ダークウィザードの伝説
第1章 アクアー水のエリアー
8扉を開く者(2)
作:MIHO 2004.9.11

「あぁぁー! いいかげんストレスが溜まるぅぅぅっっっ!!」
「いきなり吠えるな。耳障りだろうが」
 うんざりとした表情でファイルが文句を言うが、そんなことは知ったことではない。
「やかましい! アンタには『あれ』が見えないからそんなことが言えるのよ」
 言いながらわたしが指差したのは、わたし達の目的地である『扉』がある祠の入り口だ。
 細波立つ水面を透かし見たときのように、不明瞭ではあるが、それは確かに存在している。
 それなのに、ファイル達の瞳には映っていないのだ。
 そこに在るのに見えない。それは、何もファイル達の眼が悪くなったというわけじゃなくて、(そうだったらどんなにいいか)それもこれも、全ては『空間が歪んでいる』せいだったりする。

 そう。歪んでいるのだ。
 真っ直ぐに延びているはずの小径が、ほんの二呼吸程度後には、蛇のように曲がりくねっていたり。かと思うと、突然二股に別れ、更に振り返ってみると、蛇行していた路が緩やかに傾斜しながらふつり、と途切れていたりもする。
 極め付きは、何も無いところから唐突に現れた地面が、地中に向かって延びているという、理不尽極まりない光景の展開が、ごく当たり前のように展開されている。
 頭の上に地面が無いだけマシかもしれないけど、この状況だと、いつそうなってもおかしくはないと思う。
 これを、歪んでいると言わずして、他になんと表現すればいいって言うの?
 端的に言うなら、『迷路』と言えるかもしれない。(但し、常識と物理法則を無視しまくった、とんでもないシロモノをそう表現するのなら、だけど)
 一体全体、何がどうしてこんな状況になったのか。
 異変の影響が原因の一つ。
 そして、もう一つが『結界』の存在。
 いま、『聖地』の周辺には『結界』が張り巡らされている。
 これは、『聖地』を守護するというより、どっちかっていうと異変の被害を最小限に留めるために『守護者』が張ったものだ。

 『守護者』って何?
 わたしが尋ねる前に、それを察したファイルの説明が入る。
「『守護者』とは、『扉』の管理及びその守護を任された存在のことだ。その重責を担う為に、御女神より力の一部を譲り受けている。端的に表すならば、御女神の眷属と言って差し支えないだろう」
 なるほど。実にわかり易い解説ありがとう。
 女神様の眷属たる『守護者』の力。そして、それに匹敵し得る『異変』の影響力。
 それらがまともにぶつかりあったとしたら?
 その結果を想像するのは、難しくはないと思う。
 かなりの広範囲に甚大な被害を与えることは間違いないだろう。
 けれど、『結界』という防波堤があるおかげで、その影響はほとんど外部に漏れてはいない。
 そのことを、本来なら喜ぶべきことなんだろうけど。少し考えればすぐに理解できるはず。
 その事実が、決して歓迎すべきことじゃないってことに。
 本来なら、外部に拡散されているはずのものを、ほとんどその内に留めている『結界』内部がいったいどうなるのか?
 その答えの一つが、いまわたし達が歩を進めている実に愉快な『迷路』というわけ。

 まあそれでも、最初は大した問題はないと思ったのよ。
 視覚的にちょっと難アリだけど、景色がだぶって視えるというだけで、それほど気になるものではないし。
 それに、ファイル達が『結界』内に一歩足を踏み入れたときから感じている、のしかかるような重圧や、胃の中を掻き回されるような不快感も、どういうわけかわたしにはまったく影響を及ぼしてはいないのだから。
 この不可思議な現象にたいして、一応の解答を示したのは、むろんのこと説明大好き『ウンチク博士』のファイルだ。
 前にグラスワード導師も言っていたことなんだけど、もともとこの世界の存在ではない為、事象に対する影響を受けにくいのだろうということ。
 但し、「神経が並外れて図太いか、鈍感であるのではないならば」と、いらん補足説明を付けるあたりは実にファイルらしいが、相変わらず一言多い!
 それは、さておき。
 残る問題は、キテレツなこの『迷路』をどう進めば踏破すべきか?ってことなんだけど。
 しかし、この件に関しては悩む必要はナシ。
 だって、わたしには本来の路が視えているんだもの。
 ま、ここはわたしにどーんとお任せ!
 意気揚々と歩を進めるまでは、良かったんだけど。
 しかし、じきにわたしは大きな勘違いをしていことに否応無しに気付くことになる。

 いかに正しい道筋を視認でき、その通りに辿ってみたところで、実際に通っているのは、歪み、複雑に絡まりあっている『迷路』の方なのだからして。
 ……その隔たりがもたらす結果は、一つしかない。
 どーにもこーにも認めたくはないんだけど、迷っちゃったみたい……。
 その事実を告げたとたん。
 豊富な語彙をここぞとばかりに駆使して、流水のごとく実に滑らかに皮肉、嫌みを織り交ぜながら、非難してくれたのは、いうまでもないがファイル。
 しかし、そのファイルの舌鋒よりも、レフィーの無言の眼差しがイタいのいはナゼなんだろう?
  極寒の地に吹き荒れる猛吹雪のほうが、暖かく感じるのではないかと思う程冷たい視線。
「ご、ごめんなさい」
 我ながら、脊椎反射並みの素早さ。でも、そうせざるを得ない程の問答無用のプレーッシャーだったんだもの。
 米つきバッタよろしく平身低頭するわたしの姿に溜飲を下げたのか、はたまた言いたい放題言ったので満足したのか。(まあ、どっちでもいいんだけど)
「過ぎたことをこれ以上とやかく言ったところで、どうにもならんだろう。考え無しのバカに任せた非がこちらにないとも言えんしな」
 じゅーぶんとやかく言ってると思うんですけど?
 だいたいね、アンタは過ぎたことをくどくど言い過ぎ。生あるものは皆輝ける未来にむかって進むべきなのよ。それなのに過去に捕われていたら歩みを止めるだけじゃなくて本来開けているはずの道を閉ざすことにもなりかねない。つまりこれ百害あって一利無し。
 内心でそこまで力説したところで、背後から微かな殺気が。
 これは、おそらく、アッパーぎみの蹄チョップ。(確認せずとも判断できるあたりに、なんか物悲しいものを感じるんだけど……)
 それはさておき。そんなものを容易く受けるわたしではないわ。
 ひらり。鮮やかに避けてみせる。
 最近は、気を押さえる術を身につけたみたいだけど。
 フッ。まだだ甘いわね。
 完全に気配を断つまでは至ってはいない。(って、そこまで熟達してもらっても、それはそれで困るものがあるんだけど)
「楽しそうね」
 ぽそり。と呟いたのはレフィー。
 いつもは、『鈴を転がすような』と表現するのがピッタリの涼やかな彼女の声。別に、声質そのものに変化は無いのに、なのに、これほどおどろおどろしく聞こえるのは何故なんだろう?
「でも、今はそんなことをしている場合じゃないと思うのだけど?」
 そう続ける彼女の周りの空気が、実にヒンヤリとしているのは何故ですか?
 まるで、そこだけ、局地的な猛吹雪に襲われているかのように感じるのは、わたしの気のせいなんだろうか?
「た、確かに。しかし、行くも戻るも手詰まりなこの状況で、下手に動く訳にもいかんだろう。それこそ、どこぞの考え無しのアホウのように迷うのがオチだぞ」
 ほんとうは、もっと続けたかったんだと思う。
 だってね、毒舌ファイルにしては実にソフトな表現だったもの。
 しかしながら、極低温のオーラを纏ったレフィーの視線が、それを瞬時に封殺する。
 あのファイルを怯ませるなんて、恐るべし! ブリザードレフィーちゃん。
「一つ確認したいのだけど、貴女が辿った道は、確かに祠へと通じる道なのよね?」
 そう訊くレフィーに、ブンブンと頭を上下に振りながら答える。
 もし、違ったとしてもそう返事をすることなんて考えられない。もし、そう答えようもんなら、問答無用で冷凍刑に処せられるだろう。
「そう」
 頷いたレフィーは、視えざる吹雪を纏ったまま、しばし黙考する。
 そして、その後。
 僅かに自信無さげに彼女は一つの仮説を披露したのだ。

 レフィーの言葉を要約するとこんな感じ。
 わたしが本来の道筋を辿っていた間、彼女は絶え間無く精霊達の悲鳴を聞いていたのだという。
 これは、上下の感覚さえあやふやな空間の中で、元に戻ろうとしながらそれを果たせないでいる。彼等の上げる苦鳴の叫びだ。
 まあ、それも無理はないと思うわ。
 レフィーやファイルでさえ、相当の苦痛を感じているのだもの。『器』を持たず、いわば純粋な精神エネルギー体である彼等は直接その影響を受けているのだから、そのダメージは筆舌に尽くし難いものだろう。
 そしてそれは、治まることはなく、異変の中心地である祠に近づく程より大きなものとなっていくのだ。
 と、言うことは? それを辿っていけば、目的地に辿り着けるのんじゃない? というのが彼女の推測。
その仮説を裏付けるものは何も無い。
 しかし、わたしもそしてファイルも、それに否やを唱えることはなかった。
 普段なら、確証の無いあやふやなものにファイルがよしということなんてあり得ないんだけどね。
 なんて言えばいいのか。いまのレフィーちゃんは、いわく逆らい難い雰囲気なんだもの。
 まあ、それに、打つ手無しのこの状況では、それがどれ程可能性の低いものであろうと、試してみる価値はあると思うし。
 何事も、やってみなければ結果なんてわからないしね。
 もっともらしい理屈で自分を納得させているけど。
 『ブリザードバージョン・ハイモード』のレフィーちゃんに逆らう無謀さ加減は、さすがに持ち合わせてはいなかった。っていうのがほんとのところかもしれない……。



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