The Sweet Pain









 智史とあきのは互いに瞠目しあった。


 何故。
 どうして。


 そんな台詞だけが頭の中を廻る。



 沈黙を破ったのは、周囲の声だった。
「・・・大麻、知り合いなの?」
 きっちりとメイクされた大人の女性。
 あきのは震える肩を抑えることが出来なかった。








 この日、あきのは3年目にして初めて、クラスの親睦会に参加していた。
 今までは、悠一郎や、未成年であることを理由に、悉く誘いを断っていたのだが、じきに4年になってますます実習等が忙しくなると予想されること、20歳を越えて成人したことを踏まえて、応じることにしたのだ。
 幹事役を務める古池 晴菜に「仲良しこよしになる必要はないかもだけど、近い将来に同じ仕事に就く可能性の高い人たちとの繋がりを持っておくって、結構重要なんじゃない?」と言われたことも一因だ。
 それは確かにそうだと思えた。そして、親睦会に初参加なのはあきのだけだと言われて、少し吃驚もした。
 あまりにも、悠一郎や智史のことを優先しすぎて、自身の大学生活を楽しむことは余所に置かれていた気がする。
 智史はサークル活動やバイトもして、それなりに大学生活を満喫しているようなのに、自分がこんなままではいけない、とようやく気づいたのだった。
 とはいえ、あきのはアルコールが苦手である。
 自分が飲むこともだが、酔った男性が特に苦手なのだ。
 父と一緒に出席したことのあるパーティーで何度か、嫌な思いをしたことがあって、それを思い起こさせるからだ。
 だが、ずっと避け続けることが難しいことも理解しているつもりだ。社会人になってしまえば、自ずとそういう機会は増えるだろうから。
 ある程度話をする榎本 麻矢や松村 佑圭が参加するというのも、あきのにとっては心強かった。
 会場にと予約されていたのは、チェーン店の居酒屋。
 あきのは晴菜や麻矢たちと共にその中に入った。
「今日は椋平さんが参加するっていうからか、男は全員参加よ」
 晴菜に言われ、あきのは曖昧に笑うしかなかった。
 まだまだ男性の看護師希望者は多くはないが、あきののクラスには6名の男性がいた。
 ともに学ぶ学生としての彼らは問題はないが、こんな風にプライベートな時間、しかもアルコールが入るところに同席というのはどうにも抵抗がある。
 全部で25名という、ほぼ全員に近いメンバーが揃ったところで、最初のドリンクをオーダーすることになった。
「椋平さんは何にする?」
 隣になってくれた佑圭にメニューを差し出され、あきのは苦笑した。
「えっと・・・絶対、お酒飲まないとダメかな」
「いや、絶対じゃないけど・・・椋平さん、飲めない人?」
「どっちかというとダメな方。家でも飲まないし」
「そうなんだ。・・・じゃあ、最初はチューハイかカクテルにしたら? 甘くて飲みやすいし、最初だけにして、後はウーロン茶とかにすればいいよ」
「・・・なら、そうしようかな」
 佑圭のお勧めだというカシスオレンジをオーダーしたあきのは、気付かれない程度の溜息を零した。
 高校の時はクラス委員をしたりしていたが、元々あきのは大勢の中で過ごすことが少なく、不特定多数の人と話をするのが得意ではない。
 ごくごく表面だけの付き合いをする分には問題はないのだが、友人は広く浅く、ではなく、狭く深く、のタイプだったりする。
 なので、こういう賑やかなところでワイワイ過ごすのはちょっと気おくれしていた。
 全員の飲み物が揃ったところで、晴菜が乾杯の音頭を取る。そして、賑やかな宴会が始まった。
 あきのも、自分のカシスオレンジに口をつけてみる。
「・・・あ・・・美味しい、かも」
「どう? 飲めそう? 椋平さん」
「あ、うん・・・大丈夫そう」
「良かった」
 佑圭はニッコリ笑った。
「飲み口が軽くて飲みやすいけど、度数はそれなりだから程々にね。・・・さあ、食べよう!」
 佑圭は手際よく目の前のサラダを取り分けてくれた。
「ありかどう」
 食べたり飲んだりしながら、あきのと佑圭、そして隣のテーブルの端に座っている麻矢は色々な話をした。
 講義のこと、実習のこと、再来年に受ける国家試験のこと、そして、お互いのプライベートなことにも話が及ぶ。
「椋平さんって、講義が終わったら大抵すぐに帰るけど、彼氏いるの?」
 麻矢にストレートに突っ込まれ、あきのは苦笑した。
 いつもなら、誤魔化したかもしれない。けれど、グラスの半分程飲んだカクテルのせいか、言葉がするりと口をついた。
「・・・うん。いるよ。別の大学だけど」
「そうなんだ。早く帰るのはデートがあるから?」
 すかさず佑圭が問いかける。
「あ、ううん、いつもって訳じゃなくて。私、週に2〜3回は弟のお迎えにも行くから真っすぐ帰るんだ」
「弟? なに、幼稚園児くらいなの?」
「うん。来月3歳になるの。母は仕事してるから、保育園にね」
「そんなに年離れた弟なんだ。・・・なら、可愛いだろうね」
 麻矢に言われ、あきのはニコッと笑った。
「ええ、物凄く可愛いよ。彼には『母親みたい』って言われちゃうけど、可愛いんだから仕方ないのよ。お迎えも行くし、御飯もお風呂も、時には寝かしつけるのも私だったりするからね」
「へ、へえ・・・」
 あまりにも嬉しそうに語るあきのに、麻矢はやや引き気味だ。
「えっと、彼氏も弟さんのこと、知ってるんだ」
 佑圭が何とか話を戻そうとする。
 あきのの恋人の話に、実は男性メンバーの中山 健司と高倉 勉が聞き耳を立てているとは知らずに。
「あ、うん、彼もね、弟と遊んでくれたりするの。だから、弟も彼に懐いてるわ」
「へえ・・・まさか、デートも弟さんつき、だったりするわけ?」
「ふふふ・・・それはないわよー、松村さん。さすがに出かける時は別」
「そりゃそうだろうねー。そんなことしてたらドン引きされるだろうし」
 佑圭がうんうん、と頷いているのを見て、あきのは僅かに首を傾げた。
「ドン引き? どうして?」
「ど、どうしてって・・・普通、ありえないでしょ、自分の子供でもないのに、子連れでデートなんて」
 ねえ?と、佑圭は麻矢に同意を求め、麻矢はしっかりと頷いた。
「椋平さんも、デートの時は別って言ったじゃない」
「いや、それは出かける時であって・・・うちで会う時はいつも、弟も一緒なんだけど・・・」
 あきのの返答に、佑圭と麻矢は固まった。
 それでも、疑問に思うことを尋ねてみる。
「ねえ、椋平さんと彼氏って、長いの? つき合い」
「あ、うん・・・もう、4年になるよ」
「へえ、それ長いねえ。弟くんが生まれる前からってことでしょ?」
「うん、そう」
「だから、彼氏も弟くんと一緒ってのに抵抗がないってことなのかな? それとも・・・マンネリ?」
 麻矢の何気ない発言に、あきのは一瞬言葉に詰まった。
「・・・マンネリ・・・に、なっちゃってるの、かなあ・・・」
 智史との仲は良好だと、あきのは思っているが、彼自身はどうなのだろう。はっきり聞いてみたことはないが、彼には色々窮屈な思いをさせているという自覚があるだけに、不安もない訳ではなかった。
「それにさ・・・弟くんがいたんじゃ、あまりイチャイチャも出来ないでしょ? その辺はどうなの?」
 佑圭に問われ、再びあきのは言葉に詰まる。
「え、えと・・・その・・・い、イチャイチャって・・・」
「ほら・・・ぶっちゃけ、Hする時よ」
 小声で囁かれ、あきのはぼっ、と音がするかと思われる程赤くなった。
 その反応に、佑圭と麻矢の方が瞠目する。
「え!? まさかと思うけど・・・椋平さんって、バージンだったりするわけ?」
 麻矢に聞かれ、あきのはこくん、と頷いた。
「ホントに?」
「うん・・・そんなにヘンかな」
「いや・・・まあ、何というか・・・」
 麻矢は微妙な笑みで佑圭を見ている。
 佑圭の方も、肩を竦めて見せた。
「・・・4年って言ったよね? 彼氏とのつき合い。要するに、高校生の時からってことでしょ? そんな時期からなら、当然Hもしてるんだと思ったわ」
 佑圭に言われ、あきのは眉根を寄せた。


 

 

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