Smile Blue 4
 







 翌日はまた、晴天だった。
 昨夜中華を堪能した2人は、ホテルで朝食を済ませると、早々にチェックアウトして、JRで京都に向かった。
「どのくらいの時間かかるの? 京都まで」
「1時間程だな。意外と近いんだぜ、京都は。こうやって新快速で行けちまうしな」
「そのくらいなんだ・・・うちから横浜へ行くのと変わらないね」
「ああ。まあ、ばあちゃんちは更に30分弱、かかるけどな」
「ああ、そうだったよね。えっと、京都駅のコインロッカーに荷物預けておいたらいいのかな」
「その方が動きやすいだろ? 貴船の川床も、来たいって言ってたもんな、以前から」
 大学入学前の春先に貴船を訪れた時に、夏の川床に来てみたい、というようなことをあきのは口にしていて、その後も夏になると何度かその話をしていた。
 ランチの時間ならばまだ比較的手が出そうな値段のところもあると知った智史は、今回、それも組み込んだのだ。
「あとね、錦市場にも行きたいの。お母様から頼まれてる物があるから、買いたいんだ」
「母さんから頼まれた物?」
「うん。柚子胡椒を買ってきてほしいって」
「ああ・・・あれか」
 以前、伯母の麻衣から贈られ、父の安志が気に入っていたもの。智史にはよく判らないが、知香も『香りがいい』と言っていた気がする。
「焼き肉やお鍋に使うだけじゃなくて、お味噌汁に入れても美味しいって、お母様が教えて下さったから、私も自宅用を買って帰ろうかな、と思うんだけど・・・智史は嫌?」
「いや、嫌いじゃねえよ。いいんじゃね? うちのも買えば」
「うん、じゃあそうするね」
 そうやって話をしていたらあっという間に時間が過ぎて、9時半には京都駅に着いてしまった。
 駅前の地下街や百貨店などは10時開店が多く、街は少し殺風景だ。けれど、人の数はかなり多い。それも、日本人のように見えて、言葉が違う人たちがたくさん歩いている。
「凄い・・・中国か台湾からの旅行客だね、きっと」
「宇宙語が飛び交ってるな・・・」
 あきのは目を丸くし、智史は溜息をつく。
 とりあえず、コインロッカーにスーツケースや土産物を預け、2人は貴船を目指すことにした。
 夏でなければ京阪七条駅まで歩いても良いのだが、暑さで体力が大幅に削られることは回避すべきだと判断し、智史は出町柳までをバスで移動する選択をする。
「市バスで出町柳まで行けば、後は以前に乗った叡山電車で貴船口まで行けるしな」
「うん。頼りにしてます」
「おう、任せとけ」
 2人は市バスに乗り込み、東山の地域を横目にしながら出町柳駅前へ移動し、電車に乗り込んだ。
 バスを使ったことで、それなりに時間も進み、程よい時間に貴船口へ到着出来そうだ。
 2両編成の小さな電車に乗って、山間の地域へと進む。
 目的の駅に着くと、市内よりは気温が低いように感じた。
「暑いけど・・・何だか、ましな感じ?」
「かもな・・・木と、水のせいだろうな」
 川の流れに沿って歩く。以前に来た春の初めの頃よりも、遥かに歩いている人の数が多い。
「凄いね・・・さすが京都」
「・・・まあ、奥座敷だからなあ・・・街中は暑いからってのもあるかもな」
「そうだね・・・川、気持ちよさそうだものね。木々の緑も気持ちいいし」
 ゆるやかな上り坂を歩くのは多少暑さが増す気もしたが、瀬音が心地よく、智史もあきのもあまり苦に感じることなく旅館街まで来て、予約してある旅館に入り、川床へと案内してもらった。
「本当に川の上だ・・・!」
 感動したように座布団の上に座ったあきのに、智史は苦笑する。
「そりゃそうだろ、川床なんだから」
「や、そうだけど・・・でも、凄いよ、これは。本当に気持ちいいもの」
 川の上が座敷になっている、というのをしみじみと実感して、あきのの瞳が輝いている。
 出されたミニ会席は、智史としては値段の割には平凡な気もしたが、半分くらいは席料なのかもしれないと思うと、納得だ。
「やっぱり上品で素敵よね、京都って」
 あきのはご満悦で料理も口にしているから、来て良かったのだろうと思う。
 ゆっくりと食事と川床を楽しんでから、2人はまた電車の駅まで歩き、今度は祇園四条駅まで行って、四条通りを西へと歩いて錦市場を目指した。
「えっと・・・この辺りって、京都駅近くの次に賑やかな場所なんでしょ?」
「ああ、そうらしいぜ。京都駅が今の形になる前は、繁華街の中心はこっちだったらしいからな」
「そうなんだ。百貨店とか、並んでるものね」
 四条河原町辺りは百貨店やファッションビルなどが立ち並んでいる。
「そういや、お前とここら辺に来んのは初めてか」
「うん、そうなのよね。さっきの川が鴨川で、山の方へ行けば、八坂神社があるのよね?」
「ああ。祇園って呼ばれてるとこはそっち方面だ。今は西に向いて歩いてきて、今度は少し北へ向かう。それからまた西へ行くと、錦に着く」
「・・・方向音痴、まではいかないと思いたいところだけど・・・よく判らないから、智史にくっついて行くわ」
「・・・そうしてくれ。あきの、こっちから行くぞ」
 河原町の交差点の信号を渡ると、智史は細い路地へと入る。こうなれば、どこへ繋がるのか、あきのには見当もつかない。
 裏通りのようなところを通って、新京極、寺町と通りを横切り、智史は目的の錦通りへとあきのを連れて行った。
「ここが錦市場だ。この通りがずっと店屋になってる」
「わあ・・・! ここがそうなのね」
 昔ながらの商店街、といった雰囲気の錦市場に、あきのは好奇心いっぱい、という表情で店を見て歩く。
 漬物の店、生麩や湯葉を扱う店、川魚の店、たまご屋、八百屋、肉屋に花屋、金平糖などの菓子を売る店、豆を売る店など、本当にたくさんの種類の店が軒を連ねている。
 あきのが知香に買い物を頼まれた店は、錦市場のかなり西の方だった。
「・・・ここ、かな」
「母さんから聞いてきた名前と一致するんだろ? それに、これじゃねえの、『柚子胡椒』って」
 店の前に並べられている商品の瓶に、智史は見覚えがあった。
「あ、これだわ、きっと。すみません!」
 あきのは店の人に同じものを3つ購入する旨を伝え、1つずつ袋に入れてもらった。
「何で3つ? 2つでいいんじゃねえのか?」
 智史が僅かに首を傾げる。
「あ、1つは仙台に送ろうと思って。清水くんにも頼まれたの、行くのならって」
「俊也のヤツ・・・いつの間に」
「情報源は志穂ちゃんみたいだけどね」
「・・・成程」
 親友と妹は現在でも遠距離恋愛を続けている。初めて聞かされた時は複雑に気分になったが、今となっては信頼出来る男と大事な妹が恋仲になったことを喜べている。
「倫子さんには? 京都の土産も要るだろ」
「おかあさんには抹茶のお菓子を頼まれてるの。京都駅か、どこかの百貨店にならお店が入ってるって聞いてて。私も、同じものを職場にって思ってるんだけど」
「なら、ここの近くの百貨店に行ってみるか。大抵の菓子屋は入ってるだろ、あそこなら」
 智史に案内されて行った百貨店には、目当ての店が入っていたので、あきのは目的の菓子を無事に購入した。
「・・・ばあちゃんちに着いたら、土産だけでも送る手配をした方が良さそうだな・・・宅配なら、明日帰る頃に着くように指定出来んだろ」
 駅のコインロッカーに預けてある分の一部は今日、渡してしまうが、それでもそこそこの嵩になっている。
「それはいいけど・・・智史は? 職場へのお土産、買った?」
「・・・要るか? やっぱり」
「そりゃあ要るでしょ。・・・私と同じものでもいい? もう一つ買ってくるわ」
「・・・ああ」
 面倒くせえ、と思いながらも、人間関係を円滑にする為には必要な気配りなのだろうと思い直し、智史はあきのに素直に感謝した。




 買い物を終えると京都駅に戻り、荷物を全て持って佐藤家へと向かう。
「5年半ぶり、よね」
「・・・そんなになんのか・・・長かったような、早かったような、だな」
「うん・・・でも、嬉しい。こうやって、智史と結婚して、また一緒に行くことが出来るんだから」
「・・・そうだな」
 前回はまだぼんやりとした夢でしかなかった未来。
 それが確かな形になって存在している。
 佐藤家の最寄駅に着くと、以前とあまり変わらない風景が目の前にあって、あきのは何だか安堵した。
「どうした? あきの」
「ううん・・・変わってないなあ、と思って」
「・・・確かに、何も変わってねーな、ここは」
 賑やかになるでもなく、寂れすぎるでもない町の様子に智史は苦笑する。
 けれど、妙に懐かしい気がするのは何故だろう。
「何だかね、不思議なんだけど『帰ってきた』って気がして」
「帰ってきた、か・・・」
 言いえて妙なあきのの表現に、智史もふっと笑みを浮かべた。
「・・・じゃ、行くか」
「うん」
 荷物を持って歩き始める2人の上は、どこまでも青い空。



 佐藤家で予想通りの歓待を受けた2人の旅行は、笑顔で幕を閉じたのだった。



                                          END

 
  

 
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