春便り.6








「・・・うわぁー、なんだか、懐かしい感じがする」
 2時間半後、京都駅に降り立ったあきのは、ホームからの景色を見てそう呟いた。
「そうか?」
 智史はその横顔を瞰下して、特に憂いなどが含まれていないことに内心で安堵し、静かにその頭をぽんぽんと叩いた。
「行くぞ。ここから、在来線に乗換えだ」
「あ、うん」
 大きなキャリーバックは智史が持ってくれていたので、あきのはとにかく、彼についていった。
 新幹線ホームから在来線ホームへと降りる。
 春だからか、観光客らしき外国人の姿が目に付いた。
「やっぱり、外国の人が多いね」
「そうだな。日本人っぽく見えても、言葉の違う人も随分いるみてぇだし、さすがっつーか、なんつーか、だな」
「・・・智史には珍しくない場所なんだろうけど、やっぱり、京都ってある種の憧れの場所だと思うよ? だって、長い間、日本の中心だったところだもの」
「・・・まあ、古い町ではあるよな。寺とか神社とかも山ほどあるし。地面掘ったら、遺跡なんてそれこそ限りなく出そうだしな」
「考古学とかが好きな人には堪らないだろうね、それって」
「かもな」
 智史はあきのと共に、電車に乗り込んだ。
「そう長い時間乗るわけじゃねえけど、駅からが少し歩かないといけない距離だから、お前は座ってけ」
 智史が空いている座席を確保してくれたので、あきのは大人しくそれに従うことにする。
 電車は程なく発車し、おおよそ25分程で目的の駅に着いた。
 都会と田舎の真ん中、という雰囲気の町を、あきのはきょろきょろしながら智史の後ろに従って歩いていく。
「何もねー田舎だろ? ここら辺は」
 智史の言葉に、あきのはううん、と首を振った。
「田舎にしては、家がいっぱい建ってるし・・・でも、都会っていう感じでもないよね。なんか・・・私、好きかも」
「・・・そうか?」
 智史は幼い頃に、よく馴染んだこの町をあきのが気に入ってくれたらしいことに安堵して、僅かに笑顔になった。
「・・・じゃ、もう暫く頑張って歩いてくれ。ここから、15分くらいだが、ちょっと坂になってっから、疲れるかもしれねーぞ?」
「・・・うん。頑張る」
 あきのはおしゃれよりも実用性を重視して、ヒールのない、ウォーキングの出来る靴を履いてきていた。軽くて疲れない上に、一見ローヒールのパンプスっぽ く見えるデザインで、お気に入りの1足でもある。
 春物の暖かな桜色のワンピースにスパッツを合わせて、カーディガンを着ているあきのは、どこから見てもお嬢様っぽかった。
「・・・よく見たら、お前、かなり気合入った格好してんのな」
 ようやく気づいた、という感じで智史が呟いた。
 対する智史は黒の薄手のジャンパーと白地に黒のロゴが入ったTシャツ、黒のスリムジーンズという格好で、智史にとっては普段着の延長のようなものだ。
「あ、それは一応旅行だし・・・それに、智史のおじい様とおばあ様に初めてお会いするんだから、あまりヘンな格好じゃいけないと思って・・・おかしいか な? これ」
 あきのは少々不安になって智史を見上げた。
「・・・いや、そんなことはねぇよ。ただ・・・俺があまりにも不釣合いだと思っただけだ」
「え? そんなことないと思うけど・・・」
 あきのは智史のすらりとした長身にとてもよく似合っているその服装をしげしげと眺めた。
 さすがに、彼の私服姿も見慣れてきたが、それでも、いつも似合った格好をしていると思う。華美ではなく野暮でもなく、すんなりと馴染んでいる、そんな感 じだ。
「その服は誰が選んだの? 智史自身? それとも、おばさま?」
「ん? ああ、これは一応自分だ。俊也と伸治と一緒に買いに行った時の、だな。俊也もいいんじゃないかって言ってたし、それで買ったんだと思う」
「そうなんだ。・・・じゃあ、清水くんもセンスがいいってことかな」
 天体観測が好きで、そちら方面の学びを更に深めるための学部を選んで受験し、合格した俊也は、来週には引っ越しをする筈だ。
 他県に行ってしまう友人は、今のところ俊也だけだった。
 智史の親友である彼は、あきのにとっても大切な友人だから、簡単に会えなくなるのは少し寂しい。
「・・・来週だね、清水くんが行っちゃうの」
「ああ。・・・けど、今生の別れってわけじゃねえんだし、あいつはあいつで頑張ってきたからな、ずっと。応援してやらねーと」
「・・・うん、そうだね」
 そんな話をしながら坂道を上っていくと、目的の家に辿り着いて、智史は足を止めた。
「あきの、ここだ」
 あきのはごくん、と息を呑む。
 知香の両親だという、智史の祖父母が一体どんな人たちなのか。心の準備はしていたつもりだったが、やはり、緊張してしまうのは否めない。
 頬を引き攣らせているあきのを見て、智史はあからさまな溜息をつき、彼女の頭をぽんぽん、と叩いた。
「そんなに硬くならなくても大丈夫だ。じいちゃんもばあちゃんもやさしいから」
「う、うん・・・」
 それでも、僅かしか緩まないその頬に、半ば呆れつつ、智史はインターホンを鳴らした。
 答えはなく、いきなり玄関の扉が開かれる。
 あきのより、少し背の低い、やさしそうな婦人が現れた。
「ばあちゃん、久しぶり」
「ああ、智史、よく来たわね。そちらのお嬢さんが、智史の・・・?」
 智史の祖母の目が自分に向けられたことを知り、あきのは慌てて頭を下げた。
「は、始めまして。椋平 あきのといいます。今回は、厚かましくお邪魔してしまって、申し訳ありません」
 緊張しているらしいあきのに、智史の祖母はニッコリと微笑んだ。
「始めまして、椋平さん。智史の祖母の愛美です。さあ、疲れたでしょう。お入りなさいな」
 愛美はやさしい笑みのまま、智史とあきのを迎え入れてくれた。
 遠慮なく上がっていく智史の後から、あきのは遠慮がちについていく。
「じいちゃんは?」
「リビングにいますよ。お茶を持っていくから、先に行きなさい、智史」
「ああ。・・・あきの」
 振り返って頷いてみせてから、智史はリビングの扉を開けた。
「じいちゃん、久しぶり」
「おお、智史。よく来たな」
 智史の祖父は眼鏡をかけた、これまたやさしそうな顔立ちの人だった。
 あきのはぺこり、と頭を下げて挨拶する。
「あの、始めまして。椋平 あきのといいます。今回は厚かましくもお世話になります」
「始めまして、椋平さん。智史の祖父の僚一です。よくいらっしゃいました」
 僚一も軽く会釈して、それから2人に椅子に座るよう、勧めてくれた。
 智史とあきのは並んで腰を下ろす。
 そこへ、愛美がいい香りの紅茶と、レアチーズケーキを運んできてくれた。
「お口に合うかどうかわからないけど、どうぞ」
「ありがとうございます」
 あきのはなんとか微笑んで頭を下げた。
 カップを持ち上げた智史に倣い、あきのも紅茶に口をつける。ふわりと漂うのは、独特のベルガモットの香り。
「・・・アールグレイですね、これ」
 あきのが言うと、愛美はニッコリと微笑んだ。
「ええ。智史はこれが割と好きなのよね。椋平さんは、お嫌いだった?」
「いいえ、好きですよ。・・・でも、知りませんでした、彼がこれが好きだなんて」
 軽く首を傾げるようにしてあきのは智史を見る。
 智史は少しだけ視線を逸らす。
「・・・うちは香穂がコレは苦手なんだよ。だから、母さんも基本これは買わないし、俺も、自分で買ってまで飲みたいとも思わねえから、普段は飲まないんだ が。ばあちゃんは覚えてくれてるんだ、中学生の時に来た時のこと」
「ええ、ちゃんと覚えてるわよ。・・・そういえば、俊也くんは元気? あの子にも久しく会ってないわねぇ」
「ああ、元気だぜ? もうじき、他県に引っ越すけどな、あいつは。大学受かったから」
「星の勉強、だったかしらね、あの子は」
「ああ」
 穏やかに交わされていく会話を聞いて、あきのは俊也が智史たちに大切にされていることを知り、ほんの少し羨ましくなった。








TOP       BACK      NEXT