Smile Blue
 







 結婚して迎えた2度目の夏。
 前半は暑さが殊更厳しく、後半は意外にも雨の多い日々の中、智史とあきのはどうにか休みを調整して、8月の終わりに4日間の休みを取ることが出来た。
 早い地域ではもう、夏休みも終わっていて、新学期が始まっている。
 結婚して初めての、まとまった休みということで、2人はちょっとした旅行を計画した。
 お盆も終わっているからか、平日だからか、8月に入ってからの検索だったが何とか宿も確保が出来、関西を訪れることになった。
「結婚して初めての旅行だよな・・・実質、新婚旅行って感じか」
「そうだね。でも、仕方ないよ。判ってて結婚を急いだのは私たちだし」
「そりゃそうだ。・・・まあ、実際俺のせいだけどよ」
 智史は苦笑しながら肩を竦める。
「智史だけじゃないもの。私だって・・・早く結婚したいって思ってたし」
 あきのも微かに笑いながら同意する。
 そう。お互いと一緒にいたいという気持ちは高校生の終わり頃には既に芽生えていた。大学生の間の4年間もそれを我慢したのだから、社会人になってすぐの結婚は自然な流れだったと思う。
「今回は神戸からレンタカーだったよね、智史」
「ああ。今日は淡路島に泊まるからな。明日は神戸市内で、最終日はばあちゃんち。・・・けど、良かったんか? あきの。ばあちゃんちでの泊りで」
「うん、勿論。佐藤のおばあさまたちのところにはまた来たかったから」
 大学入学前の春休みに佐藤家に泊まらせてもらって以来、あきのが京都を訪れる機会はなく、僚一と愛美に再び会えたのは結婚式の日で、それから1年以上も顔を合わせることが出来ていない。
 せっかく関西を訪れるなら、是非京都にも立ち寄りたいと懇願したのはあきのの方だった。
「仕事に就いて1年目だったからっていうのもあったけど、結婚してからまだ1度もご挨拶に行けてないし・・・いい機会だと思ったから。智史は、寄らない方が良かった?」
「いや、俺も会いに行きたかったのはあるが・・・しかし、きっとまた勢揃いになっちまうぞ? それがいいのかと思ってな」
「いいに決まってるよ。伯父様たちにもお会いしたかったもの」
 にこにこと、嬉しそうな笑みを浮かべているあきのの表情に嘘はなさそうだ。智史は内心で安堵の息をついた。
「ま、それならいいか。ともかく、のんびりしようぜ。折角の旅なんだからな」
「うん」
 新幹線の車内で、2人は互いに笑みを浮かべていた。




 新神戸の駅近くのレンタカー会社で予約していたセダンタイプの車を借り、智史は阪神高速神戸線を明石市方面に向けて車を走らせる。
 明石海峡大橋を渡って神戸淡路鳴門自動車道を通り、洲本まで行くためだ。
「そう言えば・・・智史の運転で遠出するの、初めて、よね」
「・・・そう、だな・・・言われてみれば」
 運転免許そのものは、大学1年の夏休みに取得してしまった智史だが、自分の車などを買える筈もなく、父の所有しているファミリーカーを借りて、サークル仲間と数回、ドライブをした程度だ。
 母の買い物に付き添ったり、結婚のための準備として、郊外のショッピングモールに行ったこともあるが、それでも、あきのを伴うのは片手で足りる程しかなかった。
 普段は電車で充分事足りるし、大型の家具などは店の方に配送を依頼すれば済んでしまうから。
「何か、ちょっと新鮮な感じだよね、車での移動って。・・・いずれは、うちにも買った方がいいのかなあ、車」
 あきのも一応、免許は取得している。ただ、教習所を卒業してからは一度も運転したことがない、ペーパードライバーだが。
「・・・まあ、いずれはあった方が便利なんだろうけどな・・・とりあえず、急ぐ必要はないだろ。それとも、お前も練習したいか? 運転。なら、軽自動車辺りで検討するんもアリかもしれねーけど」
「ん~、今は、いいかな? まだ。あ、でも、私、免許取ってから全然運転してないし・・・練習、した方がいいのかな?」
 苦笑するあきのに、智史も微妙な笑みを浮かべた。
「・・・本当はした方がいいんだろうけどな・・・お前の場合、まずはペーパードライバー講習が先かもな。いきなり公道じゃ相当危なそうだ」
「う・・・そうかも」
 そんな話をしているうちに、車は明石海峡大橋へ続く道路への分岐に差し掛かり、智史は間違えないようにと車線を変更していく。そして、トンネルを抜ければ橋と海が見えてきた。
「わあ、大きな橋! それに、海綺麗!」
 あきのがはしゃいだ声を出す。
 夏の日差しに照らされて、青い水面がキラキラと輝いていた。
「走ってるだけでも気持ちいいな、なんか」
 運転している智史は、キョロキョロと景色を見るわけにはいかないが、空と海と、目前の淡路島の山の緑との開放感のようなものは充分に感じられる。
 淡路島に渡ってすぐのサービスエリアで休憩しながら、海峡と橋を暫く眺めて、2人は再び車に乗り込む。
「さて・・・どこか、見に行きたいところはあるか? 特別にどこに行くとは決めてねえ旅だからな。お前の行きたいトコに行こうぜ」
「えっと・・・今夜泊まる場所は洲本っていう所なのよね。この道をずっと走って行ったら、四国に行けるんだっけ」
「ああ、行けるぞ。大鳴門橋も渡ってみるか?」
「うん、行ってみたい!」
 高速道路をただ走って淡路島を抜けるだけなら、1時間もかからない。智史はあきのの希望通り、大鳴門橋を渡って徳島に入るために車を発進させた。
 淡路島の中は意外にも山の中を走る感じで道路が作られていて、「島」なのだという感覚がしない。
「・・・本州の道走ってるのと、景色が同じ感じだね、智史」
「だなあ。淡路島が割とデカいせいなんだろうけどな」
 40分程度走るとその景色がふっと開け、すぐ前方に橋が見えてきた。
「あれが、鳴門大橋?」
「そうだな。止まる訳にはいかねえから、そのまま行くぞ」
「うん」
 鳴門海峡の上を車で走る。
 あきのは遥か下方の海面に目を凝らし、渦潮が見えないかと思ったが、よく判らなかった。
 明石海峡大橋よりも短い大鳴門橋は、僅かな時間で渡り終えてしまった。
「渦潮・・・判らなかったわ」
 ぽつりと呟いたあきのに、智史は苦笑する。
「そりゃあしょうがねえだろ。こっちはそこそこのスピードで走らなきゃだし、渦潮も必ず起きてる訳じゃねえし」
「そうか・・・仕方ないのね」
「ま、どうせもう1回通るんだし、戻る時に見てみろよ。潮の流れがいい感じになってたら、渦になるかもしれねえし」
「あ、そっか。もう1回通るのよね。じゃあ、今度は見られたらいいな」
    そんな話をしながらも、智史はこれからどうするかを思案する。
 徳島に渡りはしたものの、特に行き先がある訳でもない。かと言って、このまま自動車道をただ走っていても仕方がない。
「あきの、どうする? 一旦高速降りるか」
「あ、えっと・・・この道はどこに続いてるの?」
「高松自動車道に入ったら、高松まで行けるし、そっから瀬戸大橋に繋がるが・・・岡山へ出て、また淡路島に戻るのは時間的に厳しいと思う。徳島自動車道を行けば、そのまま愛媛とか高知にも行けるが、それもまた、時間的に厳しいからな」
「えっと、じゃあ、一回降りる方向で。それからまた、考えてもいいかなって思う」
「了解」
 智史は鳴門I.C.で一旦自動車道から降りる。そして、暫く市内中心部を目指した道なりに走り、目についたコンビニに入って車を止めた。
「渦潮、見たいんだったな、あきの」
「あ、うん、出来たら」
「確か、大鳴門橋の下・・・少しだけだが、歩けた筈なんだよな」
「そ、そうなの? いけるの?」
「ちょっと待てよ」
 先月買い換えたばかりのスマホで、智史は鳴門市の観光案内を検索する。
「・・・お、あった、ほら」
「あ、ホントだ」
 あきのは画面に表示されたページを見て微笑む。
「行ってみるか? ここなら十分に行って帰れるし」
「うん、行きたい!」
「よし」
 コンビニで智史はコーヒーを、あきのはペットボトルのミルクティーを買って、2人は車で鳴門公園を目指す。
 途中の道は海沿いを走るものも多く、あきのを喜ばせた。
 やがて、大鳴門橋が見えてくる。
「あれだな」
「うん!」
 今度は完全に見上げる形になった白い橋を臨みながら、智史は駐車場に車を停めた。
 公園の案内表示に従って橋へと歩く。
「暑いな、やっぱり」
「うん、でも楽しみ!」
 弾んだ声で、暑さなど意に介さないようにはしゃぐあきのに、智史は微かに苦笑する。
 こんな表情は無邪気な少女のようで、結婚する以前(まえ)のようだ。夫婦になって、すっかり大人の女性(おんな)に変貌したと思っていたが、彼女の中にはまだまだ乙女の部分が残っているらしい。
 なかなか休みが合わず、遠出が出来ていない自分たちだが、これからも時々はこうして出かけることも大事かもしれないと、智史は思った。
 
   


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