Smile Blue 3
 







 ゆっくりと朝食をとってホテルをチェックアウトすると、智史は神戸市内へと車を走らせた。
 今日は神戸の街をゆっくり回る予定だ。
 あきのの希望で、異人館街と布引ハーブガーデンに行くことにしている。
 レンタカーを借りたのが新神戸駅の近くなので、早々に車を返して、歩いて回ろうと決めた。
「泊まるんは三ノ宮駅の近くだ。先に、ホテルに寄って、スーツケースだけ預けよう。そうしたら重い荷物を持って歩かなくて済むしな」
「うん。あ、でも、明石海峡大橋の近くのサービスエリアに寄ってもらっていい? 淡路島でのお土産買いたい。おかあさんたちに」
「了解」
 明石海峡大橋の手前の淡路サービスエリアに入って、双方の母親にと、玉ねぎのスープなどを買い求め、あきのはほくほく顔だった。
「嬉しそうだな、あきの」
「うん! 淡路島は玉ねぎが名産だっておかあさんに言われてね、何かそういうモノをお土産に出来たらいいなって思ってたの。だから」
「そうか」
 智史は順調に車を走らせ、新神戸駅近くのレンタカー会社に無事に車を返したのが10時過ぎだった。
 泊まる予定のホテルにも、無事に荷物を預かってもらえたので、ゆっくりと観光出来る。
「ここからだと、ハーブガーデンが近いな。午後は暑くなるだろうけど、泊まるのが三ノ宮だってことを考えたら、ハーブガーデンに行ってから、異人館街を歩いて降りてくのがいいと思うが、どうだ? あきの」
「うん、それが素直だよね。それでいいよ」
「よし。なら、まずはロープウェイ乗り場だな」
 白い雲がいくつも浮かんでいるので、幾分かは日差しが遮られるところもあり、暑いなりに何とかなりそうだ。
 少し判りにくいロープウェイ乗り場に向かい、そこからハーブガーデンの頂上まで上る。公園は山の斜面に造られているので、中をゆっくり歩いて下れば、中間駅からまたロープウェイで下へ降りるという仕組みになっていた。
「あ、暑いけど、少しましみたい」
「だな。やっぱり山だからか」
 海の方向へ目をやると、ホートアイランドから神戸空港の辺りまでがよく見えた。
「いい眺めね」
「ああ」
 ロープウェイ乗り場でもらった園内の案内図を見ると、ショップはこの山頂駅のところだけで、後は小さなフードコーナーがあるだけのようだ。
「ね、少しショップを覗いてみてもいい?」
「ああ、ゆっくり見てこい。この辺で待ってるから」
「うん、ありがと」
 智史が人混みや買い物が苦手なことは判っているので、あきのは1人でショップの中に入る。
 よくあるようなお菓子やハーブの柄のハンカチなどが置かれている中に、蜂蜜の量り売りのコーナーがあるのを見て、あきのは目をひかれた。
「良かったら味見されませんか」
「いいんですか?」
 店員の女性に声をかけられ、あきのは3種類の蜂蜜を味見させてもらい、一番マイルドな印象を受けたローズマリーの蜂蜜を3つ、購入した。
 お菓子の類は異人館街や駅近くで買えばいい。ハーブの苗なども売られていたが、それは持ち帰れないので見るだけに止める。
 智史のところに戻ってみると、彼はスマホを眺めていた。
「お待たせ、智史」
「おう。・・・それ、何買った?」
 あきのの手の布袋を見て、確かエコバッグだったな、と思いながらそれを受け取ってやる。
「あ、うん、蜂蜜のね、味見をさせてもらって、それで買ったの。悠ちゃんも蜂蜜は大好きだし、お母さまや香穂ちゃんも好きだった気がして」
「へえ・・・味見なんて出来たんか」
「うん、珍しいでしょ? 3種類だけだったけど、味見させてもらって、一番あっさりしたのを買ってみたの」
「・・・喜んでくれるといいな」
「うん。智史は、何見てたの?」
「ああ・・・昼飯の場所調べてた」
「ああ、ありがとう。降りてから、でいいよね?」
「勿論だ。とにかく、行くか。あまり暑くならないうちにな」
「うん」
 ゆっくりと公園内を降りていく。様々な種類のハーブや花たちが植えられていて、あきのは楽しげにそれらを見て歩いた。
 智史は正直、ハーブのことはよく判らなかったが、あきのの楽しそうな顔に目を細めていた。
 それに、山のせいか空気が良い気がする。それだけでも十分に楽しめた。
 1時間程をかけて、ゆっくりと中間駅まで降りてきて、2人は再びロープウェイで麓へと降りた。
「ここから異人館街って遠いの?」
「いや、それ程でもないと思うぞ? ただ、山手だから歩くのはちょっと疲れるかもしれねえが」
「でも、ここからだと降りてく感じになるんだよね? 多分」
「降りてくっつーか、西に動くって感じかな、最初は。・・・こっちだ」
 智史はあきのを伴って歩き出す。
「ちゃんと案内の表示があるんだね」
「そりゃあ、観光地だからな。今が11時50分だから・・・少し急ぐか」
「え? どうして?」
「12時でレストラン予約してあるからな」
「そうなの? いつの間に・・・」
 言いかけて、あきのは気づく。
「もしかして、私が買い物してる間に?」
 智史は僅かに視線を逸らす。それだけで、あきのの心がじんわりと温められていく。
「・・・ありがとう、智史」
「ともかく、行こうぜ」
「うん」
 2人は少しだけ歩調を早めて、目的地を目指した。
 辿り着いたのは、1軒の洋風建築。
「・・・ここ?」
「その筈だ。行くぞ」
 異人館街の中にある、洋館の1つが、フレンチレストランになっているようだ。
 やさしい花や緑が配置されていて、とても心地よさそうな空間となっている。
 中に入ると、すぐに席に案内された。店内はそれなりにお客が入っている。
「フレンチのランチなんて・・・何か、贅沢だね」
「・・・たまにだから、いいだろ。年に1回あればいい方だからな」
「・・・そうだね」
 料理も予め頼んであったらしく、メニューは確認だけで、程なく前菜が運ばれてくる。色鮮やかで華やかな盛り付けに、あきのは目を輝かせた。
「美味しそう!」
「そうだな」
 それから、スープに魚のポワレ、ステーキとパンにデザートとコーヒーというフルコースを味わって、あきのは大満足という笑顔だった。
「美味しかった~。贅沢だな、とも思うけど、こういう食事って、ゆっくり会話も楽しめて、いいね」
「デザートも美味かったか?」
「勿論!・・・いつもごめんね、私ばかり楽しませてもらって」
「いいって。食べられなくて残す方が勿体ないし、お前が喜んでくれんならそれでいい」
「ありがとう、智史」
「その代わり、夜は俺につき合ってもらうぞ? 南京町で中華だ」
「わあ、それも楽しみ!」
「辛いやつ食いてーんだよな。お前は苦手だが」
「あ~、確かにちょっと・・・でも、四川料理に限定しなければいい訳でしょ? それに、少しくらいなら、挑戦もしてみたいな。智史のお料理、分けてくれるでしょ?」
「ああ、いいぞ。じゃ、観光してしっかり歩いて、腹減らすか」
「ふふ、そうだね」
 とはいえ、夏の日差しの中をずっと歩くというのは、それだけでも体力が消耗する。
 風見鶏の館やうろこの家などをひととおり見て回り、土産物店で適度に休憩も取りつつ、午後4時半頃にはホテルにチェックインを済ませた。
 午後からはかなり雲が出てきていたので、日差しはマシだったのだが、それでも32度に達する程の暑さの中で動くのはかなりキツかった。
「暑かったねー」
「ああ・・・汗びっしょりだ。着替えるか」
「あー、私もそうしようかな・・・シャワー浴びる? 智史」
「そうだな・・・それから着替える方がさっぱりするよな。それから、出かけるか」
「うん」
 智史に先にシャワーを浴びてもらうことにし、あきのは買い求めたお土産を少し整理する。
 大麻家と椋平家へのもの、明日訪れる佐藤家へのもの、それから、おそらく会えるであろう、森島家と叔父の佐藤家へのもの。
 東京へ持ち帰る分はひとまとめでも良いが、明日、手渡しする予定のものはきちんと区別しておかないといけない。
 本当なら、東京から手土産を持参するべきだったのだろうが、智史がその必要はないと言ったので、それに従った。
「神戸で調達するんで充分だ。さすがに京都で調達したら怒られるだろうけどな」
 そんな風に言っていたので、手土産には北野の洋菓子店の焼き菓子を購入したのだ。
「少しでも喜んでもらえるといいけど・・・」
 ひとりごちて、あきのは紙袋を3つ、テーブルに置いた。
 それぞれの実家用以外にも、自分たち用にと購入した蜂蜜や玉ねぎスープなどもある。お菓子は智史が食べられないので購入しなかった。
 気にしないで買えばいいと言われはしたが、やはり気が引けた。
 それよりも、佐藤家に行ったら、智史でも食べられる、レアチーズケーキのレシピを愛美に教わって、東京でも作れるようになりたいと考えている。
 やはり、2人一緒に楽しめる方が嬉しい。
 あきのはそう思っていた。 


 
 
 
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