心から願うもの.8









 両家の話し合いは順調に進んだ。
 結婚式はなるべく早く、という智史とあきのの希望を入れ、6月で空いている日に、ごく近しい者のみで行うということに決まった。
「新婚旅行などには行けないだろうが、それでもいいのか、あきのさんも智史も」
 安志の問いかけに、2人は頷いた。
「新人の私たちがまとめて休暇を、なんて言えませんから。仕事に慣れてから、行けたら、行きます」
 あきのが迷いなくそう答えたので、4人の親たちは苦笑しながらも頷いた。
「結婚式での希望は? あきのさん。今から空いている日を探すのだから、希望が通るとは限らないと思うけれど」
 知香の言葉にも、あきのは率直な思いを伝えた。
「それも特には。あ、でも、出来ればチャペルで挙げたいです。ドレス、着られたらいいな、と思ってるので・・・」
「智史くんも教会式でいいの?」
 倫子に聞かれ、智史も頷いた。
「あきのがいいならそれで。俺も、和服より洋服の方がマシかな、と思うんで」
「・・・なら、幾つか式場を当たってみるわね。多少、伝手はあるから」
 倫子がそう請け負ってくれ、早速別室に携帯を持って移動した。
「・・・・・ところで、新居のことだが」
 総一郎が切り出した言葉に、智史は思わず背筋を伸ばした。
「は、はい」
「病院からなるべく近くで、ということで良かったんだな?」
「あ、はい、それでいいと、思ってはいます。まだ、探せてないですが」
 平日の研修後にそんな時間を取れる筈がなく、せいぜいネットで情報を集める程度なのが現状だ。
 何より、まずは双方の親の顔合わせが優先だと考えていたから、具体的には全く進んでいない。
「今日、この後に見に行ってきなさい。不動産会社の方には話を通してある」
 名刺とチラシを差し出されて、智史とあきのは目を丸くした。
「え!? あ、あの、それは、どういう・・・」
「実際に物件を見てみないと決められないだろう。とりあえず、見てくるだけでいい。もし、気に入ったところがあれば言いなさい」
「えっ、それ、どういう意味? お部屋を借りるのに、お父さんが保証人になってくれるっていうこと?」
 あきのの問いかけに、総一郎は僅かに目を泳がせながら頷いた。
「・・・まあ、そういうことだ。普段は仕事をしながらなのだから、悠長にしている時間はないぞ、2人とも。出来る時に、出来るだけのことをしなさい」
「・・・ありがとうございます」
 銀行の頭取という立場にある総一郎なら、この上ない保証人だ。
 心強い味方だと、智史は感じた。
「・・・あきのちゃん、智史くん、6月の第3土曜日なら、空いている会場があるのだけど、どうする?」
 部屋の外で電話をしてくれていた倫子が戻ってきた。
「今、とりあえずキープしてもらってるの。横浜なんだけど」
「横浜、ですか」
「ええ。数日前にキャンセルが出たんですって。以前、うちの本に載せさせてもらったプランナーさんがいる会社が手掛けている会場で、内容は保証するわ。大麻さんの御親戚は名古屋や京都だと伺ったから、都内よりもアクセス的に近いかとも思うし・・・どう?」
「・・・ホントに? 横浜でなんて・・・素適!」
 あきのの瞳が輝いている。
 大学に入ってから2度程、デートで訪れた横浜の湾岸地区を、あきのはすっかり気に入っているようだ。
 主役の花嫁が良いというなら、それが何より。
 智史も親たちも反対はなく、倫子は早速正式に予約の電話を入れる。
「2人の希望は出来るだけ入れられるようにするけど、時間があまりないから、お式についての詰めは私たち母親に任せてもらえる? プランを立てたら2人に見てもらってきちんと意見を取り入れられるようにするから。大麻さんも、それでよろしいでしょうか」
 倫子の申し出に、智史とあきのは頷き、知香は微笑みながら頭を下げた。
「ええ、よろしくお願いします」
 友人たちの中でもまだ、結婚に至った者はなく、あきのには結婚式、というものの具体的なイメージはドラマや映画の世界の中のものしかないから、倫子や知香が決めてくれればありがたい。
 智史とて、従兄の結婚式に出たことはあるが、詳細など覚えている筈もなく。
「おばさま、おかあさん、よろしくお願いします」
「お願いします」
 挙式に関しては、費用面も親に頼ることになるので、余程のことがない限り、母親たちの立てるプランで行こうと、あきのと智史は思っていた。
「・・・ならば、あきのと智史くんは新居の方の見学に行ってきなさい。挙式に関しては倫子と大麻さんのお母さんにここで詰めてもらえればいいだろう。時間は有効に使うべきだ」
 総一郎の再度の提案に、2人は頷き、揃って物件を見に行くことになった。
「・・・ちょっと意外だったな・・・親父さんがあんな風に言ってくれるなんて」
「・・・今日のお父さんは意外な発言だらけだったわ・・・」
 思わず、という感じの溜息をついたあきのに、智史は苦笑する。
「だらけって・・・そりゃ言い過ぎじゃねーか?」
「ううん、この前、智史が申込みに来てくれた日のことを思うと、意外だらけよ。あんなに反対ムードだったのに」
「そりゃまあ・・・けど、こうやって認めてもらえてよかったさ。・・・きっと、空のお袋さんも味方してくれてんだな」
「・・・うん、それはあると思う。おばさまが美月お母さんにお花を持ってきて下さったのも、良かったんじゃないかな、お父さんにとっては。それに、ちゃんとおかあさんにも配慮して下さって・・・私も、凄く嬉しかったから」
「母さんのはまあ、今までが不義理しすぎっつーか、そんな感じで思っただけみたいだしな。別に、親父さんの心証をどーのって思いはなかったと思うし」
「だから逆に良かったのよ。あれはおばさまの優しさだもの。・・・これからはおばさまをお母さんって呼べるのね。それも嬉しい」
 あきのの幸せそうな微笑みに、智史も自然と胸が温かくなる。
「嫁姑の確執って奴とは縁遠そうで良かったな」
「うん。・・・智史は・・・」
 少しだけ悪戯な瞳で見上げられ、智史ははあ、と溜息をつく。
「倫子さんはともかく・・・親父さんとは、まだまだ、だよなぁ。・・・ま、けど、何とかなるだろ。悠一郎もいるしな」
「・・・そうだね。お父さんってば、どっちかって言うと嫉妬よね、智史への感情は」
 クスクス笑うあきのに、智史はがくっと肩を落とす。
「いや、それ・・・嬉しくねーわ。お前のことはともかく、悠一郎に懐かれてるからって敵意持たれてもなあ」
「悠ちゃんは念願叶った跡取り息子だからねえ・・・でも、私が小さかった頃よりずっと、悠ちゃんに係わってると思うから、ちゃんと好かれてるんだし、それで良しとしてもらわないとね。智史は体使って全力で遊んでくれるしやさしいから、男の子からすれば大好きになって当然の存在だと思うし」
「・・・いや、俺はそんな偉そうなモンじゃないって」
「あら、それを決めるのは悠ちゃんの方だもの。だから、いいのよ」
 あきのがニッコリと笑って。智史はそれを苦笑して受け止める。
 そうこうしているうちに勤務先の最寄駅に到着し、駅前にある不動産屋へと足を向けた。
「お待ちしていました」
 担当者がすぐに話を聞いてくれて、2人は実際に物件を見に行くことになった。



 









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