ダークウィザードの伝説
第1章 アクアー水のエリアー
6エルフの少女
作:MIHO イラスト:Pearl Boxより

新月の夜。
人気の無い墓場にたむろしている幽霊のほうが、よほど親しみやすいかも しれない。そう思える程陰うつなオーラを放ちながら、ただ黙々と歩を進める。
そのあまりのうっとおしさは、易々と我慢の限界を突破した。

「ちょっと。いい加減機嫌直しなさいよ。ファイル」
「ほう?ならば貴様は、言いように欺され、その上あの様な不様な格好を強要 されても、笑って許せるというのか?」
振り返った視線が、恐い。うわ。これは、相当根に持ってるわねー。
「しつこいわねー。今はもう持ってないからいいじゃない」
「当たり前だ!何故私がお前の荷物を持ってやらねばならんのだ!」

アニテヤさんがファイルに持たせた大きな荷物袋。
ファイルとしては、わざわざアニテヤさんが用意したのだから、てっきり自分の身の回りの品が入っているものと思い込んでいたんだけど。
ところがどっこい、実際は、ファイルの物は言い訳程度にしか なくて、大荷物のそのほとんどがわたしのだったりする。
これは、ばれたときが大変だろうな、とは思いながらも、でもしばらくは大丈夫だろ うと高をくくってたんだけど。やはり、そうはうまくいかなかった。
昼の内は良かったのよ。アニテヤさんがお弁当を持たせてくれたから、わざわざ荷物 を開けることもなかったから。しかし、ごまかせたのもそこまで。

わたしとしては、冒険の旅ってくらいだから、夜は当然“旅の宿屋”みたいなところ に泊まると思ってたのよ。だったら、荷物は部屋に持ち込みになるだろうし、なんと でもなると思ってたんだけど。まさか、初日から野宿になるとは。
街道から少し外た場所で夕食をとり、一息ついたところで、ファイルが荷袋の中身を 点検すると言い出したのだ。
ま、まずい。そう思ったときはもう遅かった。
袋の中から、ファイルが器用に取り出したものは、携帯食、魔法の護符、マジックア イテム各種、わたしの着替え、洗面用具一色、防寒用のマント、予備の靴、その他 諸々...。
それらのものを取り出す度にファイルの顔は険しくなっていき、最後のほうはもはや 直視できない程の形相になっていた。

「何だ?これは」
尋ねる声は、真冬の湖を渡る風よりもさらに冷たい。
「な、何って、そ、その、旅の必需品じゃないの」
「旅の必需品、だと。私にはさして必要とも思えぬのだがな。それに、どう見ても、 お前にとっての必需品としか思えないものが、大部分を占めているのはどういうこと なのだ?否、それよりも、聞きたいことは、どうして、わたしが、お前の荷物を、 持ってやらねばならんのか、ということだ」
妙に口数が多い。今までの経験からすると、ファイルは、怒りゲージが上がるにつれ て饒舌になる。
とすれば、これはヤバイ兆候かもしれない。

「ど、どうしてといわれても、そんなことわたし知らないわよ。第一、わたしが頼ん だわけじゃないもの」
「何だと?」
「そ、そうよ。あんたに頼んだのはアニテヤさんなんだし...」
ギロリ。と実に恐ろし気な視線で一瞥してから、
「ほう?ならば、私がお前の荷を持たねばならない理由は、どこにもないわけだな」
わたしのバカー!自分で自分の首締めてどうすんのよ。
だが、気付いたときにはもう手遅れってのはよくあること。同時に、何らかの手段を講じる時間が残されていなかった、ということも。
わたしが何か言うよりも早く。
「そうだな?」
断言する声は、いかなる反論も許さない冷徹な響きを帯びていた。


□□□□


結局、どのようになだめすかそうとも、頑としてファイルは首を縦にはふらなかっ た。
どうやらよほど、ファイルが言うところの、不様な格好といのがお気にめさなかった らしい。
わたしとしては、笑いを誘えてけっこう良かったと思うんだけど、そんなこ とを言おうものなら、瞬殺されること確実なので止めておく。
まあ、それはさておき。結果として、わたしは、そこから一番近い村まで山のような 荷物を抱えて(引きずってという方が正しいかもしれないけど)行かなければならな かった。

よくもこのクソ重たいものを、ファイルに持たせることに成功したもんだわ。アニテ ヤおばさんはスゴイ。
けど、できうることならば、後のことを考えてほしかった。ま さか、最後までごまかしきれると思ってたのかしら?
う〜んアニテヤおばさんの場 合、それもアリかもしれない。というより、そんな先のことまで考えてないんで しょーね。多分。

よたよたと、亀よりも遅い歩みのわたしを、置き去りにしなかったのは、ファイルに も良心の欠片があった、のではなく、女神様との約束があったからだ。絶対に!
そう じゃなかったら、少しくらいは荷物を持ってくれるわよね。普通は。
ヨレヨレになりながらも村に辿り着いたわたしは、当座必要なもの以外を潔く売り 払った。
そして、厳選した持ちものを、グラスワードさんにもらった魔法のリュック (物質の重さを軽減し、なおかつ、圧縮できてしかも形崩れナシ!という優れもの) に詰め直しながら、わたしは改めてこれから向かう予定の“エルフの森”について尋 ねた。

「そう言えば、わたし大まかなことしか聞いてなかったんだけど、エルフの森までま だだいぶかかるの?」
「そう、だな。五日といったところか。お前の足に合わせるならばな」
そんなにかかるの?やっぱ、荷物売り払って正解だったわ。あんなもの担いで、とて もじゃないが、五日間も歩けないだろうし。
さて、と。それじゃあ身軽になったところで、改めて出発しようかと思った矢先、以 外なところから静止の声があがった。

「なんだって。お嬢さんたちエルフの森に行こうってのか?悪いことは言わんが止め たほうがいい」
買い取ったばかりの品物を整理しながらこう言ったのは、道具屋のおじさんだった。
「どういうことだ?」
即座に問い返すファイルに、おじさんは
「なじみの行商人に、聞いた話なんだがね」
と前置きして話してくれた。

その行商人の話はこういうものだったらしい。
いつものように、水の大陸〈アクア 〉での仕入れを終え、土の大陸〈サイア 〉に渡 るため、アクアとサイアを繋ぐ『扉』に向かおうと、エルフの森にさしかかったその 矢先。いきなり、矢を射られたのだという。
もちろん、それは行商人を狙ったものではなく威嚇のためのっものだったけど、予想 もつかなかった事態に驚いた行商人は、思わずその場に坐りこんでしまった。
そし て、いまだ青ざめた表情の行商人に、射手と思わしき人物はこう告げたのだ。
「我ら が長の命により、“樫の森”は封鎖されている。早々に立ち去るがいい」と。

これを聞いた行商人は二重の意味で驚いた。告げられた言葉の内容と、それを告げた 人物が、森の眷属エルフであったことに。
元々エルフ族は多種族に対して、それ程友好的ではない。けれど、だからといって、 いきなり矢を射かけてくるほど、暴力的な種族ではなかったはずだ。
それが何故?

「な、なんやて急にほないなことになるんでっか?」
「悪いが、その質問に答えることはできない」
「説明も何も無しにあかんやて、ほんな無茶なことがありますかいな。いつからエル フ族はそない横暴になったちゅーんや。だいたい、あかん、ゆわれておとなしゅー聞 いとるようでは商人なんか勤まりすかいな」
言いながら強引に通ろうとしたのだが。
トサ。小さな音に気付いて足元を見てみると、背中の荷物に括り付けた小袋が落ちて いる。
そして、そのやや後ろには地面につき刺さった矢が、その弓勢を現すかのよう に小刻みに振動したまま。
商人にまったく気取られることもなく矢を射、その上、紐の繋目を違えることなく射 抜くなんて、尋常な腕ではない。

もし、このまま歩を進めたならば、いくらなんでも 殺されることはないだろうが、相応の犠牲は覚悟しなければならないだろう。まちが いなく。
瞬時に商人の顔から血の気が引いた。そして、クルリ。と回れ右して、一目散に駆出 した。
「じ、じょうだんやおまへん。命あっての物種やがなー!」
ほうほうの体で逃げ帰り、馴染の道具屋の主人に事の次第を、身振手振り付きで話し た後、
「あらあきまへん。命が惜しかったら森には近づかんことや」
そういい残す と、海路サイアへ向かうため、ゼナムの港を目指して行ったという。

「ほかにも何人か話をきいたんだがね。やっぱりエルフの森には入れないみたいだ よ」
と最後に一言付けたしておじさんの話は終わった。
「ねえ。どうする?」
「どうするも何も、行かぬわけにもいかんだろうが」
「そう、よね」
確かにファイルの言うとおり。わたしたちはどうあってもエルフの森に行かねばなら ない。森が封鎖されているというのなら、なおさら。
十中八九、エルフ族が森を封鎖しているのは、世界が閉ざされたことと無関係ではな いだろう。わたしたちはそれを確かめにいくのだから。
その後、軽い食事をしてわたしたちは村を後にした。そして、いまエルフの森を目指 し樹々に囲まれた街道を進んでいる。

それにしても、封鎖された森。いったいどうなってるのかしら?バリゲードとかが あったりするのかしら?
何気なく疑問を口にすると、バリゲード?なんだそれは?と、訝しげな顔をした後、
「どうなっているのかなど、行ってみればおのずとわかることだ」
面倒そうにそう応じた。
そりゃ、そうかもしれないけど。あんたね、なんで素直に「わからない」って言えな いわけ?
「現時点では極めて情報が少なすぎる。憶測で判断を下すのは危険だと言っているの だ」
ご大層な理屈をこねてるけど、そうゆうのを手っ取り早く言えば、わからないってこ とになるんでしょうが。
ふう。まったく疲れるヤツ。


□□□□


そんなこんなで、甚だ実りのない会話を繰り返すこと4日。
陽が中天に差しかかろう とする頃。とうとうわたしたちはエルフの森へと足を踏み入れることとなった。


最初はかなり、緊張していた。だって、変な口調の商人さんはいきなり矢を射られた といっていたから。
ファイルは「森の賢者たるこの私に矢を射る愚か者がどこにいるというのだ」と平然 としていたけど、まったくその心配がないとはいいきれないじゃない。
まあ、仮にそうなったとしても、ファイルを楯にして逃げればいいんだけど。
と考えていたところに、横殴りの疾風が襲いくる。
わたしはその気配感じた瞬間その 場から逃れる。何が起こったのかなど、蹄の形にえぐられた地面を見るまでもなく検 討がついた。

「ったく。何て物騒なヤツなのよ。あんたは!わたしを殺す気?」
「先に物騒なことを考えたのは貴様のほうだろうが」
.....こいつ、実は妖怪変化なんじゃないかしら?なんだってこうひとの考えて ることがわかるっていうの。
「貴様ごときの底の浅い考えを読むことなど造作もないわ!」
言いながら放たれた二撃目をサラリと避ける。もはや日常的となったその攻撃を避け ることなど実に容易いことだった。
意識するまでもなく、反射的に体が動く。それ は、すでに達人の域に達していたといっても過言ではない。
...ってなんか、あんまり、うれしくないかも。

その空しさをファイルも感じとったのかどうか。彼は攻撃を止め、一点に意識を集中 している。
「どうしたのよ?」
「近くに何か居るようだな。気配を感じる」
「何かって、何?」
「さあ、な。確かめてみればわかることだ」
そう言うと、ファイルは、わたしにはわからないけど、その気配がある場所へと向 かった。
そして、ファイルが向かった場所にいたのは。以外な人物だった。

一際大きく生繁った大木の根本にその人物は居た。
柔らかそうなウェーブを描いた若草色の髪。顔をうつむけているからよくはわからな いけど、わたしとさして年の変わらない女の子のように見える。
その子は大木の根本に蹲ったまま、肩を小刻みに振わせていた。
う〜ん。どう見ても、泣いてるようにしか見えないんだけど。
「良くわかんないけど、こういうときは、そっとしといたげるべきよね?」
「そうだな」
「珍しく、意見が合うわね」
「何があったかは知らんが、我々が口を挟むことではないだろう」
コソコソと小声で相談をするわたしたちの気配に気付いたのか、その子はハッと顔を 上げると、こちらを振り向き鋭い誰何の声を上げた。

「誰!?」
澄んだ菫色の瞳が印象的な、眼を見張るほどきれいな女の子だった。
抜けるように白 い肌、全体的に華奢な雰囲気は、水の都で出会ったエルフのお姉さんによく似ている ような気がする。
そう思ったのもあながち間違いでもなかった。よく見てみれば、彼女の耳は普通より ずっと長く、しかも先が尖がっている。
そして、始めは飾りかなにかだと思ったんだ けど、背中には透き通る蝶のような翅。
と、いうことは、この娘ってエルフなんじゃ ない?そう思ったんだけど、
「エルフ?ではないな。ハーフエルフか」
ファイルの言葉に、即座にハーフエルフの少女は反応した。

「だったらどうだと言うの?それよりあなたたち何者?ここに何しに来たの」
矢継ぎ早に詰問する口調は、それとわかる程鋭い。
うわ。何か、完全に警戒されちゃったみたい。
「え、えっと〜。わたしたちは、その...。旅の冒険者と、従者その一よ」
緊張を孕んだ雰囲気を和ませようとそう言った途端、ファイルの蹄チョップ〈つっこ み〉が入った。

「誰が、従者その一だっ!それを言うならば、旅の賢者と下僕その一、の間違いだろ うが!」
「言うにことかいて、下僕って何よ」
「貴様には相応しい役柄だろうが。否、どちらかといえば、それすらももったいない くらいだがな」
「な、何ですってー!あんた、頭の中いったいどうなってるわけ?虫でも滕いてるん じゃないでしょうね。」
「黙れ!貴様にだけは言われたくはないわ!」
いきなり口論を始めたわたしたちに、しばらく呆気にとられていたハーフエルフの少 女は我に返り、
「旅の、...“お笑い芸人”?」
呟くようなそのコメントにわたしとファイルは声を揃えて否定する。
「「ち、がぁーーーうっっ!!」」
だから、何でこういうときだけ気が合うのよ!


□□□□


「ダメよ。残念だけど、それは無理だわ」
脱線しまくっていた話をもとに戻し、ことの次第を語った後、ハーフエルフの少女は 間を置くことなくあっさりとそう答えた。
あの、そんなにあっさりと断らないでほしいんだけど。
「長の命は絶対なの。悪いけれど、あなたたちを森へ入れるわけにはいかないわ」
もう一度、心持ち気の毒そうな表情で繰り返した。
「何か勘違いをしているようだが。私は、エルフの森の長“樫の古老”の元に案内し てほしいと言ったのだがな」
「だから、無理だといっているでしょう。...ちょっと待ってちょうだい。どうし てあなたが、その呼び名を知っているの?」
尊大なファイルの言い様に気分を害したのか、ハーフエルフの少女は苛立たしそうに 言葉を続けかけたが、途中でそれは疑問に変わった。

「簡単なことだ。“森の賢者”にして“白き智者”たる私にわからぬことなどないか らな」
そりゃまあそうかもしれないわね。あんたの場合、わからないことは言葉をはぐらか せてごまかしてしまうんだから。
ほんと、ものは言い様だわ。
そう内心つっこみを入れているところに、即座に“後足キック”襲いかかってきた が、もちろんわたしは鮮やかにそれを躱した。(しかし、あんた最近バリエーション が豊かになってきたわね)
わたしたちが静かなる攻防を繰り返している間、ハーフエルフの少女は考えこんでい たが、やがて。
「“白き智者”って、あなたが?」
「何か問題があるのか」
問題ありまくりだと思うけどね。それと、さり気にあんたの肩書が増えてる気がする のはどうゆーこと?。

「い、いいえ。そういうわけじゃないけど。なんだか、考えていたのとは、少し違う から...」
少女の心の中で何がしかの葛藤があったことは、間違いない。
しかし、なんとか折り 合いの着く答えを見いだしたのだろう。少女はこう続けた。
「わたったわ。“白き智者”あなたを長の元まで案内することには異存はないわ。け れど、そちらの人間まで連れて行くことはできないわよ」
ちょ、ちょっと待ってよ。ここまで来て締め出しくらうなんて、じょうだんじゃない わ。
ファイル、あんた智者とか賢者とかえらそうにしてるんだから、なんとかしなさい よ。

「長には私から話そう。だからこの者も連れて行ってくれ。そう、だな。私のげ ぼ........」
なあに?なんと言おうとしたのかしら?ファイルちゃん。無言の圧力に気付いたのだ ろう。ファイルは途中で言い直した。
「い、否、で、弟子と。そういうことにしておいてくれ」
「そ、そう。なんだか良くわからないけど。いいわ。判断は長に任せることにする わ」
何となく、納得のいかない表情でハーフエルフの少女はそう答えた。
どうにかこうにか話をまとめ(かなり強引だったような気もするけど、気のせいだろ う。多分)わたしたちは“樫の古老”の元に行くことになった。
と、ここまできて、わたしはまだ少女の名を聞いていないことに気付いた。例によっ て例のごとく、名前聞いてるような状況じゃなかったしねー。

「そう言えばさ。名前、まだ聞いてなかったよね。わたしは、プリ、ン...」
背後 でおどろおどろしたオーラが渦巻いている。それは、わたしに無言のプレッシャーを かけていた。
“言うな〜〜〜。その先は、言うな〜〜〜〜〜”と。
「プリン?」
「ち、違う。そうじゃなくて、わたしの名前は、プリス。プリス=ニムロッドよ。 あっちはファイル」
不本意ながら、わたしはファイルに屈することとなった。
もし、ここで意地を張って 名乗ったならば、ファイルは、根に持って何かと恨みがましい視線を向けて来ること だろう。(注:すでに経験済)それは、かなり嫌だった。
水面下でそのようなやり取りがあったことなど、気付くこともなく少女は自分の名を 告げた。

「プリスとファイルね。わたしはレフィー。レフィー=アンダルシアよ」
これが、ハーフエルフの少女、レフィーとの出会いだった。



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