The Sweet Pain.4












 お互いに、呆然とお互いを見つめる。
 あきのの側には男が2人。どちらも、いけ好かない感じで、智史は彼らを睨みつけた。
 一方のあきのも、智史の腕にぎゅっとしがみつく格好の女性を見て、ずきり、と胸が痛むのを感じた。
 何をどう、言葉にすればいいのか、判らない。
 沈黙を破ったのは、智史の腕を握っている毬乃だった。
「大麻、知り合いなの?」
 しかし、智史は応えなかった。
 そのまま、あきのの側にいる男たちを凝視する。
 1人はやや痩せ型で、黒縁の眼鏡をかけている。もう1人はがっちりした体格で背は2人共に智史より僅かに低いくらいだ。
 あきのの手首を掴んでいるのはがっちりの方で、どう見ても、彼女を狙っているようにしか見えない。
 こういう場所だから当たり前なのか、あきのの瞳は微妙に潤んでいて、しかも、着ているニットから覗く首筋や耳の辺りがほんのりと赤く色づいている。ニットゆえに、彼女の豊かな膨らみもいつも以上に存在を主張している気がする。
 智史の劣情が刺激され、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
「・・・あんたら、ナンパか?」
 冷静に、と努めた結果、智史の声は普段よりも低く、迫力を滲ませるものとなって、毬乃や、あきのすらも一瞬身体を竦ませる。
 高倉が負けじと智史を睨んできた。
「お前こそ、何だよ。人にモノを尋ねる態度じゃないだろーが」
「・・・どう見ても嫌がってる女の手を引っ張ろうとしてる野郎が信用出来るとでも?」
 言われて、高倉はあきのを見る。確かに、彼女の目元には涙が滲んできていたが、それが自分たちのせいだとは思わなかった。
「お前が脅してくるから怯えてるんだろ? 彼女は俺たちのクラスメートだ。部外者は出てくんなよ」
 そう言ってなおもあきのを引っ張って行こうとした高倉は、ぐい、とその腕を掴まれた。
「何しやがる!」
「それは俺の台詞だ。そいつから手を離せ」
 智史が手に力を込めると、高倉は痛みに顔を顰めてあきのの手を思わず離す。
 しかし、今度は中山があきのの上腕を掴んだ。
 悲鳴も上げられず、あきのは身体を硬直させる。
「アンタ、椋平さんの何。親睦会の邪魔はしないでもらいたいんだけど」
 中山の言葉に、智史は高倉の腕を掴んだまま、彼を睨んだ。
「何でもいいだろ。それより手を離せ。怯えさせんじゃねえ」
「アンタの目の方がよっぽど怖いと思うな」
 中山は全く聞く耳を持とうとしない。智史はだんだん怒りを抑えるのが難しくなってきた。
「・・・いい加減にしろよ? 痛い目に遭うぞ」
「へえ。アンタ、暴力ふるうんだ? 野蛮だな」
「ちょ、ちょっと、大麻! あんたが本気出したら死人が出るから止めなさい!」
 毬乃が智史の腕を後方に引っ張る。未来も彼女に並んで頷いた。
「全くよ。でも、そこのお兄さん、彼女から手を離してあげなさい。泣いてるわよ、彼女」
 中山と高倉はやっと、あきのの顔を見る。
 確かに、その頬には涙の跡があった。
「椋平さん、大丈夫?」
「怖いよなぁ、あんな目で見られたら。男苦手だってのに」
 中山と高倉が見当外れな慰めを口にしているのを聞いて、智史はますます腹が立ち、掴んだままの高倉の手を捻りあげてしまった。
「いてててっ!!」
「マジでいい加減にしろ! あんたらの戯言はどうでもいいから、あきのから手を離しやがれ!」
 大きくはないが、鋭い声で一喝され、中山はようやく手を離した。
 あきのの身体の力が抜けて崩れ落ちそうになり、智史は高倉の腕を乱暴に離して、彼女を慌てて支えた。
「あきの、大丈夫か」
「・・・・・智史」
 あきのは一瞬安堵の息をつくが、智史に寄り添っていた女性の存在を思い出し、身体を強張らせる。
 智史はその気配を感じて、眉を吊り上げた。
「どうした」
 あきのは何も言えず、首を振る。言葉にしたら、泣いて詰ってしまいそうで。
 聞きたいことはたくさんある。どうしてここにいるのか、あの綺麗な女性は誰なのか、彼女と関係があるのか、本当は自分のことなどもう好きではないのではないのか。
 言葉ではなく、涙をぽろぽと零し始めたあきのを見て、智史は溜息をつくと、高倉たちに顔を向けた。
「あんたらんトコの幹事に、彼女はもう帰るからって伝えてくれ。だいぶ酔ってるらしいから、連れて帰る」
「・・・何なんだよ、お前は。そんな勝手に・・・」
「そんなの、そのコが大麻の彼女だからに決まってるじゃない」
 何故か高倉に返答したのは毬乃だった。
「かの、じょ? ってコトは、お前が例の・・・」
 高倉は意地の悪い笑みを浮かべる。
「椋平さんとヤレなくて、他の女で発散してるとかいう奴か」
「は?」
 思いがけないことを言われて、智史は面食らう。
「さっきから口挟んでくる女がセフレか? 女の影があってお前とは上手くいってないって話してたぜ、椋平さん」
「・・・何だと?」
 智史はついついじろり、とあきのを瞰下した。彼女は涙を零したまま、ふるふると首を横に振っている。
 何がどうなってこんな話になっているのかは判らないが、誤解があっての発言らしいと、智史は見当をつけた。
 おそらく、あきのの態度のぎこちなさもこれに関連しているのだろう。
 ここを出たら問いただそうと決めて、智史が更に高倉に言葉を発する前に、2人の女性が近づいてきた。
「椋平さん、なかなか帰ってこないから・・・って、あれ? 高倉くんと中山くんも、それに・・・誰?」
「榎本さん、松村さん・・・」
「ちょ、椋平さん、泣いてる? ちょっと、あなた、一体・・・」
 佑圭があきのを支える智史をキッと見据える。
「あなたらはあきののクラスメートか」
「そうだけど」
「俺は大麻 智史。あきのとはつき合ってる仲だ。悪いが、だいぶ酔ってるみたいだから連れて帰りたい。荷物、持ってきてもらえないか」
「あなたが、椋平さんの彼氏? 本当に?」
 佑圭は智史に、というよりもあきのに問いかける。
 あきのはこくん、と頷いた。
 佑圭と麻矢は顔を見合わせ、頷き合う。
「判ったわ。ちょっと待ってて」
 麻矢はそう言うと、高倉と中山にも宴会の場へ戻るよう声をかける。
 高倉たちは智史をもう一度睨んでからその場を後にした。
「・・・ねえ、大麻、あんた、セフレなんているの?」
 ぼそりと発言した毬乃の言葉に、あきのは再び凍りつき、智史は殴りたくなる衝動を必死で堪えた。
「毬乃さん・・・んなモン、いる訳ないでしょうが!」
「だよね〜。そんなのいたら、私の誘惑にも簡単に乗ってくる筈だし」
 毬乃はニッコリと笑って、あきのの顔を覗き込む。
「ということだから、安心して。私と大麻はただの先輩後輩。他のみんなもただのサークル仲間だからね」
 あきのは呆然として毬乃を見つめる。
 智史とはサークル仲間でしかない、と言ってくれているのだと思うが『誘惑』とは、穏やかではない。
 彼女の言葉の真偽が図れなくて、あきのは困惑するしかなかった。しかし、涙は止まったようだ。
 何だか今日は、やけに感情のコントロールが難しい。
 それがアルコールのせいだということは、あきのには自覚出来ていなかった。
「・・・・お待たせ。椋平さんの鞄とコートよ」
 佑圭が差し出してくれたそれを、あきのは受け取った。
「ありがとう、松村さん。・・・榎本さんにも、古池さんにも、ごめん、って伝えておいて」
「気をつけてね。また、来週」
「うん」
 智史も自分のコートと鞄を取って、毬乃たちに声をかける。
「じゃ、毬乃先輩、未来先輩、お先に。晃基、任せたぞ」
「おう。気をつけろよ」
「じゃーね」
 ひらひらと手を振る毬乃の笑顔に、智史は来週が思いやられる、と内心で溜息をついた。


 






 

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