ダークウィザードの伝説
第1章 アクアー水のエリアー
2アクアの都(2)
作:MIHO

あの後も、なんだかんだあったんだけど、それを説明してたら、いつまでたっ ても話しが進まないので、カット。
まあ、思い出したところで腹が立つだけだ し。

さて、ところは変わって、アクアの都。
一歩都に入ってみると、これまた圧巻。よく、あるじゃない?遠くから見ると きれいなのに、近寄れば、ちょっと...。っていうの。
でも、ここ、アクアの 都においては、そんな心配は無用。
実際に都に入っても、丘の上から眺めたのと変わらず、というより、身近に肌 で感じられる分、よりきれいに思える。

青を基調としたタイルが敷きつめられた街路。
歩く邪魔にならないように配慮 されているんだろう、整然と植えられた街路樹は、鮮やかな緑の枝葉を伸ばし、 涼しやかな木陰を作り出している。
その下には、白いベンチが、自由に休憩した りできるように据え付けられている。
そして、遠くから見たときはわからなかったけど、傍を流れる水路の底には、 きれいな色取りどりの石が散りばめてあり、陽の光を浴びて、様々な模様を描き 出している。
幻想的なその様は、そう、万華鏡を覗いたときの光景に似ているか もしれない。

あんまりきれいなんで、思わず見惚れていたわたしに、ファイルは、
“グズグズするようなら、容赦なく置いていくぞ”
と、冷たーい視線でそう告げる。
く、なによなによ。ちょっとくらいいいじゃないの。まったく、了見が狭いん だから。
内心文句を言いながらも、本来の目的を思い出し、しぶしぶ彼の後に続 く。でも、内心のそんな怒りは、長くは続かず、すぐに、好奇心に取って変わっ た。
だって、見るもの全てが珍しく、好奇心を刺激するものばかりなんだもの。

通りに沿うように、軒を連ねる店や屋台には、瑞々しい果物や、薫製肉。
きれ いな細工の宝石や装身具。色鮮やかな衣類。果ては剣や楯、鎧といった武器や武 具まで。
実に様々なものが並べられていて、そのほとんどが、初めて見るものば かりなので、まったくあきることがない。
じっくり立ち止まって見ることができ ないのが、ほんと、残念でならないくらい。

そして、それよりも、もっと珍しいと言えるのは、そこを、歩く人々。
といっ ても、明らかに、人間とは思えない外見をしたヤツの方が多いんだけど。
いいかげん、このファンタジックな世界にも慣れてきていたから、子犬の頭を 持つ子供が走り回ろうと、下半身が馬の足になった人が、のんびりと屋台を眺め て歩こうと、まあ、それほどビックリすることはなかったけど、しかし、さすが に直立歩行するお魚さんに出会ったときは、心底驚いた。

だって、考えてもみてよ?あの魚類独特のヌメッとした顔が、突然目の前に現 れたら、たいがいの人はびっくりするんじゃないかしら?
しかも、そのお魚さんは、親しげに、ヒレの形をした手(?)をぴっと上げ て、
「いんやいや〜、ふぁいるさんじゃぁ〜ないですかピョ。じぃ〜つにひさしぶ りですピョ。こんなところであえるとはぁ〜きぐう、きぐう〜、いんやいや〜、 これもヌーロンさまのぉ〜おみちびきですピョ。おげんきそうでぇ〜、ボァンも うれし〜ですピョ」
と、じつににこやかな雰囲気で喋りはじめた。

な、何なの、これ?馬が喋るんだから、魚が喋ったところで、ぜんぜん不思議 じゃないんだけど、しかし、この口調、ち、力が抜ける。
脱力しきっているわたしを無視して、ファイルも、
「うん?ああボァンか。確かに奇遇なことだが、どうしたのだ、こんな所で? もしや、また、ビッビに何かあったのか?」
和やかに答え、そして最後の方では、気遣うように、ボァンに尋ねたんだけ ど、
「いんやいや〜、ちがいますピョ。なぁんにも〜ないですピョ。ふぁいるさんの おかげでぇ〜、ビッビもみちがえるようにぃ〜げんきになりましたぁ〜です ピョ。 あのときはぁ〜ほんとにほんとに〜たすかりましたですピョ。じつはきょうは〜 ボァンとビッビのぉ〜こどもがうまれたのでぇ〜そのおいわいを〜かいにきたん ですピョ」
「子供が?そうか、それはめでたい。ならば私も何か祝いをせねばならんな」
「いんやいや〜、おいわいだなんて〜、そのことばだけでボァンは、うれし〜 ですピョ。ああそれよりも〜、こどもをみにきてほしいですピョ。とてもかわい 〜おんなのこなんですピョ。ぜひぜひともふぁいるさんに〜みてもらいたいです ピョ」
「ああそうだな、ぜひそうさせてもらおう」

ちょおっと、あんたたち、人が脱力してるのをいいことに、勝手に話を進める んじゃないわよ。
しかし、よくわからないのは、お魚さんの態度。
彼らの話しから察するに、以 前に、何かファイルに助けてもらったことがあるらしく、感謝してるってのは、 理解できるんだけど、それだけではない、尊敬の念さえ感じるのは、わたしの気 のせい?
だいたい、ファイルが、誰かを助けるっていうのも信じ難いけど、それより も、 彼が尊敬の対象になるなんてのは、まったく理解できない。
でも、そう言えば、アクアの都に入るときもそうだった。


□□□□


あれは、そう、都の入り口で門番に呼止められたときのこと。

それまでは、なんとなくおざなりな感じで、出入りする人をチェックしていた 門番の態度が、わたしの番になって急変したのよ。
手に持っていた長槍を突き出 して、厳しい顔で睨みつける。
な、何?なんなのよいったい。これって新手のジョーク?な訳ないか。だっ て、 門番さんの顔、マジだもの。
 善良な一般市民のわたしが、何でこんな所で槍を突きつけられなきゃなんない 訳?まったく、そんないわれはないわよ。と、言おうとして、一つだけ、その可 能性があることに気付いた。
それは、そのときの格好、服装。

あちこちほつれて鉤裂だらけの、かなり情ない姿。森に突っ込んだときの傷 は、 治癒の泉のおかげで治ったけど、ボロボロになった服までは直してはくれなかっ た。
ボロ布を身に纏ったその姿は、それなりに怪しいものかも知れない。
でも、怪 し気な人(人でないものも含む)なら、他にもいたのに。何でわたしだけ?
あまりに理不尽と言うものじゃないかしら、これって。
さて、いったいどう説明したもんかしら?
何かこう、効果的な言い方はないものかと、頭を悩ませてみたけども、結局そ の必要はなかった。

わたしに槍を突き付けたまま、ふと後ろを見遺った門番さんは、一瞬、けげん な表情を見せ、そして次には、「あっ」と驚きの声を上げた。
「ファ、ファイル殿?申し訳ありません気付きませんで。あ、さあどうぞお通 り下さい」
あせりながらも、丁重な身振で門番さんはファイルを招く。
それを、さも当然のように受けて、ファイル。
「すまぬが、これも、一緒に通してはくれまいか」
言いながら示したのは、いまだに槍を突き突けられたままのわたし。
ちょっ と、 ファイル、これ、とは何よ。これ、とは。まったく人を物みたいに言わないでほ しいもんだわ。まったく。

「は?...これ、とは、この怪し気な格好をした奴のことでしょうか?」
「ああ、そうだ。確かに不審極まりない格好ではあるが、それも、拠所ない事 情あってのこと、理解してもらえれば有難いが」
ちょっと、あんたたち、黙って聞いてれば、怪しいとか、不審とか、好き勝手 なこと言ってんじゃないわよ。
腹立たしいことこの上ないけど、槍を突き付けられたままの状態では、危なく て動きようがない。
「で、では、あの、もしかして、貴女は、ファイル殿のお連れ様で?...」
おそるおそる尋ねる声に応えたのは、わたしではなくファイルだった。

「甚だ、不本意ではあるがな」
あんたね、そんな嫌そうに答えることないでしょ。
「し、ししししし失礼致しました。ファイル殿のお連れの方とは存じませんで。 大変ご無礼を。どうぞ、平に御容赦を」
手に持っていた槍を放り出し、平身低頭、大慌てで謝る門番さん。それこそ、 土下座しかねない勢いで。しかし、それをファイルが止める。
「容赦も何も、お前が謝る必要は無い。お前はあくまで職務を忠実に務めただ けだろう」
「あ、ありがとう御在ます」
鷹揚な所を見せるファイルに、門番さんは、まるで拝むようにして感謝する。

な、何な訳?いったいこれ?
あれ程、強固な態度を見せていたのに、ファイルが二言三言言っただけで、こ こまでコロッと変わるなんて。
「あんた、いったい何者?ファイル」
「おや、知ないのかい?あんた。ファイル様は、『智恵深き者』と呼ばれる森 の賢者様だよ」
質問に答えてくれたのは、ファイルではなく、通りがかりの恰幅のいいおじさ ん。
軽くファイルに会釈して、通り過ぎて行くおじさんの姿を視界の端に捕えて、 わたしは頭を整理するのに必死だった。

ファイル様?様ってなに?何でファイルが尊称付きで呼ばれる訳よ?
まったく、夢幻界では、皮肉と厭味が上手いヤツを賢者って言うのかしら?
....って、ハッ!殺気。
思わず振り向いてみれば、目の前には凶器と化した蹄が。
な、なななななに、何!?
悲鳴を上げる暇もない。とにかく、わたしは必殺の一撃から必死に身を躱す。

ガスッ!!

憐れにも、わたしの替りに『蹄チョップ』を受けた石畳は、無残なひび割れを 生じ、優美なその姿から前衛芸術へと変貌を遂げた。
「チッ。外したか」
心底残念そうにファイル。
「外したか、じゃないわよ。ファイル。だいたい、何だって意味もなく問答無 用でどつかれなきゃいけない訳?」
猛然と抗議の声を上げるわたしに、平然とファイルは、
「別にさしたる理由はないが、何と無しに馬鹿にされた気がしたのでな」

ギクッ。な、何て感のいいヤツ。
「あ、あのねぇ、んなあやふやなもので『蹄チョップ』なんか出さないでよ ね。 何とか避けれたからいいものの、当り所が悪けりゃ死ぬわよ、普通」
「普通ならば、な。だが、お前の場合、非常識が服を着て歩いているようなも んだろうが。大体、あれぐらいでくたばるのならば、とうの昔に葬り去っている わ」
あ、あの、さらりとぶっそうなこと、言わないでくれる。

「それと、どうでもいいが、『蹄チョップ』と言うのはなんだ?」
「えっ?ああ、それ。なかなかいいネーミングでしょ」
「.......」
これ以上はないという渋面でファイルは沈黙する。こめかみの辺りがヒクヒク してたりして、なんか、ヤな雰囲気。
「どうやら、認識を改める必要があるようだな。お前に無いのは常識だけかと 思ったが、美的センスもカケラも存在しなかったらしい。まったく、これ以上、 ふざけたことをぬかすようなら、本気であの世へ行く羽目になるぞ」
言いながら、凶器の蹄をこれ見よがしに降り飾して見せたりする。
「んな怒ることないじゃない。軽い冗談、おちゃめなジョークよジョーク。だ いたい、あんたそんなに青筋立ててばかりいると、血管切れるわよ」
「いらん世話だ。第一、誰のせいだと思っている!!」
プツリ。と、血管ならぬ堪忍袋の緒が切れた音がするのは、おそらく気のせい ではないだろう。
なんせその証拠に、第二の凶器、額の角をキラリと光らせてフ ァイルが、わたし目掛けて突進していたりするんだから。

「な、ちょ、ちょっと、止めなさいってばファイル。そんなのに串刺しにされ たら、痛いじゃないの。冗談抜きで死んじゃうでしょーがっ!!」
叫びながらもわたしは、ヒラリヒラリと、本職の闘牛士(マタドール)もかくやと言う素早さ で、闘牛と化したファイルから身を躱す。
その死闘は、十数分後、両者体力切れで引分け(ドロー)に終わるんだけど、まあ、そん なドタバタは置いといて。

あわや、不審人物として牢屋行きの危機は、賢者ファイル様の口添えで回避で きたことは、あんまし認めたくないけど、事実。
そのときの門番さん達の態度からも、彼がかなりの地位にあり、人々から尊敬 される立場にあるというのは、簡単に判断することができた。
だからと言って、納得できるかどうかと言うのは、また別の問題。
自分の感情を優先すべきか、それとも、現実を受け入れるべきか、それが問題 だ。
あーでもない、こーでもないと、我ながら、どうでもいいようなことを悩ん だ結果、出した結論は“元の世界(あっち)と夢幻界(こっち)では、判断基準が違う”と言うこと で、 無理やり自分を納得させることにした。
こんなことで、頭を悩ませるのも、なん かバカらしくなってきたし。

そして、わたしが苦渋の選択をしている間も、脱落度120%の会話は続いて いた。
しかし、ボァンが急に「ピョッ」と叫んだかと思うと、
「ピョピョピョわすれてたピョ。ボァンのいくおみせは〜おひるまでしかあい てなかったピョ。はやくはやく〜いかなければぁしまってしまうピョ。ふぁいる さん、おなごりおし〜ですがぁおわかれですピョ。またぜひぜひ〜あいたいです ピョ」
どう聞いても急いでいるようには聞こえない口調で言うと、ぴっと手を上げ、 ぺたぱたと、何か水たまりの上を歩いてるような足音をさせて去って行く。
去り行くボァンの後ろ姿を見送りながら、わたしは知らず呟いていた。
「いったい、何っだた訳?あれ.....」


□□□□


「ここ?」
「ああ、そうだ」
短く答えるファイルの声を聞きながら、わたしは目の前の建物を眺めた。

ややくすんだ感じのする石壁。恐らく長い年月の間に変色してしまったんだろ うけど、それが、あまり古るびた感じを受けないのは、きちんと手入れされてい るからだろう。
それほど大きくはない。窓の位置などからして二階建と思われる居館の右手に は、高さにして五、六階くらいだろうか、丸い塔が建っている。
円錐形の形をし た屋根の辺りには、水たまりがふよふよと浮かんでいたりするけど、ここに来る まで同じような光景を、そこかしこで見ていたから驚くことはなかった。
慣れ、というものは怖いもんよねえ。なんて、しみじみ思いながらわたしは塔 を見上げていた。

いつもなら、ここでらあたりで「何を呆けている」と、場合によれば『蹄チョ ップ』付きでファイルの突っ込みが入るんだけど、今回ばかりは彼も寛大な気持 ちなんだろう、突っ込みは入らなかった。
まあ、それも無理はないと思う。彼にしてみれば、ようやく肩の荷を下ろすこ とが出来るんだから。
そう、わたしたちは、やっと辿り着いたのだ。元の世界に戻る方法を知ってい ると思われる、水の都の魔導師の元に。

ああ、なんか感無量って感じだわ。ここまでの、それほど長くはなかったけ ど、 いろいろあった道程に思いをはせようとしたところで、「行くぞ」と言うファイ ルの声に、中断を余儀なくされる。
見れば、すでにファイルは扉を開けて邸の中に入っている。
「ち、ちょっと待ってよ」
慌ててわたしは後に続く。

「グラスワード、居るか?」
コツコツと蹄の音を響かせ、奥の方に向かいながら声を掛ける。
それに応じて現れたのは、小柄でふくよかな女の人。じゃなくてドワーフだ わ。
「アニテヤか。久し振、り....」
ファイルが最後まで言う前に、アニテヤと呼ばれたドワーフは、
「おやおやまあ。誰かと思えばファイル坊や。よく来なすったねえ」
こっちまで楽しくなるような笑顔でそう言うと、腕を伸ばしてファイルの腹の 辺りをバンバンとたたいた。

「いいかげん、その呼び方は止めてくれと言っているだろうが、アニテヤ」
アニテヤおばさんの手荒い歓迎が終わるのを待って、ファイルが抗議の声を上 たけど、
「そうは言っても私から見れば、いつまで経っても坊やに変わりはありません からねえ」
あっさり一蹴されてしまった。
確かにその通りなんだが...。とか、何やらブツブツと文句を言っていたフ ァイルの視線がわたしを捕え、そして実に冷たい声で尋ねた。
「で、お前は何をやっているんだ?」

何?何って見てわかんないの?必死に笑いを堪えてんでしょーが。
だって、坊や、よ。ファイル坊や。あの厭味大魔神のファイルが、ぼ、坊やだ なんて。
「ブッ。ブワッハッハッハッハッハッハーー!アハッ、アハッ、アハハハハハ ハハハハハハーーーーーーー!!!!!!」
ヒィー、く、苦しい。笑いすぎて、お、お腹痛いぃぃぃ!!
ダムダムッ!壁を叩いて悶絶ものの大爆笑。
おかげでわたしは、その背後に危機が迫っていることなど、気付きもしなかっ た。

ドゴッ!
うっ!い、いだい.......。
後頭部に痛烈な一撃。一瞬、真っ白になった視界に、きれーなきれーなお花畑 が見えた。そこは、『天国』とかいう場所だったかもしれない。
「ちょっと、ファイル!あんた何するのよ。一瞬マジメにあの世に行きそうに なったじゃないのっっ!!」
普通なら、本気であの世へ行ってそうな衝撃だったけど、そこはそれ、気合で 克服し、猛然とファイルに抗議する。
「一瞬だけとは、それは残念なことだ」
まるで氷の刃のごとき鋭さ。物騒極まりないセリフを平然と口にするファイ ル。
しかも、それだけじゃない。わたしに向けられた視線には、本物の殺気が込めら れているから、タチが悪い。
しかし、そんなもので怯むわたしじゃないわ。負けじと、こっちも最大級の怒 りを込めて睨み返したんだけど。
プッ。ダ、ダメ。何か、ファイルの顔見たら笑いがぶり返してきたわ。

「貴様、いい加減にせんかっっ!!」
再び笑い始めたわたしに、またもやファイル怒りの一撃。しかし何とかそれは 躱す。
「チィッ!避けるな!待てっ!」
「ジョーダン。待てと言われて待つバカがどこにいるのよ?」
ドタバタと、物騒な追い駆けっこを始めたわたし達に、何をどう解釈したの か、 アニテヤおばさんはにこやかにこう言った。
「おやまあ。ずいぶんと仲の良いことだねえ」

「「違うっ!全然、違う!!」」

期せずしてあげた抗議の声は、意に反してものの見事にハモった.....。



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