ダークウィザードの伝説
第1章 アクアー水のエリアー
2アクアの都(1)
作:MIHO

「...キレイ」
思わずうっとり。

ありきたりなセリフだけど、他に言い様がない。
というより、どれ程言葉を費 やしても、目の前の街並みの美しさを、正確に表現することは難しいと思うの。
何も、私の語彙が少ないって訳じゃないわよ。
ま、それはおいといて、とにかく、すっごくきれいなのよ。アクアの都は。

いまわたしが居るのは、都の手前の小高い丘みたいなところなんだけど、そこ からアクアの都を一望してみたら、きっと、わたしの気持ちがわかると思う。
まず最初に眼に入るのは、都のほぼ中央に聳え立つ、硝子細工のような塔。
淡い水色をしたその塔は、光の加減か、それとも、そういう細工をしてあるの かは、わかんないんだけど、陽の光を浴びて、空中に不思議な光景を描き出す。
ユラユラとたゆとう蒼い光は、そこが、まるで水中であるかのように錯覚して しまう。
そして、それは何も、塔の周りだけに限ったことではなくて、都のそこかしこ で同じような光景を見受けることが出来た。
それは、都のいたるところに張り巡らされた水路を流れる水が、陽の光を反射 して描き出された光景で、厳密に言えば、ちょっと違うんだけど。
まあ、そんな 細かいことはどうでもいいか。
水。といえば、こっちに来てから、受難続きだけど、でもそんなこと全然問題 にならないくらい、目の前の光景は、幻想的なまでにキレイだった。
ここに来るまでの道中、ストレスが溜ることの連続だっただけに、感激も一 入(ひとしお)。 だった、のに...。

「おい、いつまでその間抜面をさらしているつもりだ?」

水を指すセリフは、当然、神馬ファイルのもの。ファイルっていうのは彼の名 前なんだけど、しかし、それを聞き出すのにも、これまた一悶着があった。

□□□□

あれは、そう。話しがまとり、さあ、いざアクアの都へ、という段になって、 わたしは彼の名前を尋いていないことに気付いた。
まあ、それも仕方ないわよね。とてもじゃないがそんな和やかな雰囲気じゃな かったもの。
といって、別段いまが和やかって訳でもないんだけど。とにかく、 思い付いたときに尋くのが一番。

「ねえ、あんた、名前何ていうの?」
「フン。どうやら弁(わきま)えていないのは常識だけではなかったようだな」
返ってきたのは、またもや皮肉。しかし、名前を尋いただけなのに、何だって こんなセリフが出てくるのか、相変わらず腹の立つヤツ!
「言うだけ無駄だとは思うが、他人に名前を尋ねるときは、まず、自分から名 乗るのが礼儀と言うものだろうが。まったく、こんな初歩的なことも知らないと は、嘆かわしい限りだな」
.....。
内心怒りのオーラが渦巻く。しかし、彼の言っていることも正し いので、ここは、譲歩。
まあ、ここまで来てヘソを曲げられては適わない、とい った打算が働いたのも事実だけど。

「し、失礼ね。それくらい知ってるわよ。わたしの名前はプリンセス。プリン セス=ニムロッドよ。普段はプリスって呼ばれてるけど」
「プリンセス?変な名前だな?」
ムッ。とことん失礼なヤツね。ま、ちょっと珍しいかもしれないけど、変なん かじゃないわ。
“プリンセス”って言葉の通りに、お姫様のような女の子に育つ ようにと願いを込めて、パパとママが付けてくれたんだから。
そう説明すると、神馬は、
「.....どうやら、お前の世界とこちらでは、言葉の意味が違うようだ な。 “姫”と言うのは、淑やかで慎しく、見目麗しい立居振舞いの優れた女性のこと を言うのだと思ったが?」
「何か、若干あんたの思い込みが入ってる気がするけど、おおむねそんなよう な意味よ。.....で、あんた、一体何が言いたい訳?」

「ーーーーーーーーーーー」

一瞬、絶対零度の世界に迷いこんだみたいに、凍りついた神馬。しかし、口を 突いて出たのは、やっぱり皮肉だった。
「ほぉぉぉぉぉう。それはまた。フンッ。厚顔無知もここまで極まれば、大し たものだ。しかし、よくもまあ、そんな大それた名前を付けたものだな。お前の 両親はよほど身の程知らずであるらしい。少しでも羞恥心を持ち合わせているな らば、己の否を認めて改名でもしそうなものだろうが。まったく、無知蒙昧なる 輩の考えることなど、私には理解しがたい」
一息にそれだけ言ってのけた神馬は、最後に「フンッ」と鼻を鳴らした。
言 うまでもない。バカにしてます、というジェスチャー。

 ...................。

よくも、まあ、ここまで言いたい放題言ってくれたもんだわ。
これは、もう、 腹が立つなんてものじゃない。そんなレベルはとうに越えている。
わたしだけならともかく、こいつは、パパとママもバカにした。それは、許せ ない。絶対に、許せない。
スッ、と細めた視線が、物騒な光を宿しているのが自分でも良くわかる。
無言のまま神馬を睨み着ける。殺気さえ帯びているその視線に、しかし神馬は 怯むこともなければ、態度を改めようともしない。
あ、そ。そういう態度をとる訳ね。あんたは?
クルリ。と神馬に背を向けわたしは、瞬時に懐から取り出した宝石を泉に放り 投げようとして、

「ちょっと待てえぇぇぇぇいっっ!!」

血相を変えた神馬の静止の声に、ピタリと動きを止めた。
“それだけ?他にもいうことあるでしょーが?”
首だけ彼の方に向き直り、視線だけで、その意思を伝える。
......。
無言の圧力。数瞬の沈黙。
「...わかった。私が悪かった。謝る。先程の言葉も取り消そう。これでい いのだろうが?」
甚だ不本意な口調で神馬。その言葉が、上辺だけのものだってことは、一目瞭 然だけど、でも、形だけでも頭を下げてみせたんだから、まあ良しとしよう。
さて、では改めて、
「わたしの名前は、プリンセス=ニムロッド。で、あんたは?」
「.....ファイルだ」
言葉少なく、それだけを告げた。

.........。
何か、思い出したらまた腹が立ってきた。
さっきも、せっかく感動してるところを邪魔されたし、ここは一言いってやら ねばなるまい。
と、決意したたその瞬間、ドンッ!いきなり背中を押された。

「えっ?ちょっ、ちょっと何?何なの?ってぇ、うそ!き、きゃあぁぁぁぁぁ ぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」

と、と、止まらない。止まりたいのに止まらない。ちょっと、誰か、
「とぉーーめぇーーてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
一瞬、わたしは光をも超越したかもしれない。
て、実際はそんな訳ないんだけ ど、体感速度としては、それくらいに言っても、差し支えのないスピードだっ た。
さて、ここで問題。“人間どのくらい速く走れるか?”答えは種々あるかもし んないけど、個々の身体能力を越えて走ることは、不可能だと思う。そして、そ の身体能力の限界を越えた場合はどうなるか?答えは、

コケッ。ドテ。ゴロ、ゴロロロロロロロロロッッッッッッッッッ!

ーーーーーーーーーーーーーーーこけた。
「..................い、いたい.....」
転げ落ちたのが、柔らかい草の上だったのが、不幸中の幸いだったけど、痛い ものは痛い。
どう言う事情でこうなったかは知らないけど、誰がやったかは、一目瞭然。こ ういうことをやるのは、アイツしかいない。
「ファーイールゥゥゥ!あ・ん・た・ねぇ、なぁぁんてことすんのよっっっ! くおぉらぁぁ!!!!」
「お前がいつまでもぐずぐずしているから、丘を下るのを手伝ってやったので はないか」
悠然と丘を下りながらファイル。どこの辞書に“突き飛ばす”と“手伝う”が 同義語だって載ってるってのよ。あんたはっっ!
かーーー、むかつくうぅぅっっっ!!!
そう言うヤツには、この手しかない!

「あんたね、そう言うことしてたら、どうなると思ってんの?」
言いながら、服の内ポケットに手を伸ばす。そこにあるのは当然彼からせしめ たあの宝石。
しかし、ファイルは、
「ほう?どうなると言うのだ?教えてもらおうではないか」
と、怯むどころか、実に尊大な態度で言い切る。
マ、マズイ...。これは、失敗だったかも知んない。
確かに、いまわたしがその手にしているものは、彼にとって大事なものであ る。
しかしそれは、彼に対してだけではなく、わたしにとっても同じことが言えるの だ。
これは、大事な切り札。言わば、命綱とも言えるものを、そう簡単に手放す ことはないことを、いまは彼も知っている。
だからこそ、平然とさっきのセリフを吐くことだって出来るのだ。

クッ。くやしい...。
でも、いまのわたしには、残念ながら、有効な反撃手段がない。ヘタをすれ ば、 自ら墓穴を掘りかねない。
ここは、不本意ではあるけども、素直に白旗を上げるしかあるまい。
しかし、だからと言って、問答無用で突き落とされたことまで、不問にするつ もりはないわ。
「さっきは、わざわざ下りるのを手伝ってくれて、どうも、ありがとう。わた しだけ楽しちゃったら悪いから、あんたも手伝ってあげようと思ったのに。さっ さと勝手に下りてくるんだもの。おかげで、お返しできなくなっちゃたじゃな い。 あっ、でもこのままって訳にはいかないわよね?そうだ、このことはちゃんと覚 えておいて、後できっと、お礼をするわね。そう、 たぁっぷりと」

もちろん、言葉通りの意味じゃない。皮肉と厭味をしっかりコーティングして ある。
しかし、厭味、皮肉はファイルの専売特許。
わたしみたいにかわいらしい皮肉 が、通用するはずもない。彼の態度は実に平然としたもの。
くやしい。何とかコイツをへこませることができないかしら?
そのための手段 を色々模索しながら、わたしは、もはや何度目になるのかわからないけど、復讐 を固く心に誓うのだった。



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