ぎて、昨日は一睡もしてないんだぞ」
「え?」
「テリーは病院に担ぎ込まれるし、お前は行方不明だし。奴からすれば最悪の夜だぞ」
 ムニムニと頬を摘む手は緩めずに、男は諭す。
「俺達はチームだ。それを覚えておけ。お嬢」
 言いたいだけ言うと、男は手を離した。赤くなった頬をメイファーが涙目になって擦る。膨らんだ口元は少しばかり不服そうだ。男はそんなメイファーに背を向けると、傍らに立つ一矢とボブへと視線を転じた。
「それで、あんた達はどちらさん?」
 かける言葉も態度と同じく、どこか不遜だった。
「あ、この二人は……」
 抓られた頬を擦りつつ、メイファーが紹介しようとするのを制して、ボブが一歩前に出た。胸ポケットからカード型の身分証を取り出し、男に提示する。
「星間軍特殊戦略諜報部隊の者だ。ロン・セイファード捜査官にお会いしたい」
「!!」
 告げられたその名称に、男を含めて、その場にいた全員が息をのんだ。マジマジと幾つもの目が二人を凝視する。
「……桜花部隊」
「あれが……」
 ざわめきと共にそんな声が、あちこちから上がる。先程迄喧噪に包まれていた部屋は、別な意味の喧噪に包まれた。ザワザワとした空気には、どこかチクチクとした棘が刺さっている。星間中央警察と桜花部隊の最初の接触は、少なからず争乱を含んだものとなった。
 メイファーの頬を抓っていた男が、ジロジロと二人を観察する。頭の先から爪先迄余す所なく観察し、男は不意にボブの左脇を指差した。
「なあ、あんたのそれ、安全装置かかってるんだろうな?」
「気になるか?」
「当たり前だ」
 男は不機嫌そうに漏らす。ボブと一矢は、互いに肩を竦めて顔を見合わせた。
(気付いたか……)
(そこまで愚かではなかったと言う事ですか)
 互いに視線だけで、二人は意思を伝え合った。
「……だそうですが。どうします、桜花?」
「外せ」
 一矢は短く命じる。指示されて、素直にボブは脇のホルスターから、安全装置を外していたレーザー銃を取り出した。
「あ!」
 側で見ていたメイファーが驚きの声をあげる。どうやらボブに抱き上げられていた癖に、全然気付いていなかったようだ。
「銃を持っていたんですか?」
「任務中ですから」
 ニッコリ笑って、安全装置をかける。そしてメイファーの手の中に落とした。ズシリと重い銃を、メイファーは慌てて受け取る。普段メイファーが使っているものよりも遥かに重く、大きかった。
(うわぁ。凄く重いんだけど、これ)
 目を丸くしてボブを見上げると、横合いから一矢の声が降って来る。
「預かっててくれるかな?」
「ハイ」
 反射的に頷き、早まったかなと思ってソロソロと様子を伺うと、無精髭の男も構わないという風に頷いた。
「室内では、そんな物騒な物は遠慮してくれ」
「持ち歩くなと?」
「……ここでは不要だ」
 男は呟き二人に背を向ける。
「ついて来い。メイファ、お前はそこにいろ」
 そう言いおくと、奥にある扉へと向かった。一矢とボブは大人しくその後を追う。その間、値踏むような視線が、あちこちから二人に注がれた。二人は慣れているのか、気後れする事なく平然とそれを捌いた。静かなざわめきは波紋の様に、二人の行く先々で広がり続けるのだった。



「ロン、起きているか?」
 軽いノックの後、男が扉を開ける。薄明かりの中、雑魚寝状態の人影が幾つか見えた。恐らく夜勤明けの捜査官達が、仮眠をとっているのだろう。
「……ん、ああ。何とかな」
 額をグリグリとマッサージしながら、ワイシャツ姿の男が姿を見せる。目の下にはくっきりと隈が出来ていた。かなり疲労が蓄積しているようだ。
「客だ。というか、例のアレだ」
「?」
 アレ呼ばわりに小首を傾げつつ、机の上に置いてあったヨレヨレの上着を脇に抱え、男は薄暗い部屋を出て来る。室内灯に何度か目をしばだたせ、胸ポケットに仕舞ってあった眼鏡を男はかけた。
 眠そうな細い目が、二人を見つめる。
「こちらは?」
「星間軍特殊戦略諜報部隊だそうだ」
「……っ!」
 眼鏡の男がその場で息をのんだ。
 まさか昨日の今日で来るとは、流石の男も思わなかったのだろう。まあそれは仕方ない。普通は応援要請をしても、最短でも二、三日はかかる。桜花部隊の到着が異常に早過ぎるのだ。
「随分と早いんだな」
 故に、落ち着いた後に出て来た男の第一声は、これだった。
「元々この星にいましたから」
 爽やかな笑みさえ浮かべて、一矢が片手を差し出す。
「初めまして、ロン・セイファード捜査官。僕は【桜花】。特殊戦略諜報部隊の隊長をしています」
「え!?」
「な……?」
 眼鏡の男ことロンと、二人をここ迄案内して来た捜査官が共にポカンと口を開けた。
「君が……」
「隊長?」
 魂の抜けたような呟きが、二人から同時に発せられる。互いに今聞いた事が信じられないという表情をしていた。
「冗談だよな?」
 ロンがパチパチと瞬きを繰り返す。
 あの悪名高き部隊の指揮官が、目の前のこの綺麗な少年だとは、到底思えなかったからだ。何しろ眼前にいるのは、可愛くて華奢で綺麗で、儚気な外見を持った幼い少年だ。血なまぐさいイメージの対極に位置するといっても、過言ではない。
 戸惑うロン達を察して、一矢が更に言葉を重ねる。
「冗談抜きで、僕が隊長です。担いでいる訳でも、騙している訳でもありません。正真正銘の本物です」
 言い切って、まだ呆然とするロンの手を問答無用で握り、ブンブンと上下に振る。
「よろしくお願いします」
「……はあ」
 曖昧な惚けた声が、かすれた喉から絞り出される。なかなか硬直の解けない二人を無視し、次に一矢は自分の背後に立つボブを指差した。
「こっちは副官の【02】です」
「どうも」
 軽く敬礼し、一矢の短い紹介を補足する。
「本名は勘弁願います。自分のことは、【02】と呼んでもらえれば結構ですので」
「あ、はあ」
 どもりつつもロンが頷く。
「では早速ですが、情報の突き合わせと現状の分析に入りましょう。時間もないことですし」
 ボブはロン達を促す。現状認識に戸惑っていたロン達も、その言葉にハッとした。
「そうだな。時間は有効に使わないと」
 ロンは廊下の奥の会議室へと、二人を手招いた。先を歩きながら、呼びに来た捜査官に指示を出す。
「ハミルトンとカイ、それに裕斗とシェリーも呼んでくれ。ああ、それからお前も入れよ」
「わかった」
 案内役の捜査官は頷き、三人から離れて行った。名前の挙がった捜査官達を呼びに行ったのだろう。先を行くロンが申し訳なさそうに二人に告げる。
「バタバタしていて申し訳ない。色々とあってな」
「多少はこちらでも把握しています」
「そうなのか?」
「ええ、メイファー・リン捜査官を昨日保護しましたから」
「!」
 ロンが驚きに目を丸くした。
「どういう事だ?」
「どうと言われても……」
 一矢は言葉を濁して、肩を竦める。
「たまたま通りがかったんですよ。彼女は気絶していたし、メディックカーを待つよりも、こちらで処置したほうが早そうだったので、軍病院に運び込みました」
「そうだったのか」
 メイファーの行方を気にしていたのだろう、一矢の言葉を受けてロンは安堵の息を吐き出した。
「手間をかけたようだな」
「いえ、それほどでも」
 曖昧に一矢は言葉を濁す。幸いにもロンは、昨日の通信の相手が一矢だとは気付いていないようだ。パニックを起こしていた裏声と、今の落ち着いた声とでは、受ける印象がそれほど違うのだろう。
 一矢の一歩後ろを歩きながら、ボブは内心ハラハラとしていた。実に際どい会話だと思う。
(一矢、墓穴を掘るから、それ以上は黙っていたほうが良いぞ)
 昨日の星間中央警察に対するかまかけが発覚すれば、桜花部隊に対する敵意は、いやがうえにも強くなる。ただでさえやり難そうなのに、これ以上ゴタゴタするのは御免だった。
(それに)
 と、顔をしかめる。
(かまをかけても、出て来た物は大した物じゃなかったしな)
 星間中央警察の動向を探らせていたジン・ラッシェンバーからは、一見した所すぐにわかるような行動は何も無かったと、報告を受けている。確認出来た事といえば、慌てふためく警察の姿と、巧妙な内通者のおぼろな影だ。
(獅子身中の虫は手強そうだ)
 一矢の後を忠実に付いて歩きながら、ボブはそんな風に思った。付かず離れず絶妙な距離を保ちながら、ボブは廊下を進む。
 例えここが星間連合の庁舎内であっても、周囲に居るのが警察の捜査官だけだとしても、ここが決して安全な場所ではない事をボブは知っている。ギルガッソーの手がどこに忍び込んでいるか、わからないからだ。
 故に、随分昔に委員会に言われていた事が、チラチラと頭の隅を翳めて、ボブの何かを刺激していた。
(委員会の命令にのるのもしゃくだが……。今一つ面白くないのだが……)
 ほとんど本能的に、身体が勝手に、要人警護の所定の位置を取る。
(職業病か、俺は)
 自分で自分に呆れるが、前を行く一矢の姿を見て、気持ちを引き締めた。
(亡くせないと思っているのは、最早俺も同じか)
 案外委員会を笑えないなと思いつつ、ボブは周囲を警戒しながら歩いた。
 もしも一矢が背後を振り返っていれば、それを知ったかも知れない。必要ないと拒否したガードを、ボブが密かに続けている事を。だが生憎一矢は振り返らず、ボブはそれを一矢に気取らせる程野暮でもなかった。
(さてさて、一矢が俺のガードに気付くのが先か、内通者が見つかるのが先か……)
 ボブの口角が少しだけ持ち上がる。
(どっちが先だろうな?)
 埒もない事を飄々と考えつつ、ボブは廊下を進んだ。
 ロン・セイファード捜査官の目的地は、どうやら長い廊下の突き当たりのようだ。扉の開閉スイッチに手を翳しつつ、彼は二人を振り返る。
「盗聴防止機能のついた部屋はここだけだ。重要な話は、なるべくここでして欲しい」
「わかりました」
 素直に頷いて、一矢はそっとロンを見上げた。
「何か?」
 穴の開くほど見つめられて、ロンが些かたじろぐ。
「いえ、別に」
 「シロっぽいな」と、ぼそりと呟いて、一矢は開いた扉から中へと入って行った。苦笑を浮かべたボブもその後に続く。
 どうやら一矢の評価では、ロン・セイファード捜査官はシロ、内通者ではない可能性が高いらしい。別に根拠があるわけではないが、テレパシー能力のある一矢ならではの感受性で、違うと思ったようだ。
 その感覚がどこまで信用できるものなのか、実に微妙だが、捜査官達を率いる人間が内通者ではないことを、ボブは痛切に願った。
 部屋に入った二人は適当な場所に腰掛けて、残りの捜査官達がやって来るのを待つ。暫くして、5人の捜査官が部屋に入って来た。同じ服を着た捜査官達が順次席に着く。全員が着席するのを待って、ロンがイニシアチブを握る様に口を開いた。
「全員いるな? では始めようか」
 異例の合同捜査は、こうして始まりを告げた。



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