魔導師と雪竜2(中編)
作:MIHO イラスト:Pearl Boxより

魔導師と雪竜2続編です。



−潜入−

それを、何と表現すればいいのだろうか?
あえて言うならば、ありとあらゆる色彩を混ぜ合わせ、無造作に塗りたくった結果、破滅的なまでに、不況和音を奏でる奇怪極まりない建造物。
良心的な解釈をすれば、前衛芸術といえないこともないが、しかし、そんなことをしようものならば、前衛芸術の担い手に吊るし上げをくらうこと間違いないだろう。
端的に現すならば、それは、『悪趣味』と言う他はない代物だ。否、その表現すら、生温いかもしれんが。
しらず、溜息が出る。
そんなオレの心の内を知ってか知らずか。
「ま〜。とても素敵なお家ですわねぇええ〜」
水精がとことんズレまくった感想を述べる。
ツッコミを入れる気力もない程脱力したオレに、止めを刺すように、
「いや〜水精ちゃんもそない思うか?なんや気ぃ合うなぁ。ホンマ」
・・・・・・・・。
こ、こいつらは!一体どういう感性をしているんだ!!
「思いっきり不満そうやけどな、ディナウ。実はここ、結構穴場やったりするんやで。エクサスの街に来てここを観ぃひんかったらモグリやいうて、かなり人気あるんやさかい」
あ、頭が痛くなる。
こ、この建物が、『観光名所』だと?この、悪趣味さえも超越した凶悪なまでに奇妙奇天烈な物体が!?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
確かに、善くも悪くも、ただ一点を追求し(どちらかといえば、それをぶっちぎっている気もするが)それを具現したものは一見の価値はあるかもしれん。しれんが、しかし、これを観たならば、むこう一月くらいは悪夢にうなされるだろう。まず間違い無く。
そして、おそらくその全てのものは、決して、二度と、この場所に近付こうとはしないだろう。剰<あまつさ>え、この中に入ろうなどとは、露程も思いはしないはずだ。
それはオレとて同じ。
だが、しかし、そうもいかない理由があるのだ。
というのも。


時間はしばし戻る。
妄想モード大爆発で、ジ−ニが水鏡の中に姿を消してからしばらくして。
それまで、ユラユラと不確かな情景を映すばかりだった水面が、急に鮮明な映像を描き出した。
どうやら、無事ジーニがあちら側に辿り着いたようだ。まあ、その辺はシムンもオレも心配はしていないかったが。
奇矯な言動からは想像するのは難しいが、ジーニはあれでなかなか使える。まあ、そうでなければ、シムンが使役するわけはないのだが。(いい加減なようでいて、シムンは計算高いところがあるからだ)
映像盤はどこかしら屋内の情景を映している。眼が痛くなるような原色の石材を敷きつめた廊下。そこを過る白く小さな物体。雪竜だ。
雪竜は何かを背負っている。というより、引き摺っているというほうが、正しいか。
その『何か』とは、鮮やかな真紅の鱗を持った蜥蜴に似た生き物で、今は、柔らかそうな腹を晒しているからそれを確認することはできないが、そいつが額から背の半ばにかけて炎の形状をした鬣のごときものを持っていることをオレは知っている。
真紅の鱗と炎の鬣を持つ蜥蜴に似た生き物。間違えようもないその姿体を持つもの、それは、『火精』だ。
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何がどうなってこういう事態になったのかは知らんが(考えたくもない)、どうやら火精が気を失っているようだというのは、間違い無い。
そうでなければ、冷たいのが大の苦手の火精が、雪竜が傍に近付くのを黙って見過ごすはずがない。剰え、このような、荷袋のごとき扱いを受けて黙っているはずがないのだ。
やがて、オレの耳に酒場を満たす喧噪とは別の音が聞こえた。
「・・・・・・んしょ。んしょ。がんばるのだ。んしょ。んしょ」
甚だ気の抜けるこの声は、雪竜。
どうやら、魔力が安定したらしい。今まではただ、映像を伝えるだけだった水鏡が音声も伝達しているのだ。
そのまましばし、気合いの入らないかけ声えをかけ、進んでいた雪竜は、廊下の分岐点の前で立ち止まり、少し考え、そして。
「う〜ん。どっちにいけばいいのだな?こまったのだ。」
しばしの間。
「・・・・・・よし!きめたのだ。こっちなのだ!」
高らかに宣言した。
をい。その自信の根拠はいったいなんなんだ?それよりも、よりにもよって、何で明らかに地下と思われる方向に進むんだ!
しかし、当然オレの声は届かず、雪竜は意気揚々と、火精を引き摺ったまま、階下へと姿を消した。
・・・・・・・・・誰か、否定してくれ。この現実を。
オレの魂の叫びが聞こえたわけではないだろうが、俄に、水鏡が乱れた。そして、程なくジーニがこちらへと戻ってきた。
「驚きましたわ。あの白い方ったら、わざわざトラップ<罠>のほうへ行くのですもの。取りあえず、まやかしをかけて、ダミーを反対に走らせておきましたけれど。大丈夫かしら?本当はお二方をこちらにお連れできればよかったのでしょうけど」
それは、鮮やかとしかいいようのない手際の良さだ。しかし。
「お前、なんも聞かんといったのに、何で『小っこいの』のことわかったんや?」
「あら、そんなの当然ですわ!あちらの赤い方、火精さんですわよね?あちらの方からは、ディナウさまの『香り』がしましたもの。」
「さすがはワイの使い魔や!ようやったでジーニちゃん」
何故そこで誉める!突っ込むところだろうが。ここわ!
・・・・・・・・・・・・相変わらず、この主従の感覚は理解できん。(したいとも思わんが・・・・・)
「けど、それは置いといてや、早いことおチビちゃん達を捕まえらな、ややこしいことになるんとちゃうか?」
言われるまでもなく、そのとおりなのだ。あまりにバカバカしい会話のせいで、もう少しで肝心のことを忘れる所だったが。


一刻も早く、あのバカ供を連れ帰る。
そう固い決意のもと、勢い込んで来たわけだが。しかし、オレは此の後に及んで尚、ためらいを隠すことができなかった。
いったい、この非常識さえも遥かに超越した建物を前にして、躊躇しないヤツがいるというのだろうか?もしいるのならば、オレはソイツを文句なしに尊敬するだろう。
「それにしても、楽しみやなあ。中はどないなっとんのやろ?」
「そうですわね〜。きっと〜内装もとても素晴らしいのでしょうね〜。本当に〜楽しみですわあ〜〜」
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ツワモノは、極近くに存在した。だが、残念ながら、一向に尊敬の念は沸き上がってはこなかったが。
しかし、おかげでオレの腹は決まった。
こいつらをみていると、物事を真面目に考えることが、バカバカしく思えてくる。オレの迷いなど、ほんの些細なことなのだろう。(・・・たぶん)
「それで、どないする?正面から行ったところで、グ−ノのおっさんが気持ちよう入れてくれるとは思えへんけどな」
まるで、オレの心が決まるのを待っていたかのような絶妙のタイミング。
その言葉にオレは、別の(どちらかといえば、こちらの方がより重要だろう)問題があったことを思い出した。
この屋敷の主人、ベフラン=グ−ノとシムンは少なからず因縁があるのだ。
ヤツが、この場に居るのも、その因縁の一つと言えよう。
シムンは何も、雪竜達の身を案じている訳でも、また、オレに助力する為に(多少はオレに恩を着せようという腹があることは、間違いないだろうが)ここまで付き合っている訳では、無い。断じて。あくまで私的な理由による。
シムンは、本業の他に、古代帝国時代の遺蹟に潜って秘宝などを集める、いわば盗掘まがいのことををしている。
「副業やのうて、こっちのがワイの本職やねんけどなあ。それに人聞きの悪い言い方せんと『トレジャ−ハンタ−』っちゅうてほしいわ」
とシムンは寝言をほざいているが、そんなことはどうでもいい。
問題は、グ−ノも同じように古代秘宝を収集していることだ。(といっても、何もグ−ノ自身が遺蹟探索に行く訳ではなく、専門の業者を雇っているのだが)
そして、更に達の悪いことに、両者の好みは似通っているらしく、遺蹟で鉢合わせすることが、多々ある。その際に、どちらかが一歩譲るだけの、鷹揚さを持っていればいいのだが、悲しいかなそれは無いものねだりというものだ。
ほぼ、全ての場合において、熾烈な秘宝争奪戦に発展している。
今回はグ−ノに先手を打たれたらしく、それを奪還するためにこの場に居るという訳だ。
と、これは全てシムンの事情だ。オレが雪竜達を引き取るのには、何の関係も無いことと思えるのだが、しかし。
ここに最大の関門がある。グーノがオレをシムンの仲間だと看做していることだ。
それは違う。誤解だ。と否定したところで、ベフラン=グーノは他人の話しに耳を傾けるような度量は持ち合わせてはいないのだ。
それもこれも、依然にシムンの秘宝奪還に付き合ったことがあったせいなのだが。
懲りないことにシムンは今回もオレを巻き込もうとしていたらしいが、(シムンと再会したときのヤツの『話し』というのがそれだ)ハッキリキッパリ断っている。
そんなことをしようものなら、自分自信でシムンの仲間だと肯定することになる。冗談ではない。
しかし、オレは関係ないと言ったところで、グーノが心良く門を開いてくれないことには変わりない。さて、どうするか?
「取りあえず、その辺の壁ブチ貫いてみよか?」
物騒な提案をオレは即行で否定する。
「シムン=グローバス。オレは、出来得る限り、穏便に事を済ませたい。お、ん、び、ん、にだ!その言葉の意味が理解できるな?」
「嫌やな〜。そんな怖い顔して怒らいでもええやんか。軽い冗談やのに。けど、ほしたら、ほんまどないする?なんか手あるんか?」
シムンの言葉にオレはしばし、逡巡した後答えた。
「行き当たりばったりの貴様とは違って、手段は考えている」
「またまた〜。そない言うて、いま考えたんとちゃうんか〜?」
どうやら、マクシミリアン=グローバスという男は、『口は災いのもと』という言葉を知らないらしい。
剣呑な視線にいかなる殺気を感じたのか。
「あ、あはははは〜。か、軽いジョウダンやで」
必死に弁解するシムンを無視してオレは呪文を紡ぐ。
“汝、闇の衣を纏いし者よ。漆黒の翼持ちて暗き夜を駆ける者よ。盟約のもと、我わ命じる。界と界を繋ぎし『扉』をくぐりて疾く来たれ!宵闇の眷属、闇精<シェード>よ!”
呪文が終わると同時に、オレの眼前、一、二歩程離れた空中に漆黒の闇が湧き出たかと思うと、即座にそれは小さな黒い門の形に変化した。
そして、その門をくぐり、顕われたのは。
漆黒の獣毛と翼を持つ翼猫<ウィングキャット>の姿をした獣。闇精だ。
闇精は、額に一房だけある毛と同じ、深紅の眸で、緩やかに辺りを見回すと、猫がするように伸びをし、大きく欠伸をすると、中に浮いたまま丸くなった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「寝るな!!!起きんか。このっ!年がら年中惰眠を貪っておいて、この上まだ寝足りんというのか!!」
オレは闇精の襟首を掴み、ガクガクと揺さぶったまま、その耳もとに怒声を浴びせた。
「御主人様<マスター>。そんなに手荒にしましたら〜、やみやみちゃんの〜首が取れてしまいますわ〜〜」
そうなったとしても、一向に構わん。だいたい、翼猫形態<これ>は闇精の本来の姿ではないのだから、首が取れようが、脚がもげようが、まったく実害などないのだから。
オレの鬼気迫る気配を察したのだろう。ようやく闇精が、眠た気な眼を実に面倒そうに開いた。
茫洋とした視点をオレ据え、「・・・ン?盟主<マスター>?何ダ?コノヨウナ朝早クカラ?」ヌケヌケとほざいた。
「夜だ!今は!」
「ソウカ。デハ、良イ夢ヲ・・・」
ね、る、な、っ!!と言っているだろうが!この惰眠猫が!!!
「ンムムムム?モシカシテ、何カ用ガアルノカ?」
もしかしなくても、そうだ。
「ナラバ、始カラソウ言エバ良イト思ノダガ?」
ああ、その通りだ。だが、説明させなかったのはどこのどいつだ!!
怒鳴りつけたいのを必死に堪え、オレは状況を説明した。
闇精は寝ぼけ眼のまま聞いていたが、「ナル程。状況ハ理解シタ」と小さく頷くと、ようやく、重た気な半眼を見開いた。と同時に一房だけ色の違う額の毛が、より深い深紅にそまった。(闇精の覚醒状態に反応して色の濃度が変わるのだ)
話しが纏まったのを見て、シムンが「ほな、そろそろ行こか?」と声をかける。
さも当然のように付いて行こうとするシムンに、オレは再度、念入りに釘を刺した。
「念の為に確認しておくが、ここから先は別行動だ。貴様とオレは何の関係もない。お前が何をしようと、オレは関わるつもりもないし、そちらも一切、関わるな!いいな?」
「そないくどう言わいでもちゃんと、ちゃんとわかっとるて」
自信たっぷりに言い切るシムン。しかしこういったヤツの言葉程、あてにならないものは無い。そのことを、オレは良く知っていたが、しかし、あえてオレはその考えを無視した。
ほんの僅かな時でもいい。心の平穏を手に入れたかったからだ。それが、実に儚い望みであっても。


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