Smile Blue 2
 







 大きな渦潮は見られなかったが、小さめのものが迫力ある位置で見られて、あきのは大満足していた。
 公園内の展望スポットからの鳴門海峡と大橋の眺めも堪能し、2人は淡路島へと戻ることにした。
 時刻は午後4時前。ホテルのチェックインには十分に間に合いそうだ。
「今日泊まるところって、海の近くなの?」
「ああ。海沿いに建つホテルだ。部屋に露天風呂がついてる」
「ええ? お部屋に?」
 今回の旅行の手配は全部智史がしてくれた。なので、あきのは行き先くらいしか知らないでいた。
「な、なんかそれって・・・凄く贅沢じゃない?」
「・・・いんじゃね? 実質新婚旅行なんだし。それに、うちは共稼ぎだから、結構余裕あるしな、今は。家賃が破格だってのがあるけど」
 家賃はあの付近のマンションの相場の4割程度のものなので、その差額分にプラスしたものを2人は貯金に回している。日ごろは贅沢はしないでいるのと、あきのの夜勤の手当てがそれなりのものであることから、実質智史の手取りの7割近くを貯蓄出来ているようなものだ。
 将来、あきのが働けなくなれば、智史だけの給与でやっていくのが厳しいことが判っているだけに、今のうちに貯められるだけ貯めておきたいというのが、2人共通の考えだった。
 とはいうものの、滅多にないこんな機会くらい、少し贅沢をしても良いだろうと思ってのチョイスである。
「今回の旅行だって、1泊はじいちゃんちで、節約してるし。今夜だけだから、のんびりしようぜ」
「・・・そうね。滅多にないし、新婚旅行の代わりだし・・・いっか」
 あきのも初めての夫婦での旅行なのだから、と思い直し、笑顔になる。
 ただ、部屋付き露天風呂、という響きに、艶めかしいものを感じてしまったことは、智史には内緒だ。
 淡路島へ戻ると洲本I.C.で降りて、市内の中心部へと車を進め、ホテルの建つ海辺へと走らせる。
 ホテルに着くと、智史は駐車スペースに車を停め、あきのと共にチェックインした。
「お部屋はこちらになります」
 そう言って案内されたのは、建物の2階に当たる1室で、大きな掃き出し窓の向こうに海が広がっていた。
「わあ・・・ステキな眺め」
 広めの和洋室という造りの部屋は、落ち着いた雰囲気で窓の向こうのテラスに露天風呂が設えられている。
「お風呂に入りながら海が見られるんですね」
「はい、どうぞごゆっくりお過ごしください。お食事は1階の食事処にご用意させていただきます」
 洋室部分にベッドがあるので、仲居さんが出入りするのはこちらが依頼した時だけのようだ。
 食事の時間だけを確認し、用がある時のフロントの電話番号だけを説明すると、仲居さんは退室していった。
 本当に、2人だけでゆっくり出来る仕様になっていて、あきのは嬉しくもあり、何となく気恥ずかしくもあった。
「・・・いい眺めだな、本当に」
「うん。何か、凄く贅沢な気はするけど・・・でも、嬉しいな」
「あきの・・・」
 智史はそんなあきのを微笑んで見つめ、そっと抱き寄せた。
「智史・・・」
 ほんのりと目元を染めて、あきのが目を伏せる。
 智史はその唇をやさしく覆った。




 少し早いかとも思ったが、6時過ぎからの夕食にしてもらった2人は、新鮮な海の幸に舌鼓を打ち、満足して部屋に戻った。
 空は薄い闇に覆われようとしていて、月が顔を出してきていた。
「あ、お月さま・・・、満、月?」
「正確には明後日くらいだったと思うが、ほぼ、そうだな。もう少し暗くなったら、もっといい感じになると思うぜ?」
「うわぁ・・・楽しみ。あ、ねえ、お部屋の電気、消してみてもいいかな」
「・・・ああ」
 月明りを堪能するなら、電気の明かりは無粋だろう。
 照明を落とすと、一層月の光が映える。
 ゆっくりと空が蒼く染まるにつれて、鮮やかになる月明り。そして、規則正しく響く波の音。
 幻想的とも言える光景に、あきのは感嘆の息を漏らす。
 その後ろにゆっくりと近づいて、智史は彼女の耳元で囁くように告げる。
「もうちょっとしたら、風呂、入るか。景色見ながら入んのもきっといいと思うぜ」
「えっ・・・も、もしかして、一緒、に?」
「当然だろ。何のための部屋付きの風呂だと」
「えええっ・・・そ、それは・・・」
 あきのの頬が微かに染まる。
 結婚して1年、体を重ねたことは数えられないくらい、ある。一緒に風呂に入ったことだって、あるには、ある。
 それでも、いくら人目は気にしなくても良いと言っても露天風呂に一緒に、というのが恥ずかしいことに変わりはない。
 そんなあきのの羞恥心など、智史にはお見通しだが、撤回するつもりはない。
「つべこへ言わずに覚悟決めろ。何かしようってんじゃねえから」
「・・・ホント?」
「・・・何、期待してんのか?」
「ち、違うもん! 智史の意地悪」
 軽く唇を尖らせたあきのに、智史はクッと笑って再び耳元で囁く。
「とにかく入ろうぜ? 海に浮かぶ月、一緒に見よう」
 そう言うと、智史はさっさとTシャツを脱いでしまった。
「そうだ。タオルだけは近くに置いといた方がいいよな」
 智史は洗面スペースに置かれていたバスタオルとフェイスタオルを出入り口の窓のそばに置く。そして、残りの着衣を脱いでしまってテラスへと出た。
「ああ、外のが気持ちいいな。・・・あきのも早く来いよ」
 智史が開け放った窓から、波の音が大きく響いてくる。
 あきのはこくん、と息を呑んで覚悟を決め、ゆっくりと着ているものを脱いでいった。
 さすがに何もなしは恥ずかしかったので、フェイスタオルで前を隠し、テラスへと出る。
 そこは、ある種不思議な空間だった。
 大きく聞こえる波の音、空に浮かぶ月、そして、海面に映る月の光。それらに包まれて、自然の中にぽつんと佇んでいるような錯覚に陥る。
「・・・あきの」
 湯船の中の智史に手を差し出されて、一瞬躊躇したが、あきのはゆっくりと湯船に足を踏み入れた。
「ちょっと熱い、かな」
「かもな。けど、いいぜ? こっからの眺めは」
「・・・うん」
 促されて、あきのは智史に背中から抱きしめられるような形で座った。
「コレ、別に必要ないだろ」
 智史にタオルをつん、と引っ張られて、あきのはぎゅっとそれを握る。
「や、なんとなく?」
「・・・今更。ま、別にいーけど」
 智史はそのままあきののお腹の辺りで両手を組んだ。
 特に触れてくる訳でもない様子に、あきのの肩の力が抜け、ふう、と溜息が漏れる。
 その様に、智史はついつい笑ってしまう。
「・・・お前、緊張しすぎ」
「や、だって・・・一緒に、お風呂なんて・・・まだ・・・3、回目か4回目だし・・・」
「風呂はそうかもしれねえが、お前の体は何度も見てるんだぜ? それこそ、数えきれないくらい」
「そ、それはそうなんだけど・・・それでも、やっぱり恥ずかしいんだもん」
「・・・ま、いんじゃね? ともかく、今は景色を堪能しよう」
「うん」
 ゆっくりと湯に浸かりながら、月の輝く蒼い空を見つめる。
 時折吹く潮風と、繰り返す波の音。言葉はなくとも、充実した時間だ。
 とはいえ、ずっと入り続けていてはのぼせてしまう。
 頃合いを見計らって、智史はあきのの露にされている項にそっと口づけた。
 あきのの肩がびくり、と震える。
「そろそろ、出よう」
「・・・うん」
 ゆっくりと立ち上がると智史に手を引かれ、シャワーで軽く体を流して、そのままバスタオルに包まれて、あきのはベッドへと誘われた。
「・・・あきの」
 欲情した熱を孕んだ瞳で見つめられ、あきのはゆっくりと目を閉じる。
 熱い、口づけが甘い時間の始まりを告げた。






 目が覚めたのは夜明け頃。
 月明りが差し込むベッドルームで何度も何度も高みへと押し上げられて、疲れ果てて眠りについてしまった。
 あきのは昨夜の痴態を思い出して1人赤面する。
 すぐ隣の智史はまだ眠っているようだ。
 白み始めた空は、少し雲がかかってはいたが悪くはない天気のようで、ホッとする。
 昨夜は髪も洗わずにいたことを思い出し、あきのはゆっくりとベッドを抜け出して、テラスへと出た。
 髪と体を丁寧に洗って、ゆっくりと湯船に入る。
 朝日は見えないが、だんだん夜が明けていく様を見ながらの入浴もまた、気持ちの良いものだった。
 タオルで髪を包んでいるので、体は特に隠していない。
「こんなに明るかったら恥ずかしくて、とても一緒には・・・」
「・・・・・朝の風呂もよさそうだな」
「ひゃっ!さ、智史!?」
 突然の耳元での囁きに、あきのは文字通り飛び上がってしまった。
「おいおい、そんなに驚くなよ・・・こっちが驚くだろうが」
「だ、だって、まだ寝てると・・・」
「目ぇ覚めたら、お前がいなかったんでな。で、窓の外見たら、いい表情(かお)して風呂に浸かってっから。来てみた」
「も、もう・・・!」
 手で胸元を隠し、あきのは顔を赤くしてむくれている。
 そんなところも可愛いと思ってしまうあたり、イカレてるな、と智史は思っていた。

 

 

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