The Sweet Pain.2








「・・・やっぱり、そういうもの、なのかな・・・」
「だってさあ、男なんて、すぐカラダ求めてくるでしょ? 十代なんてその最たるものだって言うじゃない? あ、彼氏って年上なの?」
「ううん、同級生よ」
「同級生ならやっぱりがっつりでしょ。それとも、椋平さんの彼氏は草食系で、性欲薄い人なの?」
 麻矢にもそんな風に言われてしまい、あきのは押し黙った。
 智史の性欲が薄いかどうか、あきのにはよく判らない。
 それが無い訳ではないことは知っているが、彼はあまり表に出さないのだ。
 勿論、あきの自身の気持ちに配慮してくれているのもあるだろう。
 もともとベタベタした関係が好きではない人だし、父・総一郎との約束のこともあり、智史はあまりあきのの身体に触れようとしないのだ。
 出かけてのデートで、手を繋いだり、そっと抱きしめられたり、キスをしたりはする。でも、それだけだ。
「・・・草食系男子なの? 椋平さんの彼氏」
 佑圭にも重ねて問われ、あきのは考えながら口を開く。
「・・・・・よく、判らないけど・・・私、男の人のそういう視線、苦手なの。だいぶ、マシにはなってきてるんだけど・・・その、中学の頃から、時々、男子に強引に迫られそうになったり、痴漢にあったり、したことがあって・・・」
「あ〜、それは・・・」
「うん、それは・・・ムカつくね」
 麻矢も佑圭も大きく頷く。
「椋平さんさぁ、顔は可愛いし、胸あるし、姿勢とか綺麗だし、男が寄ってきそうなタイプだもんね」
 佑圭に言われ、あきのは微妙な表情になった。
「そう、かな・・・」
「あー、解る、それ。隙がある訳ではないんだけど、強引に押せばいけるんじゃないかって勘違いする男がいそうな感じ」
 麻矢にもそう言われ、あきのはますます眉を顰めた。
「・・・嬉しくない・・・それ」
 そんなあきのを見て、佑圭は苦笑した。
「まあ、そうよね。・・・で? 彼氏は知ってるの? そのこと」
「うん・・・つき合う前にも、ヘンな人に絡まれてるところを助けてもらったことがあるし・・・私が身体の関係に抵抗っていうか、嫌悪感っていうかを持ってるのも、知ってくれてるわ」
「・・・そうだとしたら、彼氏は椋平さんの気持ちを思いやって我慢してるってことなんじゃない?」
「我慢・・・」
 佑圭の言葉は、思っているより深く、あきのの心に沈んだ。
確かに、あきのの意思を尊重するために、理性的に振舞ってくれているんだろうな、とは思うことがある。少しは、我慢させているのだろうとも。
 ただ、それがどの程度のものなのか判らない。
「・・・その、やっぱり、男の人に、我慢、させてるのって・・・良くない?」
 あきのの問いに、麻矢はさあ、と肩を竦め、佑圭もうーん、と首を傾げた。
「・・・人それぞれだと思うよー? 我慢させられるのが嫌なヤツだったら、さっさと別れ話をするだろうし、恋愛は恋愛、カラダはカラダで割り切って、別の女と遊ぶとかするかもしれないし・・・まあ、割り切った関係って言ったって、彼女としては許せないだろうけどね。べつの女と関係するなんて、浮気そのものだと思うし」
「そういう、もの? 男の人って」
「いや、そういうヤツもいるってこと。椋平さんの彼氏がそうだとは限らないよ」
 佑圭はそう言ってくれたが、あきのの脳裏には久しく忘れていた野上 浩市のことが浮かんでいた。
 確かに、彼には体の関係を求められて拒絶したことから、別れを告げられた。
 野上のことは、智史も知っているし、体の関係がないとつき合えない、なんてことはないと言ってくれている。
 ただ、それはつき合い始めた頃のことだ。
 それなりにつき合いを続けてきている現在、智史は本当に納得して、我慢をしてくれているのだろうか。
 本心では我慢することに疲れて、別の女性で発散しているのだろうか。
 冷静に考えればありえないことの筈なのに、少量とはいえアルコールが入ったこの時のあきのには、もしかしたら、という不安が後から後から湧いてきていた。
 あきのはグラスに残っていたカシスオレンジをぐいっと飲み干し、深い溜息をついた。
「・・・・・なんか、私、自信がなくなってきた・・・」
 落ち込んでしまったあきのに、佑圭と麻矢は苦笑するしかない。
「と、とりあえず、飲もう! 食べよう!」
「そうそう! 折角なんだしさ、食べないと損よ」
 佑圭がカクテルの追加オーダーをしてくれた。麻矢は料理をあれこれ取り分けてくれる。
 あきのも彼女たちの気遣いを感じて、思考を中断し、目の前の料理を口に運んだ。
 そして、他愛ない話をする。
 しかし、一度沈んだ思考は完全に浮上することはなく、2杯目のカクテルが半分程無くなると、あきのは無口になっていた。
 智史が所属している陸上サークルには、男性だけでなく、女性も所属している。サークル仲間に恋愛感情を抱いたことなどない、と聞いているが、本当なのだろうか。
 彼は誰もが認める、とまではいかないかもしれないが、精悍な顔立ちをしているし、目つきはちょっと恐そうだが、本当はとても優しい人だし、モテる、ような気がする。
 恋愛感情はなくても、体の関係を持てる男性も、女性もいるらしい。
 もし、智史もそうだとしたら?
 あきのは恐くなってきて、だんだん泣きたくなってきた。
「・・・・・あの、私、ちょっとお手洗いに行ってくる」
 麻矢と佑圭にそう告げて、あきのは席を立った。
 あきのたちは座敷席だが、店には普通のテーブル席もあり、賑やかな笑い声が響いている。
 その雰囲気も、現在のあきのにとっては煩わしいものでしかなかった。
 トイレで用を足すと、溜息をついてそこを出る。
「椋平さん、ちょっといいかい?」
 声をかけられて、はっとして顔を上げると、そこには高倉と中山が立っていた。
 中山は普段と大差ない様子で、高倉は目元や首筋を赤くして、笑っていた。
 ニコニコというよりはニヤニヤ、という風に見える笑みで、あきのの背筋が寒くなる。
「な、何、か?」
「いやー、さっきさ、榎木さんたちと、彼氏の話してただろ? ちょっと、聞こえちゃってさ」
 高倉の言葉に、あきのは目を瞠る。
「彼氏とあまりうまくいってないみたいだね」
「そ、そんなこと・・・」
 ない、と否定したかったが、あきのの中の不安が言葉を飲み込ませてしまう。
「椋平さんは男が苦手なんだってね」
 今度はやけに落ち着いた口調で、中山が言った。
「病院や病棟にもよるけど、男の患者も多いし、苦手、では、看護師は務まらないんじゃないか? 少し、慣れた方がいいよ」
「な、慣れた方がって・・・どう、やって」
「そう、例えば」
 中山がそう言うと、高倉があきのの側へ一歩踏み出す。
「俺らと、楽しく飲んで話す、とかさ。入学してからずっと、椋平さんと話してみたいって男どもは思ってたんだよ? なのに君はいつも、素っ気なくて。授業に関することでは口をきいてくれるけど、事務的で冷たくてさぁ」
「そ、そんな、つもりは・・・」
 クラスの男性に必要以上に近づかないようにしていたことは確かだが、冷たくしているつもりはなかった。
 それよりも、高倉との距離の近さに、あきのは震える。
 酔っているのが判る、赤い顔が僅か10cmほどのところから自分を見下ろしているのが恐い。
 あきのは後ろに下がろうとして、トイレの入り口に程近い柱に背中が当たるのを感じた。
 これ以上、離れられない。
 かといって前へは、高倉と中山の身体が邪魔で進めない。
 2人の目の奥に、情欲の色が見えた気がして、あきのの背筋に戦慄が走った。
「・・・さあ、一緒に行って話そう。楽しく飲みながらさ」
 高倉があきのの手首をつかむ。
 あきのは嫌悪感に息を飲んだ。
「飲んで話すだけなら害はないだろ? 行こう」
 中山にも促されたが、あきのは震えながら首を横に振った。
「い、行かない。離して」
「まあまあ。そう言わずにさ」
 高倉の強い力でぐいっと引っ張られ、あきのはよろけそうになりながらどうにか姿勢を保つ。しかし、勢いに押されて足は前に進んでしまった。
「さあさあ、行くよ、椋平さん」
「・・・離して」
 小さな声で訴えるが、高倉は全く聞いていない。
 どうしよう。
 途方に暮れて目を閉じたあきのの耳に、ふと、聞こえてきた声。
「・・・・・いや、間に合ってますって」
「まぁたまた〜! あんたなら今夜でもOKだよん」
「先輩〜、いい加減に・・・・・」
 聞き覚えのある声に、あきのは反射的に目を開けて、顔も上げた。
 すぐ、脇のテーブル席に、見知らぬ女性に腕を絡められた智史が、いた。







 

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