魔導師と雪竜2(後編)
作:MIHO イラスト:Pearl Boxより

魔導師と雪竜2後編です。2はこれで終わりです。



−暴走−

夜の帳の中にあってさえ尚、それとわかる程、強烈な原色に彩られたオブジェ。それが乱雑に配置された庭をオレ達は進む。
興味深そうにオブジェを眺める水精の目の前を、警護と思しき装備をした男が通り過ぎるが、しかし、男はオレ達に気付く気配はまったくなかった。
それも当然だろう。オレ達は今、『ここであって、ここでは無い場所』、闇精の張った結界の内に居るのだから。
グーノの屋敷に潜入する際に問題になることが一つ。グーノが屋敷の周りに張り巡らせた侵入者撃退用の感知魔法だ。これは、特定の出入り口以外から、屋敷内に入ろうとする者を感知し、自動的に撃退する防御魔法の一種だ。
正攻法で邸内に入ることの出来ないオレ達は、それ以外の方法をとるしかないのだが、そうすると、当然、これに引っ掛かる。仮に、魔法が発動しても、対抗するくらいは造作もないことだが、しかし、オレはギリギリまで穏便にことを済ませたいと思っている。
ならば、どうするか?答えは簡単だ。要は感知されなければいいだけのことだ。
オレは闇精に命じ、オレ達を結界で包み、その結界だけを界と界の狭間に転位させた。部分的に空間をずらせたわけだ。
こうしてオレ達は難関を易々とすり抜け、邸内に潜入することに成功した。
「まあ〜あのお人形さん。かわいいですわねえ〜。やみやみちゃんもう少し近くに寄ってくださいませんかしら〜?」
「ン?解ッタ」
「・・・お前達は、オレ達は観光に来ているわけではないんだぞ!わかっているのか?」
油断するとすぐに横道に逸れる。まったく気の休まる暇もない。
「残念ですわね〜」名残り惜しそうにお人形さん(奇怪なオブジェ)を眺める水精を、「そんなに見たいのならば、後でゆっくりと見ればいいだろう」と宥めたのだが、しかし、それが決して叶わぬ願いになろうとは、この時のオレは知るよしもなかった。
それは、ともかく、今は雪竜達だ。
「それよりも、雪竜の気配はちゃんと捕らえているのだろうな?」
オレの問いに
「大丈夫ですわ〜。あ、やみやみちゃんあちらへ行ってくださいな〜〜」
自信たっぷりに答え、闇精を誘導する。それに応じて闇精が進行方向を修正する。
事を隠密裏に運ぶことには適している異相結界だが、弊害が一つ。
空間をずらせた為に、オレが火精の気配を読取ることが出来なくなったことだ。意識を繋げておけば、こんなことはなかったのかもしれんが。
やや効率は悪くなるが、雪竜達が向かったと思しき地下を虱潰しに探すしかないかと、いささかげんなりとしたのだが、その必要はなかった。
「あら〜、ゆきゆきちゃんのいる所でしたら〜わかりますけれど〜」
「ほんとうか?」
「はい〜。ゆきゆきちゃんは〜私と同じ水の属ですから〜こちらからでも辿ることはできるとおもいますわ〜〜」
その言葉を信じ、こうして進んでいるわけだが、じきに横道に逸れようとする水精の行動に、本当に大丈夫か?と疑いたくなってしまう。
オレの疑惑の念をよそに、のほほんとした口調で「あちら〜、こちら〜」と指示する水精に導かれるまま、どれ程すすんだだろうか?
「あ〜あそこですわ〜〜」
水精が示す先は、ゴテゴテと色とりどりの装飾を付けた扉の向こう。
扉は人一人が通れるくらいに開いている。まるで、誘い込むかのように。
一瞬、躊躇したが、ここまできて、手ぶらで帰るわけにもいかない。決心すると、オレは闇精に先へ進むよう命じた。


「これはこれは、アレイスター君。随分とお久し振りです。しかし、おかしいですねえ?私は貴方をお招きした覚えはないのですが?」
やや、甲高い男の声。言葉の端々に潜む嫌味たらしい口調。
成る程。いくらなんでも、順調過ぎると思っていたが。やはり、罠だったか。
どうやら、まんまと誘い込まれたようだ。
「さて、いつまで隠れんぼをしているつもりです?そこに居るのはわかっているのですよ。どうやら、グローバス君と別行動をとり、揺動をかけるつもりのようですが、そんなもので私の眼はごまかせませんよ?」
「何か、誤解があるようだが?オレとシムンは無関係だ」
闇精に結界を解除させ、オレは答えた。
「おやおや。そんな子供騙しに乗るとでも?それに、アレを見ても同じセリフを言うことができますか?」
グーノの示す先、それを見たオレは、即座に頭を抱えたくなった。
屈強の男達に追われ、こちらへやってくるのは、マクシミリアン=グローバス!
「あれ?ディナウ?なんでこんなとこにおるんや?」
それは、オレが、聞きたい、ことだ!!
何故、貴様が来る!これでは、別行動をとった意味が全くないだろうが!
「そないなこと言うたかて。ワイかてそないなつもりはなかったんやで?ただなあ、ディナウの言うとったように穏便に済ませようおもて、逃げ回っとら、ここに追い込まれてもたんや」
嘘だ!ヤツは、わざとオレを巻き込むぐらいのことは平気でする男だ。
しかし追い込まれたというのもあながち嘘ではない。
おそらく、揺動作戦をとった(と信じている)グーノが、オレとシムンを一網打尽にしようとして、ここに誘い込んだのだろう。シムンのヤツは望んでここに来たのかもしれんが。
・・・・・・・・・・・・。
とにかく、誤解は解かねばならない。おそらく無意味だろうが。
「誤解だ。オレはそいつらを引き取りにきただけだ」
グーノの足下、どうやら、眠りの魔法を掛けられているらしい火精達を示し、主張した。
「引き取る?それはおかしいですね。これは、私が正当な手続きを経て買い取ったものですが?」
な、に?買った、だと?
ヤツらが迷子になって半日も経っていないんだぞ?展開が早すぎる。まるで、誰かがお膳立てしたかのように。
思わず抱いた疑惑の念を敏感に感じ取ったのだろう、シムンが否定する。
「ちゃうちゃう。ワイやないで」
別にそれ程慌てて否定する必要はない。シムンがそんなことをするはずはないことは、オレも知っている。
そう、シムンは、こんな面倒なマネはしない。ヤツならば、オレの使役精霊を捕まえ(シムンの性格からして、水精は外すだろうが)放っておけば、明日の朝には死んでしまうような、質の悪い呪をかけて、そしてこう言うだろう。にこやかな笑みなど浮かべながら。「ちょっと頼みがあるんやけど?」と。
「・・・何やようしらんけど、ボロッカスに言われとるような気いするんやけど?」
「気のせいだろう」
シムンの疑問を即座に切って捨てる。
「先程から何を訳のわからないことを話しているのです!」
自分の存在を無視して進められる会話に業を煮やしたのだろうグーノが叫ぶ。自己主張の激しいこの男にとって、無視されるのは我慢できないとみえる。
その声に反応するかのように、グーノの足下で、気持ち好さそうな寝息をたてていた雪竜が目覚めた。
「???ん〜〜〜?あっ。ますたーなのだ。むかえにきてくれたのだ」
オレの姿を眼に留め、雪竜が嬉しそうに声をあげる。
「ありがとうなのだ。きれーなおにいさん(そう呼べと言われたらしい)のいったとおりだったのだ。ほんとにありがとうございますなのだ」
グーノを純真な瞳で見上げ続ける。
「うっ!」
言葉につまるグーノ。おそらく、オレの所に戻ると言い張る雪竜を、ここで待っていれば、オレが迎えに来る。とか何とか言って言い包めたのだろう。
それは、まったくの虚言ではないかもしれない。しかし、心に疚しい思いを抱いている者にとっては、雪竜の純粋な眼差しは、かなり、堪える。
致命的精神打撃を受け、固まったグーノを見ながら、オレは内心安堵の溜息を吐いていた。
やはり、やらなくて良かった、と。
雪竜達が迷子になったとき、手間を掛けずに済む方法があったのだ。片方だけならば。
オレの使役精霊である火精は、再召喚をして強制的に喚び戻せばいい。実に簡単だ。
雪竜の方は、そういうわけにはいかないが、しかしヤツはオレの使役獣ではない。勝手にくっ付いて来ただけだ。ヤツがどうなろうと、オレの知ったことではない。そう、オレが責任を感じることは、何も無い。
・・・が。
「おいていかれるのはいやなのだー。ひとりぼっちはさみしいのだー」
丸い瞳から滝のごとく涙を流し、泣きじゃくる雪竜の姿が、容易に想像できる。それは、甚だしく良心の呵責を覚える光景だ。かなり、後味が悪い。
そう思い、その案を却下した訳だが。
やはり、オレの判断は正しかった。もし、実行していたならば、今のグーノのように、心の葛藤に耐えねばならないのだから。
「と、当然でしょう。この私が嘘を言うはずがありません。よ、良かったですねえ。アレイスター君が迎えに来てくれて。もう、迷子になるのではありませんよ」
あっさり、敗北を認めた。無理もあるまい。内心オレはグーノの為に合掌した。
「わかったのだ」
応え、雪竜が当然のように火精を引き摺ってくる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
沈黙が支配する。誰も言葉を発することが出来ない。ただ、雪竜のぽてぽてとした足音と、火精が引き摺られる音のみが、響く。
「ただいまなのだ♪」
「はい〜。ゆきゆきちゃん、おかえりなさいですわ〜」
場の空気を一切無視したやりとり。さすがのシムンもツッコミを入れることが出来ない。
「え、えーと。取りあえず、良かったな。ディナウ」
「あ、ああ」
このまま、帰っていいのだろうか?
見当違いの疑問をオレが抱いたとき。
「ま、待ちなさい。もう少しで誤魔化されるところでしたよ。グローバス君、きみの手にしている秘宝のことは、話しが済んでいませんよ?」
グーノが我にかえった。
「チッ。もうちょっとやったのになー」
どうやら煙に巻くつもりだったらしい。
しかし、ここから先は、オレの知ったことではない。勝手にやってくれ。
早々に退散しようとしたのだが。
「そりゃつれないで。ここまできたんやから、もうちょい付き合うてえな」
シムンに引き止められ、そのうえ。
「このままそう簡単に帰れるつもりでいるのかしら?ディナウ=アレイスター。相変わらず大した自信ね」
艶のある女の声が、オレの足を止めた。
現れたのは、鮮やかな真紅の髪。深いアメジストの瞳に抜けるような白い肌。複雑な紋様の入ったローブを身に纏った派手な顔立の女。
「久し振りね。『ヴォルトゥ−スの護り手』」
極一部の者しか知らないはずの名でオレを呼ぶ。久し振り、というからには、以前オレに会ったことがあるのだろうが、しかし、誰だ?こいつは?
こんな目立つ顔立の女、一度会えば忘れるはずはないと思うのだが。
・・・。記憶にない。
「あら?何の挨拶もなし?それとも、私のことを忘れたというわけではないでしょうね?」
すまんが、その通りだ。
正直に答えると。
「なっ!?」
女は絶句し、驚愕の表情のまま凍りついた。
「ディナウ。そりゃないで。エルダちゃんやないか。忘れるか、普通?こんなべっぴんさんを?」
悪かったな。お前のように顔の美醜で覚えているわけではない。
しかし、エルダ?
もしかして、「エンシェラルダ=メイヴィスか?」
「そ、そうよ。その、エンシェラルダ=メイヴィスよ。簡単に忘れられてしまうくらい、影の薄いエンシェラルダ=メイヴィスよっ!!」
眼に涙を溜め、絶叫する。
誰も影が薄いなどとは言っていないと思うが。
しかし、覚えていなくても、無理はない。以前とはかなり雰囲気が変わっている。前はこれ程派手な化粧をするような女ではなかったはずだ。
「エルダちゃん、こんな薄情なヤツやめてワイにせえへん?」
「嫌よ!このまま諦めるなんて!絶対、どんなことがあっても、私のことを忘れられないようにしてやるんだから!!」
良く叫ぶ女だ。血管が切れるのではないかと、いらん心配をしてしまう。
「ふ、ふふふふ。どいつもこいつも、このベフラン=グーノ様を無視しやがって!秘宝を大人しく返せば、許してやろうと思っていたが、もう、我慢ならん。このクソどもが!腕の一二本では済まさんぞっっっ!!」
エルダではなく、グーノが切れた。
「メイヴィス!殺ってしまえ!」
しかし、他人任せであるところは変わらないようだ。
「言われずとも、そのつもり!」
「ちょっと待ってえな。エルダちゃん、ワイ痛いのは嫌やねんけど?」
「あら?大丈夫よ。後で、ちゃんと治癒魔法をかけてあげるわ。気が向いたら、ね」
もはや、問答無用。といったところか。
戦るしかないようだな。とんだとばっちりだが、仕方がない。
「ほない言うたかて、エルダちゃんのは、まんまディナウのせいやで?」
濡衣だ。と声を大にして否定することができないのが悔しい。できたところで、そんなことを言っているヒマなどないだろうが。

「エアブラスト!!」
呪句とともに解き放たれた力がオレを襲う。
それを、オレは大気の盾<エアシールド>で相殺する。
「甘いわね」
オレがそう動くのは予想済みだったのだろう、予め時間差で放っていたのだろう、風の刃がオレの背後を狙うが、「それはこちらのセリフだな」言い終わらぬ内に、水精が援護に入った。
「あらあら〜残念でしたわね〜〜」
のんびりとした口調で言いながら、水精は水の膜で風刃を包み込んだ。オレのように同じ属性の力で相殺するのではなく、より強力な力で無理矢理抑え込んだのだ。
水精は外見からは、あまり想像できないが、かなり大雑把な質だ。戦い方も力任せの場合が多い。
「ズ、ズルイ!二人がかりなんて、卑怯だわ!!」
エンシェラルダが抗議の声を上げるが、しかし。オレは彼女の背後に視線を遣った。
そこには、陸に打ち上げられた魚のように、無惨な姿を晒す戦士の群れ。
「始めに数に頼ったのはそちらの方だと、思うが?」
その他大勢の戦士達は、その実力を出し切ることなく、オレとシムンの連撃に、早々と撃墜されている。(その際、水精は一切、手出しはしていない。恐らく、面倒だったのだろう)
「ウッ。細かいことを指摘しなくてもいいでしょう!!」
八つ当たり気味に放った氷の槍<アイスランス>がシムンへと向かうが、「う〜ん。どうせやったら、熱い愛の炎の方がええねんけど」あっさりと、撃退されている。
成る程、グーノが彼女を雇っている理由もよく理解できる。
オレとシムン(+水精)相手によく戦っている。そうそう出来ることではない。が、しかし、明らかに形勢不利だろう。
状況を見て取って、降参してくれれば良いのだが。
無理、だろうな。エルダはともかく、グーノは簡単には諦めはしないだろう。(そうでなければ、シムン相手に何度も争奪戦を繰り返すことなど出来ないと思う)
そこまでは、オレも予想したのだが、まさか、さすがにグーノがそれを上回る最悪の行動に出るなど、まったく、及びもつかなかった。

「ええい!クソども!これを見ろ!」
言いながらグーノが高く掲げたその腕には、闇精が逆さ吊りにされていた。(恐らく、この事態にも関わらず、その辺に浮かんだまま眠りこけていた闇精を捕まえたのだろう)
それを見た瞬間、オレの顔が瞬時に強張る。
「ふっふっふ。こいつの身が可愛いのなら、大人しくするのだな」
オレの顔色が変わったのを見て、優位に立てたと勘違いし、グーノは続ける。
別に、オレは闇精の身など安じてなどいない。強制召喚をすれば、簡単に取り戻すことができるのだから。
問題は、グーノが闇精の尻尾を掴んでいることだ。
よりにもよって、何てことをする!
「あら、あらまあ〜。これは大変なことになりますわねえ〜」
とてもそう思っているとは思えない、のんびりとした口調で言う水精の言葉を最後まで聞くことは無く、オレは闇精を強制的に呼び戻そうとした。
しかし、遅かった。

闇精の身がブルリと震え、翼猫の姿が歪む。そして、
闇の精霊力が破裂した。
「なっ!?」
グーノがその力に抗しきれず吹き飛ばされ、そのまま失神する。
自業自得というものだ。ヤツは闇精の逆鱗に触れたのだから。
どういう理由があるのかは知らんが、闇精は翼猫形態のとき、尾の付け根を触られることを極端に嫌う。そして、力を暴走させる。以前もそれで、かなりの被害を被ったことがある。
こうなると、もはや、止める術はなく、ただ、ヤツが力を使い切るのを待つしかない。
前とは違い、グーノの屋敷に被害が出たところで、オレにとっては何の問題はない訳なのだから、そのまま嵐が通り過ぎるのを待つことにしたのだが。
しかし、ここで予想もできない事態が発生した。

「うわ!な、何や?これ?」
シムンの手にしている秘宝が光りを帯びている。闇精の力に呼応するかのように脈動している。
「な、何をしているの!早くそれを封じて!それは、魔力増幅媒体<マジックブースター>よ!!」
エンシェラルダが叫ぶ。
な、何だと?
「あ、あかん。こっちも暴走しとる!」
シムンがお手上げやとブースターを投げ捨てた。
その間も、両者は相乗効果を伴い、見る見る力を増大させる。
このまま放っておけば、グーノの屋敷に被害が出る程度では済まない。下手をすればこの辺一体が吹き飛ぶかもしれん。
「ど、どないするんや?ディナウ?」
「抑えるしかないだろう!」
「む、無茶やがな!」
無茶でもなんでもやるしかないだろう。
「半分は貴様のせいだからな、手伝ってもらうぞ。エルダ、お前にも頼みたいのだが?」
手は多い方がいい。駄目で元々と、オレはエルダにも声をかけるが、予想に反して、彼女はあっさりと了承した。
「わかったわ。それで、どうするつもり?」
「我慢比べ、だ」
不思議な顔をするシムン達にオレは策を説明する。
まずは水精の力で、闇精を閉じ込める結界を作る。そのままでは、その結界内に力が凝縮されることになるので、一ケ所だけ、わざと力の抜ける隙間を開けておく。
これで、ブースターに流れる力を大幅に抑えることが出来るだろう。
同時にブースタによって増幅される力を出来得る限り減殺する為に、魔力滅砕の呪文をかける。これはシムンの担当だ。
オレは、術者の身を守る防御魔法を行使すると共に、闇精、ブースターを包むように結界を張る。
更に、万が一の場合を考えて、被害が外に漏れないように、屋敷全体を守護結界覆う。これは、エンシェラルダに頼んだ。屋敷に巡らされた防御魔法を応用すればそれ程難しいものではない。(元々、あの魔法はエンシェラルダのものだ)
役割分担はこんなところだ。
「な、それでは、不公平だわ!」
エンシェラルダが異論を唱える。
「何がだ?」
「だって、貴方に負担が掛かり過ぎるでしょう」
確かに、闇精とブースター、二つを一度に抑えるのが、一番骨が折れるだろう。
が、しかし、それぞれの特性を考えれば、この割り振りが一番だと思うのだが。ちゃんと説明すれば、エルダを説き伏せることもできるが、しかし、今は時間が惜しい。
「わかった。では、お前にはオレの補助をしてもらおう」
譲歩しながら、しかし有無を言わせぬ口調に、渋々エルダは折れた。
「ぼくは?ぼくもなにかしたいのだ」
・・・。
期待を込めて雪竜が見上げる。だが、まったく頭数には入れていなかったのだ。その意気込みは買うが、しかし、大して役には立たんだろうし。
「では〜ゆきゆきちゃんは〜ほのほのちゃんを守ってあげてくださいな〜〜」
思案するオレを見兼ねてか、水精が提案する。
「わかった。ぼくがまもるのだ!」
勢いよく雪竜が答える。
さて、念のために聞くが、
「異論はないな?シムン」
「ないでー。ベストの分担や。文句言うたらバチがあたるがな〜」
ほっ。と胸を撫で下ろす。この上、ヤツにまでごねられたら、どうしようかと思っていたが。(仮にそうなったところで、腕にものを言わせるだけのことだが、何ぶん時間が惜しい)
後は、闇精が力尽きるか、古代秘宝が魔力を使い切るか、それとも、オレ達が根を上げるかの我慢比べだ。さて、作戦開始といこうか?

いかに古代秘宝と、暴走猫とはいえ、四段構えの作戦の前には、敢え無く降参すると思ったのだが、甘かった。
一体どこにそれだけの力があるのか?際限無く、闇精と秘宝は暴走を続ける。
同時に力を行使し続けるオレ達の疲労も蓄積する一方だ。
しかも、有り難くないことに、暴走は最終段階に移行しつつある。
このままでは、結界の内で飽和した力が爆発するのも時間の問題だろう。
そうなった場合、どれ程の被害がもたらされるのか、想像もつかない。(考えたくもない)
もう、限界、だな。
これ以上続けば、被害を食い留めるどころか、自分達の身を守る力さえも使い果たしてしまうだろう。
オレがそう考えたそのとき、それは訪れた。
一瞬の静寂。
そして、全てを飲み込む勢いで、闇が暴発した。
途方もないその力は、三重の結界を切り裂き、外部へと漏れ出る。
もはや、闇精、ブースターの力を抑える結界を維持することは、出来ない。そう判断し、オレは、残る魔力をオレ自身と、水精達を守る防御結界へと切り替えた。
しかし、それでも尚、抗いきれない、圧力をともなった闇の嵐。
「クッ。ここまでか?」
思わず、弱音が口をついて出たその瞬間、オレを叱咤する声が聞こえた。
「諦めてはいけませんわ!召喚主<マスター>!」
いつもは耳に痛い風精<シルフ>の言葉がこれ程有り難く聞こえたことはない。
しかも、彼女が手にしているのは、風の精霊珠!
「何とか間に合って良かったですわ」
言葉と同時に風精は精霊珠の力を解放した。
風の精霊力が闇を切り裂く。
それに、その威力を減殺されて尚、闇は全てのものを喰らい尽くそうと、猛威を振るい続ける。
そして、最後の力を使い切るように、一際大きな爆発を起こすと、周囲を巻き込み、消滅した。


−旅路−

こうして、エクサスの街の隠れ名所であるグーノ屋敷は、美麗(あくまでグーノ談)なその姿を無惨な瓦礫へと変えた。
しかし、それを嘆く声が一部のものを除いて出なかったのは、不幸中の幸いだろう。
むしろ、これからは悪夢にうなされることはなくなった。と胸を撫で下ろす者の方が、遥かに多いはずだ。
そして、更に幸いなことに、屋敷外の被害は、意外と少なかった。どうやら、エルダの張った結界が予想以上の働きをしたようだ。
元凶の一つである闇精も、力を使い果たし気が済んだのか、あの後再び翼猫の姿に戻り何事も無かったようにのんきに寝こけていた。一瞬、殺意が過ったがオレはそれを抑え、速攻で闇精を精霊界に戻した。
元凶その二の魔力増幅媒体も、めでたくその魔力を使いきり、ただのガラクタ化していたので、取りあえずは、脅威は去ったとみて、間違いないだろう。
「わいのお宝が〜」とシムンは嘆いていたが、それはオレの知ったことではない。だいたい、お前も元凶その三だ。
そして、もう一人。心穏やかではない者がいる。
屋敷の主人であるべフラン=グーノだ。
自分の愚行が、悲劇を招いたことを知らないグーノは、オレ達が、屋敷を吹き飛ばしたと思っている。
一応は、説明を試みたのだが、普段から他人の話しに耳を傾けないグーノのこと。まったく、取り付く島もなかった。
エルダもそれに口添えしてくれたのだが、「さては、てめえグルだったんだな?」と火を吹く始末。
もはやどうしようもない。
オレ達は説得を諦め、早々に屋敷(元)を後にした。

だが、当然ながら、怒り心頭のグーノはそれで収まりがつかなかったらしい。
オレ達を吊るし上げねば気が済まん、と。権力にものを言わせ、エクサスの評議会を動かした。つまりは、オレ達を罪人に仕立てあげたのだ。
一応は評議会も「双方の意見を聞かねばならない」と意見をはねつけようとしたのだが(ことの是非はともかく、かかわり合いになりたくなったのだ。その気持ちは良くわかる)しかし、鬼気迫る勢いのグーノには抗いきれなかった。
まったくの濡衣(・・・多少は違うかもしれんが)を着せられたオレ達はそのまま街に居座ることも出来ず、グーノの魔手がのびる前にエクサスを脱した。
事情を理解した街の人の協力もあって、オレ達は何とか逃げ延びることができたのだ。

そして、どこへ行くともあてのない旅路。
シムン、エルダとも二日前に別れた。あまりに目立ち過ぎるのがその理由だが、本当のところは、エルダはともかく、シムンがいては、いつどんな惨事に巻き込まれるともしれないと危惧したからだ。
爽やかな空の下、オレの連れは、楽し気に羽虫を追い掛ける雪竜のみ。
「どこへいくのだ?ますたー?」と雪竜は訪ねるが、そんなことは、オレが聞きたい。
「別に、どこでも構わん。お前の行きたい場所でいいぞ」
投げ遺りに応えるオレに、雪竜はしばらく考えていたが、徐に一方を指差し「あっちがいいのだ!」力一杯宣言した。
雪竜の示す先。その行く手には、オレ達が後にしてきたエクサスの街がある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
思わず頭を抱え、オレはボヤく。
「何で、よりにもよってそっちなんだ?」


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