春便り.11








「やっぱり凄いねぇ・・・あの大きさ、長い時間見上げてると、首が痛くなりそうだった」
 大仏殿を出てから、あきのが感嘆の溜息とともにしみじみと口にした。
「だなぁ。以前ばあちゃんたちと来たのは確か、小学生の頃だったから、今よりもデカく感じた筈なんだよな。けど、今見てもやっぱデカいわ、ありゃ」
 智史も同意する。
 2人して、大仏の大きさに圧倒された、という感じだ。
「うん。だけど、やっぱり実物を見るって大切だね。『百聞は一見に如かず』って言うけど、本当だなあって納得するもの」
 あきのは小さな子供のように瞳を輝かせている。様々なことを知る喜びが、如実に表れている証拠だ。
「・・・さて、どうする? あきの。ぼちぼち昼時だが・・・このまま春日大社見て、遅い時間の飯にするか、このまま食いにいくか、どっちがいい?」
 智史の問いかけに、あきのは思案するかのように少し首を傾げた。
「そう、ねえ・・・春日大社を見て回ってたら、かなり時間がかかるかな?」
「・・・かもな。本殿まで、割と距離あるぜ? 飯にするなら、ちょっと戻らないとなんねーし・・・」
 携帯の時計を確認すると、12時を少し過ぎていた。あきのは商店街からここまでの距離と時間を思い返して、智史を見上げた。
「・・・じゃあ、少しだけ、興福寺の境内を歩きながら戻るのはどうかな? それなら、時間も距離も、大差ないでしょ?」
 あきのの発言に智史も納得したように頷いた。
「そうだな。そうするか」
 智史とあきのは興福寺の方へと足を向け、ゆっくりと歩いた。
 バス通りの方から境内に入って、五重塔の側を通り、猿沢の池の方向へと出る。
 そしてまた、三条通りに出て下っていく。
「どんなモン食いたいんだ? あきのは」
 智史に聞かれて、あきのはまた考える。
「そう、ねぇ・・・特別にこだわりはないけど・・・昨夜は和食だったから、パスタとかでもいいかな。・・・でも、奈良に来て、そういうのはヘンかな」
「いや、別にヘンってことはねーだろ。・・・意外と、カフェっぽい店とかもあるもんな」
 駅からの途中で見た商店街の店は、古いものと新しいものが違和感なくミックスされている感じで、年齢を選ばない街並、という風に見えた。
「・・・あ、あそこはどうかな?」
 あきのが通りを少し東へ入ったところに、レストランがあるのを見つけた。値段もそこそこのようだ。
「お前がいいなら、入るか?」
「うん」
 ドアを押して中へ入り、2階の席へと螺旋階段を上る。そこは、抑えた照明の、少しレトロな雰囲気で、アップライトのピアノが置かれていた。もしかした ら、夜はバー風になるのかもしれない。
 深いブラウンの木製のテーブルと椅子がいい雰囲気だ。
 智史とあきのは向かい合って座り、ランチセットを注文した。メインはパスタとピザの選択が出来たので、智史はピザを、あきのはパスタを選択する。
 最初はサラダ。地元産のトマトなどを使っているということだった。
「・・・地元の食材を使うって、きっといいことなんだろうね」
 あきのが言うと、智史は僅かに首を傾げる。
「そうか? 別にどこで採れた野菜でも変わらねーんじゃ」
「ん〜、そうかもしれないけど、でも、なんか、いいと思う。新鮮な気がするじゃない? 特に野菜は。トマト、美味しいと思うよ?」
「・・・ま、こんなもんだろ。確かに、鮮度はいいかもなあ。近くで採れてんなら」
「うん」
 綺麗にサラダを食べ終えると、次にパンとパスタが運ばれてくる。そして、ピザも。
 ピザと一緒に、小皿が2つ、運ばれてきたので、あきのは少し吃驚した。
「一緒に小皿? どうしてかな」
「・・・分けろってことじゃねえの? お前も食うか?」
「えっ・・・いいの?」
「ああ」
「じゃあ、智史も私のパスタ、食べる?」
「そうだな。少し、もらおうか」
 小海老と菜の花のペペロンチーノは彩りが綺麗だった。
 智史のはシンプルなマルゲリータで、バジルの香りがいい。
 メインをこうしてシェアしあう、というのは、いかにもデートという感じで、あきのは密かにドキドキしていた。
「なんか・・・いいね、こういうの」
「ん? 何が」
 智史がピザを齧りながらあきのに目を向ける。
 あきのははにかんだように笑った。
「今までのデートと、少し違うなあって思って。ちょっとだけ、大人になった感じっていうのかな、凄くデートらしいような気がして」
「・・・・・そう、か? まあ、確かに、今まではファミレスかファーストフードばっかだったよな・・・」
 あきのは『お嬢様』と呼べるような家の娘だが、親友の実香子はごくフツーの庶民の家で、智史もそうだ。だからなのか、彼女は高校生の間にごく当たり前の ようにファミレス等を利用しても、全く異議を唱えることはなかった。
 何より、智史とあきのは大麻家で過ごすことも多く、出かけること自体が少なかった気がする。
「今までは、高校生だったから、それで当たり前だと思ってたんだけど・・・これからは、違っていくんだなあって思って。それに、やっぱり・・・智史と一緒 に向かい合ってるっていうのが、嬉しいの」
「あきの・・・」
 あまりにも素直に気持ちを口にするあきのに、智史はどうしてもテレが隠せない。こんな風に改まって告白されると、素直にはなれないものだ。
「・・・お前、よくそんな・・・まあその、俺も、だな・・・」
 語尾を濁すように口篭る智史の視線は完全に泳いでいて。
 それでも、彼の気持ちがなんとなく伝わってくるようで、あきのは微笑んだ。
「・・・智史、ありがとう。・・・これからも、よろしくね」
「・・・こっちこそ」
 どうにか視線を戻して、智史は頷いた。
 お互いのメインを食べ終えると、デザートと飲み物が運ばれてきて、智史は自分の分の小さなパンナコッタをあきのに譲った。
「俺はこれは食わねーから、お前が食え」
「・・・いいの?」
「ああ」
 美味しそうにそれを口に運ぶあきのを見ながら、智史はゆっくりとコーヒーを飲んだ。彼女の笑みを見ているだけで心が満たされる。
 これが『愛しい』という感情なのだろう。
 『好き』という言葉だけでは足りない。そのことを、智史は改めて実感する。
 本当に大切な、かけがえのない存在。
 それを思いながら、飲み終えたカップをゆっくりとソーサーに戻した。
「・・・食い終わったら、薬師寺の方へ行くか。大通りへ出て、バスに乗ればいいから」
「うん。楽しみ」
 あきのも2つのパンナコッタを食べ終えて、レモンティーを飲む。
 彼女の手元のカップが空になったのを見届けてから、智史は声をかけた。
「・・・もう少ししたら出るか」
「あ、もういいよ。大丈夫」
「そうか? 食ってすぐ歩くと、腹痛くなんねーか?」
「あ・・・そっか。ちょっと、休んだ方がいいかな」
「そう思うぞ」
「・・・なんか、智史って、細かいところまで気が回るよね、意外と」
「意外と?」
 智史がじろり、とあきのを睨む。けれど、それは全く本気ではない、やさしげな視線で。
 あきのはぺろり、と舌を出してみせた。
「・・・違う?」
「・・・・・いんや、当たってるだろうな。けど、俺は別に細かいところに気が回ってるって訳じゃなくて、自分の経験してきたことだから言っただけだぜ?  だから、意外じゃなくて、まんま、だろ」
「うーん・・・そう、なるのかなぁ? でも、経験上のことでも、ちゃんと気づいて気遣ってくれたっていうのは、間違いないんだし・・・あ、でも、それは確 かに『まんま』だよね。智史らしいもの」
「・・・あきの」
 智史は答えに窮して、今度は強めに睨んだ。
 それでもあきのは笑顔で智史を見つめる。
 全く動じていないあきのの笑顔に根負けするかのように、智史は溜息をついてゆっくりと立ち上がった。
「行くか」
「うん」
 あきのもそれに続いた。

  






TOP       BACK      NEXT