魔導師と雪竜1
作:MIHO

700キリののりさんからのリクエストです。
キリリク題材は『雪』と『指輪』でした。



「凄まじいものだな」
思わず口をついて出てしまったが、到底そんなものでこの現象を語ることなどできないだろう。 明らかな害意を持って吹き荒れる氷雪。それは、魔力結界の守護なくしては、数瞬たりとも生命を繋ぎ止めることは、不可能だと思える程の威力を持ったものだ。
知恵を持つ者ならば、否、そうでない者なら尚更本能的に避けるであろう、猛吹雪の真っ直中になぜオレが居るのかというと。
事の発端は2日前に遡る。


ある事情から、立ち寄った村の小さな宿屋で少し早目の夕食を摂っていたときのことだ。
この村の長だと名乗る老人が現れ、こう言ったのだ。
「旅の魔導師殿とお見受けいたします。折り入って、お頼みしたいことがあるのですが」
頼み、ねえ。それは恐らく、この村の西方に聳える山に関することだろう。その方角に、自然現象では有り得ない精霊力の乱れを感じたのだ。そう思いかまをかけてみると。
「な、何と、おわかりになられますか」
村長はかなり驚いているようだが、このくらいオレにとっては造作もないことだ。
“魔導師”と一般的には一括りにされているが、使用する系統によって多種多様な種別が存在する。その中でも、オレが主に使うのは“精霊魔導”だ。
精霊魔導とは、自然界、そして精霊界に存在する精霊の力、もしくは精霊そのものを召喚し、使役する魔導のことだ。だから、精霊魔導の使い手たるもの、精霊力の流れを読むことができなければ、到底務まらない。
まあ、しかし。そんなことを親切に説明してやるいわれもない。魔導師たるもの、多少の威厳とやらも必要だろうしな。
そんなオレの思惑など露知らず、しきりに感心した後村長はこう続けた。
「貴方様は相応の実力をお持ちと拝見しました。是非とも、その力で以て“吹雪の魔物”を退治して頂きたいのです」
「“吹雪の魔物”だと?」
「はい。あれは、20日前のことになります。西の山に、突然魔物が現れて山を吹雪に閉ざしてしまったのです。我々は山での狩猟を生業としております。このままでは、村の死活問題になりかねません」
成程。事情は飲込めた。が、さて、どうするか?厄介事に首を突っ込むのは主義じゃない。しかし、ある意味、村長の申し出は渡りに船とも言えるのだ。取り敢えずはこの話、受けてもいいだろう。
「つまりは、魔物退治にオレを雇いたいということだな?」
言外に含ませた意味に気付いたのだろう、村長は慌てたように口を挟んだ。
「も、勿論、ご要望がご在ますなら、出来うる範囲でご用意させて頂きますが」
その言葉に対してオレが提示した金額を聞き、村長は即座に渋面を刻んだ。
オレが要求した額は、この宿屋の一番上等の部屋(といっても高が知れているだろうが)に悠に3月は泊まれるくらいのものだ。
さして大きくも、また豊かでもない村にとっては厳しい額かもしれないが、多少無理をすれば、出せない額でもない。
「オレは慈善家ではないのでな。それに、相応の見返りも無く危険に身を晒ようなマネはゴメンだな。 だが、無理を押すつもりもない。まあ、嫌なら、博愛精神に溢れた魔導師が通りかかるのを気長に待つことだ。但し、その時間があるのならば、な」
しかし、この村にそんな余裕は残されてはいないだろう。村長自身が言ったように、待っている間に、簡単に死活に関わることになるだろう。このままでは、遠からず、口減らしの為に老人子供を切り捨て、そして若い娘は身売りすることになる。
そのことは指摘するまでもなく、長自身良くわかっているはずだ。
「わ、わかりました」
ようやく決心がついたのだろう。渋面はそのままで、搾り出すようにそう答えた。
「し、しかし、報酬は全額魔物を退治した後で。それでよろしいですね?」
以外と抜け目がない。
「まあ、いいだろう。これで商談成立だな」
前金でいくらかは頂きたかったのだが、多少は譲歩せねばならないだろう。
「それと、道具屋はどこにある?まさか、何の準備もせずに、そんな危険な場所に行けという訳でもあるまい?」
オレの言葉に、村長は、「通りを東に行った突当りにあります」と答えた。
「購入した道具は必要経費ということでいいな?」
「結構です。報酬の内から差し引きさせて頂きます」
本当に、抜け目のない。まあ、それくらいでなくては、大小に関わらず一つの集団を纏めることはできないだろうしな。


そういった事情で、今オレはここにいる訳だが。
「しかし、これをどうにかせねばならないとは、いささか骨の折れることだな」
「そうは言っても仕方がありませんわ。お仕事ですもの。それ程お嫌なら、始めから引き受けなければ良かったのではありません?」
思わずグチをこぼしたオレに、すかさずそう言ったのは、大きさはオレの肱から先と同じくらい。白銀の髪、薄い青の瞳に喋のような翅を持った風精〈シルフ 〉だ。
「でも、そういう訳にはいきませんわね。差し当たり召喚主〈マスター〉にはお金が必要だったのですから」
そう、風精の言う通り。実は、路銀が少々心許なくなっていたのだ。村に立ち寄った事情というのがそれだ。
何がしかの仕事があればそれで良し。よしんばなかったとしても、オレが所有している魔法道具〈マジックアイテム〉の中で、差し当たり必要の無いものを売り払おうと考えていたのだ。だから、魔物退治の話は好都合だったのだが。
「いつも申し上げていますわよね。後先考えずに散財なさるのは控えて下さいと。召喚主が反省なさって、ちゃんと自重して下されば、今回のように嫌々仕事を引き受けることもないと思うのですが」
「別に、嫌々というわけじゃない。オレは納得して引き受けている」
「まあ、そうでしたの。でしたら、グチグチと文句を仰らずに、キリキリと働いて下さいな」
澄んだ鈴の音のごとく、耳に心地良い声だというのに、言うことにはいちいち容赦がない。
「お前もくどくどと小言を言う暇があったら、結界の維持に集中しろ」
「言われずともちゃんとやっておりますわ。まったく、ひと使いの荒いお方ですわ」
「精霊使い、の間違いだろうが」
すかさず指摘すると、風精は「はぅ」と溜息を吐いた後、
「そういうのを、『屁理屈』と仰いません?召喚主?」
・・・・・。誰の影響かは知らんが、口の減らんヤツだ。


先程から、オレは風精ばかり使役しているが、これはオレが風精しか扱えないというわけではない。
精霊魔導の使い手たる者、基礎ともいえる土、火、風、水の四源精霊を扱えなければ話にはならない。まあ、オレの場合、光、闇を追加した六源精霊を扱えるが。しかし、それも、常時可能というわけではない。ある一定の条件というか、制約が枷せられる。
まず、今回のように水の精霊力(雪、氷は水が姿を変えたもので、同位の存在とみなされる)が暴走した状況では、水精〈ウンディーネ〉は召喚できない。
仮に召喚したとしても、召喚〈よ 〉び出した瞬間に暴走に引きずられてしまうだろう。
土精〈ノーム 〉の場合はその危険はないだろうが、しかし、土と風は相克の関係にある。相克、とは属性が対極にある為に、お互いに力を相殺してしまう関係のことだ。だから、既に風精を召喚んでいる状態では、あまり意味がない。
後は、火、光、闇だが。
先ず、闇は問題外だ。闇精〈シェード〉は狂気を司るともいわれ、こんな状況で召喚すれば、どんな事態になるか、まったく予想がつかない。余程のことがない限り、否、例えそうだったとしても、そんな危険な賭はゴメン被りたい。
光精は属性、性質の点からも、さして問題はないのだが、しかしオレの場合、光精を使った技は大技が多い。狭い洞窟内〈こんなばしょ〉で問答無用で大技を使えば、まず間違いなく、吹雪の魔物と一緒に生き埋めになるだろう。生憎とオレは自己犠牲精神は持合せてはいない。自分が犠牲になるくらいだったら、他人を犠牲にする方を選 ぶのがオレの主義だ。
残るは火精〈サラマンデル〉。火精は先に言った風と土のように、水精とは相克に当たる。しかし、同時に風精とは相生の関係にあるのだ。相生とは、相克とは逆に互いに補い合い、より大きな力を生み出す関係のことだ。
そういう事情から、風精をメインに、火精をサポートにと考えて、火精を召喚したのだが。しかし。


オレは外套の内側、腰の辺りに視線を落とした。そこに、しっかとしがみ着いていたのは。
大きさは、風精とさして変わらない。やや大きいくらいか。炎に似た形状のたてがみに真紅の鱗、蜥蜴の姿をした生き物。火精だ。
「おい。いつまでそこで縮こまっているつもりだ?」
冷やかに尋ねるオレに、火精は正しく燃え盛る炎の勢いで捲し立てた。
「何考えてやがんだ。大将!オレ様をこんなとこに召喚び出しやがって!オレ様の心臓〈ハート 〉が氷ついたらどうする気だっ!!」
しかし、オレにしがみ着いたままなので、威力は甚だしく減退しているが。
「ほう。お前の心臓は、これくらいで氷つくくらいチャチな代物なのか?」
「な!バカ言うんじゃねぇ!そんなはずないだろうが。オレ様の心臓はいつでもどこでも、ビンビンに燃えてるんでぃ!」
威勢がいいのは変わらないが、未だにオレにへばりついたままだ。
「口だけならどうとでも言える。それよりも、行動で示してみせろ」
「いいやがったな。よーし。目ん玉開いて見てろよ」
言葉と同時に、ようやく火精は地面に降り立った。
単純なヤツだ。扱い易いことこの上ない。全ての精霊がこうだとありがたいのだが。 「はぅ。精霊使いの荒いお方です」
風精がぼやいたが、しかしオレは聞こえなかったふりをした。というより、そんなものを相手にしている余裕がなかったというのが正しい。


結界の前方、20歩ほど離れた場所に現れたのは、凍れる乙女、氷精だ。が、しかし当然のことながら通常の状態ではない。精霊力の暴走に引きずられて、完全に常軌を逸っしている。
「どうなさいますか?召喚主?」
風精が問いかけた。
「どうするも何も、冷たい女は好みじゃないんでな。早々にお引き取り願う。戦〈や〉るぞ」
「それはよろしいのですけど。まさか、このまま結界を維持したまま戦えとは仰いませんわよね?」
「当然だろうが。誰がそんなもったいない使い方をするか」
元々、オレは自分自身で身を守結界を張るだけの力はある。だが、先のことを考えて魔力を温存していただけだ。
「オレの分はいらん。火精の分を頼む」
「承知しましたわ」
風精が応じて結界を張り直す前に、
「オレ様は冷たいのは大っ嫌いなんだよ。消えちまえ!」
火精が炎の息〈ファイヤーブレス〉を放った。炎の息は過たず氷精に命中し、瞬時に霧散させた。
だがしかし。快哉を上げるのはまだ早い。消滅した氷精の隙を埋めるように、否、補って余りある程の氷精が現れたのだ。
「まあ。モテモテですわ。良かったですわね。召喚主」
「言っただろう。冷たい女は好みじゃないと。まったく、くだらないことを言っている暇があったらお前も動け」
その間も、火精の方は炎の息で2体目の氷精を倒している。どうやら、余程冷たいのは嫌らしい。
「猛き紅蓮の炎よ。我が剣に宿れ」
オレは呪文を唱え、炎の精霊力が宿った剣で氷精を一太刀の下、切り捨てた。
その隙を突くように、背後から冷気塊を放とうとした氷精を風の刃が切り刻む。風刃を放った風精は、休む間もなく、今度は火精を狙った氷の息〈アイスブレス〉を風楯でもって防いだ。
どうやら、背後の心配はいらないみたいだな。
その後、何体の氷精を退けたのか、数えるのも面倒になった頃、周囲から氷精の気配は消え、辺りにはようやく元の静けさが戻った。(といっても、猛吹雪の状態であることには、変わりないのだが)
しかし、まだ洞窟の入り口に差しかかったばかりだというのに、このぶんでは先が思いやられるな。
この後、ありがたくないことに、オレの懸念は的中することとなる。
先に進につれて、勢いを増す吹雪。そして、引っ切り無しに襲い来る氷精、雪精、氷狐、雪狼、氷鳥・・・。
まったく、ここは氷と雪の精霊、精獣の見本一かと思う程だ。
絶間なく襲来する狂精達を、魔力剣で断ち、あるいは風刃で切り裂き、そして炎の息で焼き尽くし、とどれくらい同じことを繰り返したのか。気が遠くなる程長い時間が過ぎたような気がするが、しかし実際のところは、洞窟に入って半日くらいしか経ってはいなかったのだろうが。


そこは、明らかに、他とは違っていた。
吹き荒れる氷雪の幕に覆われているところは同じたが、しかし、そこに、滞っている魔力は桁違いだ。
「どうやら、あそこが、暴走の中心のようですわね」
「ああ。そのようだな」
このとき、オレに付き従っていたのは風精だけだ。火精は、少し前に「いくら何でも限界だ!」と言って、勝手に精霊界に戻ってしまっている。
情ないことだ。とは思わない。むしろ、負〈マイナス〉要素の多いこの状況の中、良くやったほうだと思う。しかし、それを直接火精に言うようなマネはしない。そんなことをしようものなら、あの火精のことだ。調子づくこと間違い無しだ。
「どうなさいますか?召喚主。もう少し結界を強くしましょうか?」
「否。このままでいい。行くぞ」
吹雪の遮幕の向こう。さて、鬼が出るか、蛇が出るか。どんな凶悪な魔物が待っていようとも、対処できる心構えだったのだが。
しかし、いくらなんでも、これは予想外だろう。


吹き荒れる魔力の中心。そこに居たのは。
大きさは、火精を一回り大きくしたくらいだろうか。雪白の鱗に蝙蝠に似た翼。額には属性を表わす魔水晶。
「雪竜〈スノードラゴン 〉の仔供、のようですわね」
そう、風精の言う通り。それは、雪の精霊力の化身、雪竜(の幼体)だった。
「けれど、変ですわね。母竜はどうしたのでしょう?」
その言葉に周囲に意識を飛ばしてみるが、しかし、その気配は感じられない。まあ、探すまでもなく、仮に母竜がこの近在に居るのならば、こんな事態には成り得るはずがないのでその存在の有無は、一目瞭然なのだが。
普通は、雪竜に限らずどの属性の竜であれ、成体になるまでは母竜の元で魔力の制御の仕方を学ぶものだ。
が、しかし、極希に、何らかの理由で母竜とはぐれるものもいる。
親とはぐれた幼竜の多くは、日を経ずして衰弱し死に至る。これは母竜の庇護を受けることができないことが、大きな要因であると考えられている。
しかし、中には己の力だけで生き延びるものもいる。極めて希に、だが。そうして成長したはぐれ竜は、力を制御することができないこともあって、魔力を暴走させ、やがて狂気に陥り、そして、狂竜と呼ばれる存在となる。
眼の前の雪竜は、間違いなく後者であろうな。
見たところ、母竜とはぐれてまだ間もないようだが、それでも、付近一帯の精霊力を暴走させるだけの力を持つのだ。遠からず、狂竜と化すのは間違いないだろう。
さて、どうするか?
一番簡単なのは、それほど力を持たない今の内に倒すのが一番だが。しかし、そう考えた途端、
「そんなことは、絶対にダメです!雪竜さんが可哀想ですわ!」
即座に風精が抗議の声を上げた。
こんなことなら、精神の同調を切っておけば良かった。対処しやすいようにと考えたのが裏目に出てしまったようだ。
だが、そうなると、いささか厄介だな。
しばらく思案し、そしてどうにか実現可能な手段を思い付いたオレは、それを実行に移す為に雪竜に呼びかけた。
「おい」
しかし、返事はない。
「おい」
再び呼びかけるが、反応は無し。雪竜は体を震わせ、悲痛な泣き声を上げるばかりだ。
オレは再度繰り返すことはなく、実力行使にでた。
「な、何をなさるんですか!召喚主!」
風精が悲鳴を上げるのも無理はない。オレは拳を握り、雪竜の小さな頭を殴ったのだから。(むろん、多少の手加減はしている)
「い、いたいのだ」
雪竜は小さな手で頭を抱え、反射的に見上げた。
「???だれなのだ?どうしてここにいるのだ?」
ようやくオレ達の存在に気付いたみたいだな。
「オレ達は・・・・・」
説明を始めようとしたところを、舌足らずな雪竜に遮られた。
「それよりも、ぼくのおかあさんしらないのか?おかあさんいなくなったのだ。どっかいっちゃたのだ。ぼくひとりぽっちなのだ。どうすればいいのかわからないのだ。ぼく、ぼく・・・」
「ええい。ひとの話を聞け!」
際限なく続きそうな泣言を無理矢理遮り、
「先ず、オレはお前の母竜の居所は知らん。オレ達がここに来たのは、お前を退、じ−−−」
と言いかけたところを慌てて言い直す。風精が世にも物騒な視線で睨んでいたからだ。
「じゃなくて、だな。精霊力の暴走を止めに来たのだ。お前、自分が力を暴走させていることは理解しているな?」
「うん。わかっているのだ。でも、どうすればいいのかわからないのだ。あっ!いまぼうそうをとめるといったのだ。もしかして、ちからをせいぎょするほうほうをしっているのか?」
一瞬項垂れた雪竜は、言葉の後半で希望に満ちた眼差しを向けたが、
「オレが竜の魔力の制御の仕方を知っているはずがないだろう」
続く言葉にがっくりと肩を落とした。
「だが、いまのお前でも魔力を制御できるようにする方法は知っている」
「ほ、ほんとうなのか?」
「ああ。いまお前が魔力を暴走させているのは、身に余る程の魔力を備えているからだ。ならば、それを制御できるレベルまで抑えればいい」
「?????」
どうやら、オレの話が理解できていないみたいだ。
「簡単に言うと、お前の魔力をこの指輪に移す」
言いながらオレは荷物袋の中から指輪を取り出した。
オレがこれから試そうと考えているのは、魔力付与〈エンチャント〉の応用だ。
魔力付与とは、オレが氷精との戦いのときにしたように、剣に魔力を宿したり、特定の物質(宝玉や札であることが多い)に魔力を封じ籠めることをいう。
「そんなことができるのか?」
疑問の声を上げる雪竜に、
「ああできるさ」
即座に答えを返したので雪竜は納得したようだが、しかし、実はそれ程確固とした自信があったわけではない。
計算上は大丈夫のはずだが、相手は甚大な魔力を有する竜だ。果たして、魔力を移しきるまでオレの精神力が保つか。それに、器であるこの指輪がその魔力を封じることができるか。(その点は恐らく心配はいらないと思うのだが。この指輪は古代魔導時代の遺物だ。彼の時代は、竜並みの魔力を持った魔導師が多数存在していたらしいからな)
『大丈夫ですか?召喚主?』
視線で尋ねる風精に「たぶん、な」と少々心許ない答えを返す。
こればかりは、やってみないとわからないだろう。何せ、初めての試みなのだから。 しかし、不安だろうがどうだとうが、やらなければならない。できなければ、オレは雪竜を殺す他はないのだから。
「さて、チビ助。お前にも少しばかり協力してもらうぞ」
オレの言葉を聞いた途端、雪竜は情ない声を上げた。
「そ、そんなのむりなのだ。ぼくできないのだ」
どうやら、母竜とはぐれ、力を暴走させてしまったことで自信を喪失しているようだ。しかし、無理でもなんでも、やってもらわねばならない。甚大な竜の魔力を扱うのだ。その源たる雪竜の協力なくては、成功は覚つかないだろう。
「おい。良く聞けよ」
言いながらオレは膝まづき、雪竜と目線を合わせようとするが、それでも雪竜の顔はまだずっと下の方だ。仕方なくオレは雪竜を目線の高さまで持ち上げ、続ける。
「このままではお前は間違いなく狂竜となる。全ての者から忌まれ狩られる存在となるのだ。そうなると、お前は母を探すこともできなくなるんだぞ」
最後の一言が余程効いたのだろう。
「い、いやなのだ。そんなのはいやなのだ。ぼく、ぼくやってみるのだ。じしんはないけど、やってみるのだ」
迷いが全て振っ切れたわけではないのだろうが、必死に言い募る姿には、精一杯の覚悟が感じられた。
「よし。良く言った」
オレが雪竜を地面に下ろし、成り行きを見守っていた風精に命じるまでもなく、
「これでよろしいですか?召喚主」
既に、オレと雪竜の周囲には新たな結界が張り巡らされていた。察しのいいことだ。
雪竜が落ち着いたお陰で、吹雪は多少その勢いを減じてはいるが、それでも尚、生身の状態では耐え難いものがある。
魔力移管の行使にどれ程の負担がかかるかはわからないが、恐らく結界の維持までは手が回らないだろうからな。
「それで、ぼくはなにをすればいいのだ?」
「何、簡単なことだ。魔力が指輪に移るように念じればいい」
「それならできそうなきがするのだ」
よし。では始めるとするか。


魔力移管。原理は簡単だ。二つの器の一方に満たされた水を、もう片方に移し変えると考えればわかりやすいだろう。
オレの役割は、器から器へ、魔力が移動しる道を固定することだ。やり方は至極簡単。問題は、扱う対象が、甚大な竜の魔力だということだ。
「グッ」
思わず苦鳴が出てしまった。
魔力は、ただオレの体内を通過するだけだというのに、それだけで尋常ではない負荷がかかる。これが、竜の魔力か。
際限なく溢れてくる魔力。時を追うごとにオレの精神力は削り取られ、時間の感覚はとうに喪失してしいる。
どれ程の間、そうやって集中していたのか、大半の魔力を移し終えたところまでは確認できた。が、それが限界だった。
意思の力だけで繋ぎ止めていた集中力が、プツリと途切れ、そして、オレは抗うことなく、意識を手放したのだ。


穏やかな流れに包まれているように、心地良い微睡みの中。どこか遠くでオレを呼ぶ声が聞こえるような気がする。しかし、それは水の幕を通したように不確かで、覚醒を促す程の力を持ったものではなかった。
再び、穏やかな眠りの中に戻ろうとするオレを遮るように、何かほの暖かいものが額に触れた。
それはオレの瞼、鼻筋を辿り、頬をフニフニと突つき始めた。
何なんだ。これは。オレはまだ眠いんだ。邪魔をするな。
それが何なのか確認することもなく無造作に振り払うと、「キャウ」と耳元で小さな悲鳴が上がった。
何だ?重い瞼を無理矢理持ち上げ、地に仰向けになったまま、視線だけを横に向ける。
その先には、仰向けに引っ繰り返ったまま、ジタバタともがく雪竜の姿があった。どうやら、無意識にオレが振り払ったのは雪竜だったみたいだな。
しかし、亀か。こいつは・・・。
 短い手足を振り、必死に起き上がろうとするが、バランスの悪さが禍いしてか、なかなか果たせないでいる。何も、無理に縦方向に起き上がる必要はないと思うのだが。
一端横に転がれば楽だろうに。しかし、そこまでは、知恵が回らないらしい。
まったく、手間のかかるヤツだ。
オレはどうにかこうにか上体を起こし、腕を伸ばして雪竜を抓み上げ、地面に降ろしてやった。
その途端、雪竜は凄い勢いでオレに飛びついて来た。咄嗟のことに雪竜の重さを支えることができず、オレは再び地面に伏せることとなった。
「よかったのだ。めをさましたのだ。ぼく、いっぱいいっぱいよんだのに、ちっともおきないからしんぱいしたのだ。もうずっとうごかないのかとおもったのだ。こ、このまましんじゃうかとおもったのだ」
どうやら、オレを呼ぶ声は雪竜のものだったようだ。しかし。
「勝手に人を殺すな」
反論したが、オレの腹の上で泣きじゃくる雪竜の耳には、まったく届いてはいない。仕方なく、オレは雪竜はそのままにして、前後の状況を整理することにした。
あれほど猛威を奮っていた吹雪は、きれいに収まっている。雪竜が無事なことからも、どうやら魔力移管は無事成功したようだ。
ここまで考えて、オレは重要なことに気が付いた。
指輪!あの指輪はどこにいった?膨大な竜の魔力を秘めた指輪が、余人の手に渡ったりしたら、かなり厄介なことになる。
慌てて探すオレの視線の先、10歩程離れた地面の上に無造作に落ちている。取り敢えずは安心のようだが、このままというわけにもいくまい。
「おい。おい、チビ助」
しかし、雪竜はまったく聞いてはいない。無理矢理振り落すこともできるが、いまはあまり、無駄な体力は使いたくない。
「召喚主。良かった。お気付きになられたのですね」
安堵の表情を浮かべた風精がこちらへとやってくる。今まで姿が見えなかったのは、恐らく付近の状況を確認していたのだろう。
「ちょうどいいところにきた。風精、そこの指輪をここに持ってきてくれ」
風精の華奢な腕から指輪を受け取り、
「おい、いい加減にそこをどけ」
未だ泣きじゃくったままの雪竜に呼びかけるが、今回もヤツの耳には届かなかった。
「雪竜さん。召喚主はちゃんとここにいらっしゃいますわ。もう大丈夫ですから、泣き休んでくださいな」
見かねて執成した風精の声を聞いた雪竜は、ようやくオレの体の上から下りた。まったく、手間のかかる。
「チビ助。ちょっとこっちに来い」
オレは手許に雪竜を招き、その細い首に指輪を通した鎖をしっかりと結わえつけた。(むろんその鎖は普通のものではない。魔力を帯びたもので、生半なことで切れることはない)
「良く聞けよ。この指輪には、お前の魔力が封じられている。お前が自分で力を制御できるようになるまで、肌身離さず持っておくんだ。いいな?」
「うん。わかったのだ。ちゃんとたいせつにするのだ」
首が千切れる程頭を降り頷く雪竜を確認し、オレは再度地に伏せた。
「風精。オレはもう少し休む。その間に、適当なヤツを探しておいてくれ。証拠が、必要だろう」
オレが気を失ったときに、すでに精神の同調は途切れていたが、風精にはそれで十分だった。
「お任せ下さい」
頷くと、すぐに風精は洞窟の入り口方向に向かった。
証拠、というのは、魔物退治の証のことだ。(村長には、魔物の遺骸、もしくはその一部を持ち帰るように言われていた)
まさか、この雪竜を、“こいつが魔物の正体です”と連れて行く訳には行くまい。そんなことをすれば、結果は火を見るより明らかだろう。折角、これ程の手間をかけたのだ。それが無駄になるのは極力避けたい。
「おい、チビ助。オレは暫く寝る。嘩しくするなよ」
「だいじょうぶ。おとなしくするのだ。だから、ぼくもここにいたいのだ」
「好きにしろ」
睡魔に抗うようにそう答え、オレは再び、意識を手放した。しかし、今度は心地良い微睡みの中に、だ。


その後、十分休息を取り、体力の回復したオレは、雪竜に別れを告げ帰路に付こうとしたのだが、ここで思わぬ騒動が持ち上がった。
証となる魔物の一部(雪狼の角)を手にし、洞窟を進むオレの後を雪竜がトコトコと付いて来る。それがさも当然のように。
じょうだんじゃないぞ。オレはこれ以上、コイツと関わるつもりはない。
「おい、お前とはここでお別れだ」
そう告げた途端、
「どうして?どうしてなのだ?ぼくもいっしょにつれていってほしいのだ。ひとりぽっちはいやなのだ」
またもや泣き出した。
どうしてコイツはこうなんだ。頭が痛い。
「いいか?オレはここに精霊力の暴走を止めにきた。依頼を受けてだ。当然、仕事は成功したと報告に戻らねばならない。そこに、お前が一緒に付いてきたらどうなる?望むと望まずとに関わらず、その責めを受けることになるんだぞ?」
「ぼく、あやまるのだ。いっぱいいっぱいごめんなさいするのだ。だからつれていってほしいのだ」
まったくわかっていない。謝って済む問題じゃないから、色々と小細工をしているんだろうが。しかし、それをコイツに説明する訳にはいかない。
「謝ればそれでいいというものじゃないんだぞ。袋殴きや、火炙りにされるかもしれん。そんな目に遭いたいのか?」
「い、いやなのだ。それはこわいのだ。ひあぶりはいやなのだ」
それとわかる程、雪竜は怯えている。雪竜に火というのは効果があったようだ。しかし、これで引き下がると思ったが、それは甘かった。
「なら、ぼくどこかほかのところでまっているのだ。だから、だから・・・」
雪竜は眼に涙を一杯に溜、尚も食い下がる。
勘弁してくれ。
結局、何度諭そうと、雪竜は聞き入れず、どうあっても付いて行くの一点張りだ。口で言っても効果がないのなら、もはや実力行使しかないだろう。オレは雪竜に眠りの術をかけた。その上で結界に閉じ込めて洞窟を後にしたのだ。


「何も、あのようなことをなさらずとも、良かったのではありません?」
風精が非難の視線を向けるが、
「では、お前はあいつを連れて、村へ戻れば良かったというのか?」
そう返すと風精にしては珍しく言葉を濁した。
「そういうわけでは、ありませんが」
「身を守る術を持たぬあいつを村に連れて行く訳には行かんだろうが」
「あら。では、そんな可弱い存在の雪竜さんを、あんなところに置き去りにするのはよろしいんですの?」
そ、それは。チッ相変わらず痛いところを突く。
だが、あの結界は1日くらいで解けるようにしている。ヤツも竜の端くれ。何とかなるだろう。たぶん。
ああ、もう!やめだやめだ。アフターサービスは契約外だ。オレの知ったことではない。
それから1日余をかけて村に辿り着くと、既に吹雪が収まっているのを確認したのだろう。村の住人達が待ち受けていて、口々に歓呼の声でオレを迎えた。
オレは契約通り報酬を受け取り、その後、ささやかな宴を催すという村長の申し出を断り村を後にした。しかし。


「いつまで付いて来るつもりだ」
振り向いた視線の先、20歩程後方、小さな翼をばたつかせ、必死にオレの後を追っているのは雪竜だ。
「ついていってるわけではないのだ。たまたますすむほうこうがおなじだけなのだ」
・・・コイツ、いつの間にこんな屁理屈を覚えたんだ?
「召喚主。この調子では、きっとどこまでも付いて来ますわよ。一緒に連れて行ってあげた方が面倒がないのではありません?」
確かに、風精の言う通り。このぶんでは、そうなる公算が高いだろう。このまま、オレの意思を無視してウロチョロされるよりは、オレの管理下に置いた方が、精神衛生上遙にマシだろう。
「わかった。だが、始めに言っておくが、オレはお前の母竜探しをするつもりはないからな!」
「ありがとうなのだ。ますたーのいったところでおかあさんをさがすからだいじょうぶなのだ」
「おい。どうでもいいが、マスターはよせ」
「???どうしてなのだ?しるふはそうよんでいるのだ」
「オレはお前を使役するつもりはない」
「?????じゃあどうよべばいいのだ?」
そんなことオレの知ったことではない。
「好きに呼べばいいだろうが」
雪竜は暫く考えた後、とんでもないことを言い出した。
「じゃあ、おかあさん」
!?な、なに?
「だって、ぼくをだっこしてくれたのだ。それに、いっしょにねむったときとてもあったかだったのだ」
だ、だっこ?何だ?それは。・・・もしかして、あれか?雪竜に言い聞かせるとき に、目線の高さに持ち上げた、あれのことをいっているのか?
・・・・・・・・・・・・甚だしい誤解があるようだ。それにオレは竜の仔供を産んだ覚えなぞないぞ。
「まあ。雪竜さん。召喚主は男性ですから、お母さんにはなれませんのよ」
混乱するオレをよそに、風精は検討外れの説明をしている。
「???」
どうやら、雪竜には、人間の性別の違いが理解できないようだ。まあ、かく言うオレも竜の性別の見分けなどつかんが。
「ううん。それじゃあ、おとうさん」
「大して変わっとらんだろうがっ!!」
思わず怒鳴ると、雪竜は一瞬怯えた後目に涙を溜た。ちょ、ちょっと待て。これくらいで泣くなよ?
「まあ。召喚主が始めに好きに呼んでいいと仰ったのに、そんな風に言っては雪竜さんが可哀想ですわ」
あいも変わらず人の揚足をとるな。
「わかった。だが、お父さんとお母さんはやめろ。いいな?」
「わかったのだ!」
喜色満面、雪竜が答えるが、オレの方はちっとも嬉しくない。
しかし、ただでさえ扱い難い精霊ばかり使役しているというのに、何の因果でこんなお荷物を引き受けなければならないんだ!
我知らず見上げた空は、オレの心とは裏腹に青く澄み渡っている。
まったく、運命の女神とやらが存在するのなら、どうやら、オレは女神様の好みのタイプではないらしい。


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