  
−再会− 
「いい加減にしろっ!!」 
唐突に響き渡る怒声に、通行人が一斉にこちらを振り向く。 
向けられたのは不振気な眼差し。 
中には、何事かとわざわざ覗きにくるヤツもいるが、そんなことは、オレの知ったことではない。というより、そんなことを気にしている余裕はかったというのが、正しいか。 
オレは右手で、オレの頭に張り付いている火精<サラマンデル>を引き剥がし、左手でもってオレの背中をよじ登ろうとしている雪竜をつまみ上げ、そして、容赦なく地面に放り投た。 
「キャウ!」 
小さな悲鳴を上げたのは雪竜。そして、 
「何しやがんだ!このオレ様をブン投げるなんざーどういう了見なんでぃ!!納得いく説明をしてもらおうじゃねーか。大将<マスター>!!」 
息吐く間もなく捲し立てたのは、いうまでもないだろうが、火精だ。 
「召喚<よ>びもしないのに勝手に出てきたあげくのセリフがそれか」 
冷徹な一瞥を投げるオレに、やや怯みながらも、 
「そ、そんなこと言ったてよー。大将このごろちっとも喚んでくれねーじゃねーか。退屈でしょーがなかったんだよー」 
グチグチと文句を言うことは忘れなかった。 
「ならば、雪竜<こいつ>の相手をしてやってもいいだろうが」 
「それとこれとは別問題でぃ。オレ様は冷<ち>めてーのは大嫌いなんでぃ!」 
..........こ、この我がまま太郎め!! 
思わず頭を抱えたくなったオレをみて、何をどう解釈したのやら、雪竜が期待の眼差しで見上げる。 
「なんなのだ?たのしそうなのだ。ボクもまぜてほしいのだ」 
混ざるな!話が余計ややこしくなる。 
何の因果で、こうなるんだ。 
だいたい、雪竜の面倒は水精<ウンディーネ>に任せておいたはずだぞ。それを、まったく、何をやっているんだ! 
「水精。雪竜、<こいつ>のお守はお前の仕事だろうが!」 
オレの叱責に応えたのは、青銀の髪に、ほっそりとしたたおやかな雰囲気の美女の姿をした水精だ。(ちなみにこの姿は本来のものではない。上位、高位格の精霊になると、様々な姿に化身することができるのだ) 
「まあ〜。そう仰いましても〜。お二人ともとても楽しそうに遊んでいらっしゃいましたから〜〜、お邪魔するのも悪いと思いましたのですわ〜〜」 
.....。ど、どこをどうみれば、そう解釈できるんだ?相変わらずコイツの感覚は理解できん。 
ふう。知らず溜息がでる。 
始めは、良かった。雪竜も水精には懐いていたし(水と雪は姿は違うが、属性の本質は同じものなので相性がいいのだろう)何も問題はなかったのだ。 
しかし、火精が勝手にしゃしゃり出てきたあたりから話しがややこしくなった。 
ただたんに退屈しのぎにでてきた火精を、何をどう理解したのかはしらんが、自分と遊んでくれるのだと思った雪竜が火精に飛びついたのだ。 
冷たいのが大の苦手の火精が、これに悲鳴を上げたのは言うまでもない。 
そして、火精は雪竜の魔の手から逃れるために、よりにもよってオレの頭を避難場所に選んだのだ。 
火精がオレの頭にへばりついたのは、いいとしよう。(否、本当のところはちっともよくはないのだが)しかし、何故雪竜までもがオレの体をよじ登るらねばならない?ヤツには小さいながらも立派な翼があるのだ。それで飛べばいいだろうに。 
しかし、雪竜に言わせると、「そんなズルっこはいけないのだ」ということになるらしい。つまり、飛べない火精に対して自分だけ翼を使うのは卑怯だといいたいのだ。 
その理屈は理解してやらないでもない。 
しかし、だからといって、登るな!オレの背中をっっ!! 
いかに、その魔力のほとんどを封じているとはいっても、強靱な竜の肉体であることには変わりはない。 
魔的防御<マジックプロテクト>が施されているとはいえ、鋭い竜爪にかかってはオレの外套も一たまりもない。確認したわけではないが、かなり悲惨な状況になっていることは間違いないだろう。 
本来ならば、ここまで話が拗れる前に、強制的に火精を戻せばよかったのだろうが、そんなことをしようものなら、まず間違いなくヤツは拗ねる。そうなると、更に厄介事が増えることになる。 
はあ。何が悲しくて召喚主が使役精霊のご機嫌を取らなければならないのだ。 
.....胃が、痛い。 
冗談ではなく痛みだした胃の辺りに手をやったちょうどそのとき、かけられた声は、嫌味なくらい陽気なものだった。 
 
 
 
「ディナウ?ディナウ=アレイスターやないか。なんやお前さんもこっちに帰ってきとったんか」 
言いながら男は馴れ馴れしくオレの肩を叩いた。 
年の頃はオレと同じくらい。明るめの金髪を短く刈り込み、好奇心に満ちた光を宿した榛色の瞳。人あたりの好さそうな、一見好青年に見えるが、コイツが一筋縄にはいかないヤツだということをオレは知っている。 
ヤツの名は、 
「シムン、か」 
「何や何やその間は。まさかワイのこと忘れとったんやないやろな」 
そうできたならどんなにいいか。不自然に間があいたのは、よりにもよってこんなときに、会いたくもないヤツに会ってしまう自分の運のなさを呪いたくなったからだ。 
「お前のように騒々しいヤツを、忘れようとしても忘れられるものでもないだろう」 
「何やそれは。相変わらずご挨拶なやっちゃな〜。けどま、元気そうでなによりや。いや〜水精ちゃんいつもながら美人さんやな〜。お会いできて光栄の至りっちゅうやっちゃな」 
「シムン様も〜お元気そうで何よりですわ〜〜」 
この軽薄を絵に書いたような男は、シムン=グローバス。(本当はマクシミリアン=グローバスという御大層な名前なのだが、お軽い性格には合わないこと甚だしいことこのうえないので、適当に縮めている) 
オレとは扱う系統は違うが(ヤツは主に古代語魔法を使う。古代語魔法とは、遥か古のころ栄えたとされる文明で使用されていた言葉で、その言葉自体が魔力を秘めている。そして、違えることなくそれを発音することによって、言葉に秘められている魔力を引き出し、それを行使する魔導のことだ)同じ魔導師、同業者というやつだ。 
「で、この白いんわ?新入りっちゅうわけでもなさそうやけど?」 
シムンが雪竜を指差しながら尋ねた。 
「こいつは、ホムンクルス<魔的疑似生命>だ」 
「............。いや〜、いくらなんでも、それは無理がある思うで。これはどないみても・・・・・」 
「無理だろうがなんだろうが、そういうことにしている」 
シムンに最後まで言わせずにオレはそれを遮った。 
強引ともいえる方法でオレが竜の存在を伏せようとするのには、むろんちゃんとした意味がある。 
 
 
神秘の存在とされる竜が、その辺をポテポテ歩いていたのでは、厄介事の種になること間違いないからだ。
『竜』と一口にいっても、格や、属性によって様々な種類が存在する。 
大まかには、飛竜<ワイバーン>、亜竜<レッサードラゴン>などの下位種。自然の精霊力を司る精霊竜<エレメントドラゴン>、妖精竜<フェアリードラゴン>などの中位種。 
そして、聖魔の力を司る至高竜<ハイドラゴン>、創世の頃より世界を支えるとされる古竜<エンシェントドラゴン>。の三つにわけられる。 
それでなにが問題になるかというと、一般人にはその判別がつかないこと。 
それと『死後間もない竜の肉体の一部(有名なところでは心臓や牙などだ)には不死の力が宿る』と言われていることだ。 
これは、間違いでもあり、同時に正しくもある。 
というのも、不死をもたらす神秘の力は、確かに存在する。らしい。 
上位種である古竜の、その中でも特定の条件を満たしたものだけが、その力を宿すのだとされているのだ。(その条件というのがどういったものなのかは、明らかにはされていないが) 
つまりは、まったくの眉つばでもないのだが。しかし、それを手にすることなど、まず不可能だろう。 
考えてみればすぐにわかる。 
ただでさえ古竜はその存在自体が、伝説、神話の類いに属すものなのだ。(つまり滅多なことでは会えない)更に、その中からよくわからない特異性を備え、なおかつ死期間近いものを探し出さねばならない。そんな竜に巡り会う可能性など、不可能に近いだろう。 
それ以外の方法といえば、至極単純ではあるが、これまた限り無く不可能に近いのしかないだろう。 
それは、古竜を倒すこと、だ。そこら辺で珠に遭遇する、下位、中位種の竜ではなく、神に準ずる魔力を持つとされる古竜を、だ。いったいどのような力をもってすれば屠ることができるというのか。そんな方法があるとしたら教えてほしい。 
と、まあ、これは、ある程度の知識を持った者(魔導師や賢者等だ)ならば熟知していることだが、しかし、それが世間一般にも通じるかといえば、そうでもない。 
悲しいかな一般人の中にそれを理解しているものは、ごく少数だろう。仮に知っていたとしれも、それが上位種かどうかの見分けなどつかないだろう。 
そのような一般常識が流布している中に、“竜はここにござい”と連れて歩くなどもってのほかだ。 
そういった理由から、オレは雪竜をホムンクルスだと偽っているわけだが。が、しかし一般の人間相手ならばこれで十分だ。一般人には竜の見分けはつかない。同時に、それが竜かどうかなど、言われなければわからないのだから。 
むろん、それでごまかしきれるなどとは思ってはいないが。ある程度の知識を持ったものならば簡単に雪竜の存在を見分けることができるだろうが(実際シムン相手ではバレバレだったからな。まあ、オレも無理があるとは思ったが)逆に、そういった相手ならば竜相手にケンカを売るようなバカなマネはしないだろうから、反対に安心できる。 
オレの心情を理解したのだろう、シムンは「成る程、そういうわけでっか」と頷き、そしてこう続けた。 
「ほんで、名前は?」 
「名前?」 
「そや。名前。あるんやろ?」 
「名前、か。こいつの名前は、・・・・・・・・・・・」 
オレが答えるのを躊躇している間に、 
「ますたーのおともだちなのか?ボクは“ちびすけ”なのだ。はじめましてなのだ」 
嬉しそうに雪竜が応えていた。 
「ち、ちびすけ?」 
「そうなのだ。ますたーがつけてくれたのだ」 
「・・・・・・・・・・・・・・・・うわ、べったべたやな〜。なんかもうちょっとマシなもんもある思うんやけどな〜」 
小声で呟くシムン。 
やかましい! 
「けど、まあ、あんさんらしいわ」 
「ほかにも“すのーさん”(風精呼称)“つめたいの”(火精呼称)“ゆきゆきちゃん”(水精呼称)とかいろいろあるのだ。すきによんでほしいのだ」 
「・・・さ、さいでっか。ほんじゃまあ、・・・“雪ん子ちゃん”。ワイはシムン=グローバスや。よろしゅうな」 
言いながらワシワシと雪竜の頭を撫でた。 
「そないなことより、ここで会えたんもなにかの縁や。実は、話があ、・・・」 
「断る!」 
皆まで言わせずにオレは即答した。 
「いや、まだ何も言うてないやけんど。ほれにそない即効で断られたらワイ悲しいわ」 
「シムン。オレは、現時点で嫌になる程、厄介事を背負い込んでいるんだ。これ以上はごめん被る」 
「いや、そない難しいに考えることない思うんやけど」 
「マクシミリアン=グローバス。お前が今まで持ってきた話の中で、厄介事に発展しなかったことなど、一度としてない。いいか、これは、純然たる事実だ」 
冷徹なその声に含まれるものに気付いたのだろう。 
「は、ははははは」 
乾いた笑い声を上げた後、 
「せやったら、しゃーないわな。ま、またの機会っちゅうことで」 
あっさり引き下がった。相変わらず切り替えの早いヤツだ。 
しかし、またの機会、だと?冗談じゃない。機会があろうとなかろうと、関わるつもりはないぞ。 
 
 
 
  
−迷子− 
シムンには関わるまい。そう固く誓ったオレだが、しかし、その決心はあっさり覆された。 
というのも 
「せやけど、これでほなさいなら、いうんもちぃっとつれないんちゃうか?ちゅうわけで、どっかで飯でも食うてけへんか」 
と、シムンが言い出したからだ。 
しばし思案した後、オレはそれを承諾した。それくらい、さしたる害もないだろうし、断ったところでシムンが納得するとも思えなかったからだ。 
シムンが案内したのはオレにも馴染みの酒場だ。 
冒険者あがりの親父が一人で切り盛りするそこは、店主の愛想は悪いが、料理の味は絶品と評判の店だった。 
しかし、久方振りで訪れてみると。明らかに依然とは雰囲気が違っていた。 
その要因は、一重に彼女の存在だろう。 
小柄で華奢な外見からは想像つかない程、よく動く。そして分け隔てなく向けられる屈託のない笑顔。依然は余り見かけなかった十代後半と思しき小僧達の八割方は彼女目当てだろう。 
大したものだ。感心しながら彼女の姿を追っていると、それを誤解したのか、シムンはこう言い出した。 
「可愛いいやろう?ルシータちゃん言うんやで。あ!けど、目ぇつけたんはワイが先やさかい、手ぇ出したらあかんで」 
牽制のつもりかは知らんが、くだらん。検討違いもいいところだ。 
それよりも、とオレが注意する暇もなかった。 
身を乗り出したシムンはその拍子にナイフを床に落としてしまった。 
その音を聞き付けたのだろう、ルシータがこちらへやってこようとするが、「あ、構へん。自分で拾うさかいに」シムンの言葉に、「お手数をお掛けします。すぐに替えをお持ちします」と厨房の奥へと姿を消した。 
「やっぱり可愛いなぁ」とやに下がった表情でほざきながら、シムンはテーブルの下を除き、そして、不審気な声を上げた。 
「あれ?なあ、ディナウ。小っこいののコンビがおらへんで?どこ行ったんや?」 
「な、に!?」 
恐る恐る下を見てみると、確かに雪竜達の姿がない。ほんの少し前までオレの脚に戯れていたというのに。
・・・・・。嫌な、予感がする。 
念の為、傍らに控えている水精に聞いてみると。 
「お二人でしたら〜先程追い駆けっこをしながら〜あちらから出て行きましたけれど〜」 
水精の示す先は、店の入り口。 
何故止めなかったのかと、水精に聞くだけムダだろう。どうせ楽しそう(あくまで雪竜のみ)にしていたから邪魔をしなかった。とでも言うのだろう。 
果たして水精はオレの予測した通りに応え、そして、こう続けた。 
「でも〜変ですわね〜。ゆきゆきちゃんは〜ほのほのちゃんを捕まえましたのに〜そのまま
逃げてしまいましたのですわ〜。ああいう場合は追い駆ける方と逃げる方を交代するのではありませんでしたかしら〜?」 
目眩が、する。 
なんで、なんで、こんなときに一番使える風精がいないんだ!! 
しかし、どれ程望もうと、風精を召喚することは、不可能だ。風精はいま、ある事情から精霊界を離れることができないのだから。 
シムンに付き合うことにしたとき、食事くらいでは大した問題は起きないだろうと、オレは判断した。 
が、しかし、それは甘かった。 
厄介事は、何もシムンだけが持ってくるものではないのだ。 
あの時点で断っておけば、もしかしたら事態は多少変わっていたかもしれないが、(所詮、儚い望みかもしれんが)しかし、悔やんでみたところで、もう遅い。 
今は、雪竜達がこれ以上厄介事を引き起こす前に捕まえるしかない。 
ヤツらを探し出すのはそれ程難しくはないだろう。火精の気配を追えばいいのだから。 
但し、ヤツらが大人しく一所に留まっていれば、だが。しかし、その可能性は限り無く無いに等しい。おそらく、否、間違い無くこの時点でも、逃げる火精を雪竜が追い駆けているのだろう。 
「何や?もしかして小っこいの迷子になったんか?」 
溜息を吐きながら立ち上がるオレにシムンは尋ね、そしてこう続けた。 
「せやったら、ワイに任しとき!こんなこともあろうかと、火の玉小僧にポイント<魔的目印>を付けといたんや」 
・・・・・一体、どういう事態を想定していたんだコイツは?相変わらず底の知れんヤツだ。 
別に、シムンの手を借りる程の事でもないのだが、夜の町を彷徨うことなく雪竜達を探し出すことができるのならそれにこしたことはない。 
オレが承諾したのを確認したシムンは、おもむろに傍らのグラスを手に取り、それを無造作に傾けた。 
グラスから溢れる落ちた水は緩やかに広がり、そのままテーブルの縁から床に滴り落ちると思われたのだが、しかし、水はある一定の大きさに達するときれいな真円を描いた。 
自然では決して有り得ない現象。明らかに異質な力が働いている。 
その上に手を翳し、シムンは奇妙な韻を含んだ言葉を紡ぐ。 
耳なれない不思議な旋律。古代語魔法だ。それに導かれるように、円水は僅かな揺らぎを見せたあと、水面はここではない、別の場所の映像を描き出した。 
どの系統の魔導であれごく初歩的な、一般的には『遠隔視』、『遠見』と呼ばれる術だ。 
シムンにとっては、これくらい造作もないことだろう。しかし、水面は不安定に揺れ動き、確とした映像を結ばない。 
「何や、映り悪いなあ」 
ぼやくとシムンは先とは違う古代語を唱えた。 
それを受け現れたのは、大きさは掌を二つ並べたくらいか。華奢な少女の姿と、黒檀の翼を持つ生き物、小妖魔<インプ>だ。 
小妖魔は閉じていた瞼を開き、真紅の双眸にオレの姿を宿すと、 
「キャーーー。ディナウ様。こんな所でお会いできるなんて、感激ですわ!やっぱり、ディナウ様とアタクシハ惹かれあう運命なのですのね!!」 
嬌声を上げて飛びついてきた。 
「・・・・・・・・・をい。ちょっと。ジーニちゃん?」 
シムンが戸惑いを隠せない様子で、小妖魔の名を呼ぶが、しかし。 
「ここでお会いできたということは、漸くアタクシを眷属にして戴けますのね!嬉しいですわ。。」 
まったく、届いてはいない。 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 
「ジーニちゃん。いい加減にしとかんと、ワイ本気で怒るで?」 
その瞬間、大気が震えた。その言葉に含まれた、尋常ではない気配に怯えるかのように。 
それは決して気のせいなどではないだろう。その証拠に、あれ程ざわめいていた店内が一瞬、水をうったように静まりかえっている。 
その異様な空気は、永遠に酒場を支配するのではないかとおもえたのだが、しかし、それは実際にはほんの僅かの間のことだった。 
酒場にはすぐにもとのざわめきが戻った。(若干語弊があるかもしれんが) 
この店に来る客の大半は、相応の腕を持った冒険者達だ。数多の危難を乗り越える彼等にとって、これくらいのこと、どうということもない。というより、いちいち驚いていたのでは、命がいくつあっても足りないだろう。 
僅かに、シムンの方に視線をやったあと、それぞれ、酒食を摂り雑談に興じている。 
だが、しかし。総毛立つようなあの気配をやり過ごすことのできなかった者達もいる。 
ちょうど、替えの食器を持ってこようとしていたルシータと、その彼女目当ての男達だ。 
しばし、凍りついたままだったルシータは、気を取り直し、こちらへやってくる。 
「お待たせいたしました」と告げる、笑顔がやや引き攣っていたが、それは仕方のないことだろう。 
否、むしろ感嘆すべきことかもしれん。 
怯えた表情のまま、固まってしまっている彼女の崇拝者達に比べれば、賞賛して然るべきだろう。 
オレがそんな、どうでもいいようなことを考えている間も、シムンとジーニの攻防は続いている。 
おちゃらけた口調にはまったく変化はない。その面にもにこやかな笑みが浮かんだまま。しかし、力あるものならば、即座に気付いただろう。シムンが紡いだはその言葉に、強制<ギアス>の魔力が秘められていることに。 
「い、嫌ですわ。シムン様<マスター>。そんなに痛くしちゃ。」 
ジーニの方も相変わらず軽い口調は変わらない。しかし、その表情には明らかな苦痛の色が見られる。 
「なら、ワイの頼みきいてくれるな?」 
「頼み、だなんて。アタクシの身も、心も貴方様のものですのに。どうぞ、何なりとご命じくださいませ。」 
・・・さすがはシムンの使い魔というべきか。大した変わり身の早さだ。 
これにはさしものシムンも呆れたのか、溜息を吐き、疲れたような口調で続けた。 
「ま、なんでもええわ。頼みっちゅんはな、実はディナウんとこの小っこいののコンビが迷子になってしもうたんや。大体の場所は掴めたんやけど」 
ここで一反止め、机上の水鏡を指した。 
「見ての通り、なんやよう知らんけど映りが悪いんや。そこで・・・」 
「な、なんてことなのでしょう!ディナウ樣、ディナウ様は今お困りでいらっしゃいますのね。そして、このアタクシの力が必要だと。そう仰いますのね」 
ここで一端言葉をきり、夢見るような眼差しで虚空を眺め続ける。 
「はう。やはりこれは運命。この事態をアタクシが見事解決してみせる。そうすれば、ディナウ様はアタクシを眷属に加えてくださるに違いありませんわ。。」 
シムンの言葉を遮り、ひとりで勝手に盛り上がるジーニ。そして、彼女はくるりと身を翻し一礼してみせると。 
「そういうことでしたら、このジーニにお任せあれ」 
浮かれた声を残し、水鏡の中に姿を消した。(水鏡は、他の場所の情景を映す映像盤であると同時に、場と場を繋ぐ転位ゲートでもあるのだ) 
しかし。 
「なあ、ディナウ?あいつ、肝心のこと聞かんと行ってもうたけど、『小っこいの』っちゅうんが誰か、ちゃんと解ってる思うか?」 
「さあ、な」 
・・・・・・・・・・・・・・・。 
言い様の無い不安が胸を過る。そして、厄介事の種が芽を出そうとしていることも、決して気のせいではないだろう。間違いなく。 
ボヤいたところで、何の意味もないことは、わかっている。が、しかし。 
あえて、オレは言いたい。 
なんで、こうなるんだ? 
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