The Sweet Pain.3











 この30分程前。
 智史はサークル仲間数人との飲み会でこの居酒屋を訪れた。
 大学からは少し離れた駅にあるこの店は、サークルメンバーの1人のバイト先で、割引券があるからと誘われ、会場となった。
 卒論が終わった4年生の柏原 毬乃と小野寺 未来も参加し、3年生の智史と前川 晃基、2年生の秋山 久瑠美、藤原 清夏、岸田 孝の7人で集まることになった。
 これ以外のメンバー9人は、それぞれバイトがあったり、用事があったりして欠席である。
 1年生5人全員が欠席なのは寂しいところだが仕方がない。
 サークル代表は晃基だが、3年生ということで、智史もサブのポジションにいる。それ故に、何かと忙しかった。
 今日も、晃基と2人、幹事役にならされている。
「大麻、適当におつまみ頼んで。サラダと唐揚げは外さないでね」
「まずは生だよね〜。あ、飲めない人もいたっけ? 清夏ちゃんはダメだったよね、そういえば。ウーロン茶でいい?」
 毬乃と未来が半ば強引に、智史と晃基に注文を突き付けてくる。
 けれど、それもいつものことだ。
 毬乃と未来ともう1人、三木 真也という3人が、サークルを引っ張ってくれていた。
 真也はまだ卒論が完成していないということで、今夜は欠席だが。
「さあ、折角なんだし飲むよ〜!」
 毬乃の乾杯の音頭で、賑やかな宴会が始まる。
 智史はそれなりに飲む方だが、毬乃と晃基には敵わない。この2人はザルだ。
 2年の孝もそこそこに飲む。未来と久瑠美は程々で、清夏はごく少量でダウンするので、いつもソフトドリンクだった。
 比較的少人数のサークルだから、それなりに仲間意識は強い。
 なので、1ヶ月に1回くらいは最低でも、飲み会という名の親睦会が行われている。
 互いに気心も知れ、男女の別なくつき合えるメンバーたちだが、サークル内の恋愛は意外と少ない。
 そんなところも、気さくにつき合える要因なのだろう。
「そういえばさぁ、久瑠美ちゃん、とうとう彼氏が出来たんだって?」
 毬乃が突然そんなことを言い出した。
「お〜、やっとか! 片思い、実ったんだな?」
 晃基も話題に乗る。当の久瑠美ははにかんだような笑みを浮かべてはいても、嬉しそうだった。
 彼女はバスケサークルの3年生に1年近く片思いをしていて、先日、ようやく実ったのだという。
「これで独り者は私と晃基だけかぁ〜」
 毬乃がぐいっとビールを飲み干す。
 そうは言っても、毬乃も晃基も『現在は』という意味で、少し前までは互いに恋人がいた。
「内定ももらったし、卒論も終わったし・・・これからまた、新たな恋を探すかな〜」
「毬乃先輩ならすぐに出来るんじゃないですか? 彼氏。ねえ? 未来先輩」
 久瑠美がそう言いながら未来を見る。
「そうだね。出会いがあればすぐって感じじゃない? 毬乃は惚れっぽいからなぁ」
「ちょっと、未来〜、それって私が手当たり次第みたいに聞こえるじゃない。惚れた数は確かに多いけど、実らない数だって多いんだからね。ここにも私をふった男がいるし? ねぇ? 大麻」
 突然矛先を向けられて、智史は危うくビールを吹き出しそうになった。
「なっ、何言い出すんすか、毬乃先輩!」
「あら、だって事実じゃない? もう2年以上前のことだけど。『彼女いるんで』って速攻断ってくれたわよねぇ?」
 毬乃の恨めしそうな瞳に睨まれ、智史は頬を僅かに引き攣らせる。
 その当時にはまだ、入学していなかった2年生の3人が、興味津々といった表情で毬乃と智史を見ていた。
「大麻先輩の彼女って、別の大学の人でしたよねえ? 会ったことないけど」
 久瑠美が問いかける。それに答えたのは何故か未来だった。
「美人よ、なかなか。スタイルもいいし」
「!!」
「ちょっと〜、未来、何で知ってんのよ」
 絶句する智史の横で、毬乃が問い詰める。
「ああ、去年の夏にね、見かけたの。由比ヶ浜でね」
「げっ! いたんすか、未来先輩」
 心底嫌そうな表情になっている智史に、未来はあっさりと答える。
「私の親類が鎌倉に住んでて、あそこで海の家開いてるから、毎年数日はバイトにね。大麻が利用したとこの隣だったから」
 まさか、そんなところに知り合いがいるなどとは思いも寄らなかった。
 智史は諦めの溜息をつくしかなかった。
「未来の話は本当みたいね・・・よーし! 白状しなさい、大麻。彼女とは長いの? 知り合ったきっかけは?」
 こういうスイッチの入った毬乃は簡単には止まらない。
 それが判っていても、智史は抵抗を試みた。
「教える義理はないですよ」
「あらあらあら〜? そんなコト言っていいのかな〜? 大麻クン。2年生トリオにあーんなことやそーんなことを暴露しちゃうわよ〜?」
「何すか、それ! あんましいい加減な・・・」
 毬乃は2杯目のジョッキをぐい、と空にして、智史の腕を掴んだ。
「だいたい、こーんないい女を簡単に振ったその神経が信じられないわ! お試しでいいからシよって言っても彼女に義理立てしちゃってさ、ホントに可愛くないんだから」
「いや、だから・・・」
 毬乃は絡み上戸だ。それは、智史だけでなく、サークルの全員が知っている。
 なので、他のメンバーは面白そうに眺めるだけで、智史に助け舟を出してくれるような様子は全く見受けられない。
「大麻〜、あんた、もしかして、女知らないでしょ」
「は? な、何を・・・!」
 いきなりの問いかけに、智史は一瞬狼狽える。
 肉食獣が獲物に狙いを定めるかのように、毬乃は智史を凝視した。
「そりゃあ、彼女に義理立て出来るのはいいよ? だげどさ、女知ってたら、少しくらいはつまみ食いしてもって思っても不思議じゃないと思うんだよね。晃基なんかその典型だし、真也もそういうトコあるし」
「そこで俺ですか、毬乃先輩」
 引き合いに出され、晃基は苦笑した。
 智史や久瑠美、清夏は冷ややかな眼差しを晃基に向けた。
 毬乃の勢いはまだ続く。
「こっちが1回限りで遊びましょって言ってんだから、お固く考えなくてもいいと思う訳よ。でも絶対応じないなんて、女知らないか、彼女にベタ惚れで腑抜けてるかのどっちかじゃない。だけど、大麻は腑抜けてるようには見えないから。なら、答えはひとつでしょ」
 どうだ、というように注視され、智史は憮然として、溜息をついた。
「・・・何なんですか、それは。だいたい、そんなこと、毬乃先輩には関係ないじゃないですか。俺と・・・」
 智史は言葉を中断した。毬乃が左腕にぐい、と身体を押し付けてきたからだ。
 彼女の豊満な胸が当たって、智史は眉を吊り上げる。
「関係ない、なんてつれなさすぎ〜。いいじゃな〜い、少しくらい」
「・・・いや、遠慮しますって。毬乃先輩!」
 何とか毬乃を引きはがそうとするも、意外と彼女の力が強い。
 もっと強く力を入れれば、彼女の手を離すことは出来るが、その場合、怪我をさせてしまう可能性がある。
 酔った勢いで悪乗りしているだけだと思われる彼女に、あまり強引なことが出来なくて、智史は困惑した。
 しかも、毬乃は意図的になのか、無意識なのか、とにかく胸を押し付けてくるものだから、さすがに智史もそれを意識せざるをえない。
 理性だけでは御しきれない本能が目覚めそうになる。
「もう!『据え膳くわぬは男の恥』って言うでしょ?」
「・・・・・いや、間に合ってますって」
「 まぁたまた〜! あんたなら今夜でもOKだよん」
「先輩〜、いい加減に・・・・・」
 ふと、気配を感じた気がして、智史は振り向いた。
 そして、驚愕に目を見開く。


 同じようにして、目を見開いているあきのが、そこに、いた。








 

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