春便り.14








 下鴨神社への参道は、住宅地の奥のようなところにあった。
 杜は高い木々が立ち並ぶ。
 ここも、やはりまだ枝だけ、という感じだったが、緑の葉が茂れば、それは綺麗な色になるだろうと推測出来る。
「・・・静かだね・・・すぐ近くに大きな通りがあるとは思えないくらい」
「・・・そうだな」
 世界遺産に登録されているという糺の森は、貴船と似たような空気を湛えていた。
 木立の中の土の道をゆっくり歩く。小川の流れも静かだ。
「・・・あの枝に葉っぱがいっぱいだったらきっと・・・今以上に気持ちいいだろうね」
「だろうな」
 ただ、ここは貴船よりも観光客の姿が多い。騒がしいという訳ではないが、静まり返っている、という雰囲気には程遠かった。
「道路の音は聞こえねーけど、やっぱ、ざわついてんな」
 ぼそり、と智史が呟くと、あきのは苦笑した。
「仕方ないよ、きっと。修学旅行の時の銀閣寺よりはうんと人が少ないから、随分マシじゃない?」
「まあなあ・・・ありゃー、凄かったよな」
 その様子を思い出して、智史も苦笑する。
 あの時はまだ、互いの想いを口にしてはいなかったが、一緒に歩いて、互いの存在を感じあっていた。
「・・・あの時も、お前と2人、だったな」
「・・・そう、だったね・・・みんなと、はぐれちゃったりして」
 あれから1年半。もう1年半も経ったのか、という気もするし、まだ1年半なのか、という気もする。
「・・・こんな風に、智史と2人だけでもう一度京都に来ることになるなんて、あの時は思いも寄らなかったな」
「・・・ああ。俺もだ」
 智史は頷く。
「奈良にしてもそうだが、今回、お前と来れて、良かったって思うぜ」
「・・・うん、私も」
 あきのは智史の肘をそっと摘まんだ。
 その仕草に、智史は僅かに苦笑する。
「・・・それ。お前のクセだな」
「え?」
「何で肘なんだ? しかも、指先」
「え? あ・・・」
 あまり意識していなかったことを指摘され、あきのは慌てて手を放す。
「・・・そこまで慌てなくていーだろ」
 あたふたした様子のあきのに、智史は軽く瞠目した。
「や、でも、あの・・・嫌じゃ、ない?」
「別に?」
「えっ・・・そう、なの?」
 智史の答えに、あきのの方が吃驚してしまう。
 基本的に、智史はベタベタした感じの関係は好きじゃないのだろうと思っていた。親友の実香子と、その恋人で、智史の友人でもある伸治とが、仲良く寄り 添ったりしているのを、ひどく冷めた瞳で見つめているのを何度も見ていたから。
「山根くんと実香子のこととか『あんなにイチャついて恥ずかしくねーのか』とか言ってたから・・・私、智史はくっついて歩くのとか、ダメなんだろうと思っ てた」
「あー、まあ、伸治と紺谷はどー見たってイチャつき過ぎだろ? ベッタリだからなぁ、紺谷は。けど、あきのは遠慮しすぎじゃねーか? そりゃあ、俺も、家 の近くとかで過剰にくっつかれんのは勘弁してほしいが・・・今は、知ってる奴もいねーしな」
 智史は少しだけテレたように視線を上へと逸らしながら口にすると、ゆっくりとあきのへ視線を戻す。
「腕、しっかり持ってりゃいい。今はな」
「・・・うん」
 あきのは智史の左腕をぎゅっと握る。
 2人はそのまま、下鴨神社の境内を歩いてぐるりと見て回ると、下鴨本通りへ出た。
「さて・・・他に、見てみたいところってあるか?」
 智史の問いかけに、あきのは思案する。
「・・・ん、と・・・あのね、金閣寺って、遠い?」
「金閣?・・・ああ、そういえば行かなかったよな、修学旅行ん時」
「うん。嵐山とかの方向だから、そこ以外に行く場所が前日のコースと被るってことで、外したのよね。でも、あそこも有名なお寺だし、本当に金色なのか、確 かめてみたいな、なんて思ってはいたの。もしも、遠くないなら・・・」
「・・・今出川まで出りゃ、それなりに近くまで行くバスもある筈だぜ? 直通はないかもしれねーけど」
 智史の答えに、あきのは瞳を輝かせた。
 そこで、2人は今出川通りに戻って、西へ向かうバスに乗る。北野白梅町まで乗って、そこから北へ向かって歩いた。
 ゆるやかな上りになった道を暫く歩くと、左に曲がる。
「ここの奥が金閣だ」
「山のすぐ側なのね」
「銀閣もそうだったろ?」
「あ・・・そっか」
 銀閣寺も、庭が山の一部になっていたことを思い出す。京都の地形を生かした造りになっているということなのだろう。
 駐車場には観光バスの姿もあった。それだけ、有名なスポットだということだ。
 境内に入り、拝観料を払って中に入ると、すぐに金色に輝く建物が見える。
「わあ・・・凄いね」
「金ピカだな・・・なんか、悪趣味だ」
 ぼそり、と口にした智史の感想に、あきのは苦笑するしかない。
「智史・・・それはちょっとあんまりなんじゃない?」
「・・・いや、そうは思わねーな、俺は。これって、確か、将軍が建てたんだろ? えーっと、足利? 何だ?」
「足利義満。室町幕府3代目の将軍よ」
「そうそう、その義満ってのが、自分の権力を誇示するために造らせたんだろ? 財があるってこと、見せびらかそうとして金なんて貼り付けたんじゃねーの か」
「う、うーん・・・そう、なのかなー?」
 あきのは苦笑しながら首をひねった。
 そんな風に習った覚えはないのだが。けれど、高価な金箔を使えるということは、即ち権力の象徴と呼べなくもない。
 全くの的外れではないかもしれない、とあきのは思い返した。
「・・・でも、智史が今言ったことなんかを考えながら、色々調べてみるのも面白いかもしれないね。歴史に興味があれば、だけど」
「俺はご免だな。歴史勉強すんなら、英語の方がマシだぜ。・・・切羽詰ってるっつーのも、あるけどよ」
 智史ははあ、と諦めの溜息をつく。大学での学びでも、英語はついて回るだろうから。
「・・・それも大切よね。きっと、出来ることが増えるっていうのはいいことなんだろうし。出来ないよりは、ね」
「勉強が全てじゃねーのは当たり前だけど、あきのの言う通り、出来ないよりは出来る方がいいってのは確かだよな。簡単じゃねーけど、な」
「うん」
 そんな話をしながら庭園をぐるりと回り、境内を出ると夕刻に差し掛かっていたので、智史とあきのはもう一度バスに乗って円町へ出、そこからJRに乗って 帰ることにした。
 京都駅で乗り換えて、佐藤家に戻る。
 その途中で、あきのはぽつり、と呟いた。
「・・・もう、明日には、帰らなきゃいけないんだよね」
 電車に揺られながらのその言葉を、智史はしっかりと聞いていた。
「・・・楽しかったか?」
 そう返されて、あきのは瞬間瞠目し、それから、少し寂しそうに微笑んだ。
「うん、楽しかった。だから・・・もう帰る日なのかって思っちゃって。ちょっと、残念」
「・・・明日、新幹線に乗るまでは楽しめばいいさ。悠一郎に土産も買うんだろ?」
 京都を出るのは14時過ぎ。午前は京都での時間を過ごせる。
「・・・うん。倫子さんにも、それから、一応、お父さんにも。あと、実香子と理恵にも」
「気合入れて選ばないと、だな、そりゃ」
 智史の言葉に、あきのは頷いた。
 それでも、やはり寂しさが浮かんでくるのはどうしようもなかった。





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