心から願うもの.7









「・・・まあ、確かに、結婚式は家同士のものでもあるからな・・・それはいいとして。新居はどう考えているんだね」
 総一郎はむすっとしたままだが、話を前向きに進めてくれているのでありがたいと、智史は思った。
「あ、はい、それについては・・・さっきも少し話しましたが、通勤の便のこととか、家賃とかを考慮して、これから探すつもりで・・・」
「勤務先は? 別々だったかね」
「いえ、同じ病院です。採用してもらえたのが、たまたま同じところだったんで」
「ならば、最寄駅は同じということか」
「はい。ただ、彼女は夜勤もありますし、なるべくなら、職場に近いところにと、思ってはいます。出来る限り、準夜勤の終わりや夜勤の入りには、迎えに行ったり送ったり出来ればと考えてはいますが」
「ええっ? 智史、そんなこと・・・」
 あきのは瞠目して智史の顔を見上げる。
 確かに、準夜勤と深夜勤が引き継ぐ時間は終電の頃だと聞いているが、智史にだって仕事がある以上、送迎などしてもらう訳にはいかない。
 そんなあきのの思いも理解している、とでも言うように、智史は苦笑いを浮かべて彼女を見た。
「俺が心配なんだよ、あきの。勤務先は駅から歩いて15分はかかるとこだし、住宅地の近くだから、夜は人通りも少ない。だから、なるべく近くに住んで、通勤時間が短い方がいいだろうと思ってる。近けりゃ、送迎って程の時間もかからねーだろうし、もしも俺の都合がつかなくても、安心出来るだろうからな」
「近いところっていうのは、私も賛成だけど・・・送迎なんて、そんなこと、気にしないで? 智史。そんなこと言い出したら、私、すぐにでも引っ越さなきゃいけなくなっちゃうわ」
「研修中はいいけど、夜勤に入るようになったら、本当はそうしてもらいたいくらいだよな・・・」
 溜息をつく智史に、あきのも溜息をつく。
「智史ったら・・・それは心配のしすぎなんじゃない?」
「おいおい・・・夜中に1人で出歩いたことなんかないくせに、危機感なさすぎだろ、それ」
「ちょっと、それ、何? 子供扱いなの?」
 あきのが僅かに唇を尖らせると、智史は再度の溜息をつく。
「子供じゃねーから心配なんだろが。・・・特に、夏場はヘンなヤツが増えるからな・・・防犯ベルとか、しっかり持って歩いてくれよ、頼むから」
「夜勤というのは、何時からなんだ、あきの」
 総一郎に問われ、あきのは躊躇いながらも答える。
「えっと・・・準夜勤は夕方の4時からで、深夜勤との申し送りは11時半、だったと思う・・・それから、翌朝の8時半まで。休憩は適宜、かな、多分」
「何、夜中じゃないか!・・・智史くん」
「は、はいっ」
 いきなり、しかも初めて総一郎に名前で呼ばれ、智史は背筋を伸ばして返事をした。
「あきのにおかしな輩が近づかないように頼むぞ」
 真剣な表情で言われてしまい、智史も真摯な瞳で頷いた。
「はい! 俺の出来る限りで彼女を護ります」
「・・・どうしてこんなところで一致してるのよ・・・」
 ぼそり、と呟いたあきのの言葉に、倫子はクスッと笑う。
「2人とも、あきのちゃんを大事に思ってるってことよ」
「私って、そんなに頼りないのかなあ、おかあさん」
「そうじゃなくて、それだけ魅力的だってことだと思うわ。若い女性として、ね」
「・・・なんか、ちょっと複雑・・・」
 智史以外の男性に近寄られたくないと考えているあきのにとっては『若い女性としての魅力』というものは不要にしか思えない。
 どう見ても『過保護』だとしか思えない父と婚約者に、あきのは溜息をつくしかなかった。






 後日、両親と共に挨拶に伺う、と伝えて、智史は椋平家を後にした。
 最大の難所を一気に乗り越えることが出来て本当によかった。
 実際に結婚するまでには、まだまだ越えなければならないことが山積みだが、とにかく、これで前進出来る。
 仕事に慣れるまでは大変だろうが、準備も並行してやっていこうと思った。
 明るい気持ちで、智史は家までの道を歩いた。







 両家の親たちの顔合わせは、1週間後に行うことが出来た。
 智史は両親と共に、椋平家を訪れる。
 母の知香は、小さなブーケを持参していた。
 玄関で迎えてくれたのは、あきのと倫子だった。
「始めまして、智史の父と母です。いつも息子がお世話になっています」
 安志が倫子に頭を下げる。知香は同じようにした後で、微笑んだ。
「こちらこそ、智史くんにはいつもお世話になっています。どうぞお上がり下さい」
 倫子も丁寧に頭を下げてから、スリッパを勧めて3人をリビングの、総一郎の元へと案内した。
「ようこそ」
 総一郎が立ち上がって安志と知香を迎える。
「始めまして、智史の父の安志です」
「母の知香です」
「あきのの父の総一郎です」
 互いに紹介しあうと、総一郎は安志たちに椅子を勧めた。
「あの、不躾で申し訳ありませんが」
 示されたソファに座る前に、知香が切り出した。
「もし、奥様がお嫌でなければ、美月さんのお写真の前に、これを置かせていただいてもよろしいでしょうか?」
 椋平家には仏壇はないが、リビングには美月の写真が飾ってある、とあきのから聞かされていた知香は、その為の花を用意してきた。
 しかし、その行為が現在の椋平家に傷を入れるようなことになってはならない。それ故の伺いだ。
 倫子は、総一郎と顔を見合わせ、笑顔で頷いた。
「ええ、勿論ですわ。・・・こちらです」
 倫子が案内してくれたのは、窓から少し離れたリビングポードの上。
 白いフォトフレームの中に、笑顔の美月の写真が収められていた。
 それをじっと見つめてから、知香はゆっくりとミニブーケをその斜め前に置く。
(美月さん・・・あなたの言ってた通りになったわよ。智史とあきのさんが結婚するわ。空から、見守ってやってね)
 心の中でそっと語りかけ、そこを離れて総一郎の前へ戻る。
「・・・ありがとう。美月を、忘れないでいて下さって」
 静かな総一郎の言葉に、知香は微笑んだまま首を振った。
「不義理ばかりで申し訳ないくらいでしたのに・・・こんな風に、彼女の娘さんとご縁が出来て、心から嬉しく思っていますわ」
「こちらこそ。・・・ともかく、どうぞ、お掛け下さい」
 安志と知香は総一郎の向かいのソファに座り、智史は角の部分に座った。あきのが智史の隣に、悠一郎と一緒に座る。
 倫子が紅茶と焼き菓子を並べ終え、総一郎の隣に座ると、安志が切り出した。
「この度は、息子・智史とあきのさんの結婚を認めていただき、ありがとうございます。まだ社会に出たばかりの、至らないところだらけの息子ではありますが、あきのさんのような出来た方と一緒になることで、更に成長してくれるだろうと思います」
「いや、こちらこそ、智史くんのような誠実な青年とご縁をいただけて、良かったと思っています」
 総一郎の言葉に、あきのと智史は瞠目した。
 つい先日まで、さんざん文句を言われていただけに、俄かには信じがたい。
「そんな風に言っていただけるとは、ありがたい。椋平さん、今後とも、どうぞよろしくお願いします」
 安志が頭を下げ、知香もそれに倣う。智史も、それに合わせて頭を下げた。



 









TOP       BACK      NEXT