ディアーナの罠3
作:MUTUMI DATA:2005.8.21


 何時になく厳しいリックの声音に、一矢とボブが表情を引き締める。
「生誕式典か」
「恐らく」
 一矢の呟きにリックが頷く。ディアーナ星で行われる総代が出席する式典と言えば、星間連合生誕10周年記念式典しかない。今年は後にも先にもこれだけだ。
「どこが狙うんだ?」
「犯行予告はまだどこからも出ていません。ただ……」
「ただ?」
「ギルガッソーが動き出したという情報が、入って来ています」
 その言葉に、一矢もボブも暫く考え込んだ。リックの持って来た書類を交互に見、記載されている情報や報告を丹念に読んでいく。やがて、
「確定……かな?」
 ふぅと溜め息を漏らしながら一矢が呟いた。
「ええ、確定ですね」
 バサリと手にしていた電子書類をテーブルの上に戻し、ボブも重々しく頷く。
「一番厄介な奴等が動くか……」
 その呟きには、苦々し気な色合いが濃厚に漂っていた。一矢達がマークしている反政府組織の中でも、ギルガッソーは最も危険度の高い要注意組織の一つだった。反政府組織としてはまだ新しく、星間連合が創設された後に誕生したと言われている。
 ギルガッソーの組織規模は、まだ一矢達ですら推し量れていない。色々と情報を集めスパイを忍ばせてはいるのだが、確たる事は判っていなかった。
 ただその組織が星間中に根を張りつつあるという事、星間連合しいてはフォースマスターを標的としている事、それ故に星間戦争で破れ去った神に加担した者達が関わっているのではないのか、という朧げな推測しか出来ていなかった。
 そんな霞に包まれた組織であっても、一矢達には十分脅威だった。何故ならば、ギルガッソーが手段を選ばない組織だからだ。目的の為ならば、平気で味方をも切り捨てる非情な一面を持っている。
 また一般市民の犠牲の多さも、ギルガッソーが計画したテロの特徴の一つに数え上げられていた。彼等が通った後には血の雨が降る、それが定説だった。
「不味いですね」
「ああ」
 ボブの言葉に渋い顔で一矢も頷く。
「式典には多くの人間が参加する。星間中の政治家やディアーナの官僚達、見学に訪れた一般市民、それから招かれる学生達や幼児。考えるだけでぞっとする」
「何千人でしょうか?」
「3、4千人てとこだと思いますよ」
 リックが大雑把に人数を見積もる。
「せめて数百人なら、まだ対応も楽なんだけど」
 思わず一矢が零し、ボブもつられて漏らす。
「公式式典だから今更変更はききませんよね?」
「うん。準備はディアーナ星系政府の担当だけど、星間連合の各部門も色々絡んでるし、日程どころか時間の変更すら不可能じゃないかな?」
 語尾は疑問系だが、それは確定に近い言葉だった。一矢がそう言った事で更に二人は頭を抱える。
「式典の時間配分まで変えられないんですか?」
 リックの疑問に、一矢は顎に手を当て考え込む。
「んー、多分無理かな。ああいう規模の式典は秒単位でコントロールされているし、イクサーが係わると最高レベルの管理になっちゃって、それこそ歩数まで計算されてるしね」
「歩数……」
 馬鹿馬鹿しい限りの管理にボブが心底呆れ返る。
「経験があるんですか?」
 自棄に詳しい一矢に、リックが首を傾げながら尋ねた。一矢は肩を竦め苦笑を浮かべる。
「フォースマスターとしてならあるよ。星間連合発足の初期には、そういう見栄張りな式典が多かったから。まあ、一種の示威行動だったんだけど」
 苦労と呼ぶべきかは微妙に悩む一矢だったが、邪魔臭い式典の数々だった事は覚えている。
「どうしたものかな」
 困ったなと三人は顔を見合わせた。警備をしようにも、細部迄目は届かない。せめてテロの方法が判ればまだ良いのだが、ギルガッソーの企てるテロには形がない。それこそ爆弾はもとより、細菌兵器まで使ってくるのだ。普通に考えていたのでは、裏をかかれてしまう。タブーのない敵を排除するのは、どう考えても無理があった。
「せめて方法がわかれば、対処も出来るんだけど」
「今の所情報はありませんよ」
 リックが難しい顔つきで、首を左右に振った。
「式典まで後一月か。とにかく詳しい情報を拾い集める事から始めよう」
「了解、手配します」
 大きく頷き、リックはいそいそと席を立つ。
「戻るのか?」
「やる事が多いんです。ああ、副官と隊長はのんびりしていて結構ですよ」
「え、でも……」
「いえ、本当に。仲直りするまでこの部屋から出ないで下さい。お二方の仲が悪いと俺が迷惑するんです」
 ばっさりと笑顔で斬って捨て、リックは持って来た電子書類を残したまま部屋から出て行った。
「……」
「……」
 一矢とボブが顔を見合わせ、互いに頭を抱える。
「……なあ、あいつ僕を子供扱いしてないか?」
 ポツリと一矢が零せば、
「……俺も、子供扱いをされているような気がします」
 情けない顔をしてボブがそう応じた。ほぼ同時に溜め息を零し、二人は肩の力を抜く。
「もしかしてリック怒ってるのかな?」
「それっぽいですね」
 濃厚ですと答え返しつつ、ボブは残された電子書類の一つを手に取った。薄いペラペラのシート状の媒体には、様々な情報が記載されている。その中の一つ、ディアーナ星の出入国記録を指でクリックし、ボブはピックアップされた犯罪者の顔写真を眺めた。
「星間指名手配ナンバーU338092、ギルガッソーに属すると思われる者か」
 書類の中の顔写真は隠し撮りっぽい物で、恐らく監視カメラの映像の一部なのだろう、あまり鮮明ではなかった。スーツと思(おぼ)しき物を着て少し俯き加減に立っている。
 ボブは再度画像をクリックし、異なったアングルの幾つもの写真を呼び出した。
 男の年齢は大凡30代後半から40代前半と思われ、薄茶の短い髪を後ろに綺麗に撫で付けていた。余り目立たない容貌ではあったが、全身から怜悧な気配が漂っている。添付された所見には、切れ者と短いコメントが書き込まれていた。
 相当ずる賢いのだろうとボブは思い、眉間の皺をより以上に深くする。
(ディアーナにむざむざと潜伏させてしまったか。狩り出すのは相当に骨が折れるな)
 いまだ本名もわからない手配者の写真を、コンと人指し指で弾き、十中八九偽名であろうディアーナに入国した時の名前を、ボブは小声で読み上げた。
「ネロ・ストーク」
 低い声で呟き、次の瞬間「む」と口を曲げる。聞き覚えのある単語だったのだ。
(ストーク、……連隊?)
 陸軍出身のボブは、ふと昔あった陸軍部隊の事を思い出した。今はもうない陸の精鋭部隊だった存在を。
「どうした?」
 一矢が考え込んでしまったボブを見て声をかける。
「いえ、別に何でもありません」
 我ながら奇妙な物を思い出したと苦笑を浮かべて、ボブは書類をテーブルの上に投げ出す。
「連想でつまらない事を思い出しただけです」
「そう?」
 小首を傾げ、知りたそうに一矢がボブを見つめる。ボブは小さく頬を掻いた。
「昔、陸軍にストーク連隊という物があったんですよ」
「へえ、同じ名前か」
「ええ」
 ボブは頷き少し遠い目をした。
「今はもうないの?」
「……不祥事がありまして、解散させられました」
「不祥事って?」
 基本的に宇宙軍に所属していた一矢は、陸軍の細かい動きまでは知らない。所詮他所の事だからだ。
「……」
 ボブは暫し悩んだ後、苦しい表情をして大雑把に告げる。
「作戦行動中に連隊の一班が命令を無視し寒村を攻撃、村人全員を射殺した後、その班の全員が行方をくらませました」
 あんぐりと口を開けて一矢が硬直する。
「何それ。それって、まるでどころか完璧な虐殺じゃないか!」
 愕然とする一矢を制し、ボブが不機嫌な声で応じる。
「だから解散させられたんです。ただ……」
「?」
「当時から噂がありました。ストーク連隊は嵌められたのではないかと」
「え?」
 予想外の一言に一矢は恍けた声を出した。クリクリとした目がボブを見つめる。両手を組んで膝の上に置き、天井を眺めてボブがひとりごちる。
「おかしな点が幾つかありました。一班とはいえ、25名全員が居なくなった事、査問委員会が非公開だった事、……連隊長が自殺した事」
「自殺?」
「ええ、銃で額を打ち抜いたんです」
「……」
「しそうにない人だったんですよ、そういう責任の取り方は」
「知り合いだったのか?」
 遠慮がちに一矢がボブに聞く。ボブは何とも言えない表情をしていた。
「どうでしょう。向こうは知らないと言うかも知れませんね」
「でもボブは知っていた?」
「ええ。有名な人でしたから」
 あっさりと肯定し、ボブは一矢に苦笑を向けた。
「まあ、今となってはもう全部薮の中で、終わった事件ですよ」
 そうは言うが、何となく一矢はふにおちない顔をしていた。
「関係あるのかな?」
「え?」
 テーブルの上の書類を指差し、ボブを見返す。
「ないと思いますよ。ギルガッソーは、星間戦争の敗北者達が組織したとの説が有力ですし、接点がありませんから」
「そう?」
 微妙に釈然としない表情を一矢が浮かべる。ボブは散らかされていた電子書類を丁寧に掻き集めた。積み重ねて、トントンと整える。それを全て一矢に手渡して、空いた手で一矢が飲み終わった紅茶のカップを手に取った。
「戯言ですから忘れて下さい。それよりディアーナ星を重点的に調査した方が良いかも知れませんね」
「協力者がディアーナ星にいるって事?」
「或いは拠点がある可能性も……」
 皆まで言わずとも意味は通じた。一矢は皮肉な目をしてボブを見つめる。
「平和な星にこそテロの温床がある……か?」
「紛争地域でテロなんかしても効果はないんですよ。安全な地域でするからこそ、恐ろしい程のパニックが産まれる。安寧としている星の住民程、現状に嫌悪感を抱くものです」
「皮肉だな」
「ええ」
 カップを持ちボブは立ち上がる。歩き去るその背に向かって一矢がポツリと零した。
「拠点……あるかもな」
「そうですね」
 短く応じてボブは一矢の前から退室する。それを見届け、一矢は虚空に視線を走らせた。空中を睨んで一矢は思考を巡らせる。あり得る可能性、起こるだろう未来を想像し、逡巡の後一つの結論を弾き出す。
「巻き込むか、司法を」
 その呟きを聞いた者は現時点では誰もいなかった。ゆっくりと立ち上がると、一矢は自分のデスクに向かった。椅子に深々と座し、卓上の通信機を操作してオペレーターに告げる。
「悪いけど星間中央警察に回して。……うん、そうだね。第二課のレミングを」
 告げる声に迷いはなく、淡々とした声音だった。程なく目的の人物が画面に現れる。
「久しぶり、元気そうだね。……ん、そうだね。ちょっと嫌な話かも。まだ確定じゃないんだけど、聞いてくれる? いや、内諾だけでいいよ。……うん、そう」
 幾分か声を潜めて一矢は相手に告げていく。重大な、そして懸念の案件を。ひっそりと、実行部隊トップの間で話し合いはもたれた。
 軍と司法機関の間にあった高くて堅固な垣根が、この時ばかりは低くなる。幾分か低くなった垣根越しに、両者は堅い握手を交わしたのだった。


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