ぶらり探訪


8.小林研一郎/大阪フィル


2009.1.31
ザ・シンフォニー・ホール

 メンデルスゾーン作曲
  ヴァイオリン協奏曲ホ短調Op.64
 
 ベートーヴェン作曲
交響曲第3番変ホ長調Op.55
「英雄(エロイカ)」
 

アンコール曲
「ダニー・ボーイ」
小林研一郎の演奏を久しぶりに聴きました。
最初のメンデルスゾーンのコンチェルトは意外におとなしい演奏。
考えてみれば至極当然のことで、この協奏曲に爆発的なエネルギーを期待する方がおかしいのです。優美な美しさ、古典的なロマンティシズムをいっぱい湛えた名曲!
 ヴァイオリンの竹澤さんの演奏がおとなしくて、美しい音には十分満足しましたが、厳しさにやや欠けていたように思います。
座席が2階で、いつものようにヴァイオリンの直接音が聴けず、ホールの間接音の響きがそういう印象を与えたのかもしれません。
テクニック的にも若干不安定な部分があったのが残念で、本来非常につややかな音を持ったヴァイオリニストであることは疑いようがないので、状態のいいときに聴いてみたいものです。
小林さんの指揮は実に堂々としていて、最初の弦の刻みからしっかりコントロールできてるなという印象を受けました。
やや小さな編成の大阪フィルをしっかりとコントロールし、ベートーヴェンを演奏するときとは違いコンパクトに音を凝集して、古典的な形式美と濃厚なロマンティシズムの見事に調和した音楽を作っていたと思います。

ベートーヴェンのシンフォニーをコバケンの指揮で聴くのは数年前の第九以来。
あのときの第九は実はあまりいい印象が残っていない。
でもここ数年のコバケンの活躍ぶりからして、エロイカへの期待は大きかった。
タクトが動き、最初にオーケストラのトゥッティで和音が二つ、この凝縮された音は本当にすばらしかった。
たった二つだけの音で50分以上かかる全曲の演奏が想像できるといったら大げさかもしれませんが、すばらしい演奏になることは間違いないと確信できました。
まず第一楽章の提示部を繰り返すのかな?という興味がありましたが、繰り返さずすぐに展開部に。
展開部になるとこの人の粘っこい音楽になり、振幅の大きなものになってきます。
圧巻は展開部後半と終結部。
ここでは金管に、「もっと遠くまで聞こえるように!」とでも言うように吹かせます。
トランペットとホルンにここまで吹かせると、背筋ゾクゾクものです!
それも2巻編成でトランペットは2本だけ(ホルンは3管+1)なので、大阪フィルも熱演です。
第2楽章の葬送行進曲は実にゆったりしたもので、一小節ずつかみ締めながら演奏していくという感じ。
この楽章も中間部に大きなクライマックスがあるのですが、まさに<炎のコバケン>のエネルギーがオーケストラに乗り移ったようなすごい演奏でした。コントラバスもしっかり底辺を支えてます。
第三楽章のスケルツォは、中間部のホルン三重奏が問題で、ここがしっかりしてくれると次の楽章にスムーズに入っていけるのですが、時々ここで萎縮したような演奏になりがち。
この日の演奏は特に破綻もなく、アンサンブルとしても頑張ってたようです。
そして息つく暇もなく終楽章に突入。
第9と同じように短い前奏をオーケストラが奏した後、単純な主題がピチカートで提示され、それが次々に変奏されていくのですが、単純な音型で始まりやがてその上に優雅なメロディーが乗ってきて、徐々に音楽はヒートアップ。
小林さんのうなり声がだんだん大きくなってゆき、音楽はますますスローに、かつ雄大になってゆく。
こういう演奏を嫌う人も多いと思います。おおげさ過ぎるとか、ベートーヴェンの楽譜に書いてないという批判。
でもわたしはこういう演奏を支持します。
「ベートーヴェンが書いたままを演奏」するということと「ベートーヴェンがどんな音で表現したかったのか」とは違うと思うし、「書いてある楽譜をどうとらえて音に変えるか」という問題もあります。
小林さんの音楽は、緩急の幅と大小の幅が非常に大きくて、その変化の仕方が聴き手の私の心を大きなうねりの中にいざなってくれます。
圧倒的なスケールを感じさせてくれる「エロイカ」でした。
大植英次/大阪フィルのベートーヴェン・チクルスの中では、この「エロイカ」は秀演でしたが、オーケストラのコントロール、ベートーヴェンのシンフォニーのスケール、いずれの点でもこの小林研一郎の方が素晴らしいと思います。

左手を体の側面にぴったりくっつけ、手のひらを後ろ向きにしたまま動かさず、右手の指揮棒を振る。そして力が入ってくると前かがみになりオーケストラを睨みながら(後ろからでは見えませんが・・・)ぐいぐい引っ張ってゆく。オーケストラもそれにしっかり応える。
ベートーヴェンを聴いた!という満足感だけが残ったのです。

そしてアンコールは弦楽合奏で「ダニー・ボーイ」。コバケンの十八番です。
哀愁に満ちたこの曲は、ハリー・ベラフォンテのカーネギーホールでのリサイタル盤の声が耳にこびりついてるのですが、それと同じくらい、心に沁みこんで来る演奏でした。