ダークウィザードの伝説
第1章 アクアー水のエリアー
8扉を開く者(1)
作:MIHO 2003.10.26

「あー、何か思い出したら腹立ってきた」
何のことかは言うまでもないだろう。エルフ達とのやり取りのこと。
「珍しいな。お前が過ぎたことにそこまでこだわるのは」
いつもの皮肉や嫌味ではない。ファイルにしては珍しく本当に感心しているようだ。それはそれで、別の意味で頭にくるものがあるような気がするんだけど。気のせいということにしておこう。
「それだけ頭にきたってこと。それとも、アンタはそうじゃないっていうの?」
そう尋ねたら返ってきたのは
「聞いていて気持ちの良いものではなかったのは確かだが」
なんでこう、回りくどい言い方をするんだか。
「彼等は完全であることを求めているから」
溜息を吐き呟くようにそう言ったのは、先導の為に僅か手前を歩いていたレフィーだ。
何なの?それ?
エルフ達の求める『完全』っていうのは、純血であればいいってわけ?それで、それ以外のものは駄目ってことなの?
目指してるところは悪くはないんだけど、チャチいわね。それってば。
それを否定しなかったってことは、彼女も少なからずそう感じているんだと思う。
「かつてエルフは完全である神から別たれた精霊の一部であったとされるわ。けれど、『器』<かたち>をもったが為にそうではなくなった。でも、かつての姿を取り戻したい彼等は考えた。以前と同じ『完全』になれば戻れるんじゃないかって」
う、わー。限り無く、後ろ向き。てゆーか、クライわ。かなり。
まあ、思い出を振り返るのも、それを大切にするのも悪いとは思わない。けど、わたしはなんか好きじゃないわね。こうゆうのは。
だってね、不毛だと思うのよ。どんなに頑張ったところで、時間が巻き戻るわけじゃないもの。どれ程願おうと過去に戻ることなんて出来ないんだし。
それに、完全ってことはそこでおしまい。つまりはそれ以上は良くならないってことよね? 人生(エルフ生)何事も、立ち止まらずに前進してこそ成長出来るものなんじゃない。
「本当にあなたって考え方が前向きなのね。感心するわ」
「感心する必要などない。ただ単に物事を深く考えていないだけのことだ」
だから、何であんたは人を貶すようなことしか言えないのよ。
それに、考え無しのバカって言われてるように聞こえるのは、わたしの気のせいかしら?
「ホウ。意外と察しが良いのだな」
お仕置き決定。容赦なんてしてやらないからね!覚悟しなさい。
しかし、わたしが実力行使に移る前に、ファイルが重ねて尋いてきた。
「そうではないと言うのなら、答えてもらおうか?どのような手段を用いて『扉』を開くつもりなのか」
出端を挫かれたわたしは、思わず口籠る。
え、えーとそれは。・・・行けばなんとかなるでしょう。多分!
せっかく力強く断言したっていうのに、返ってきたのはあっさりそれを否定声。
「それを考え無しだと言うのだ。貴様は!そんないい加減なことで目的を達成できるはずがないだろうが!」
「な、何よ。だって仕方ないでしょう!どうするかなんて、どんな状況になってるか全然わからないんだから。考えようがないじゃない。だいたい、アンタ前に自分で似たようなこと言ってたでしょうが!なのに、なんでひとの揚げ足取るのよ」
「貴様と同じにするな!状況が不鮮明であるのに、浅慮な判断を下すのは妥当ではないと言ったのだ!」
微妙に難しい言い方して誤魔化そうとするんじゃないわよ!直訳したら同じじゃないのっ!
何か、久々だわ。ファイルとここまで言い合うなんて。
自分で言うのもなんだけど、かなり鷹揚に対処できるようになっていたはずなんだけどなあ。
心のどこかに少なからずあった不安。それが違う形で表出したってことなのかしら?
もしかしたら、ファイルも同じようなものなんだと思う。まあ、絶対に認めないだろうけど。 だってね。普段の彼なら、ここぞとばかりに偉そう講釈を垂れそうなもんなのよ。なのに、今のファイルからは、焦りのようなものさえ感じられた。
しかし、そんなわたしたちのやり取りは、レフィーにはまったく別のものに見えたらしい。
「仲がいいのね。貴方達って」
「「違う!」」
「ほら、息ピッタリ」
違う。絶対に、違う!
まったく。おかげで、あったかどうかわからない不安が、きれいさっぱりフッ飛んだわ。
だが、レフィーは思いきっり思い違いをしている。甚だしいその誤解は解消しなければならない。例えどんなことがあろうと。絶対に。
もはや、それは人生の命題に等しい。
そう固く決意したのだけれど、残念ながらそれを果たすことはできなかった。



風が、吹いた。
それは、決して勢いのある強いものではなかった。ほんの僅かに枝葉の先を揺らす程度のもの。
通常なら、おそらく気にもならないだろう。
なのに、風が吹き過ぎた瞬間。その通り路にあった樹々が、ざわりと、何かに怯えるかのようにその身を震わせた。
はらり、はらりと木の葉が舞い落ちる。まるで、涙を流すように。そして、その葉は、落葉の時節ではないのにすべてが冬枯れの色しているのだ。
それだけではない。散らずに残った葉も、それを纏う樹々もくすんだように明らかに精細を欠いている。
何なの?これは?
「禍しき風<イヴィルウィンド>。『異変』のもたらす弊害の一つよ」
わたしの疑問に答えるかのようにレフィーが語る。彼女のその瞳は痛まし気に周囲に注がれている。
『森の民』とも呼ばれるエルフ達にとって、植物が傷つけられる様は、自分自身を刻まれるように感じられるのだろう。
そっと、レフィーが樹の幹に手を触れる。どうしようもない自分の力の無さを詫びるかのように。
静かに木の葉が舞い落ちる音だけが響く。
その静寂を破ったのはファイルだ。
「己の非力を悔いるよりも、己に成せることを探す方が遥かに有意義であると思うのだがな。少なくとも、今お前がすべきことは、我等を案内することのはずだ」
その言葉にレフィーがハッと顔を上げる。
「そうね。その通りだわ」
彼女が素直に頷いたのは、ファイルの言葉が正論だったからというだけではない。その言葉の裏に、迷える者を諭す響きを感じ取ったからだと思う。
驚いた。ファイルにこんな芸当ができるなんて。偉そうにふんぞり返ってウンチク垂れるしか脳が無いと思ってたんだけど。
その瞬間、襲い来る『後脚カウンター』。しかしわたしは、それをほんの僅かに身をずらしただけで難無く躱す。
甘いわ。そんなものでわたしのふいを突こうだなんて、百万年早いのよ!
無言のまま勝利宣言を下すわたしを、ファイルは無念そうな視線で睨み付けた。
静かに、刹那の間に交された攻防。
一呼吸の間を置いて、ファイルが再び攻撃の構えを見せたその瞬間。
「先を急ぎましょう」
視線を前方に転じていたレフィーが、振り返ることなく告げる。
その言葉が、わたし達のドッグファイトに一時の幕を下ろしたということに、彼女は気付くことはなかった。



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