同時刻。 別の場所では、ようやく到着した捜査官の手によってテリーが発見されていた。被弾した肩を赤く染め、ぐったりと意識のないまま横たわっている。雨水の染みたコンクリートが、滲み出た血で鮮やかに染まっていた。 「テリー!」 倒れていた屋上からビルの中に担ぎ込まれたテリーは、青ざめた頬をロンによってピタピタと叩かれる。 「しっかりしろ!」 耳元でロンが大声で怒鳴ると、テリーの目が微かに開かれた。 「……う……あ」 「大丈夫か? 今医者に運ぶからな」 再び意識をなくしそうなテリーにそれだけを告げ、同行したハミルトンとカイに目配せをする。ハミルトンとカイも第5班ではパートナー同士であり、テリーに負けず劣らず体格が良かった。 「足でいいか?」 カイがハミルトンに聞けば、 「頼む」 と短い返事が返る。 「いいか? せーの」 カイのかけ声と同時に、テリーの体が持ち上げられる。カイは足を、ハミルトンは脇から手を入れ胸を持ち上げた。ぐったりとしたテリーの体がくの字になりながらも、床から浮く。 「うへ、重いぜ」 「何喰ってんだか」 ブツブツ言いつつも、二人は急いでエレベーターへと向かった。ロンもその後を追う。 「下にエアカーを待機させた。この近くのサウスヘレナ病院が受け入れてくれるそうだ」 別の捜査官が呼んだエレベーターに乗り込み、一気にビルを下る。ホールを抜けたその先に、一台の大型エアカーが停車していた。テリーを連れた三人は一斉にそれに乗り込む。バンとドアが閉じられ、 「出してくれ」 予め指示を出していたためか、エアカーはスムーズに発進した。 「怪我は肩だけか?」 テリーをシートに寝かせた後、耳元に跪いたロンがそう問う。朦朧とした意識の中、テリーが微かに頷いた。傷を見ていたカイが眉を潜めて嘆息する。 「おい、綺麗に抉られてるじゃないか! レーザー弾だからこの程度の出血で済んだが、そうでなければかなりやばかったぞ!」 「どんな状況で撃たれたんだ?」 カイの隣で、全力で止血作業をしながらハミルトンが問いかける。 「そ……げ……」 小さな声が震える唇から漏れ出た。 「? 狙撃か?」 ロンが問い直せば、再び微かに頭が揺れる。 「げっ!?」 「狙撃手までいたのか!?」 カイとハミルトンが、その回答に絶句した。ロンも驚きに目を見張ったものの、驚愕の言葉は口にしなかった。 捜査をしていて土壇場で気付かれ、反撃される事はままあることだ。平穏無事に犯人を逮捕するよりも、撃ち合いになる確率の方が高い。だからこその装備であり、制服のはずだった。だが今回は役に立っていない。 「うちの制服を焼き切るって事は、とてつもない腕って事だよな?」 「ああ」 ハミルトンが低い声音で同意を返す。 「でなければ、ここ迄酷い事態にはならないさ」 傷の深さに苛立ちつつ、ハミルトンは血の気のないテリーを労る様に見つめた。 「メイファとはどうして別れたんだ? 別行動はするなと言ってあったはずだが?」 重ねてロンが問うと、 「追い……かけ、させ……」 かすれるような声で返事が返った。 「犯人を追いかけさせたんだな?」 再び諾と、頭が動いた。 「無茶な真似を!」 ロンが心底呆れた表情を浮かべる。怪我をした相方を放置し、犯人を追う方も方なら、そうするように告げる方も告げる方だ。どちらも底なしに馬鹿としか言い様がない。 「応援に遅れた俺達も悪いと言えば悪いんだが、なんつー無謀なことをするんだ。お前等殉職したいのか!」 カイが不機嫌な声で、半死状態のテリーを睨む。 「犯人を逮捕する前に、お前等が死んでどーするよ? えぇ?」 睨み付ける目の鋭さに、朦朧とした状態にもかかわらずテリーが脅えた表情を浮かべた。 「カイ、怪我人を脅えさせるな」 ロンがすかさずたしなめ、話題を変える。カイは不服そうな表情をしながらも、大人しく口を噤んだ。それでもその口元は、見事にへの字に曲がってはいたが。 「ロ……ン。メイファ……は?」 「別口で迎えに行っている」 メイファー自身も怪我を負っているはずだが、通信端末からの一般市民、恐らく少年であろう人物との会話だけでは、今一つ状況がはっきりしなかったので、ロンはその事実をテリーには知らせなかった。負傷したテリーに、心配をかけさせたくなかったのだ。 「犯……人は」 「逃げられたようだ。あまり気にするな」 淡々とそれだけを告げ、気落ちするテリーを慰める。指名手配犯ネロ・ストークに逃げられ、狙撃されて怪我を負い、どう見ても、テリーもメイファーも踏んだり蹴ったりで碌な目にあっていない。 「……ごめ……」 「謝らなくていい。少ない人数で無茶なガサ入れを計画した俺が悪い」 ロンはぎゅっと奥歯を噛み締める。 「け、ど……」 反論を口にしかけるが、肩の傷が痛んでテリーは軽く呻いた。 「これ以上喋るな。お前は大人しく入院していろ」 傷を思いやり、ロンが優しい響きを含ませながらも素っ気なく告げる。 「……っ」 テリーの目にここで引くのは悔しいという、負けん気の強い感情が浮かぶ。ロンはそれを見て取り、より一層素っ気なく通告した。 「今のお前は足手纏いだ。さっさと怪我を治して復帰しろ」 戦力外との言葉に、流石のテリーも表情がしおしおと窄んでゆく。 「うー」 唸ると、カイとハミルトンから同時に激が入った。 「仲間を少しは信用しないか!」 「仇は取ってやるさ」 若干言っていることは違うが、要するに後は任せろとそれぞれの言葉で告げているようなものだ。テリーは唸るのを止めて、再び虚ろな表情を見せ始めた。 「……結、果」 そう呟けば意味を解したハミルトンが、タイミング良く頷く。 「わかった。逐一報告してやるからな」 とどめの様に告げられて、テリーはなけなしの振り絞っていた気力をあっさりと放棄した。かろうじて繋がっていた意識がゆっくりと霧散して行く。そうして、ユラユラと揺れる谷間へといつしか落ちて行った。音が消え、光が薄くなる。テリーは本日二度目の気絶を体験した。 瞼を閉じたテリーの全身から、完全に力が抜けたのを確認して、ロンは小さく溜め息を零した。それを見ていたハミルトンとカイも、同じ様に短い吐息を吐き出す。 「世話が焼ける」 「つうかさ、こいつの頑固さって困りもんじゃねえ?」 テリーが気絶しているためか、カイの言葉は遠慮が無い。 「普通はこれだけの怪我を負ったら、幾ら俺等が直ぐに駆け付けるってわかっていても、メイファに犯人を追わせたりせずに、戻って来るだろう? これだけ出血してるんだ。痛い訳がないだろうに……。何でそこで、犯人を追う様にメイファに言うかな?」 「逆だろう、逆!」とカイは力説する。 「こういう場合の正しい判断は、退避だろうが!」 「まあ、そうだな」 呟き、ハミルトンは止血を続けながらロンを伺った。ロンは苦い顔をしている。 「やっぱさぁ、こいつ等って危ねえよ」 「……」 「二人でどじるのはいつものことだけどさ……」 言葉尻を濁し、カイはトーンを落とす。 「組み合わせを変えた方がいい。危なっかしくって、おちおち見てらんねえ」 「カイ」 ハミルトンはその後に続きそうな言葉を想像して、先手を打っておく。 「言っておくが、お前の相棒を辞める気はないぞ」 「……待て、何だそれは?」 「何って……。お前今、俺とテリーを組ませればいいと思っただろう? で、自分はメイファと組むと」 図星だったのかカイが一瞬怯む。 「名案だろう?」 「……それ、誰も賛成しないと思うぞ」 ハミルトンはボソリと零し、ロンがその言葉に同意するかの様に片手で額を押さえる。 「何で?」 カイは不思議そうな顔をした。 「お前、テリーと同じ分類だから」 「は?」 絶句したままカイはロンを伺う。 「ロン?」 「あー。いや、カイも暴走タイプだしな……」 誤魔化しているのかいないのか、さっぱり意味不明な弁明の後に、ハミルトンが冷たく告げた。 「暴走同士で組んでどうする?」 「……オイ、それはないだろう」 なんとなく情けなくなってカイはそう零した。自分の方が遥かにマシだと、思っているらしい。 「知らぬは本人ばかり……か?」 「あのなぁ」 ハミルトンに向かってカイが文句を言いかけた時、ロンの持つ通信端末が鳴った。ロンは二人に静かにする様に目で訴えつつ、回線を開く。 「どうした?」 そう気楽に尋ねたロンの表情が、次の瞬間激変した。 「どういう事だ? いないだと?」 詰め寄る激しい口調に、ハミルトンとカイが顔を見合わせる。二人が聞き耳を立てる側で、ロンの厳しい言葉が続く。 「もう一度周囲を捜せ。その近くに本当にいないのか? 誰か見ていた者は?」 続けざまな事態に、只事では無い空気が広がった。エアカーのハンドルを握っていた捜査官までもが、チラチラとミラー越しに視線を投げかけている。 「……っ、馬鹿な」 ロンが苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。 「通信端末を残してメイファが消える訳がないだろう? もう少し周囲を捜せ。運び込まれた可能性も考慮して、近くの病院も当たるんだぞ!」 微かに報告を寄越したサリュウの声が、漏れ聞こえる。 「テリーを病院に運んだら、我々もそっちへ向かう。……ああ、そうだ。メイファは怪我をしている、急いでくれ」 後半は哀願口調だったが、ロンは堅い声でそれだけを告げると回線を切った。 「……ロン?」 不安な声音でカイが尋ねる。 「どうしたんだ?」 「……メイファがいない」 ロンは唇を噛んで漏らす。 「え?」 「通信端末だけがあったそうだ。その周囲にメイファらしき人影が無い」 「!」 「!?」 車内の全員が息を飲んだ。 「どうして……?」 カイの問いかけにロンは黙って首を振った。 「わからん。……だが」 一旦言葉を切って、 「最悪の事態かも知れん」 そうポツリと答えた。 「……テリーを病院に運び込んだら、我々もメイファの捜索に回るぞ」 思い詰めた表情でロンが漏らす。 「ああ、わかった」 「了解」 交互に頷きつつ、カイやハミルトンも真剣な表情を浮かべた。テリーは怪我を負い気絶、メイファーは容態も知れず行方不明。かつてない程に全員の気持ちが焦った。 もとより、単純な捜査で済むとは誰も考えていなかったが、ここ迄酷くなるとも思っていなかった。捜査官が二人も指名手配犯によって無力化されたのだ。殉職しなかっただけまだましなのだが、そんな事は誰も思わない。 「ギルガッソーを甘く見過ぎていたのか……」 噛み締めた唇から紡がれる声は、嫌が応もなく苦渋に満ちていた。 「ロン」 ハミルトンが気づかわしげに、視線を送る。何かを思案するようにロンは暫し視線を伏せた。 「我々だけでは、どうしても力不足だな。……桜花部隊に前面に出て来て貰おう」 「あ……」 何か言いかけカイは口籠る。 「これ以上怪我人を出せない。いや、……出したくない。桜花部隊が力を貸してくれるというのなら、そうしてもらおうじゃないか。縄張りや面子に構っている暇も余裕も……、もうない」 現場の指揮官としてロンはそう結論付けた。予めレミングからレクチャーを受けていたとはいえ、ロンの思考はかなり柔軟だ。軍の特殊部隊とタッグを組んでも構わないと判断しているのだから。 体面にこだわる人間なら、どんなに自分達が不利になろうとも、上司が許可しようとも、それを望まれていようとも最後迄拒むだろう。星間中央警察と星間軍は幾ら同じ連合体に属するとはいえ、本来は犬猿の仲だ。 「いいのか? その……軍と共同で」 そう尋ねるカイの声には、やはりためらいが混じっている。 「構うもんか。腹はくくった」 対するロンの返答は素っ気ない。 「要するに主導権を渡さなければいいんだよ」 屁理屈と評される事を呟き、上司の皺混じりの顔を思い出す。ディアーナに発つ時に、レミング・ルーダはこっそりとロンの耳元で囁いたのだ。 ”あの子が自分達を利用して良いと言っているのだから、精々こき使ってきなさい。これはあくまでも合同捜査なのよ”と。 (癪に触るが……このままでは駄目だ) 自分達の力不足を、ロンは痛切に実感してしまった。 (市民を守るために必要な力を厭うなど、論外。例えそれが血塗られた噂の多い特殊部隊だとしても、必要ならば利用しろ!) 結果を重視するのなら、テロを防ぎたいのならばどこかで妥協せねばならない。ロンはあくまで現実主義者だ。プライドを捨てる事を知っている。 「けどなロン。主導権を握ると言うが、そんなにうまくことが運ぶのか? 桜花部隊にはあまり良い噂がないぞ」 本当にやるのかと、控えめながらもハミルトンが難色を示す。やはりカイ同様に納得がいかないのだろう。出来れば合同捜査などしたくないと、顔に書いてある。 「大丈夫だ」 「しかし……」 否定的なハミルトンに、ロンは静かな視線を向けた。 「問題はない」 そう告げて、レミング・ルーダの言葉を脳裏で反芻する。 ”セイファード捜査官、これだけは忘れないで頂戴。桜花部隊には、確かにあまり良い噂はないわ。けれどそれは、あの子が意図的に流したものでもあるの。あの子は自分の意思で星間連合の闇を創り出した。そうしなければならなかったからよ。星間の病巣は、私達が考えるよりも遥かに根深いわ。毒には毒を、刃には刃を……それが必要な時もある。そしてね、あの子はそれを行使する事を一手に引き受けた。でもね、あの子は本当は優しい人間なのよ。人を愛する事も許す事も知っている。だから、あの子が【桜花】と呼ばれている間は、特殊部隊は暴走したりしない。あの子がそれを許さないからよ。あの子がいる限り、桜花部隊は市民の敵にはならないわ” 上司の断言ともとれる言葉で、それが本音なのだとわかった。だからこそ、ロンの中では躊躇いが薄いのだ。 レミング・ルーダがそこ迄言うのだ。信を置かずして何とするという心境だったりする。桜花部隊の隊長は知らないが、自分の上司の気性は把握している。曲がった事の大嫌いな女傑の眼力は、何時だってぶれる事がない。 ”桜花部隊を信用しろとは言わないわ。でもね、セイファード捜査官。【桜花】のコードネームを持つ者だけは信じなさい。あの子は間違いなく過去と、そして現在の星間の平和を一手に握っているわ。あの子がそれを認めるかどうかは別だけど、あの子が星間を見捨てた時に……初めて星間連合は崩壊を始める” 崩壊云々は些か大袈裟だと思ったが、ロンは敢えて何も反論しなかった。 (女史がそこ迄言うんだ。……酷い事態にはならないさ) カイやハミルトンの不安を黙殺し、ロンはそう結論付ける。
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